3話 違和感
暗殺者の足跡を辿っていると、小さな村が見えてきた。
村には柵などはなく、藁でできた20軒ほどの家が建ち並んでいる。いかにもRPGに出てくる、一番最初の村って感じだ。
手近な家の玄関をくぐると、中から女性の声がした。
「…どちら様ですか?」
「こんにちは。少しお尋ね……!」
俺は目の前の少女の顔を見て驚愕した。
そこにいたのは幼なじみである桃花の姿だった。
俺と桃花と、もう一人、海は小学校の頃からの腐れ縁だ。
同じ中学、同じ高校に進学したが、さすがに大学まで同じとはいかなかった。
桃花は専門学校へ、海は他県の名門大学。
受験に失敗した俺はFランク大学へと進学した。
互いに離ればなれになったが、それでも毎年、お盆と正月には集まって、酒を酌み交わした。
そして、今、目の前にいる少女は、村娘のような服装だが、ウェーブの掛かった茶髪、たれ目に長いまつ毛。顔立ちは少し幼くなった気もするが、間違いなく桃花であった。
「えっ?…モモ…なのか?」
念の為に普段の呼び方で確かめてみた。
「あなたは誰ですか?どうして私の名前を…」
「あっ、そうか。俺の見た目はキャラクリエイト時に作成したアバターだったから、分からなくて当然だよな」
悲しいことに、俺のアバターはリアルとは欠け離れた美青年だ。
「キャラクリ?…アバ…何ですかそれ?」
モモの顔は、徐々に不審者を見る、いぶかしげな表情に変わっていく。
ゲームの用語では余計な混乱を招くと悟った俺は、切り口を変え誤解を解こうと試みる。
「いや待ってくれ!俺だよ礼だよ」
その言葉を聞いてようやく理解したのか、モモの表情は一変して輝きを取り戻す。
彼女もゲーム内で奇跡的に再開できたのが嬉しいのか、今まで見せたこともないような笑みを見せる。
それにしても、モモのやつ、ゲーム内で自分の顔を再現するとか、どれだけ自信があるんだよ…。
これでようやく誤解が溶けたと思ったのも束の間。彼女の口から出た言葉に違和感を覚える。
「あなたがあのレイさんですね。やっぱり!お母さんが言ってた通り。ホントに助けに来てくれたのね。ちょっと待ってて下さい。弟を紹介します」
…弟?…お母さん?
モモは確か、一人っ子だったはずだし、父子家庭だった筈、そもそも、俺と母親に面識なんて無い。
それとも、このゲーム内で家族を構成できるシステムがあるのか?
それに、俺の事は直接は知らないみたいな口振りだった。…だめだ、訳がわからん。
そうこう考えている内に、モモが弟やらの袖を引っ張りながら連れてきた。
「弟のリュウです。よろしくお願いします」
弟は強引に連れてこられたのか、少々不機嫌そうだ。
「…あっ!」
モモの弟は俺の顔を見るやいなや声を上げた。
俺を知ってるような反応だな…。もしかして、さっきの暗殺者か?
よくよく弟の格好を見れば、頭巾はとっているが、先ほどの暗殺者と同様の黒いマントを羽織っている。
「お前はさっきの!」
モモの弟は刀を召喚して、突然、斬りかかってきた。
「うおっと!」
俺はすんでのとこで、体を横に翻し回避する。
「えっ?…ちょっと、何してんのリュウくん!」
モモは状況を飲み込めず、慌てて止めようする。
リュウは刃をこちらに向け尋ねる。
「お前!どうやってここが分かった。さっきは、よくも俺の獲物を横取りしやがって」
そもそも横取りしてきたのはあなたでは…とか、
ゲームに命かけすぎじゃね?…とか、いろいろ言い返したかったが、不自然なモモの言動も相まって、俺らパニックに陥っていた。
「取りあえず落ち着けって!」
「そうだよ、リュウくん」
弟はモモの言葉でようやく刀を納めた。
「お母さんが言ってたレイさんだよ。助けてもらおうよ」
「そもそも、俺はその話しを直接、聞いたことねえし、モモ姉の妄言なんじゃないのか?」
「でも、実際にレイさんは来てくれたよ?」
「俺はコイツが嫌いだ。いけすかねえ顔しやがって!」
モモの弟は言いたい放題言うと、家から飛び出していった。
俺もある程度大人だから、子どもの失礼な態度も許容できる。
それにしても、いけすかねえ顔か…、俺のアバターがイケメン過ぎて嫉妬しているのかな。
そんなことを考えていると、モモは俺を気遣うように声を掛けてきた。
「ごめんなさい。レイさん…あの子ね、普段は優しい良い子なんだよ」
「別にいいって。それよりもお母さんは、俺のこと何て言ってたの?」
モモは少し上を見上げ、思い出すような素振りをする。
「ええっとね、確か『困ったときは、必ずレイが助けに来てくれるよ』だったかな?亡くなる間際まで、そう言ってたよ」
「……」
俺は、その言葉を聞いて何も言えなくなった。
とにかく、疑問が多過ぎて、何て答えればいいか分からなくなっていた。
「ごめん、どこか休めるとこはあるかな?」
このゲームを始めたのは夕方だ。一旦、飯落ちにして、今回の事を整理したかった。
正直、飯なんか後回しにして、ぶっ続けでこのゲームを楽しみたかった。しかし、変な違和感を感じ、一旦気持ちを落ち着かせたかった。
モモは快く、奥の物置部屋を案内してくれた。俺は部屋の隅にあった椅子の埃を払い、腰を掛ける。
一旦、ログアウトしようと、ログアウト画面を開こうとしたが、画面が表記されることはなかった。