87.アド・アストラ【理想の星は遥か遠く】
メトロエヌマ中心街である『タンムズガーデン』に溢れ出した兵器はクイックを中心としたメトロエヌマ治安維持部隊と交戦、殲滅された。しかしその直後に大型兵器がメトロエヌマ各地で目撃され、そのうち1体が彼女らの前に現れた。兵器群との交戦での消耗もあってか、治安維持部隊はクイックを含めた3人以外、全員死亡した。後にクイックやその部下たちの報告によって、その兵器は七岐の首のような砲身を有していたという。だがその砲身の1つは、クイックによって破壊されたとのことだ。
セイバの気合の入った威圧から数分後。機械の残骸を押しのけて、トラックはメトロエヌマ郊外を走行していた。トラックの前方には激しく損傷したシルトの腕部分が張り付いており、その端は何かに噛み千切られたようにボロボロになっていた。そしてトラックの上には、もう誰もいなかった。
「……戻ったぞ」
「あっ、隊長!」
「隊長が戻って来た! ……隊長?」
リフトが下がり、そこに見えたのはどこか不服そうな顔のセイバだった。手には銀色の容器が握られており、彼はそれを無造作に放り投げる。カランと軽い音を出して転がるそれには、もう中身は入っていないようだ。
「た、隊長……。その、新兵器はどうだったんだ? ……ああそうだ、きっと成功のはずだ! あれだけいたシルトを全滅させたんだ! これを成功って言わないで何て言えば……!」
「失敗だ」
声をかけてきた男の前を、声をかけようとした面々の前を通り過ぎ、セイバは小さく呟いた。リトスは何があったのかさっぱりわからなさそうな様子だったが、男たちは呆れたような顔をしていた。
「密度が足りなかったか? それとも侵食力の不足か? ……もしや泥鉄に対する認識が甘かったのか? ……手早く作戦を終え、初めからやり直しだ……」
俯き、何やらブツブツと呟きながらセイバは歩き回る。車両の動きによる揺れなどまるで感じていないかのようにその歩みは揺らぐことも無い。
「だが……。これは俺の飛躍の糧になる」
だがそう呟いた瞬間に、セイバの足はピタリと止まる。同時に俯いていた顔は上に向き、その表情は先程とは打って変わって光を宿していた。
「悪い。もう大丈夫だ。さあ切り替えていくぞ! ラボまではもう少しだ!」
「うおっ、びっくりした。今日の隊長は復活早いな」
「ああ。いつだったか忘れたが前は3日ぐらいあの調子だったもんな。復活した瞬間にぶっ倒れた時はどうしたことかと……」
急に元の調子に戻り、わざとらしいほどに元気そうなセイバに男たちは慣れたような反応を見せる。そして慣れていないリトスは当然驚きつつも、しかしすぐに平然とした態度に戻った。目の前で起こったこと以上に気になったことがあったのだ。
「ねえ」
「どうしたリトス。何か聞きたいことでもあるのか?」
「さっきの『新兵器』。何かを撒いていたように見えたけど、あれはいったい何だったの?」
それは生来の彼の性か、それとも師匠たるスクラ譲りのものなのか。リトスは少し前にセイバが行ったシルトの殲滅の原理が気になる様子だった。それにセイバは、少し気まずそうな顔をする。
「……出来れば失敗作の話はしたくないが、まあいいだろう。自分に突き付けるのも時には大切だ。あれは特殊な『酸』だ」
「酸?」
「見てた通り、それでやつらを蝕んだのさ」
返ってきた答えは、リトスにはなじみのないものであった。それを含めて、セイバは解説を始める。
「まず言うと、シルト共に使われている金属は、これまでのビルガメスでは一度たりとも使われていないものだ。だから最初の内は物理的にしか対処が出来なかった。それでさえ、あまりに頑丈だったせいで苦労したらしいんだが」
「らしい、っていうのは?」
「俺は最近になってここに戻った。しばらく俺は『本国』に用事があってな。それで戻って来た時にはメトロエヌマがこの状態、というわけだ」
セイバの表情が微かに変わる。気まずそうなのはそのままであったが、その表情には僅かに後悔のようなものが混じっているようだった。
「話を戻すぞ。そんなシルトに有効な兵器の開発が進む中で、入って来たのはシルトの装甲に使われている金属、『泥鉄』についての情報だった。その情報が誰からのものなのかは今でもわからない。だがそれを読み込んで、それが偽りではないことは理解できた。そしてそれを元にした弾薬はシルトにも通用するものになったんだ。まあ、それは貴重なんだがな」
彼の手にしているのは1つの弾丸。リトスは知らないが、それは普通の銃に使われるようなそれと大して変わっているようには見えなかった。彼はそれを自身の銃に付いているマガジンに装填している。
