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#2『命短し、恋せよ男子』

時間軸としては、1章よりも前のお話になります。




 突然だが――マオラオ=シェイチェンの好みのタイプは年上だ。


 けれど身長は自分よりも低くあって欲しい。


 やはり男として格好つけたい、という欲がマオラオにもあるのだ。それから華奢な身体だと更に良いだろうか。優しくて包容力があって、それでいてちょっと色っぽいお姉さん……料理が上手だと、なお嬉しいかもしれない。


 ――の、だが。


(実際に好きになるかどうかは別なんやな……)


 屋敷の裏庭に面している方の3階バルコニーにて、マオラオは手すりに肘をつきながらそんなことを考えていた。


 眼下、森の一部を(ひら)いて芝を広げた裏庭には、3人の男女が居る。


 彼らを知らない者が見たら、女子が3人居るように見えるかもしれないな、とマオラオは思った。実際には女子は2人だけで、スーツをちょっと着崩した状態で、ピクニックをしている赤髪と金髪の少女達のみ。


 彼女らはインフェルノ事後処理班の『情報課』担当――つまりマオラオが管轄しているグループの子達で、今はレジャーシートの上で駄弁っているが、普段は世界各地でスパイ活動を行なっていることをマオラオは知っている。


 で、そんな少女らと一緒に談笑しているのが――。


(……ほんまに女の子にしか見えへんな)


 戦争屋の大鎌使い・シャロだ。


 薄茶髪のボブカットと琥珀色の瞳が特徴的な少年で、青のオーバーオールを好んで戦闘服としている。常に明るいところや人見知りをしないところが取り柄だが、傲岸不遜で自己中心的であり、かなり面倒臭いところがある。


 けれどマオラオの大事な仲間で、友達のようでもあり、実のところは――。


「……ゔゔん」


 ピー音代わりに強めの咳払いをするマオラオ。内容はお察しだ。


 ちなみにそれはシャロ以外の戦争屋メンバー全員に知られている。

 ここまで知られていて何故本人にまで情報が届いていないのか不思議だが、下手に伝えたところで2人の関係が拗れれば後の生活に支障が出るため、皆なんだかんだで告げ口していないのだろう。


 マオラオは、バルコニーの手すりに頬杖をつきながら、ソーダの入ったグラスに挿したストローに口をつける。吸い上げられた海色のソーダが口に入ると、炭酸が舌の上でぱちぱちと弾けた。


 先日ペレットが炭酸水メーカーを発明したとかで、昨今の戦争屋ではやたらめったら炭酸飲料水を作って飲むのが流行っているのだ。


「……あ」


 処理班女子達との会話(こちらまではよく聞こえない)に一区切りついたらしく、顔を上げたシャロがこちらに気づく。ブンブンと手を振られたのでぴらぴらと振り返してやると、とんでもない言葉が琥珀の少年から飛び出てきた。


「マオー、明日デートしよー!」


「ぶっへごっっふへは!!!!!!!」


 ソーダが気道に入って、マオラオはしばらくむせ続けた。





 翌日。王都へ向かう乗り合い馬車の中で、珍しくお洒落をしたマオラオは溜め息を吐きながら、


「――で、きちんと説明してもらおか?」


 向かいの席に座る、紺色のワンピースに身を包んだシャロに説明を求める。


 あれから、流される様にスケジュールを組まれてしまったのだが、肝心の目的を聞いていないのだ。まさかシャロの気が自分に向いたわけでもあるまい、何か他に意味があるのだろうと身構えていると、


「昨日、ウチに来てた赤い髪の女の子居たでしょ?」


「……うん? うん、せやな」


「その子が近々デートするらしいんだけど、コースを決めてなくて困ってるって言うから、シャロちゃんが視察を兼ねてスイーツショップ巡りをと……」


「なんでそれにオレを巻き込む必要があってん!」


「構って欲しそうな目でじーっと見てたじゃん」


「そないな目しとらんわ!」


 全力で否定するマオラオだが、自覚がないだけで構って欲しいと目で訴えていたのは本当である。別に会話が聞こえるわけでもないのにずっとバルコニーで飲んでいたのもその為だ。シャロに構って欲しかったのである。うぶな奴だ。


