表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Stern Baum   作者: kohaku
4/5

~ 星の木 4 ~

File:37  two of a kind (似た者同士)


(一週間……か)


プライベートルームに戻った碧は、パソコンを開く。画面には、これまでにInsideTraceゲームで得られた情報データがぎっしりと並べられていた。

先程の秋兎の言葉が、頭の中で反復する。


『セナが、一人で、背負うべきじゃない。』

『今、決断すれば、後悔する。セナは、こっち来て。――――――それまで、他の4人は、頭を冷やして。』


(頭を、冷やせ……か。17歳の子供に、正論を突き付けられるとは……)


自らの両手に、視線を落とした。


「焦って…大切な人を、傷つけてしまうところだった」


そう。あの時秋兎が話し合いを止めなければ、見えないIron Curtain(鉄のカーテン)でばらばらとなったメンバーそれぞれが、セナに決断を焦らせ、結果…彼女を追い詰めてしまうところだった。


「…………ふぅ」


短くため息をついた碧は、ベッドに転がり、大の字に手足を広げる。

そして、目を瞑った。



2分―――


かつてセナに教えて貰った、心と体の相関性を整えるための“フェイク”。自信がない時、何かを頑張りたい時、決まって碧は大きく体を伸ばし、2分の瞑想を行う。


自分は今、何をすべきか―――。

答えは、2分の瞑想後の自分の中にある。。。


「碧?」

ガシャリ



声と同時に、部屋のドアが開く。

プライベートルームの鍵をかけていなかった碧は、慌てて目を見開き飛び起きる。


「……ッと悪い、寝てた?」

「―――いや、別に」


気まずそうにフイと視線を逸らせる碧。

合図もなしに不躾に部屋に入ってきた白李は、パソコン机の椅子に腰を下ろした。


「ちょっと、いいか?」

「ああ。でも、そういうのは部屋をノックして確認してからいうものじゃないのか?」

「あ~そうだったよな、悪い…思い立ったらすぐ行動しちまって」


普段の白李は、それなりに礼儀正しい。ノックせずに部屋に入ってくることなど先ずなかった。それだけ、急いでいたのだろうか。


「で、何?急ぎの用か?」

「ああ。この1週間で、俺、日本に行こうと思うんだ」


「日本?」


いきなりの話に、碧は思わず問い返した。

白李は小さく頷く。


「日本に、俺や秋兎がInsideTraceゲームの拠点としていた、御影家がある。第2のイデアを調達するにしても、InsideTraceゲームを動かすにしても、ある程度の設備や過去使用していたデータが必要だろ?カリフォルニアの大学にあるラボや、御影隼隆教授の家にその影がないとなると、もしかすると日本の御影家に何かヒントがあるんじゃないかって思ってさ」


「……確かにそうだが、日本の御影家は日本のInsideTraceUnit projectが既に調べつくしているだろう?それに、重要参考物証としておそらく立ち入り禁止になっているはずだ」


碧の言葉に、ニヤリと口元を綻ばせる白李。その不敵な微笑みに、顔を引きつらせる碧。


「まさか、お前―――!!!」

「入るなって言われたら、入りたくなるだろう?」

「……何か手が、あるんだろうな?」

「ああ、任せとけ。だけどそれには、アシスト(プログラマー)が必要だ。秋兎は重要参考人だから日本に連れて行くわけにはいかない」

「成る程、そう言う事ね……」


頷き返す碧。要領を得た彼は、ベッドから飛び降りると、白李に椅子を譲るように指図した。


「日本行の手配は俺がするよ」

「頼んだ。じゃぁ俺は“奥の手”の手配に取り掛かるよ―――」


2人は顔を見合わせ、そして互いに拳を突き出した。こつんと拳を当てると、白李はプライベートルームに戻り、メールの作成を行う。一方碧は、白李と二人分の航空チケットの手配をした。


この1週間を、無駄にしない為に―――。



日本に着いた二人は、空港からそのままタクシーで聖倭大学へ向かった。

久しぶりの日本―――。

だが、二人には母国を懐かしむ猶予はない。限られた時間は1週間。準備とフライト(移動)に、既に数日を費やしている。残りの数日間で、何としても“成果”を上げなければならない。


「そう言えば、白李が言っていた奥の手って?」


カツカツと金属音を鳴らしながら構内を横切っていく白李の、後ろを付いて歩く碧。

すると、構内のある研究室の前で足を止めた。碧は眉を顰める。


「……電気電子工学科?白李は海洋学部じゃなかったか?」「俺は、ね」


その研究室の扉を叩く白李。中から、聞き覚えのある声が二人を招いた。


「失礼します、海洋学部3年の冬城です。」

「どうぞ―――」


様々なコンピューターが所狭しと並べられたその部屋の主は、ゆっくりと立ち上がった。彼をみて、目を見開く碧。


「水月=クラーク博士?」

「よく来たね、白李君、碧君」


水月はカリフォルニアのラボにいるとばかり思っていたが、まさか日本で会おうとは。

驚く碧に、にんまりと口元を綻ばせた白李が説明する。


「クラーク博士は元々聖倭大学で教鞭を取られていて、カリフォルニアのラボとは頻回に往復させているんだ。たまたまこの1週間は日本にいらっしゃると聞いて、協力を依頼したんだ」

