#1『第1次ラブレター騒動』
時間軸としては、3章序盤(ジュリオットが薬を作るために要した3日間の間)のお話になります。
戦争屋の殺人鬼・ギル=クライン。
そう世間でも名高いその青年には、恐ろしい噂が常に付き纏いながらも、それらを全く気にしていないかのようにべた惚れしている女の子が沢山居る。
その中には年頃らしい甘酸っぱい気持ちを手紙にしたためて、本人に見てもらおうと考える女の子も居る。
それをギルは非常にうざったく思っていたが、残念ながらギル=クラインの居場所は地元の人間に対してはよく割れていた。ひと月に1回は必ず恋文が来た。しかし当然ながら彼女らの思いを、ギルは絶対に受け取りたがらない。
だから代わりにペレットが、毎回何故か代理で手紙を受け取る羽目になる。
「あ、ギルさん宛てっスね。渡しとくっス」
玄関の前に立ち、そう言って女の子を帰すことウン十回目。
もうこのやりとりも慣れたもので、いつしか自然と要件を聞く前からギルに宛てられたものだと決めつけるようになってしまっていた。
なので、
「あっ、違うんです、ペレットくん宛で……」
「……はぁ?」
そう言われた時には本気で声が裏返った。
その驚きは、まさか自分にそんな手紙が宛てられると思っていなかったという愕然と、自分のどこを見てそんな感情を抱いたんだ、という疑問から来るものだ。
数秒フリーズして、ふと。何も応えないままに目の前の少女を放置してしまったことを思い出して、ペレットは我に返る。すると視線が合ったことで、気合を入れておめかしして来たらしい少女は恥ずかしそうに目を逸らし、
「明日にまた来ます、その時にお返事ください……!」
そう言って、華奢な身を翻していった。その後ろ姿、ただの町娘然としたか弱い姿にペレットは『一般人』かつ『少女』という、自分とは対極の位置に居る人間からとんでもない手紙を受け取ってしまったのだと気づいて、
「……は!?」
日焼けのないことが特徴的な頬に、急激に熱が昇った。
*
その少女については、顔と名前がなんとなくわかるくらいの知識しかなかった。
フラムが贔屓にしている果物屋の娘で、いつかの日に買い出しに付き合わされ、その時たまたま喋る機会があったのだ。つまり関係性はどちらかというと薄く、ペレットから彼女への恋愛感情は全くといっていいほどない。
なのに、
「どーしてこんなに顔があっついんスかねぇ……」
「いや知らんわ。お前もその子のことが好きなんとちゃうん?」
ペレットが食堂のローテーブルにうつ伏せる手前、向かい側から冷ややかな視線を浴びせてくるのは今日のおやつのチーズケーキを口に運んでいるマオラオだ。
クソガキから珍しく『相談に乗ってください』と頼られて話を聞いてみれば、打ち明けられたのはラブレターを貰ったけどどうしたらいいかわからない、というある種自慢にも聞こえる悩み。
故に1度もラブレターなど貰ったことのない少年は苛立っているのだった。
「違うんスよ、全っ然まっっったく好きじゃないしタイプじゃないんスよ」
「いや最低やんお前……本人がいないからってそこまで言うことないやろ」
「でも、事実ですし……」
「はぁ〜っホンマに。誰や知らんけど、その子はどうしてこないなクソ野郎に惚れてもうたんや……可哀想でしゃあないわ。っちゅーかあれか? もしかしてやけどあんさん、よう知らん人でも『好き』って言われたら好きになるタイプか?」
「いえ、マオラオ君じゃないんで違いますね」
「相談乗れって言ったんお前やんな!? 喧嘩売ってるんやったら帰るで!?」
一体『相談に乗れ』とは何だったのか、とぎゃんぎゃん噛みついてくるマオラオを見て、面白い人だなあと呆けるペレット。鼻で笑うと、『いやーこんなん嘘に決まってるじゃないスかぁ』と自分の分のチーズケーキをフォークでつつき、
「結局のところ俺がマオラオ君に聞きたいのは、好きですって言われて嫌な気がしなかった時、お試しでも付き合うべきなのかって話っス」
「なら早よ言えやそれを」
薄紅色の大きな瞳をじとりと細めるマオラオ。『いやぁ、すみません』とペレットが戯けたように謝れば、茶髪の少年はうーんと唸りながら目を閉じて、
「……ようわからんし、お試しで付き合うかはお前の判断次第やけど、オレから言えるとしたらあれや。何を選ぶにせよ、その女の子とは真面目に向き合った方がええと思うで。せっかく告白してくれたんやから」