 そしてそんなマオラオの心の訴えが、あの距離からわかったシャロ――。

 中々鋭い目を持っているとは思うのだが、どうしてもっと奥の奥にある本当の気持ちにまでは気づいてくれないのか。


 マオラオが悶々としていると、馬車はいつのまにか王都に突入していた。


 マオラオは先に馬車の外へ出ると、後から馬車を降りるシャロの手を握る。

 指が緊張に震えているのは内緒である。シャロが『ありがと』と言ってふわりと身軽に飛び降りると、彼の履いた赤のヒールが小気味よくかたんと鳴った。


 2人は御者に礼を言って金を渡すと、


「じゃあ、行こっか!」


 早速デートプランを組むため、王都へと繰り出すのであった。





 ふと、マオラオは思い立った。


(このデートは不本意やけど、この状況は上手く利用できるんちゃうか……?)


 シャロの提案として、悩める情報課の少女のために本物のデートだと思って今日1日を過ごし、良いと思ったスポットをピックアップしてリストにまとめ上げて、それらを巡る順番まで考えてあげよう、というのが今回の趣旨である。


 しかし本物のデートさながらの心持ちでいくということは、今日においてはあらゆる行為が恋人のロールプレイとして許されるという――。


「まおー?」


「はっ、はいなんですかシャロさん!!!」


 どうやら相当深い思考の海に沈んでいたようで、声をかけられて慌てて我に返ると、目の前にはきょとんとしたシャロの顔があった。


「うわちっか怖っ!?」


「だって、さっきからずっと呼びかけてるのに反応してくれないしさぁ……ほら、頼んだデラックスパフェきたよ? どうやって食べるのが正解だと思う?」


「えっ、あ、ほんまや」


 いつのまにテーブルに置かれていたパフェグラスに、目を丸くするマオラオ。


 只今2人はカフェ・ドゥ・メールというお店にやってきていて、1番人気の『デラックスパフェ』を2人で分けて食べようとしていた――のだが、


「40センチくらいあるんとちゃうの……」


 丁度、マオラオの肘から指先くらいの高さのパフェに愕然。


 別に量的な話であれば余裕で食べれるのだが、このパフェの頭から爪先まで全て糖分であることを考えると思わずへっぴり腰になってしまう。


「とにかく上から順番に食べていって、アイスが垂れてくるから早めに食べなあかんな。シャロとオレやったらギリギリ崩れる前に食べれるはずや……んっ!?」


 喋っている途中で口に何かをぶち込まれて、店内にも関わらず口を閉じたまま絶叫するマオラオ。幸い周囲も喧騒に満ちていたため声は相殺されたが――。


「あっま!? ちょ、シャロ、何するん!?」


「いやぁ、こういう時『カップル』って何するのかなって……とりあえずあーんしたらいいカナ? って。どう? 美味しい?」


「喋ってる途中にスプーンを押し込むことを『あーん』とは言わへんよ!?」


 『美味しいけども……』と口元を隠して呟きながら、マオラオは口に突っ込まれたアイスを咀嚼する。苺のソースがかけられていたようで、甘酸っぱい味がした。いかにもフィオネが好きそうな味だと思っていれば、


「ほら、次。あーん」


「いっ……いつまでやるん……!?」





 その後のしばらくデートごっこは続き、舞台劇場を見にいったり、お互い相手に似合いそうなコーデを見繕って購入したりと楽しい時間が続いた。


 そして日が沈み始めた頃。最後にシャロとマオラオがやってきたのは、港町オルレオにある森を抜けた場所にある岬だった。


 そこには海風に揺れる花畑が広がっており、この時期はピンクや白のカーネーションが辺り一面に咲き誇っている。知る人ぞ知る穴場スポットであり、人知れずいちゃつきたいカップルには大受けすること間違いなし――。


「ここに最後に来てもらって、こう、キスしてもらうのが理想だよね」


 柔らかな風に撫ぜられる花々を見て、何故かどんと胸を張るシャロ。それから少しして、何も返事がないので思わずくるりと振り向いて、不安な表情で『だ……だよね?』とマオラオに共感を求める彼だったが、