「それで俺は考えた。俺の銃、『ロマンビーストⅥ』には鎮圧用催涙ガスの噴霧機構がある。それを元にして新開発の対泥鉄強酸ガスである、『EATER』を散布してみたんだが……」
「ちょっと待って。僕は銃のことはよくわからないけど、その酸って銃に使われてる金属には影響なかったの?」
弾丸を装填しながら解説を続けるセイバの話をリトスは遮った。彼のしている話の半分も理解できていないリトスであっても、浮かぶ疑問はあったのだ。口にされたそれに、セイバは手を止めることなく答える。
「いいところに気付いたな。EATERは泥鉄だけを蝕む特殊な酸だ。泥鉄に施された特殊なコーティングに強く反応し、それに強く癒着している合金部分にも有効な酸へと変化する性質を持っている。その特性上、そのコーティングがされていない金属には何も影響がないというわけだ。それにもあれこれ特殊な原理があるが、今回は省く。……到着したらしい」
トラックが停止する。セイバはそれを予めわかっていたかのように話を切り上げていた。丁度、装填も終えていた。直後、ダガーの軽そうな声が響く。
「皆さんにお知らせしま~す。只今『エンリルラボ』に到着いたしました~。幸いにも周囲に敵の姿はありませんので、落ち着いて出撃してくださ~い。皆さんの出撃を確認次第、私は離脱しま~す。2時間後にまた来ますので、全員揃って待っててくださいね~」
「続きは作戦後だ。この素晴らしい話の続きをするために、互いに無事でいよう」
そう言ってセイバはリトスに拳を突き出した。それにリトスはどうしていいかわからないようだ。呆けた顔をしている。
「……ほら、こうするんだよ」
それを見かねたセイバがリトスの拳を突き出すような位置に持っていくと、それに自身の拳を当てた。リトスは相変わらずわかっていなさそうな様子だったが、セイバは概ね満足そうだった。
「上出来だ。さあ、行こうか」
男たちが銃を手に外へ出ていく中、セイバは最後まで残っていた。彼の手にする銃は、その見た目以上の重圧を放っていた。
狭い通路を進む2人の前に微かな光が見える。それを目にしたクイックは速度を上げてそこへ進んでいった。それにアウラも続く。
「やーっと着いた。……よし、ちゃんと着いて来てるな」
「ここが、そうなんですか?」
「ああ。情報によると、ここから降りてまっすぐ進めば、コントロールルームはすぐだそうだ」
微かな光は格子のような仕切りから漏れているものだった。クイックはそれに手を伸ばすと、力任せに外そうとし始めた。急に始まった力ずくの解錠に一瞬ビクッとしながらも、アウラは手際よく進んだここまでを思い返す。
「でもすごいですよね。元は自分たちの街だったとはいえ、敵地の地図をこんなにも詳細に調べられるだなんて。ビルガメスの調査力の高さには驚かされるばかりです」
「ん? ああ。これはビルガメスの成果じゃねえよ」
あっけらかんとしてクイックは答える。さも当然のように答えたそれは、アウラに新たな疑問を与えることになった。
「え? それって……」
「話は降りてからだ。さあ、行くぞ」
ガァンという大きな音と共に外れた格子を前方に放り投げ、クイックは颯爽と飛び降りた。その疑問が重りとなったようにアウラは一歩遅れ、それでも彼女に続いて飛び降りた。誰もいなくなった通路で、虫の這うような音が微かに聞こえたが、それに気付く者はいなかった。
第八十七話、完了です。互いに目的地を目の前とし、戦いはもうそこまで迫っています。ここで解説です。現状クイックの隊はアウラと治安維持部隊、ビルガメスの国立軍のメンバーによって構成された大規模な部隊となっています。クイックの部下だった治安維持部隊のメンバーはこの隊の中核を担っていましたが、そのうち1人が本編外で起こったタンムズガーデン制圧戦の最終戦である『ハイウェイ決戦』で重傷を負い、戦線を離脱している状態でした。そのためにクイックの強い要望とフラッグの判断で攻略を中止している状態でした。一方でセイバの隊は元よりルオーダ兵団ビルガメス隊で、特に欠員が出たわけではありませんでした。しかし隊の副隊長の1人であるレドと半数以上の隊員がメトロエヌマ以外の都市の防衛に駆り出されたことで、同じく攻略作戦に入れずにいました。ですがそこにやってきたリトス達によって偶然にも戦力の補填が出来、作戦の決行が可能となったわけです。
そうしてやって来たリトス達がこの作戦の中で戦力たり得るかは、これからの展開にご期待ください。それでは、また次回。
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