「白李君の留学中にまとめたPolaris2型の報告書は確認しているよ。君なら、Polaris飛行型3機の操縦も十分に行えるだろう」


「Polaris飛行3型?」


まだ状況が把握しきれていない碧に、水月と白李が説明した。


水月=クラークの研究しているBrain-machine Interface (BMI)はその字の通り脳と機械を接続するデバイスを指す。病弱だった愛娘セナに外の世界を見せるため数年前に初代Polaris陸用1型を開発して成果を上げた後、Polaris海用2型と、Polaris飛行3型を開発していた。海用であるPolaris2型は、海洋探索として白李の留学先の大学でも試用運転され、その操作を留学生の白李が行った事があった。


Polaris3型は小型ドローンを脳と接続する事が可能だという。人間が立ち入る事が出来ないような機械内部のメンテナンスや大規模災害時の人命救助を目的とした捜索などを目的として作られたが、それを潜入捜査使おうというのだ。


当然、国家権力を持たない彼らが立ち入り禁止場所である御影家にPolaris3型を潜入させることは立派なルール違反(犯罪行為)である。見つかれば住居侵入罪だけでは済まされない。


「こんな事に巻き込んで、すみません。水月博士―――」

深々と頭を下げる白李。


「いや、構わない。御影秋兎君の国外逃亡に加担している時点で、とっくに危ない橋は渡っているからね。それに、御影隼隆がInsideTrace事件に関与しているのなら、私には彼を止める義務がある」

「……義務、ですか?」


水月は研究室の戸棚の電子ロックを解除すると、手のひらサイズの小さな箱を取り出した。


「これが、Polaris飛行3型…」


箱を空けると、羽を広げても大人の男性の掌位の大きさしかない。


「今回は、小型ですね―――」


犬型のPolaris1型、卵型のPolaris2型と比較しても、かなり軽量で小さい。


「飛行能力を持たせるためには素材から軽量化する必要があった。2型は深海への対水圧性を持たせるためにかなり丈夫なボディだが、3型は壊れやすい。周囲の壁などへの接触にも、操作にも十分に注意するように」


Polaris3型を掌に乗せ、あらゆる方向からその形状を覗き見る白李。

彼と水月のやり取りをじっと聞いていた碧は、やっと声を上げる。


「あの、俺は何をすればいいですか?」

「君には、白李君のアシストをしてもらおう」

「アシスト、ですか―――」


Polaris3型は小型ながらに様々なセンサーや機能が搭載されている。ステルス機能や暗視対応の360度カメラだけでなく、熱圧センサーや対ウイルスプログラムの内臓など。そのデータ管理を行う必要があるというのだ。


「本来ならば数名でそれぞれを分担して行うべきだが、調査自体を秘密裏に行う為、碧君の負担は大きい…私もフォローはするが―――やってくれるか?」

「勿論です。操作方法のご指導をお願いします」


こうして二人は、水月=クラークの指導の元でPolarisの基本的な操作方法と各種機能の把握・管理方法の練習を行った。



すっかり日も暮れ、その日の夜は大学近くの白李のアパートで休むこととした。翌日も朝から調整を行い、夜の闇に紛れて潜入捜査を行う方向で話を進めた。


「失礼しました。」


丁寧な挨拶の後、水月の研究室を出た碧と白李は西日の眩しい廊下を歩く。


「学生かぁ……懐かしいなぁ」


長い廊下の窓から、帰宅の途につく学生や、ベンチで楽し気に雑談する学生達を、目を細めて見る碧。


「何、年寄りくさいこと言ってるんですか…。碧はまだ卒業して2年程でしょう?」

「あはは!そうなんだけどね。この一年は、とてつもなく長く感じたから。」


何気ない碧の一言だが、その、重みを感じとれる。


「奇遇ですね!俺もこの一年は、すげー長く感じます。ホント―――色々あり過ぎて」


隣で、くすくすと笑いながら歩く白李。


「でも、セナと会ってからの俺の世界には、いろんな色で溢れてるんですよ!だから俺は――――――」



きゃぁぁぁぁ!!!


?!!!


構内の静けさを、けたたましい叫び声が引き裂いた。

顔を見合わせる碧と白李。


「何だ?」「とりあえず、外に出よう!」


2人は階段を駆け下り、建物の外に出た。人もまばらのこの時間、先程の叫び声を聞いた野次馬達がきょろきょろと辺りを見渡す。


「何かあった?」近くの学生に声を掛ける白李。

「なんかミュージックホールの方に人が集まっていたけど?」

「ありがとう!」


白李と碧は情報のあったミュージックホールへ急いだ。


そこには、既に学生や図書館等に来ていた一般人がわらわらと集まっており、中の様子はうかがえない。


「一体中で何が―――」


「おい!人が倒れてるらしい!」「誰か救急車を呼んでくれ!!」


(救急車?!)


穏やかではない単語に、ざわめきが大きくなる。二人は顔を見合わせ、人の間を強引に割って入った。


「救急でしたら通して下さい!私は医療関係者です」


後方で、男の声がする。医療関係者との声に、野次馬達がスッと道を開けた。その隙間に潜り込み人の輪を抜け、思わず息を呑む。

ミュージックホールの中で、何名もの人が倒れていたのだ。


その中央で、二人の若い男がガタガタと足を震わせている。彼らの頭部を見て、碧と白李は直感した。


(InsideTraceゲームだ!)


