91.追懐、在りし日の輝き
それは興味本位か、あるいは職務の一環か。当時のエンリルラボを取り仕切っていた兵器開発局の局長だったセイバは、ウムダブルトゥに接触した。当然ながらそのファーストコンタクトは何も実るものが無い結果となったが、両者の間にはこれで確かな縁が結ばれたのだ。
元々セイバはビルガメスの都市の1つである『ニューバビロン』を統治していた、ビルガメスの有力者の1人であり、フラッグの古くからの友人だった。彼がルオーダの兵となったのは今より約100年前。ニューバビロン滅亡がきっかけであった。
「本当に行くつもりか? もちろんそこはお前の自由なんだが、ここまで築いたものがあるだろうに……」
「確かにこの数年はいいもんだったよ。あの時のことを時々忘れかけるくらいにはな。……でもそれじゃダメだ。他の奴らが許しても、俺がそれを許せないんだ」
何年も前。まだ平穏だったころのメトロエヌマの郊外にて、2人の男が向き合っている。スーツに革のコート姿のフラッグは、鍛えられた褐色の素肌の上から白衣を羽織るセイバに、手にしていたタブレットの画面を向ける。起動したそこには、困ったような顔のクサリクが映っていた。
『私としても、これはちょっと賛成できないかな。セイバはこのメトロエヌマの発展に尽力してくれた。それは今でも同じこと。貴方がいなくなることで、ビルガメスの発展にも影響が出てしまうんだ。その点はどうにかしてくれるんだよね?』
「俺がその作業と並行して何のために技術者連中を教育してきたと思っている。あいつらなら俺がいなくても何の支障もなく事を運んでくれるだろうさ」
『まあそうだよね。それは大体わかってたことだからこの際割とどうでもいいの。私が言いたいのはここからだよ』
満足のいく答えを聞いたからか、想定通りの答えが返ってきたからか、平然と言葉を返すセイバに、クサリクはうんうんと頷いた。しかしそのすぐ後に様子が変わった彼女に、セイバは何かを察してうんざりしたような顔をする。
「もしかして『アイツ』のことか? 勘弁してくれよ。お前までそれを言うのか……」
『まあそう言わずに。最初はセイバだって積極的だったのに、最近じゃすっかり無関心って感じ』
「アイツはもう大丈夫だ。もう俺がいなくてもアイツは、ウムダブルトゥは成長していける」
『……それでも、ウムダブルトゥにはセイバしかいないんだ。貴方が行ってしまったら、あの不愛想なセンパイはきっと……』
セイバとクサリク。互いに想うものは同じであったが、その思いは全くの正反対であった。心配そうな様子のクサリクにセイバは背を向ける。
「わかってる。わかってるさ。でもアイツらのために、そして何よりも俺のために。俺はここを離れてルオーダの兵になる。……そう、導かれたんだ」
これ以上何を言うでもなく、セイバはそのまま歩き去る。
『セイバ! ……何してるの! 早く、追いかけなきゃ!』
「……いいんだ。あれがセイバの選んだ道なら、親友としてそれを見届けるのが筋だ」
クサリクは叫ぶも、その姿ゆえに追いかけることは叶わない。そしてフラッグは動かず、小さくなっていくセイバの背を目で追うことしかしなかった。
そして現在。本来いるべき者が去ってしまったこのエンリルラボにて、かつてはふさわしかった者たちが互いに武器を向けている。だがそれ以上そこから事が動くことはなく、互いににらみ合っていた。
「ウムダブルトゥ。お前とこうして話すのも久しぶりだな。積もる話は色々あるが、まず聞きたいのは1つだ」
彼の銃を握る手に力が入る。それに連動するかのように、彼の目も鋭くなっていく。
「お前のその『躯体』。いや、『機導英雄ビルガメスⅠ型』を、お前はどうやって蘇らせた」
セイバの目に映る機械の巨人は、優に彼の4倍ほどの高さを誇っている。だが彼にそれを恐れる様子は微塵もなく、むしろどこかあり得ないものを見るような目で、それを睨んでいた。
『大いなる愚だな。それを聞いてどうなる。もっとも、この躯体はセイバ、お前の造り上げたそれではないということは開示しよう』
「だから聞いているんだ! アレは既に消失した! 俺が、目の前で失った俺がそれを忘れるわけが無い! 失われたはずのそれが何故ここにあるというんだ!」
セイバは吼える。ここまで感情的になる彼が珍しいのか、誰も何も言えず武器を構えるままとなっていた。
『大いなる浅にして愚! それに意味だと無いことを知っているだろうセイバ! それとも兵などにうつつを抜かしている間にそれを忘れたと言うか! 圧倒的に! この上なく愚だな!!』
そんな彼に対して真紅の光と炎を滾らせるウムダブルトゥは、これまでにないほどに激しく、嘲るような口調で返した。
「……しばらく見ない間に随分やかましくなったな。かつて見守った者としては嬉しい限りだが、……ああ、もういいか」
諦めたように溜息をつき、やけに落ち着いたような様子で深呼吸をする。その直後、セイバは目を大きく見開く。
「テメェよくも言いやがったなこのクソポンコツがよ!! いいぜやってやる! お前なんぞ俺1人で充分だ! いいかお前ら手を出すんじゃねえぞ!!」
まるで激流のように流れていくセイバの怒号は、臨戦態勢だった戦士たちはおろか、リトスまで呆然とさせる。それらとはまるで対照的な様子のセイバは、ロマンビーストⅥの先端に巨大な弾頭を装着した。ロマンビーストⅥの全長ほどの大きさを誇るそれは、その大きさ以上の威圧感を放っていた。
第九十一話、完了です。セイバの過去の一端と、ウムダブルトゥとセイバの本気の勝負開始のレスバトルとなりました。次回よりルオーダ兵団ビルガメス隊改め、セイバ対ウムダブルトゥが始まります。それではまた次回。
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