6話 空白の年月
村人たちは被害状況の確認と、怪我人の手当てで慌ただしくしている。
そんな中、俺たちは、モモの家に集まっていた。
この藁の家は、お世辞にも充分なスペースがあるとはいえない、6畳程の居間に、5人は木の机を囲んで座っていた。
どうやら、増援が来た理由は、リュウがギルドに護衛を頼んでいたかららしい。しかし、リリースから数時間でギルドを立ち上げてるなんて凄いな。
俺がβテスト中に、ギルド設立権限を手に入れるてるプレイヤーなんて、数える程しかいなかったぞ。アプデで設立条件が緩和されたのか?
金髪のオールバックに鋭い目付き。顎髭を蓄えた中年男性が話し始めた。
「取りあえず自己紹介から始めるか。オレはギルド“刃折剣”の副団長のガイ、そんでコイツは…」
ガイは赤い頭巾の女の子に目配せする。
「わたしはミリア・ヒュプノールでし」
…でし?変わった語尾だな。そこまで、キャラ作りしなくてもいいのではと無粋なことを思ってしまう。
このゲームの音声はプレイヤーの声がそのまま適用される。その為、ネカマ率は極端に低い。
βテスト時に渋い男性の声の女性キャラもいるにはいたが、特殊な性癖の持ち主以外は、近寄ろうともしなかった。
ガイさんは改めてみると、2mはあろうかという体格だ。金髪に年代物の黒いライダースがよく映えている。
対照的にミリアちゃんは小柄な少女で、赤茶の髪の毛が頭巾からはみ出ている。赤い瞳を輝かせ俺を見ていた。アバター年齢は12歳ぐらいか?
実年齢を聞くのはタブーだけど、さすがにある程度、年齢がいっているプレイヤーだろ。
オレたちは簡単に自己紹介を済ませ、さっそく本題に入る。
「俺からで申し訳ないですが、いろいろ聞きたい事があります…」
正直、ログアウトさえできれば、黒い獣なんかどうでもよかった。
コイツらがどれだけ世界観を重視してロールプレイしてようが関係ない。
今までの経緯を説明すると、皆の表情はみるみる、怪訝な顔に変わる。
…ある1人を除いて。
「レイとか言ったな。ちょっとツラ貸せ」
ガイさんは突然、強引に俺を外へと連れ出した。
少し歩き、村から離れた平原まで来た。
ガイさんは険しい顔で俺に質問する。
「お前…こっちに来たのはいつだ?」
「それって、“ブランニューワールド”のことですか?」
その名前を口にした途端、ガイさんの表情は更に険しくなる。
「いつって…言われてもサービス開始してからすぐですよ。こっちの日時で言えば今日の昼間です」
「そうか…お前は旧世代の人間なんだな」
「旧世代…?」
聞き慣れない用語に困惑する。
「落ち着いて聞いてくれ…」
ガイさんは一旦、間を置いて再び口を開いた。
俺は何だか嫌な予感がして、ゲームながら、冷や汗をかいている。
「俺たちは既に、この世界の住人だ。ログアウトはできない」
「この世界の住人ってどういうことですか!」
普段、大人ぶっている俺は、予期せぬ返答に焦り、タケシさんに掴みかかる。
次のタケシさんが紡ぐ言葉で、更に困惑する。
「その反応、旧世代で間違いないようだな。旧世代とは、20年前の天変地異で、地球からこの世界にログインさせられた者たちのことだ」
何かの聞き間違いか。20年前の天変地異ってなんだよ。それに、ログインさせられたという言い方も気になる。
「タケシさんは確か…28歳ですよね。20年前と言えばまだ8歳」
「そうだ。はっきりとは覚えてないが。あれは、うだるような暑い日だった。俺はお袋にお使いを頼まれ、近所のスーパーに買い物に行く途中だった。そしたら、突然、空が真っ暗になり、俺の体から緑の光が漏れ、空へと吸い込まれていった。そんで、気が付いたらこの世界にいたってわけよ」
「……」
俺は言葉を失った。これまでの出来事は単に、ゲームから出られないだけだと思っていた。
ただのバグで、最悪、ブランニューワールドのヘルス管理機能で強制終了されるだろうと…。
タケシさんが嘘を付いてないことは、皮肉にも、この“観測者の目”で分かってしまう。
残る可能性は、タケシさんがゲームに入れ込むあまりに、リアルとゲームの区別がつかなくなっているか…、はたまた、タケシさんのプレイヤー表記はバグっていて、実はイベントで用意されたNPCだったとか…。
確かにゲーム開始から20年経っているなら、辻褄が合う事も多い。
モモたちは、ゲーム内でロールプレイをしている訳ではなく、本当にこの世界で生きている。
そして、開始から僅か数時間しか経ってないのに、ギルドの設立ができていること。
「とにかく、旧世代であることは、知られない方がいい」
それだけ忠告され、俺とガイさんはモモの家へ戻った。
再びモモの家で食事をしながら、話を続けたが、俺の頭は真っ白で、会話する余裕など無かった。
ガイさんたちは近くの野営地に戻り、リュウは
夜通し、村の警備を行っていた。
怒涛の1日で疲れ果てた俺は、物置小屋に置かれた、藁のベッドで倒れるように眠りに就いた。