2人は慌てて鞄に入れていたバームを取り出し装着する。


「Force Program、link on!」「Assist Program ―――link on」


可視化したソースコードを視界に移すと、幾つものソースコードが中央で立つ二人の若者の周りを舞い、彼等の頭上にはDUELモードの終了を告げる“Winner”の文字が輝いていた。

戦闘こそは終わっているが、おそらくInsideTraceゲームのDUELによる影響だろう。


勝者であるはずの若者まで、立ちすくんでいる。その表情から、想定外が起こった事は予想が出来た。


人込みをすり抜けて入った医療関係者と名乗る男が、倒れていた者の足元に膝をつき、彼等の状態を確認する。


「外傷はなさそうだが、何か強い衝撃を受けたことによるショック状態に見える…そこの黒ずくめの男子学生、救急車を呼んでくれ!出入り口の金髪の赤いジャケットの君は誰でもいい、直ぐに大学の講師陣を呼んできてくれ」


「黒ずくめって…俺?」

「そうだ、119番通報は、出来るか?」「はい、コールします」


男に指差された白李は、携帯を手に取る。同時に、指差されたもう一人の学生は周囲を巻き込んで講師を呼びに走った。


「碧、水月さんにコールしてくれ―――まだラボにいるはずだ」「分かった…」


携帯を鳴らす碧。白李は言われた通りに119通報を行いながら、男の隣に駆け寄る。

倒れた人達の全身を確認し脈を診る男。彼の横顔を見て、白李は目を見開く。


「立夏?」


男の端正な顔立ちは、立夏を彷彿とさせる。白李の声に反応し、男は白李にちらりと視線を向けた。白李が救急隊との会話を行えている事を確認すると、自らの携帯電話を取り出し、どこかに通話し始める。


「血内の牧野だ。今日の救急担当医に繋いでくれ。聖倭大学で原因不明のショック患者5名と遭遇した、救急搬送したい。」


(……けつない?救急担当医?)


救急車のオペレーション対応を行いながら、牧野と名乗る男の通話に耳を傾ける白李。


「こちらです!」


金髪の学生が連れてきた他の講師陣と共に、ミュージックホールに到着した水月を誘導する碧。


「これは、一体―――」


ホールの中央で立ちすくむ二人の若者の頭部を見て、目を細める水月。


「ARデバイス…InsideTraceゲームのDUELモードでもしていたか?」


白李の隣に駆け寄ると、水月もまた膝をつく。


「碧君、全員のデバイスを回収してくれ。残っているプログラムの解析を行う」

「分かりました」


倒れている男の頭からデバイスを外そうとする碧を、制止する男。


「待って下さい!ショック状態の原因が分からぬままに頭部の機械を外すのは危険です。せめてショック対応が行える、病院に到着してからにして下さい」


睨む男を、見返す水月。


「………君は、医者か?」

「―――はい。そこの血液内科医の牧野です。外傷がなく、彼らが頭に付けている機械から、何らかの刺激が脳に流れたことによるショックの恐れもある。いま、このデバイスを外すのは危険です」


牧野と名乗った男は、水月の視線を離さなかった。

ARデバイスでの通常のDUELモードでのショックなら、デバイスを外す事での危険性は低い。だが、それを彼に一から説明する時間もない。


「……私はここでBMI研究を行っている、水月=クラークだ。私は何度かこのような症状の患者を視たことがあるが、恐らく君の言う通り、何らかのプログラムが脳に高出力エネルギーを送り込んだ事によるショック状態だと考える。だがここは、彼等の全身状態の安全確保が最優先―――君に従おう。」


水月=クラーク……。水月がそう名乗った時、牧野と名乗った医者が、少し驚いたように目を見開いた事を、白李は見逃さなかった。

聖倭大学に関係する者なら、水月博士の名前を知っていても不思議はないが……。


「有難うございます、クラーク博士。患者は私が責任を持って治療にあたります。安全が確保された後、彼等の頭部に装着されたデバイスは貴方にお渡しします。」


小さく頷くと、水月はスッと立ち上がり、中央で震える若者達の元に向う。彼らには、既に他の講師が事情を尋ねていた。


元々、ここに倒れている彼等とは折り合いが悪く、流行りのInsideTraceゲームで負かしてやろうと思い、完全防音のこのミュージックホールでDUELを行っていたという。とある人からもらったプログラムを発動させると、彼等のゲームHPが消滅するだけでなく。その場に倒れて動かなくなってしまった、こんなはずではなかったと震えながらに語った。


「君達の使用したそのプログラムと、ARデバイスを押収させてもらう。」


水月の言葉に、びくりと体を震わせる若者達。


「ですがクラーク博士、傷害事件となれば証拠品は警察に渡すべきでは?」

「ARデバイスを使った事件なら、この現場はInsideTraceUnit projectの彼等が預かるべきだろう」


そう言って、白李と碧に視線を送る水月。講師が、彼等の頭部に装着されたカチューシャ型Brain- Augmented Reality machine Interface(BARMI)を見て驚く。