「おぉ、マオラオ君にしては真面目な返しを……」
「おっまえホンマに殴ってええか!?!?」
*
――次にペレットが頼ったのは、キッチンにて皿洗い中のフラムだった。
フラムが水切り籠に入れ、そこからペレットが皿を出して拭く――という共同作業をしつつの相談である。相談に乗って欲しいと言った時のフラムには露骨に嫌そうな顔をされたが、皿洗いを手伝うからという条件付きで了承してもらった。
そうして、マオラオに話したことと同じ内容をフラムに話し、
「……すみません。それは、僕への当てつけですか??」
「いやあの、違うんスよ。確かに俺も恋愛経験のなさそうなフラムさんに話すのはどうかな〜とは思ったんスけど、ギルさんとかフィオネさんとかその辺のなんか頼れそうな人が軒並み外出してるんで……」
と、さりげなく戦力外通告しながら肩を竦めるペレット。すると、フラムはその失礼な言葉を当然聞き取り、頭部の犬耳をぴくりと動かしながらも、あえてそれを無視して次の皿を洗うことに意識を集中させ、
「……フィオネさんはともかく、ギルさんは当てにならないと思いますよ」
「え? なんでですか?」
「あの人女性のこと基本的に嫌ってますし、そうでなくても一方的にモテるだけで恋愛経験はないですし。強いても風俗のいろはを語ってくるだけでしょうから」
「それは、確かにそうっスね……盲点でした。で、恋愛経験もさぞ豊富であろうフラムさん的にはどうなんスか?」
強気にぐいぐい身体を寄せて尋ねると、押されたフラムは『うぅ……』と困ったように顔を歪める。それから少しの間、フラムは何かを考えて、
「……悪いですが、僕にそれの答えは出せません。ペレットさんが考えることだと思うんです。僕に言われてペレットさんが動いたところで、きっとその女の子はいい思いをしないでしょうから。けど……」
「けど?」
執拗に続きを求めると、フラムは少しはにかみながら、
「ペレットさんがそういうことを考えるようになったってことが、僕的にはちょっと嬉しいです」
「……? それは、どういうことっスか」
拭き終わった皿を重ねて、首を傾げるペレット。すると、
「ペレットさんは何というか、戦い一筋……じゃないですけど、強くならなきゃって考えに囚われて自分を苦しめているようなところがありましたから……それ以外のことに思考を割けるようになったのが嬉しいな、って」
*
――最後にペレットが訪れたのは、屋敷から少し離れたところにあるジュリオットの研究所だった。
屋敷にも研究室があるのだが、こちらの研究所はジュリオットが騒音のない静かな場所で作業したい、という際に使用される。逆に屋敷の研究所は、誰かの声や生活音を聞きながら作業したい、という時に使用されていた。
つまり研究所を使用している今、ジュリオットは『騒音から離れたい』という心境であるのはペレットも分かっていたのだが、
「なんで来たんですか貴方は……」
「まぁまぁ、研究所に篭りっきりのジュリさんの健康観察と、甘いものの差し入れを兼ねて……っスよ。どうせ8時間くらいぶっ通しで考え事してるんでしょう? 俺の介入はむしろ休憩をとるチャンスだと思って頂いて」
「甘いものって……その袋、『カフェ・ドゥ・メール』のじゃないですか」
ペレットが手から下げた紙袋を見て、目を丸くするジュリオット。
カフェ・ドゥ・メールというのは王都に新しく出来たお店であり、その多彩なメニューにより幅広い層に受けたため、毎日の如く行列が出来る人気店の名前だ。
最近のジュリオットが行きたくても行けない、とぼやいていた店でもあった。
恐らく、今日も数百人単位で人が並んでいたと思うのだが。
「そうっスよー、2時間並んでブルーベリーパイを購入してきました。これでジュリさんも許してくれるでしょ?」
「うっわぁ……絶妙にヤな子供ですよね、貴方って本当に」
「いやー滅相もない」
「褒めてはないですけどね」
そんな軽いやりとりを経て、とりあえず差し入れのブルーベリーパイをジュリオットに食べてもらうと、早速話はペレットの悩みへと移る。
研究所内にある小さなテーブルを挟んでジュリオットとペレットが座ると、ペレットはマオラオ・フラムにしたような説明と同じ内容を話した。すると、意外にもジュリオットは前者2人のように嫌味かと顔を歪めることもなく、
