92.ブルータル/ブルースター
その後もセイバはウムダブルトゥへの接触を続けていたが、ウムダブルトゥは対応を変えないままだった。その間にラボのサーバーを探っていたセイバが破棄されたアバターのデータを見つけて復旧させたが、ウムダブルトゥがそれを拾い上げることは無かった。
巨大な弾頭を装填したセイバ。彼はそれからすぐに、迷うことなく引き金を引いた。
「食らっとけや! そんでついでにぶっ壊れてろ!!」
構える際でも一切姿勢がぶれることは無く、普段通りに弾丸を放つように発射されたその弾頭は、真っすぐウムダブルトゥ目掛けて飛んでいった。それに対してウムダブルトゥは高速で構えをとる。
『危! しかし愚! そんなものが当たると思うか! 一刀にて切り落とす』
中段に構えられたそのブレードが振るわれ、飛んできた弾頭へと入っていく。だがその瞬間、セイバが笑った。
「それをただのミサイルだと思った時点でお前はロートルなんだ!」
ブレードが触れた瞬間に、弾頭が大きな爆発を引き起こす。そして爆炎の中から現れたウムダブルトゥ、その弾頭を切ろうとしたブレードは先端が千切れ飛び、酷くひしゃげていた。
『ブレードが……! 能力が強くなった、ということか……!』
ブレードを破却し、ウムダブルトゥが右腕部分の武装を空ける。武装が何もなくなったそこには、爆破の衝撃が伝わったのか歪みと亀裂があった。
「その通り! 俺の『イグニトロの禁庫』はあの時とは段違いだ! 今ならその装甲すら紙屑同然ってことだよ!!」
セイバも無くなった弾頭の部分に、幅広の刃を持つ機械仕掛けのナイフのようなものを装着する。それはまるで元からそこにあったかのようにそこに収まった。
『だが鈍である! 回避をすればいい! それにそれだけの代物、そう数は多くなかろう!』
片腕の武装を失おうと、ウムダブルトゥ本体はまだ健在だ。残った片腕のブレードを構え、戦闘態勢を取った。
「だったら試してみろよ! さあ再開だ!!」
そしてセイバは吼え、ロマンビーストⅥを手にして突撃した。一見無謀にも見えるセイバのその姿は、しかし見る者誰もに『敗北』を感じさせないほどの覇気を放っていた。
リトスはただ見ているだけだった。それは周囲の戦士たちと同様、入る余地を見つけられなかったというところが大きかった。だが、彼に限ってはそれだけではないようだ。
(僕は一体何をしているんだ……。連れて来られたとはいえ、何かを見込まれてここにいるというのに……。こうして戦うこともしないで見ているだけ? そんなの……)
歯を食いしばり、左拳に力が入る。そんな彼に、周りは気付かない。
「情けないじゃん……」
絞り出すようなその声は誰に届くことも無く、いつしかリトスの意識は現実から離れていくのだった。
最早慣れてきた鎖の重さを感じる。僕はまたここにいる。そして少し離れた僕の前に立つのは、あの時メガロネオスといた誰かだった。相変わらずフードに隠れてその素顔は見えない。
「お前は行かないのか?」
それだけのシンプルな問い。顔は見えないながらも、僕のことは外面以上に見透かしているかのようだ。
「なあ、聞こえてるか? お前は行かないのかって言ってんだ」
「……僕が行ってどうなるってのさ。それに介入はセイバも望んでない」
自分で言っていて何とも虚しくなってくる。僕の言葉に、フードの彼は呆れたように溜息をついた。
「だーかーら、そうじゃねえんだよ。俺が言いたいのは……!」
確かな足取りで近づいてくる。そして僕の前に立った彼は、拳を振り上げた。
「お前が本当はどう思ってるのか、どうしたいのかを言ってみろよ」
僕の胸に彼の拳が当たる。それに感じる痛みも衝撃も無いが、僕の内側の何かが突き動かされるのを感じる。勝手に、口が開く。
「僕は、僕が情けないよ。本当はセイバと戦いたい。彼の期待に応えたい。でも……」