「もしや彼らがセナ博士の開発したバームを使ってサイバー犯罪を解決しているInsideTraceUnitですか?!それならば……」


水月の言葉に納得を示した講師は、がたがたと震える若者達からARデバイスを受け取ると、碧に手渡した。


「偶然とはいえ、InsideTraceUnitの皆さんやクラーク博士…それに、牧野君までいらっしゃるとは助かります」


ほっと安渡のため息を浮かべる講師に、不思議そうに尋ねる水月。


「先生は、彼をご存じで?」

「ええ、この大学を卒業して、隣の附属病院で勤務している若手医師ですよ。よく学生指導に来てもらっていましたから」

「そうでしたか……」


到着した救急隊に、てきぱきと指示を出す牧野。


「水月博士―――」


牧野が、水月を呼び止める。


「私はこのまま隣の大学病院まで彼らを搬送します。安全が確保された後にデバイスを外しますが、安全なデバイス離脱の為に同行して頂けませんか?」

「分かった。行こう」


水月は碧と白李にまた明日と告げると、牧野と共に救急車に乗り込んだ。その背中を、見送る二人。


「彼らは、どうしますか?」


講師が、呆然と立ちすくんだままの若者たちの処遇について指示を求めてきた。


「そうだな―――君達にそのプログラムを渡した人物について、少し話を聴かせてくれないか?」


白李は彼らに詰め寄った。それならばと案内された構内の会議室で、若者達から事情を聴くと、数週間前に”イデア”と名乗る男から、このプログラムを譲り受けたのだという。深く帽子を被ったその男は、ボイスチェンジャーかと思うような無機質な機械音声で話しかけてきて、InsideTraceゲームで使える強力なプログラムだと渡してきた。一切表情を変えることなく去っていったその男は、不気味な雰囲気を残していたと話す。

事情を聴き終えた白李と碧は顔を見合わせる。


「どう思う?」


何かを脳内で確認するかのように、小さく首を動かす碧。


「まぁ、状況からして第二のイデアというところだが…人の話や印象なんて信用してない。とにかくは明日の調査だ」

「…………わかった。家に戻ろう」



2人は、白李の住んでいるマンションに向った。


稚拙過ぎる。

それが、碧の思考を欠き乱す要因だった。

ここまでなかなか尻尾を掴ませなかったInsideTrace事件が、Noah's Flood(ノアの洪水 )事件以降でそのやり口が乱雑になった。大がかりな事件を起こすわりにはその証拠ともなるソースコードが置き去りにされるなど、まるで自分の居場所に誘導するかのようにも取れる。


(俺の…考え過ぎだろうか―――やはり、冷静な判断を失っているのだろうか)



しかめた顔に、汗が伝う。


「怖い顔、しているぜ?」


白李のマンションに到着してからも、じっと考え込む碧に、マグカップを差し出す白李。

珈琲の甘い香りが、苛々とした思考を幾分か解してくれる。


「ありがとう……」


どういたしまして。と、隣に腰掛けると、碧いが座卓に広げたノートパソコンを覗き込んだ。


先程の加害者から押収したARデバイスを接続し、そこにあるプログラムの解析を行っている。万が一のウイルス暴発に備えて、水月から渡されたウイルス除去プログラムと自動解析プログラムのインストールされたパソコンを使用しているが、解析には時間がかかりそうだ。


「…………」

「……………」


部屋に、男が二人。無言の空気が居心地悪く漂う。


「なぁ碧。」「何?」


口火を切ったのは、白李の方だった。

自らをコミュニケーション障害だという碧に、こういう場合の雑談の振りなど期待も出来なかった。


「碧ってさ、セナのどんなところが好きなわけ?」


「?!」ゲホゲホゲホ!!!


誤嚥し、咽込む。


「何?!急に―――」

「いや、解析には時間かかるしさ、部屋に二人で無言ってのも……ほら、余計な事を考えるだろ?」


余計な事では、無かったのだが。きちんと、先の事件についての考察を行っていたつもりだった。まぁ実際は、悶々とした苛立ちがふくれあがるだけで、彼の指摘通り大した考察はできていなかったのだが。


「だからって、どうしてセナの事なんだよ」


呼吸を整え、再度珈琲を口に含む碧。


「だってさ、俺達の共通の話題って彼女くらいしかないだろ。碧は、俺よりずっと前からセナの事知っているみたいだしさ」


碧の持っているセナの情報をよこせ…と言う事か。だからと言って、この緊急事態にのんきに恋バナを始める気分にはなれなかった。碧は短くため息を溢す。


「そういや……前にも聖倭大学のミュージックホールで、リモート接続された楽器がウイルスに感染した事件があったな」

「あーなんか、噂では聞いた事あるけど。」


珈琲を飲みながら、記憶をたどる白李。

噂では……。そう言った彼の表情からは、嘘をついている感じは見受けられなかった。よもやあの事件も、白李や秋兎が関わっていた可能性をも考えていたのだが、違うのだろうか。


「あの時は、フォースの立夏が間に合わずで、結局セナがフォースしてたっけ」


苦笑いを浮かべる碧。


「セナがフォース?アライドは出てこなかったのか?」


「勿論出てきたよ!危ないから立夏が来るまで待ってと言ったが聞かずで、一人突っ込んでしまってさ。まぁ、攻撃が前方から一定速度で飛んでくるタイプで、セナとは相性がよかったから…結局彼女が解決したんだけど、あの時は、焦った!」


状況を想像し、頷く白李。


「あー分かるな。アイツ結構無茶するよな……危なっかしくてほっておけない」

「だから、傍に居るのか?」


視線を感じ隣を振り向くと、碧がじっと白李を見ていた。

当然碧も、自分の知らないセナの情報が、気にならないわけではない。


「……いや、そこは結果論かな。コミュ障なくせに人ったらしなんだよなぁ、セナって。隙があるくせにそこから先に踏み込ませてくれないしさ、賢いくせに危なっかしいし。心ん中にずかずか入ってきて散々かき乱しといて…手の届きそうで届かない位置から笑いかけてるんだ。知らず知らずに夢中になっていて、追いかけているうちに、黒一色だった俺の世界に、色が溢れてて、諦めていたことが出来るようになって。なんだろう、道標のような人?」


