90.ロードスターズ【星をも超えて】
エンリルラボを管理していたAIであるウムダブルトゥは、AIたちの中でもとりわけ無機質な性質だった。クサリクが見繕ったアバターすら破棄し、ずっとラボの管理に徹していた。真っ先に研究者たちからも見限られていたウムダブルトゥに、たった1人だけ関心を寄せる者がいた。
こうして始まったAIと人間の戦い。人間たちにとって決して負けられないこの戦いは、しかしその理想とは離れた現実を描き出していた。
『浅だな。矮小な者どもは思考まで矮小か。その程度で損傷を与えられるわけが無いだろう』
最早それは戦いになっているとも言い難い状況だった。戦士たちの攻撃はウムダブルトゥを傷つけることすらできず、ただひたすらに弾薬を浪費するだけとなっている。ウムダブルトゥはそれに対して両腕のブレードを振るい応戦している。だが大振りなそれは戦士たちに当たることも無く、戦況は膠着状態にあった。
「……『スクラップメイカー』用意!」
しかしセイバは冷静だった。彼の号令で戦士たちは一斉に何かを手にする。それは握り拳ほどの大きさの卵状の黒っぽい塊だった。彼らはそれに付いているヘタのようなものを引き抜く。
「これを食らっても俺たちを矮小って言えるかよ! 吹っ飛べ!!」
そしてそれらはウムダブルトゥに向けられて投げられる。まるで黒い雨のようなそれを振り払うかのようにウムダブルトゥが左腕のブレードを振るう。その瞬間だった。
『……! これは!』
轟音と閃光が連鎖し、一気に広がる。それはウムダブルトゥの鋼の躯体を覆うほどの規模にまで拡大していき、その周辺にまで破壊をもたらす。この大爆発を受けて原形を保てるものなどない。そのはずだった。
「……まあ、そうはいかんわな」
煙の向こうから覗く緑色の光。次第に晴れていく煙から現れたのは、両腕のブレードを振り抜いた姿勢で立つウムダブルトゥだった。装甲に多少の汚れや僅かな変形があれど、その姿は殆ど損なわれていなかった。
『驚だな。内部機構にまで影響するその威力、ただの手榴弾ではあるまい。だが2点見落としたな』
ウムダブルトゥに対峙する戦士たちは既に銃を向けている。そんな戦士たちをあざ笑うかのような無機質な声が響く。
『1つはこの躯体の強度を忘れたこと。自らの被造物を忘れるとは、全く愚だな』
「忘れたんじゃない。自身の力を久しぶりに試しただけだ」
ムッとした顔でセイバが言い返す。語気は多少強めではあったが、それは完全な敵意とはどこかかけ離れていた。構わず、ウムダブルトゥは続ける。
『そしてもう1つは、この爆発は我が記録に残っているということだ。それすらも、忘れたわけではあるまい』
炎の勢いは増していき、それは機械の翼すら超えて炎の大翼となっていた。同時にウムダブルトゥの緑色の光が真紅に変わる。
『そうだろう。元兵器開発局長、エンリルラボの古き主、セイバよ』
炎翼を滾らせながら淡々と語り掛けるウムダブルトゥに対し、セイバは黙って銃を向けるのみだった。
一方こちらはシャラファクトリー。クイックがシルトに足止めされている間に、アウラは1人でラフムに立ち向かっていた。先ほどまでは、そのはずだった。
「動け、ない……!」
『無様無様。本当に無様だ。髪に負ける剣士がいるだなんてね』
まるで波のように迫る赤い髪は、風のように駆けるアウラを捕まえて完全に拘束していた。赤く脈打つそれは本当に機械であるのか疑わしいほどしなやかに動き、彼女に抵抗を許す間もなく捕えてしまったのだ。
「アウラ! クソが……、こいつさえどうにかなれば、なッ!!」
横薙ぎに振るわれた刃を紙一重で躱しながら、クイックは破核棒で勢いよくシルトの胴体を突き上げる。それと同時にシルトに接した箇所が激しく放電した。シルトは動きを止め、装甲の隙間から黒い煙を上げている。しかしすぐに動き始めると、再び丸い刃を回転させた。
「……おいおい、これ3回目だぞ。アタシが相手してんのは本当にシルトなのか、よッ!」
今度は縦に振るわれた刃を後ろ飛びで躱してクイックは距離を取る。身体以上の長さを誇る破核棒を手にしながらも身軽に動く彼女は更に距離を開ける。
「こんな奴に使いたくはなかったけど、仕方ねえな!」
そう言いながら彼女は腰の方に手を伸ばす。そうして剣を抜くように取り出したのは、彼女の前腕ほどの長さの銃だった。突如出てきた武骨な作りの黒いライフルは、だが驚くほどに彼女の手によく馴染んでいた。
「なあ、知ってるか?」
銃を向けつつ、クイックは破核棒を構える。
「速度ってのは、偉大なんだよ」
弾けるような音と、それに続いて響く2つの金属の落ちる音。だがそれよりも早く、クイックの身体は前方に動いていた。それは発射された弾丸もかくやと言わんばかりの速度でシルトに迫る。
「『破核棒術・鐘』!!」
音の速度で突き出されるその一撃は、シルトの灰色の装甲を砕くだけに留まらずそのまま貫く。それはシルトを確実に破壊する一撃だった。
「そこに居ろ! 踏み台!!」
更にそれだけでは終わらない。即座に破核棒を引き抜いたクイックは、そのまま停止したシルトを踏み台に前方に跳んだ。向かう先はアウラを拘束し続けているラフムの所だった。彼女は迷うことなく銃口をアウラに向け、放った。
「もう1つおまけだ! 『破核棒術・銅鑼』!!」
クイックが更に加速し、また2回響く金属の落ちる音。その速度を乗せて振るわれる横薙ぎの一撃は、太く強靭なラフムの髪に叩き込まれた。
『おっと、これは……』
「アウラを、離せッ!!」
クイックの叫びと共に、もう一撃がラフムの髪に再度叩き込まれる。放電するその強烈な一撃は、アウラを髪から解き放つことに成功した。
「ゴホッ! ゲホゲホ……」
「立てるだろ? お前は強いんだ。こんなところで死ぬなんてあり得ない。そうだろ?」
クイックは心配する素振りも、手を貸そうともしない。確信をもって、彼女はアウラにその言葉をぶつけていた。アウラもそれに応えてか、咳込みながらも立ち上がった。
『あーあ。髪が随分と傷んでしまった。これはよろしくないなぁ』
そして髪を破壊され最初と同じ程度の長さに戻ったラフムは、不機嫌そうな顔をする。そんなラフムに呼応するかのように、背後のラハムは激しく稼働し続けていた。
第九十話、完了です。双方の戦いは膠着から始まり、今はまだ底の見えないものとなっています。そこに勝機はあるのか。それを期待し、次回をお楽しみにお待ちください。それでは、また次回。
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