85.ロードスターズ【軍旗と指揮剣】
だが研究者たちの期待や努力とは裏腹に、クサリク以外のAIは微々たる変化しか見せなかった。クサリクも協力しAIたちの初期状態だったアバターやボイスの設定をして変化を促そうとしたが、大きく変わったのは外見だけという結果になった。彼らの望むAIの大変化は、メトロエヌマ史上最大の危機となる『大反逆事件』まで待つこととなる。
リトスが出会ったセイバ。彼はリトスが出会う2人目の『ルオーダ兵団の隊長』であり、しかし以前出会ったイゼルとはまるで様子の違う男だった。そんなセイバは、まるで舐めるようにリトスをじろじろと見ていた。
「ふーむ……。多少の修羅場はくぐっているようだが、それにしては鍛えられていない……。それにこの独特な肌のピリっとした感覚は……。おい小僧。お前魔術師か?」
「えっ、何いきなり……。って、どうして……!?」
リトスを見てすぐにセイバはそう呟き、尋ねる。突然のことにリトスは驚いて要領を得ないことしか言えなかったが、そんなことなど構わずにセイバは観察を続ける。
「お前の纏う雰囲気はイゼル……、俺の知り合いと似ている。まあアレに比べれば遥かに貧弱ではあるが、まあ戦えることには間違いない。フラッグ、俺はこいつと行く」
そしてひとしきり観察をして頷いた後、セイバは一連の様子を見ていたフラッグにそう伝えた。その一言に当事者の1人であるリトスはもちろん、周囲も困惑からかざわつき始める。
「元よりそのつもりで会わせたんだ。というわけでリトス、セイバと共に行動してくれ」
しかしもう1人の当事者であるフラッグはまるでそれを想定していたかのように返し、リトスに一言指示をした。困惑の重ね掛けにより、リトスは驚きポカンとしている。そして、やはりそれにも構わずセイバはリトスに手を伸ばした。
「急にそんなこと……!? あっちょっと! 離して……!」
「よし行くぞ小僧。こっちの作戦は立ててある。単純な策だから、移動しながら説明してやる」
驚くリトスのことなど構わずに、セイバは彼を小脇に抱えて出て行った。彼が部屋を出ていくその瞬間、ちょうどドアが開いて女が2人入ってくる。
「すまん遅れた! 呼び出しってことは遂に……! げっ、セイバ……」
「……ああ、リトスですか。そっちの人は、誰ですか?」
入ってきて早々、クイックは嫌なものを見たかのような顔をする。それは彼女の付けている猟犬のマスクと相まって、不機嫌に唸る犬のようだ。そんな彼女の後ろにいるアウラは、信じられないほど疲れ切った様子だった。その割にはさっぱりとしている。
「ようクイック。久しぶりだってのにそれは何だ。俺でも精神に来るんだぞそういうの」
そしてセイバはセイバでアウラを一旦スルーして、慣れたようなわざとらしい態度で返す。それに更に畳み掛けようとしたクイックだったが、そんな彼女の目に抱えられたリトスが入った瞬間、思わず固まってしまった。
「え、ええ……。そいつ、リトスだよな? どうして、セイバが抱えてんだ……?」
セイバは答えない。だがそんなセイバを特に何でもない様子で見守るフラッグで、クイックは何かを察してため息をついた。
「……ああ、そういうことかよ。おいフラッグ! これ本当に大丈夫なのか!?」
「そうだよ……! 僕の意見はどこに……!」
思わぬ助け舟に、リトスはここぞとばかりに乗っかる。だがそんな2人の必死の訴えは、フラッグには何も響いていない様子だ。
「後で共有する。まあ魔術師のお手並み拝見と行こうじゃないか」
「だそうだ。さあ観念しろよ小僧。行くぞ」
せっかくの助け舟すら状況を変えるには至らず、哀れリトスはセイバに抱えられたまま運ばれていった。クイックは困惑しながらも、呆れたような投げやりな憐みの籠った視線を向けていた。
「……リトス、強く生きろよ」
「ねえクイックさん。あの人って誰なんですか……?」
「あ、ああ。アイツは……」
困惑しながらも話すその2人を見て、フラッグはうんうんと頷く。それはまるで、確かめていた何かが想定通りになっていることを満足げに思っているようであった。とにかく、彼はどこか満足げであった。
「よし、こっちはこっちで仲の良さそうな様子だな。これなら大丈夫だろう。アウラ、クイックと共に任務に当たってほしい。策はこうだ。まずは……」
こうして色々と起こっていたが、フラッグの一声によって作戦は始まりつつある。そしてそれは、連れていかれているリトスの方でも同様だった。
「以上だ。聞いての通りお前の役割は、不安定ではあるが非常に重要だ。ぶっちゃけたことを言えば、今回の作戦で小僧の実力を測らせてもらう」
「いきなり連れ出してそんなこと、文句の1つは言っても許されると思うんだけど」
「何だ、不服か?」
「まあこういう状況になったからにはやるしかないんだけど、ね」
話された詳細に、文句を言いながらも覚悟を決めるリトス。それにセイバは表情を変えない。
「そういうわけなんだが、大丈夫だよな?」
「……リーダーも中々なことを考えるな。でも、アウラなら出来るんだろ?」
「私は大丈夫です。……ペリュトナイではもっと長く、厳しい状況にいましたから」
それは管制室のフラッグも同じこと。だが違う点があるのならば、アウラは覚悟が最初から決まっていた。それは出来るということを前提に聞いてきたクイックのことも大きかっただろう。
「……そうか。なら……」
「よし。その言葉を待っていた。では……」
フラッグとセイバ、2人はまるで違う人物だ。しかしこの瞬間、2人は同調していた。同じ導く者として、彼らの出す回答は完全に一致する。
「「作戦開始だ!」」
2人の『導く星』による、作戦始動の号砲が今放たれた。
第八十五話、完了です。いよいよ次回に開始する作戦、その前段階となりました。次回より開始しますので、読者の皆様は期待してお待ちいただければ幸いです。では、また次回。
よろしければブックマーク、いいね、感想等よろしくお願いします。