どこかで聞いた事のあるようなセリフだと、碧が笑った。事件の考察で凝り固まっていた思考は、完全にほぐされる。


「なんだよ…碧だって、似たような物だろ?」

「まぁ、確かに。俺にとってもセナは、無色の世界に色をくれた人だ!彼女がいなければ、こうして何かに夢中になる事もなく、きっと俺は今でも部屋に閉じこもったままだよ」


”先生”の言葉がなければVRMMOを始める事もなく、そこで藍白色の髪の少女を助ける事もなかった。そして、思いを寄せた彼女がセナだと知る事もなかったのだ。


「俺もあの時、セナがバイクでトラブってなかったら…その後、図書館で会わなかったら―――今もInsideTraceゲームで碧と、敵同士だったろうな」

「世の中分からないものだな。」

「全くだ。なんかそう思うとさ、俺が事故で両足を失った事でさへ、彼女と会う為の布石だったんじゃないかとすら思えてしまうよ」



全ての事には意味がある―――。


深いな、と、珈琲を飲み干した碧は自嘲を浮かべた。





File:38  信じられるモノ


翌日の昼過ぎ、聖倭大学にある水月の研究室を訪れた碧と白李は、水月の隣でパソコンを指さす男を見て、顔を見合わせる。


「やぁ!」

「…………。」


(やぁ、って―――この人は……)


一瞬横顔を見ただけでは、なぜここに立夏が居る?!と思ってしまったが、よくよく見れば昨日のミュージックホールでのDUEL事件で被害者の対応に当たっていた医師。

確か名前は……


「昨日はお疲れ様、聖倭大学病院の牧野十夜です」


愛想よくニコリとほほ笑む男に、入口に立ちすくんだまま二人はペコリとお辞儀を返した。

状況が呑み込めていない二人に、解析の手を止めた水月が説明する。


「あの後、病院に救急搬送された被害者達は全員意識を取り戻した。午前中に行った精密検査でも大きな障害は見られていない。念のため、以前InsideTraceゲームで意識不明となった二人のプレイヤーと同系列のプログラムを埋め込まれた恐れを疑ったが、彼等のARデバイスにはその痕跡は残されていなかった」

「それは、良かったです……」


「おそらく、AR(拡張現実)での恐怖が一時的なショック状態を引き起こしたのでしょう。神経内科の医師からはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性も否定できない為暫くフォローを行うとの事だよ」


水月に変わって説明する牧野十夜。昨日の状況については理解が出来た。

だが、二人にはどうしても解せない理由がここにある。


「水月博士…どうして彼がここに?」

「ああ…彼はセナの友人で、日本でセナが倒れた時にもお世話になっていたようなんだ」


―――また、セナの、”友人”ですか。


「セナって、医療関係の友人多いな……」

「どこか身体弱いのか?」

「いやむしろ、結構無茶して怪我してたりとか?」

「あり得るな……」


入口でぼそぼそと小声で話をする二人に向って、軽く咳払いをする水月。

白李と碧は、セナが昔心臓手術を行った事を聞かされていなかった。

不審に思っても不思議ではない。


「まぁ、細かい事は本人から聴くといい。」

「分かりました…ですが水月博士、今日はその――――――」


彼等は今日、秘密裏に潜入捜査を行う予定だ。昨日の被害者の身体状況も勿論気になってはいたが、それだけの為に部外者をこの研究室に入れるのは得策ではない。


「ああ、立夏がBrain- Augmented Reality machine Interfaceの臨床研究の被験者をしている事はセナさんから聴いていたんだ。私は脳神経系については専門外だから詳しい事は聞かされていないけれど、内科系は立夏より詳しいから、セナさんとは親しい間柄なんだよ」


(親しい、間柄?!)


そもそもBARMIの臨床研究については、いくら同じ病院勤務の医師同士とはいえ、そんなに公にしていいものではない。

親しいとは一体……。


悶々とした感情が湧き上がる白李と碧。昨日の解析結果を水月に手渡しながら、碧が訊ねる。


「……親しいとは、どういう?バームに、関わっていると言う事ですか?」


彼は信頼できる人物なのだろうか。そもそも、彼をここに呼んだ水月の意図は何なのだろうか。疑心を強める碧に、解析データを受け取った水月がパソコン操作を行う。


「気が付いていないのかい?私は、昨日牧野君に名前を聞いた時から、感づいていたが」

「仕方ありませんよ!クラーク博士とは違い、私も立夏もまだまだ無名で駆け出しの医師ですから」


(名前?)


彼は確か……牧野十夜―――。

牧野?


