101.夢の先【袋小路】
能力者は夢を見ない。夢を超えたその先で彷徨い続け、遂には根源たるものと出会うのだ。だがそこに再び辿り着く者は極僅かである。自身の最も近くにいるというのにだ。
忙しなくブロックが動き、足場が繋がってはばらけている。一見すると奇妙なこの光景だが、アタシには見覚えがあるものだった。
「クイック? 随分久しぶりだね。何年ぶり?」
「アタシが『目覚めた』時以来だろ。だとするともう何百年か……」
アタシの目の前に現れたそいつは、懐かしむような口調で話しかけてくる。アタシも会うのはこれが2回目だが、依然と全く変わらない姿でそこにいた。
「まあこうして呼んだのは僕の方なんだけど。ちょっと話しておきたいことがあるんだ」
「……何百年と一緒にいてきて、そんなの初めてだろ」
「うん、初めて。でもそれだけ大事なことなんだよ」
目の前のそいつの顔。それはアタシが久しく見ていないものではあったが、いつになく真剣であることは明らかだった。
「次の戦い。何処に行くかはわからないけど、クイックがそこで大変なことになりそうなんだ」
「随分大雑把だな。その大変なことって何なんだ?」
「それはまだわからないんだ。でも確実に何か大変なことが起きる。そんな予感を超えた確信があるんだ」
そいつは本気でこれを言っているんだろう。アタシにはそれが分かった。
「それで、アタシに何が言いたいんだ? まさか戦いから身を引けと?」
「そうだよ。僕はクイックにそんなことになって欲しくない。だから……」
「バーカ。そんなどうなるかもわからないことで退けるかよ」
だからこそ、アタシはそれを受け入れない。それを受け入れたら、勝ちとか負けとか関係ない、それ以前の問題だ。
「僕がこの力をクイックに貸してる理由、忘れたわけじゃないよね」
「『旅がしたい』だろ? 大丈夫だ。この戦いが全部終わったら、リーダーに言って旅にでも出る予定でな。目的も何もない、気ままな旅だよ。だからその前にアタシは戦う。そんで勝つ。お前も知ってるだろ? アタシは負けるわけにはいかないんだよ。ここ最近は尚更な」
アタシの言葉に、そいつは何かに気付いたような顔をした。そして先程までとは違う目をする。
「だったら……、だったらせめて『刀』を持って行きなよ」
それを聞いてアタシの脳裏に『それ』が呼び起こされる。同時に、あの時のことも。
「……アレを持ち出すってことが、どういうことかわかってないお前じゃないだろ?」
「もちろん。僕は『そのつもり』で行きなってことを言いたいんだよ。……ちょっとだけど見えたんだ」
そいつは何かを言いかける。だがそれをアタシは聞くわけにはいかない。
「これ以上は言うな。勝てるものも勝てなくなるだろうが。……ああわかったよ。ったく。手入れは毎日やっといて正解だったぜ……」
だからアタシはそれを止める。しかしその言葉を無下にするわけには。アレを使うのはいつぶりかと思っていると、周りに光が満ち始める。同時に意識も薄れ始めた。
「そろそろ時間みたいだ。最後に言うけど、あのアウラって子はクイックが思っている以上だよ。それだけ。後は自分で考えて」
「……? ああ、そうするよ。それじゃあまたな。『ニューシフト』」
この意識が薄れつつあるときにそんな雑なことを言われても、アタシがそれに明確な答えを出せるはずがない。そしてアタシの姿は、ニューシフトの前から消えていった。
「……そうだね。それじゃあまた、ここで」
そしてアタシが消えたその後で、ニューシフトは悲しげに呟くのだった。
自室にてクイックは目を覚ます。程よく散らかった生活感にあふれるこの部屋で目を覚ました彼女は起きて早々着替えて支度をし、真っ先にベッド下にしまい込んでいた古い箱を取り出す。
「……あの時を思い出す」
箱を取り出し開けるその前に、彼女は右頬に触れる。普段着用している猟犬を模したマスクはそこになく、その手は直接裂けた頬に触れていた。
「……あの時からアタシは猟犬で、勝利者なんだ」
クイックが開けた箱の中には、古びていながらも手入れの行き届いた打刀が収められていた。それを彼女は手に取る。
「次も同じ。また勝って、また猟犬で……。……違うな。次でアタシは猟犬じゃなくなる。……だったら野犬か? ハハッ……。ランクダウンかよ」
自嘲気味に笑うクイックは取り出した刀を左側の腰に収め、マスクを取り付ける。諸々の準備を終えた彼女の目は、これまでの戦いに赴くときの目とは違う、ある思いを宿した目をしていた。
「さて……。行くか」
こうして彼女は部屋を出ていく。部屋は、程よく散らかったままだった。
第百一話、完了です。私の中で勝手に題している『ビルガメス編第二部』の開幕は、クイックの夢の先からとなりました。次回から本筋が始まりますので、期待してお待ちください。では、また次回。
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