89.マスターピース・ブレインズ【命を吐き出す者/炎嵐の機王】
エンリルラボは、メトロエヌマどころかビルガメスでも最古の建造物である。一般人の立ち入りは禁止となっており、そこで何が行われているのかも、実のところ知られていない。しかしビルガメスの指導者たるフラッグはこの施設を重要視しており、時折ここに足を運んでいる。そんな彼がこの施設の奪還を親友たるセイバに任せているのは、その表れであろう。
トラックは既にその場を去った。立つべき戦場へと辿り着いた戦士たちはラボの裏にあるゲート前で待機している。その前に立つのは、隊長たるセイバだ。
「さてお前ら。ここからは先のリアクターと同等か、それ以上に苛烈な戦いが待っているだろう。だが1人たりとも欠けることなくあの戦いを乗り越えたという事実は、ここで再び実現する未来でもある! 俺らルオーダ兵団ビルガメス隊、その力の粋を機械共にぶつけて、ついでにぶっ壊すぞ!!」
『オオオオオォォォー!!!!!』
上がる勝鬨は雷鳴のごとく響き、それはまるで他人事のように傍観していたリトスの心を大きく揺さぶる。灰色の統一された見た目の男たち。一見無機質な彼らは、しかしリトスがこれまで感じたことも無いような圧倒的な熱があったのだ。
「それで隊長! 作戦は本当に上手く行くんだろうな!?」
「心配か? よし、では改めて作戦を説明してやる。俺たちは今からラボの大格納庫に突入する。ゲートの解錠はクサリクが既にやってくれているから、あとはそっちにある操作盤をいじれば開く。『信用せざるを得ない筋』からの情報によれば……」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! その、何なの『信用せざるを得ない筋』って!?」
「何って、それは……。そうかリトスは知らなかったな。まあ色々噛み砕いて言えば、色々と新情報を寄こしてきた正体不明の奴だ本当は色々と事情があるが、面倒だから省く」
面倒そうに話を流したセイバに不満そうな顔をするリトス。因みにこれより先、その筋に関することをセイバから聞くことは終ぞ無かったという。
「話を戻すが、その筋からの情報では大格納庫の中に今回の標的、『ウムダブルトゥ』がいるらしい。後はそいつをいつもみたいにぶっ壊して完了、っていう作戦だ! お前らわかったか!!」
『オオオオオォォォー!!!!!』
「お、おおぉー……!」
再びの熱狂がその場を支配する。そこは戦いの場の直前とは思えない妙な空気があった。そして最初は困惑するばかりだったリトスも、何処かこの空気に呑まれかけている。
「よしお前ら! 覚悟はいいか!!」
「早く開けろー!」
「いつも通り俺らの力を見せてやろうぜ!」
「相手が何だろうと俺たちは負けない! そうだよな!!」
「そうだ! 俺たちは最強のビルガメス隊だ! 副隊長たちがいなくても最強なんだよ!!」
男たちは奮い立っている。それは瞬く間に周囲へと伝播し、爆発するような盛り上がりを見せ、また広がる。尚もリトスは静かだった。しかし静かであろうと、彼の心には確かに熱い炎が燃え始めたのだ。
「セイバ、僕も覚悟はできたよ。……ゲートを開いて」
「……期待してるぞ、リトス」
リトスは覚悟を表明する。セイバはそれにただ一言だけで返した。多くは不要。それ以上は、この戦いを終えた先で、ということなのだろう。セイバは操作盤に手をかけていた。そして熱狂を加速させるかのように、叫ぶ。
「ゲート、開放!!」
轟音にも等しい駆動音が辺りに響く。開きゆくゲートのその先はまだ見えていない。しかしその先に何が待ち受けていようと、男たちの足は決して止まらず、退くことは無いのだ。