「「あああああ!!!」」


名前よりも、初めに感じた自分の直感を大事にするべきだったと後悔する白李と碧。


「牧野立夏…さんのご家族?!」

「兄です。妹が大変お世話になっているようで」


ニコリとほほ笑む十夜に、改めて頭を下げる二人。

普段立夏の苗字など気にもしていなかった為、直ぐに思考が繋がらなかった。


「確かに、似ているとは思っていました…」

「美形兄妹でそろって医者なんて、チート過ぎるだろ」


「九暁君にはきちんと、”宣戦布告”してあったのだけど、もしかして”君達も”かい?」


ニコリと微笑みながら釘を刺す十夜に、顔を引きつらせる二人。知らぬ間に、仲間…いや、

ライバルがどんどん増えていく。


「どうやら、そのようですね」


警戒を崩さない碧と白李を見て、くすくすと笑う十夜。


「そう警戒しないで?私はただ、彼女の役に立ちたいだけ…他意はないよ」


(セナの役に立ちたい…それが最も警戒すべきところなのだが―――)


「Polaris3型を現場まで輸送する手段に、正直悩んでいた。私や君達二人は日本のサイバー犯罪対策課にも、御影隼隆にも顔が割れている。ステルス機能があるとはいえ、ここからPolaris3型を飛ばすのはあまりに過酷でリスクも高い。そこで、近くまでPolaris3型を運び、回収してくれる人材を探していたのだ」


「じゃぁ私が、その役ですね!」


二つ返事ですんなりと引き受けてしまう十夜の手を、白李が止めた。


「いや、ちょっと待って下さい…。先生解ってます?これただのゲームじゃないんで…バレたらマジもんの牢屋行きですよ?!折角医者やってるのに、テレビニュースでお茶の間に晒されて、免許はく奪ですよ?!」


これから白李達が行おうとしているのは限りなく黒に近い違法行為。

だからこそ、水月が輸送手段をになう人材に悩んでいたのだろう。それを、こんな真っ当に生きてきただろう一般人に、人生を棒に振るようなリスクとして背負わせてもいいのだろうか。


「勿論、解っていますよ?君達も、九暁君も、クラーク博士も、立夏も…リスクを背負いながら戦っているって事くらい」

「解っていないですよ!医者辞めたいんですか?!」


声を荒立てる白李。これで、十夜が怖気ついて道を引き返してくれたなら、彼を巻き込まずに済む。大切な誰かを巻き込んでリスクに晒す事を、セナはきっと望まないはずだ。十夜が彼女と親しい……いや、知り合いだというのなら、なおさら彼を巻き込むわけにはいかない。


十夜を睨む白李の視線を諸共せず、彼は微笑みを浮かべたままポケットから車の鍵を取り出してくるくると回し始めた。


「私は、立夏やセナの力になりたい。セナと出会った時点で”俺”は、とっくに”こちら側”の人間です」


(俺―――)


柔らかく微笑むその表情の裏に、計り知れない深みを感じた白李。


「無駄だ、白李君。ここに来るまでに、私も何度も説得をしていたが、この通りだ。」

「水月博士……」


「ほら、私はこれでも立夏の血縁者ですから!」

「…………」


(ああ、そうだった。ニコリとイケメン顔を振りまきながら、凝り固まった正義感で言いだしたら聞かないところは、確かに立夏に似ている。)


説得を諦めた白李は、大人しくPolaris3型を十夜に渡した。


「いいんだな?もう引き返せないぞ?」

「君こそ、いいんだね?」


掌に乗るサイズの小さな箱を受け取ると、十夜は白李に不敵な笑みを返した。


「………当然だろう?」


その返事を聴くと、十夜はPolaris3型を持って研究室を出ていった。


「………」

「…………」

「………」


無言の時間が、3人を包んだ。水月は開いたパソコンのGPS機能でPolaris3型の後を追う。パソコン地図上の光点を確認すると、Polarisを持った十夜は構内を抜け、駐車場に向っているようだ。


「良かったんですか?水月さん。」

「良かった、とは?」


隣に座り、Polarisの計測器を起動させていく碧。操作方法の粗方は昨日水月に確認していた。白李もまた、バームを装着し、Polaris3のアプリケーションを開くと、3型と同期の作業を進める。


「牧野十夜です。俺には、パっと出の彼にPolarisを預けた事、どうも腑に落ちていません。」


操作を行う水月の隣で、碧が口を開く。


” 彼女の役に立ちたいだけ…他意はない“


そんな言葉は、口だけかもしれない。現に彼は、一人称を使い分けている。本性をまだ、隠しているかのようだった。


「スパイかもしれないなんて、言い出したらキリがない。フィルター(大人の眼)を持って世界を視ると怪しい奴は幾らでもいる。だけど、あの娘は自分が信じた者をただひたすら信じて進んでいる。」

「…………」

「裏切られる事も、騙される事もある。その時は、私達大人が、支えて行けばいい。私は、そうやって彼女の作る世界を見守ってきたつもりだ」


(それもそうか……)


水月の言葉に、妙に納得を得た二人。

人の事を言えた義理ではない。自分達も元はパッと出の学生だったり、元は敵だったりしたのだ。十夜からすれば、むしろ自分達の方こそ怪しく映っているのだろうか。



3人は水月の研究室で、十夜の到着を待った。

予定通りの場所に車を止め、日が暮れるまで待機する十夜。

Polaris2型の操作の感覚を呼び起こし、一人瞳を閉じてイメージトレーニングを重ねる白李。Polaris3型の機能と膨大なデータの細部にわたるまで、最終調整を行う碧と水月。


それぞれの思いを残し、空は闇を迎え入れた。




File:39 牡丹色の音


アイアンカーテンがラボのメンバーの心を分断したその日、ベッドにうつ伏せる立夏は先程の自らの行動を悔いて頭を抱えた。


(あんなはずじゃなかった…セナを、傷つける事をしてしまった。)