「ほーん。あんさんは、そういうのが好みなんか?」


 大きく緩やかな風が吹き、近くの森の木々がざわめき、ざぁぁと波のような音を立てながら花の海がそよいだ時。茶髪の毛先を風に遊ばせたマオラオが、自分よりもいくらか背の高いシャロを見上げてそう尋ねた。


 夕日を受け止めて輝く薄紅色の瞳が、琥珀にも似た金色の瞳に向けられる。この瞬間、時間がとてもゆっくりと過ぎていくような錯覚がした。


 シャロは一瞬マオラオの様子に違和感を覚えるも、ふわりと浮き上がった薄茶色の髪を白磁のような手でそっと押さえると、


「まぁ……乙女的にはそういうの憧れるかなぁ〜とか思ったり? 凄く綺麗な、2人だけの世界でそういう……その、なんて言うの? キ……スとかは、ほら、ロマンチックじゃない……? え、ウチ変かなぁ……?」


 我に返って少し恥ずかしくなったのか、赤らむ頬を隠しながら、末尾に行くにつれて口籠っていくシャロ。照れ隠しをしようとしたのか、


「と、とにかく! マオもすっ……好きな子が出来た時は、ここに連れてきたらいいと思いマス……! あぁやばい、勢いで理想とか喋っちゃった……結構恥ずかしいこれ、出来れば聞かなかったことにして……!」


「……せやね。ほな、あまりここおると風邪引いてまうで。はよ帰らんと」


「う、うん。みんなのアイドルであるシャロちゃんが風邪引いたら大惨事だし、そうなる前に帰らないと……あの、さっきのことはホントッ、忘れてね!?」


「うーん、どうしたろかなぁ〜? なるべくオレは忘れたないねんけど」


「ちょっと、マオーッッッ!!」


 真っ赤になったシャロにボコスカと割と本気で叩かれながら、広大な夕焼け空と花畑を後にするマオラオ。彼の口元は『どうしよかなぁ〜?』と意地の悪い微笑を作っているが、その一方、彼の胸中は頑なな意思で満ちていた。


(ぜッッッたい、忘れてやらへんからな……! 意味があるかわからへんけど!)





 後日。再び戦争屋の拠点屋敷の裏庭にて女子会は開催されて、シャロとマオラオの考えたデートプランメモが赤髪の少女へと渡された。


「わーっありがとうございます……! 凄い、こんなにいっぱい調べてくださったんですか……!?」


「えへー、エルナちゃんの為だもん。あと普通にマオと回ってて楽しくて、思いのほか色んなところ行っちゃったの」


 そう言ってシャロがいくつか思い出を挙げていると、メモを眺めていた赤髪の少女は思い出したように『あぁ』と声を溢して、


「そういえば、マオラオ先輩と何か進展ありましたか?」


「……? 進展? なんの?」


「え、マオラオ先輩ってシャロ先輩のこと好きなんじゃないんですか? てっきりデートのふりしながら、なんか良い感じになると思ってたんですけど……」


 と、さりげなく言ってはいけない秘密を大告白しながら、不思議そうに首をこてんと傾げる少女。ここにマオラオが居合わせていたら卒倒していただろう。彼がここにいなかった幸福に気づかぬまま、シャロは『えー』と笑いながら返し、


「まっさかー、それはないよ。もしかしてそうかな? って思ったことは何回かあったけど……でも、それはきっとシャロちゃんが自惚れてるだけだし。それにマオみたいな良い奴に、ウチみたいな半端な子は似合わないよ」


「でも、絶対……」


「そうだったら嬉しいけど、でも、絶対にそうはならないから。……じゃ、ウチはキッチンからティーセット持ってくるね!!」


 そう告げて、屋敷の方へと戻っていくシャロ。その男性にしては小さな背中を見送ると、赤髪の少女は疲労の溜息をそっと溢して、


「マオラオ先輩……これかなり厳しいですよぉ……?」


 ――この場に居ない少年に向けて、ハードルの高さに圧倒されながら呟いた。




次回『#3 密輸マフィア掃討作戦』は来年1月の更新を予定しております。

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[一言] マオ君、なんかもう頑張れ...
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