そして光が差しゆく格納庫の中。それに反応するかのように緑色の光が灯った。それらの光が微かに照らすその姿。獅子を模したような機械の巨人は、その雄々しさを以て余りあるほどの傲慢なオーラを放っている。そして背部には、その巨躯と同等かそれ以上に巨大な翼のようなものが付いていた。それに搭載された数々の噴射孔は、その巨人が天を往くことを想定して造られたということを示していた。
『来たな。矮小な者ども』
静かに、重々しく。巨人が言葉を放った瞬間に、ゲートは完全に開放された。その開放と共に続々となだれ込むように突入するのはリトスを加えたルオーダ兵団ビルガメス隊。それらの突入の瞬間、巨人の胸部にある重厚な砲台。その先端に光が集まる。
「いたぞ! あれが、ウムダブルトゥ!」
「既に起動状態……! 早速何が来てもおかしくないぞ! 総員、警戒態勢!」
「!? 左右に避けてッ!」
リトスの一声が一団を動かす。綺麗に割れた隊の間を綺麗に縫うように機械の巨人が放ったのは、眩い一条の光線だった。それは金属の床を穿ち、即座に赤熱した溶鋼へと変える。幸運にもリトスの一声が間に合ったためか光線が直撃した者はいなかったようだ。
「……!」
先程まで熱狂混じりの軽口を叩いていた男たちの姿はもうどこにも無い。その光線が決定的なきっかけとなり、全員が臨戦態勢に入ることとなった。男たちの向ける銃口がウムダブルトゥを捉える。
『愚だな。では矮小な者どもの生み出したこの躯体を以て、確実な停止をもたらそう』
それに対して機械の巨人は、両腕に長大なブレードを展開して応える。それに連動するかのように巨大な翼、それの各部にあるエンジンが一斉に稼働して羽のような炎を纏った。
『我が名はウムダブルトゥ。嵐の下に塵芥となるがいい……!』
苛烈な熱風が格納庫の中に吹き荒れる。ウムダブルトゥが語るように、それはまさに全てを焼き焦がさんとするかのような炎の嵐。その中に立つ堂々たるその威容はまさに『炎嵐の機王』。だが男たちは恐れることなく、ただ勝つためにここにいる。
「勝って、旅を続ける……。アウラも同じこと、思ってるよね。……絶対に負けない!」
そしてそれはリトスも同じこと。今ここにいない少女に問うように呟き、杖を握る手に力を入れる。彼は既に、勝利の先を見据えていた。
「……いいぜ。やってやるよ」
そしてセイバは何かを決意したような眼差しで、ウムダブルトゥを見据えていた。彼の放ったその言葉には、並々ならない思いが込められていた。
2人分の足音が大空間に近づき、到達する。武器を出したまま走ってきたクイックとアウラは、辿り着いた空間を見渡す。
「こんなところを守っている割には、大したことなかったな。……ここが目的の場所、シルトの根源だ」
クイックの声以外には、機械の駆動音だけが響くこの大空間。彼女が視線を向ける先には赤い髪の青年と、青年の傍らで稼働している大きな機械があった。
『ああ、姉さん。僕の言った通りだ。やっぱりあの子たちはダメだったね』
『……!』
青年が機械に向けて話しかけると、それに応えるかのように機械が轟音を発する。まるで機械と会話しているかのようなその青年を、アウラは奇異の目で見ていた。
「クイック、あの人って……!」
「あれは人じゃねえ。アタシたちの標的、ファクトリー管理AIのイカれ野郎だ」
『イカれ野郎だなんて失礼じゃないか。僕にはラフム、姉さんにはラハムっていう立派な名前があるのに』
青年、ラフムが轟音を発し続ける傍らの機械、ラハムを愛おしそうに撫でる。それでも轟音は止まるどころか、更に大きくなっていった。
『……!』
『ああ、怒ってるんだね。でも大丈夫だよ。きっとわかる時が来る』
「な? イカれてる」
手にした破核棒でラフムたちを指し示し、小馬鹿にするような口調のクイック。そんな彼女に対し、ラフムがわざとらしくため息をついた。
『君たちには姉さんの声が聞こえないんだね。ああかわいそうに。ほら、姉さんも憐れんでるよ』
『……』