直ぐに謝りに行くはずだった。いつもの立夏なら、そうしていた。

だが、肝心のセナを、秋兎が連れ去りラボを出てしまったのだ。

携帯電話を取り出し、謝罪のメールを作成する。だが、その送信ボタンを押せずに、戸惑ってしまう。


”もし、信じていたものを信じられなくなって迷ったら、セナは俺を信じていろ“


BARMIプロジェクトを任された時、立夏はセナにそう言った。


”俺は絶対セナを裏切らない“


なのに、あの会議の場でセナの味方でいたのは自分じゃない、秋兎だった。


『———立夏、人間に”絶対”は存在しないのよ―――』


あの時のセナの言葉が、いやに胸に突き刺さって苦しい。



「あーもう…ちくしょう―――」


憎悪の念が、頭の中でぐるぐると回り、抜け出せない。



コンコンコン……


プライベートルームの戸が鳴る。

今は、誰とも会いたくないんだ。


「……………」


枕に顔を埋めたまま、無言を貫く立夏。


「ラス、俺が許可する。これ開けて?」『ワフ?』


扉の向こうで、識とポラリスの声が聞こえる。


(ちょっと待て、部屋の主は俺だ!識の許可などで開けられてたまるか!)


「開けるな!ラス!」


部屋の中から叫ぶ立夏。


『クゥゥゥン……』

「………え?ダメなの?いいよ、代わりに俺が怒られるから!開けて?」


「良い訳あるか!!!」


ラブラドールレトリバーを模して造られたオートマタ(自動機械)のPolarisにはAI機能とこの星の木ラボの全ての電子キーを解除できるマザーシステムが組み込まれている。外的からラボのシステムを守る為と、有事に備えての機能であり、そのプログラムにウイルスか侵入しないように、あの水月=クラークが設計したウイルス除去プログラムにより守られている。父のプログラムシステムを抜いてやろうとセナや秋兎がそのウイルス除去プログラムに挑んだことがあるようだが、今だ破れていないという強力な防御が組み込まれている。


ラボのリーダーであるセナの許可ならまたしても、識の許可などでプライベートルームの電子ロックを易々と開けられてたまるものか。


賢いAIのポラリスは、より高位の命令である部屋の主の声を聴き、部屋の電子ロックの介助を拒んだようだ。

部屋の外が静かになり、ほっと、胸をなでおろす立夏。



ドサドサ…バタン!!


廊下で大きな物音が聞こえ、ドアに何かがぶつかる。


『ワウッ!!バウッッ!!!』


ポラリスが声を荒立てる。


(?!!なんだ―――)




立夏は反射的にベッドから飛び起きて、恐る恐るドアの方に近寄った。



「り……っか―――ッ…俺―――もう、だめ……」


ドアの向こうで、途切れ途切れに識の苦し気な声が聴こえる。


慌てて鍵を解除し、扉を開ける立夏。扉にもたれるように廊下に座り込んでいた識の身体が、立夏の足に倒れ込んだ。


「ッ!識?!」




膝をつき、その身体を支える立夏。顔を上げた識が、小さく舌を出した。


「・・・?!」


「お前、案外素直なんだな――――ちったー疑わないと、悪いヤツに騙されるぞ?」

「………悪い奴ってのは、てめぇの事か?」


心配と、怒りの入り混じった複雑な表情で、口元を引きつらせた立夏。

突然倒れたセナの事もあり、本気で心配した立夏に、やり過ぎたと手を合わせる織。


「あ、わりぃ―――」

「何が”もうだめ”なのか、説明してもらおうか。それとも本当に、”だめ”にしてやろうか?」

「いや、気分転換にさ、ちょっと走りに行きたいなと思って―――。色々考えすぎて、”もうだめ”と言いますか…その―――」

「・・・・・・付き合ってやるから、酒驕れよ?」

「え?飲む気?」

「お前、運転手な」

「マジですか―――(俺、驕るだけで飲めないの?)」


有無を言わさぬ立夏の視線に、識は素直に「はい」と声を引きつらせた。




二人が車高の低い車に乗り込むと、識はエンジンを唸らせた。

急加速に伴い、身体が背もたれに押し当てられる。開け放った窓から車内に流れ込む風が髪と一緒にもやもやとした気分もかき上げた。


「……なんで、誘ったのが俺なんだ?」


片腕を車窓にかけ、高速で流れる景色をぼんやりと眺める立夏。

意味のない質問だと分かっていたが、ふと口からこぼれ出る。アイアンカーテンが降ろされたあの場で、先手を打つべきだと攻めの姿勢を見せていたのは立夏と識だ。同じ意見を持っていたもの同士で話をするつもりだったのだろうか。


(別に、御影隼隆を攻めたいわけじゃない。そんなもの、本当はどうだっていいんだ。一番大事なのは、大切な人を守る事――――それだったはずなのに)


グッと奥歯を噛み締める。


「一番大切な事を、はき違えてしまった……。冷静になる為に、お前にカツ入れて貰おうと思って」


アッシュの事で周りが見えなくなった識を引き戻したのは、立夏だ。セナを一番大切に思う立夏なら、識が彼女の事で誤った道を行く前に、止めてくれる……そんな、甘えがあったのかもしれない。


「…………」

(喝を入れて欲しいのは、俺の方なんだけどな…)


「俺は、識の事を仲間だと思っている。同じくらい、碧や白李の事も……」

「知っている」



♪♪♪~


「?」


信号待ちで止まった車の外から、かすかに、音が聴こえた。



「識、車、停められるか?」

「え?あ、ああ―――」


信号を抜け、近くの路肩に駐車する識は、車を降りてどこかに歩き出す立夏の後を追った。


(なんだ?何かを…見つけたのか?)


