86.スタート・ザ・マシンハント
それは工場地帯である『シャラファクトリー』から始まった。突如としてそこの管理AIである『ラフム』と『ラハム』が一瞬のエラーを起こし、次の瞬間に兵器工場で製造されていた兵器が勝手に起動、暴走を始めた。当時ファクトリーにいた作業者たちは全員死亡し、殺戮を続けた兵器はファクトリーの外へと溢れ出ていった。
リトスがこれまでに訪れたペリュトナイやアトラポリス、そして数々の村とは違う街並みを、1台のトラックが走る。まるで要塞のようになっている荷台の中には灰色の装備で身を固めた男たちが何人も待機しており、彼らは全員銃を手にしていた。そしてその中に、明らかに場違いな姿をしたリトスが緊張のせいか縮こまっていた。
「まあ緊張するなって。いざって時は俺らが守ってやるからよ」
横に座っている男がリトスの肩を叩く。その口調は、妙な自信に満ちていた。
「その魔術ってのがどんなもんか知らないが、所詮はシルト共が相手なんだ。お前でも大丈夫だろ」
「いーや。その魔術ってやつが凄まじくて、案外俺らよりも強いのかもしれないぞ」
別の男が余裕そうな口調でそう言った後、また別の男が気楽そうに返す。
「騒ぐんじゃねえよ。お前らが思ってるほど、そいつは無力なガキじゃねえぞ」
トラックが発進してから沈黙を貫いてきたセイバがここで口を開く。それに懐疑的な声がいくつか出るが、それらを軽く流して彼は続ける。
「俺も長いこと戦ってきている身だ。経験上人を見る目はそれなりに肥えているつもりだ。その上で断言できる。リトスは、お前ら以上に_____」
セイバの演説じみた語り口は、何の前触れもなく鳴り響いた警報音によって中断される。何事かとざわつく車内の面々とは違い、セイバは何かを察した様子だった。そしてすぐさま、運転席の方から拡声器越しの女の声が聞こえてくる。
「話が盛り上がっているところ悪いけど、緊急事態で~す。まもなく『ラボ』到着というところですが……」
「やっぱりいたか。大方の想像通りだったな」
「私も隊長が何を想像してたか、たった今わかりましたよ~。今映像出しますけど、シルトの大軍で~す」
その声と同時に荷台の壁面に設置されたスクリーンが光る。映っているのはトラック前方から見える映像で、そこには一面を覆いつくしてなお余りある規模を誇るシルトの大軍があった。当然これには社内もざわつく。しかしそれは動揺のそれとは違っていた。
「俺が行く!」
「いや俺が!」
「いやいや俺だ! 新調したこいつを試してやりたいんだ!」
それは高揚、熱狂。戦いを微塵も恐れていないその様子が、リトスの目にはこれまでにない異質なものとして映っていた。そんな彼らに、セイバが再び口を開く。
「落ち着け。こんなところで本戦用の物資を無駄にするな。……俺が適当にあしらってやる」
そういって彼は、柵で囲われたようになっている位置に立つ。それは荷台の中から上に行くためのリフトだった。
「そんなこと言って隊長が新兵器試したいだけだろ!」
「そうだそうだ! 弾薬ぐらいならいくらでもどうにでもなるくせに、ケチケチすんじゃねえよ!」
そんなセイバの言動に、男たちは口々に文句を言う。だがそれを無視して、彼は運転席の方に声が届く端末を手に取った。
「ダガー、リフト起動だ。後ろが騒がしいが気にするな。あと停止はするな。減速もなしだ。ただ進め」
「了解で~す。まあ概ねいつも通りですね~」
ゆったりとした声と共に駆動音が鳴り、起動したリフトは上がっていった。ここまでの流れるような展開を、リトスは呆然と眺めるしかなかった。
「本当に1人で行っちゃった……」
「心配か? 隊長のことが」
たった1人で戦地に赴いたセイバをリトスは心配に思っていた。それを見て男の1人が声をかける。先ほどまで不満を口にしていた男だったが、今はそんな様子は微塵もない。
「まあさっきは俺らもあれだけ言ったけどな、俺ら隊員全員が隊長の強さを知っている。その上で言える。これぐらいならあの人が本当に『適当にあしらえる』」
男はどこか誇らしげに、そう言い放った。
「『ファクトリー』周辺でもないのにこの規模……。これは思った以上だな」
一方こちらは荷台の上。相変わらず走行を続けるトラックの上から見渡すその景色には、おびただしい数のシルトが進軍を続けている。それはまるで黒い濁流のようだ。
「だが構わんさ。『これ』の試験運用にはちょうどいい量だ」
手にした銃に付いている、何かの液体が入っているであろう金属の容器をセイバは撫でる。長年使い込まれた痕跡が見える銃本体に比べ、それは一度も使っていないかのように綺麗だった。
「さあ、適当にあしらうとするか!」
片手で銃を構え、セイバは威圧するように叫んだ。
一方こちらは別の場所。ビルガメスの者たちが『シャラファクトリー』と呼ぶこの場所では、現在多数のシルトとビルガメスの戦士が激しい戦いを繰り広げていた。銃弾が飛び交い、火花や血飛沫の舞うここはペリュトナイにて人と獣の間に繰り広げられていたものとは違うが、まさしく『戦場』だった。そんな戦場から少し離れた場所。やけに狭い通路を誰かが進んでいる。
「まさか本当に敵がいないとは思わなかったけど……、狭いな……」
文句を言いながら姿勢を低くして進むのはクイック。そんな彼女の後ろを進む者が1人。
「アウラもそう思うだろ?」
「そうですね……。でも接敵しないことは良いことなんじゃないでしょうか……」
同じように姿勢を低くして進むアウラは、息を詰まらせながら返事をする。
「取り敢えずコントロールルームまではこの体勢だ。頑張って進めよ」
「はい……! ……そのコントロールルームまではどれぐらいかかりそうなんですか?」
「……このペースなら、あと10分ってところだな」
「……」
嫌そうな顔をしながらも、2人は進んでいく。彼女たちはいずれ、この一大事件の発端となった『知能』と戦うことになるのだ。それまでは、この狭い通路を進むのみだ。
第八十六話、完了です。2つの個所で起ころうとしている戦いは、この大反逆事件の状況を確実に動かすものとなっています。重要度に応じて双方をバランスよく展開していきますので、ぜひご期待ください。それでは、また次回。
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