ラフムは芝居がかったような言葉で、わざとらしく振舞う。ラハムの発する轟音も、僅かに落ち着いたように小さくなる。それにクイックは不思議なものを見るような目でラハムたちを見ている。
「何言ってんだ。『それ』は、ただの機械だろ」
「ちょっと、クイック……!」
クイックが何気なく発したその言葉。しかしそれは、薄ら笑いを浮かべていたラフムの表情を一瞬で凍り付くような無表情に変える。
『黙れ。姉さんをそんな風に呼ぶな』
「……!」
クイックが咄嗟にバックステップで距離を取った次の瞬間には、ラフムがクイックの前に立っていた。ラフムはいつの間にか持っていた灰一色のブレードを振り抜いており、それが当たっている地面はまるでハンマーで殴りつけたかのように大きくひび割れていた。
『姉さんは完璧なんだ姉さんがただの機械なわけが無い姉さんは母さんに至れる存在なんだ姉さんは姉さんは姉さんは……』
「野郎、やっぱりイカれてやがる」
ぶつぶつと言葉を垂れ流しながら、開けた距離を詰めてブレードを振るうラフム。クイックは破核棒でそれをいなし、受け流し続ける。まるで何かに取りつかれたように攻撃を続けるラフムは、しかしすぐにその手を止めてラハムの傍に戻った。
『……まあいいさ。僕は心の容量が大きいんだ。だから君たちだって迎え入れるさ。姉さん、僕に力を貸してよ』
『……!』
再び響き始める轟音と共に、ラフムがラハムの根元にある何かを差し込むかのような2つの孔に両腕を入れる。そしてラハムが光を発し始めたと同時に、ラフムの赤い長髪が脈打つかのように妖しく輝き始める。アウラはそれに圧倒されるばかりだったが、クイックは何かを察してか武器を構えて一気にラフムとの距離を詰める。
「わざわざ止まってくれて助かったぜ! このまま終わって……!?」
彼女の高速の突撃は、突如として立ちはだかったシルトによって止められる。そのシルトは通常のそれとは違い、濃い灰色の強固な装甲を纏っており、両腕には回転するノコギリのような刃が付いていた。それを振るうシルトに、クイックは視線をそちらに向けざるを得なかった。
「ラフムが……! こうなったら私が!」
クイックがすぐにでも動けないことは火を見るよりも明らかだ。故にアウラが代わりにラフムとの距離を詰めにかかった。風のように駆けるアウラの前にはシルトは現れず、距離は次第に縮まっていく。そして彼女の切っ先がラフムへと届く。その瞬間だった。
「これ、は……! 切っ先が、髪に絡めとられて……! うわあッ!?」
爆発するように広がった赤い髪に、突撃していたアウラは吹き飛ばされる。その輝く髪の持ち主たるラフムはラハムから腕を引き抜き、冷徹な目でアウラたちを睨む。ラハムはしばらく轟音を響かせていたが、次第にその音を小さくしていき、遂には完全に無音となった。しかし光だけは、変わらずに点いたままだ。
『ラハム、インストール完了。ラフムとの同調も並びに完了。これより外敵の還元を開始する。……このラフムとラハムの名の下に、全てを泥に還そう』
男と女、2つの声が重なるその言葉が響くと同時にラハムが再び駆動音を響かせる。吹き飛ばされたアウラは既に体勢を整えており、再び剣を構えてラフムに対峙していた。クイックが他に気を取られている以上、彼女は1人で強敵に挑まねばならない。しかし彼女は剣を握る手を緩めない。今の彼女を突き動かすのは何なのか。それは彼女自身にもわからなかった。
「おい、嘘だろ……!」
そしてクイックはシルトの相手をしながら、発せられたその声を驚愕の表情で聞いていた。
第八十九話、完了です。2つの場所で、同時に戦いの火蓋が切って落とされました。双方ともにこれから手探りで攻略法を見つけていきますので、どうか作者の発想込みで期待していただければ幸いです。では、また次回。
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