「まぁ、後悔しない方を選べば良いと思いますよ」
「……?」
「納得いかないみたいな反応やめてくれますか!? いつ死ぬかもわからない職業やってるんですから、選択して悔いのない方を選べって言ってるんですよ! それともなんです!? 私が言っていることに納得いかないんですか!?」
「はい」
即答されて、机に肘をつきながら頭を抱えるジュリオット。
そんなに恋愛ごとに興味のない人間に見えるのだろうか。
いや、見えるか。身体は痩せて目元には隈が出来ており、研究所に篭りっきりで風呂に入らないため、髪や肌質はお世辞にも良好とは言えない。
こんなに身だしなみに配慮しない人間に、まさか色恋の経験があるだなんて誰も思うまい。
「……まッッッ、たく……。私にも恋愛の経験はありますよ。ただ、伝える前に相手が逝去してしまわれたので、告白も何もなかったですけれど」
「……」
「恋愛をするな……とは言いません。ただ相手の少女も貴方自身も、いつ死ぬかはわからない。ですから貴方がより幸福だと思う方を選択してください。それしか私からは言えませんね。あと、付き合うなら1回私かフィオネさんに挨拶を……」
と、言いかけていると、ふと無言を貫いていたペレットが立ち上がり、
「――わかりました」
「え?」
「決めかねてたんスけど、今ので決まりました。ありがとうございます。それじゃあまた夕食の時に! あとそのパイ3000ペスカしました!」
そう言って、ペレットは研究所を飛び出していく。
バタン、と扉が閉まると同時に先程までの喧騒が掻き消えて、嵐の後の静けさにジュリオットはしばらく呆然としていた。
「……パーカー、椅子にかけたまま忘れてるんですけど」
*
翌日。話通り屋敷の門前に来た少女に、ペレットはぺこりと頭を下げる。
「知っていると思いますが、俺は戦争屋の人間です」
「……はい」
「それに、恋愛はよく分かってなくて……多分、今付き合っても俺は貴方のことを幸せには出来ないと思います。ですから、すみません。気持ちは嬉しいんスけど、貴方と付き合うことは出来ません」
きっと少女は自分と付き合っても良い思いをしない。
それはペレットが『一般人の女の子』を分かっておらず、扱いに慣れていないという点でもそうだし、仕事に命をかけている以上、心配ばかりかけさせるだろう。
そう思ったから、ペレットは少女の告白を断った。
少女は少しの間絶句していたが、ペレットの気持ちが真摯なものであると理解したのか、最終的には泣きそうな声音で笑いながら受け入れて、『またいつか、うちのお店の果物を買いに来てください』と言って帰っていった。
――やり遂げた。
安堵の溜息を溢すペレット。
しかし告白というのは振る方にも気力がいるようで、少女と別れてから精神的な疲労が凄まじい。昼寝でもして休もうと、ペレットは屋敷の中へ戻った。しかし玄関を入ってすぐに、難しそうな顔で腕を組んだシャロに遭遇する。
想定していなかった人物との出会いにペレットは驚くが、表面を取り繕うのは得意だ。ペレットは急いで悪童の笑みを貼り付けると、
「どうしたんスか? 盗み聞きなんてタチ悪いっスよ、シャロさん」
「……」
「……? あ、もしかしてあの女の子のこと好きだったり? それともなんです、シャロさんも実は可愛い可愛い後輩である俺のことが……」
なんてわざとらしくニヤついて近寄ると、うざったそうにぴくりと眉をひそめたシャロは『それだけはない』と言いながら少年の顎を引っ掴み、
「誰かに『好き』って言ってもらえるってどんな気持ちなのかなって思っただけ。でもよく考えてさぁ、ペレットが……しかもシャロちゃんより先にペレットが女の子にモテるっておかしくない……? 絶対間違ってるよね……?」
「いた! 痛い、地味に痛いっスシャロさん! アンタも別にモテてんだから良いじゃないっスか、俺に当たらないでくださいよ!」
「えっモテてる!? シャロちゃんのことを好きな人がいんの!?」
「あっやべ口滑った……じゃあまた夕食の時に会いましょ、俺は寝るんで!!」
例の人物に怒られる、と慌てて『空間操作』でその場から逃げるペレット。すると今まで彼の顎を掴んでいたシャロの手は空を掠め、
「ちょ、ちょっと、せめて誰なのか教えてからにしてよ!?」
絶対見つけ出してやる、とシャロとペレットの隠れ鬼ごっこが始まった。