「そこまでだ。それ以上は言わなくていい。何なら言うな。でももクソもあるか。状況が何だ。『我』を貫き通せ。お前がこうして旅を続けているのはお前の強い『我』があってこそ、だろ?」
はっきり言って目の前にいる彼の口調は粗暴ではあるが、そんなことは関係ないほどに僕の心にその言葉は染み入る。
「『我』を、通す……。僕の、これまでと同じように……?」
「それと同じでいいんだよ。どんな状況でもそれと同じ『我』を貫け。それを邪魔する全部に反逆しろ。俺はまだ力になってやれないけど、これだけは言ってやれる」
顔も見えない彼に、僕は心を許すことができている。そうして絆された心と同じように、僕の意識が薄れていった。目が覚める時が来たのだ。
「……そろそろみたいだな。よし、行ってこい! そんで現実に抗え! これはお前の旅だ! お前の旅は、お前の思い通りだ!!」
薄れゆく意識の中、貌も名前もわからない彼の言葉だけがはっきりと聞こえていた。
我に返ったリトスがまず最初に取った行動は、杖を構えての前進だった。走る彼の周囲には蒼い奔流が迸り、その中に結晶の塊が形成されていた。それは次第に増えていき、リトスの左腕に集まっている。
「わかったよ! これが僕の答え! これが僕の意志! これが僕の『我』だ!!」
集まる結晶は次第に形を成していく。いつしかそれは、彼の左腕を覆う巨大な腕になっていた。身の丈以上の大きさを誇るそれを形作りながらも、リトスの足は止まらない。そしてそれに、戦いを繰り広げていたセイバとウムダブルトゥは直前で気付くのだった。
「小僧……!? 何だその、腕……!?」
『なッ……!』
驚く両者を無視し、通常ではあり得ない高さで飛翔したリトスはウムダブルトゥに拳を振り上げる。狙うのは獅子のような頭部のみ。それらの動作全てに迷いはなく、ウムダブルトゥは思わず左腕で防御の姿勢を取った。
「『メガトン・ネオストライク』!!」
容赦無く全力で叩き込まれる蒼い魔術の拳。それはウムダブルトゥの頭部に至ることは無かったものの阻んだ左腕を大きくひしゃげさせ、大きく後方に吹き飛ばした。だがその一撃はまさしく『一撃』であった。リトスはその場で片膝を突いて着地し、姿も元に戻る。
「手を出すなって言ったよな? ……何で戦いに来た。何も見えずに来たわけじゃねえよな?」
「セイバが連れてきたくせに。それにセイバは『我』を通して1人で戦ったんでしょ? それを否定するつもりは無いけど、だったら僕にも『我』を通す権利はあるよね?」
苛立ちを隠さずに問うセイバに、片膝を突いたままのリトスは毅然と返す。その態度にセイバは言い返すことも無く言い淀み、ばつの悪そうな顔をする。
「人のこと言えないじゃねえかよ。何も見えてなかったのは俺じゃねえか……! 本当に、最悪だ……!」
頭を抱えたセイバは、しかしすぐに立ち直って武器を担ぎ空いた左手をリトスに差し出した。
「リトス、一緒に戦ってくれ。だが俺もこの『我』ってやつを譲る気は無い。……一緒に『我』を通そうじゃねえか!」
差し出されたセイバの手。リトスはそれに、何も言わずに左手を返して応える。立ち上がったリトスから手を離した後、セイバは振り返る。その目線の先にいるのは、圧倒され動けずにいる戦士たちだった。
「お前たちもだ! 俺たちの意志の力で、勝って帰るぞ!!」
歓声が上がる。戦士たちが武器を掲げる。散っていた闘志はここに再び集結し、真の意味で戦いは再開するのだった。
「さてリトス。急だがお前にアイツの弱点を教えてやる」
そんな闘志の中で、セイバがリトスに告げる。彼は何かを覚悟している。リトスにはそう見えていた。
第九十二話、完了です。再び一体となったビルガメス隊に加え、リトスが我を貫くことを意識し始めました。そしてセイバが告げたウムダブルトゥの弱点とは……。それは次回、冒頭に明かされます。それではまた次回。
よろしければブックマーク、いいね、感想等よろしくお願いします。