♫♫♫~


音にひき寄せられるように向かったそこには、数名の人だかりができており、中心にはストリートピアノを奏でる若い女性がいた。東洋系の物静かな顔立ちには、どこかで見かけた事のあるような、懐かしさがあった。




「へぇ!ストリートピアノか…」


音に聞き惚れる立夏の隣に並ぶ識。楽しそうにピアノを奏でる女性は、一曲を弾き終わると周囲の人だかりに恐縮しながら静かに礼をしてピアノを空けた。

代わりに、小さな子供が椅子に座り、隣にいる母親らしき女性に目配せしながらピアノを弾き始める。

立夏は立ち去る女性の背中をじっと視線で追った。


「車の中からピアノの音を聴き分けたのか?お前耳良いな―――」

「ああ、何か知っている音に似ていたからな…つい」

「へぇ」


識も女性の背中に視線を向けた。すると、数人の男が彼女に親し気に話しかけている。手を振り、困った様子を見せる若い女性。お決まりの文句を並べ、彼女の手を引っ張る。


「おい、あれ―――」

「………………」


識が声を掛ける間もなく、立夏は女性と男達の元に向い、間に割って入った。


「お待たせ!ピアノの前にいないから、探したよ―――」


日本語で、話しかける立夏に、驚いた表情を見せる若い女性。


「Japanese!Who do you think you are?!」(日本人!なんだよ、お前?!)


軟派を邪魔された男達は怪訝そうに立夏を見下した。


びくりと体を震わせる女性をスッと自分の背後に寄せると、挑発するように顎を上げた。


「Look who's talking…….」(あんたが言うなよ……)

「Don't lick me.Good looking Youth!」(なめてんじゃねぇぞ、イケメンが!)


男の一人が、立夏の胸座を掴む。が、その手を軽く捻り流す立夏。

男は叫びながら顔を歪めた。


「Hurts!Hurts!!」(痛ぇ!痛えぇ!)

「ったく。喧嘩っ早いなぁ、お前……」


ため息を浮かべながら、立夏と男達の間に割って入る識。立夏は捻り上げていた男の手を離した。


「お前らも止めときな?こいつ空手使いだぜ?」

「Karate?!」


そう言って後ろを向ける。日本語は分かっていないようだが” Karate”の発音は通じたようで、男達はチッと舌打ちをしながら去っていった。


「あの、助けて頂いて有難うございます……」


丁寧な日本語で深々と頭を下げる女性に、立夏はニコリと笑みを浮かべる。


「いえいえ、こちらこそ素敵な演奏をありがとう!実はさっきのストリートピアノ、聴いていたんだ」

「そうだったのですか!お褒め頂けて嬉しいです」


柔らかく、ほほ笑む女性を見て、やはりどこかで会った事があるような気がしてならない立夏。軟派のあしらい方に慣れていない様子から、観光か仕事でカリフォルニアに来ていたのだろうか……。


「観光?それともどこか行こうとしていた?この時間になるとああいう輩が多くなるから、一人なら目的地まで送ろうか?」


さらりと言い放つ立夏の隣で、口元を押さえて吹き出しそうになるのを押さえた識。


(何ナチュラルにナンパしてんだよ?!)


「あっ…いえ―――そんな。助けて頂いたのに、そこまでして頂くのは申し訳ないです…」


日本人にありがちな遠回しの表現に、苦笑いする。


(こりゃ、目的地に着くまでにもう2~3回ナンパされるな―――この子)


「何処に行こうとしていたんだ?」


識が訊ねる。


「えっと…知り合いのお店に―――。一人で来るのは初めてで…もう何年も来ていないので場所も分からなくなってしまって。でも、もういいんです!今日はホテルに戻ります」


作り笑いを浮かべる女性。


「その店は、何て名前?」


驚いた表情を見せる女性に、財布から職員証を取り出す織。


「素性の知らない男二人じゃ心配だろうから。俺は九暁織、この近くの病院で心臓外科医をしている。で、コイツが―――」


視線を送る識。


「牧野立夏だ。識と同じ病院に留学研修に来ている」


識の職員証と日本人名を見て安心したのか、表情を緩めた女性。


「私は、安倉千奈です。日本でピアニストをしています…」


安倉…千奈?


「あああ!!!」


突然に、声を上げる立夏に、千奈と名乗る女性と識は驚く。


「千奈!やっぱりそうか…どっかで見たことがあると思ったんだ!やっぱり女の子は髪色が違うだけで分からないものだな!」



「なんだよ、彼女のコンサートにでも行った事があるのか?!」


完全にナンパ口調の立夏に、あきれ顔を見せる織。


「千奈、君AquaNightOnlineというVRMMOをプレイした事ないか?」

「えっ…ええ―――。」


どういう事だと眉を顰める織に、立夏が楽し気に説明した。

セナや碧が運営管理するVRMMOゲームの中で、千奈と出会い、彼女の演奏を聞いた事があるというのだ。立夏達がプレイするVRMMOは初心者を対象とし、髪色や髪型を除いて、現実世界の姿をそれほど大幅に変える事が出来ないアバターを使用する為、何となく会った事がある気がしていたという。



「俺は深緑の髪をしたアバターを使っていて、君の演奏はミューズエリアや霧の都の教会で何度か聴いたんだ!」

「立夏!VRMMOでリアルの詮索はルール違反じゃないのか?」

「ああ、そうだった…ゴメン、千奈。」


テンションの上がる立夏を押さえる織。そんな二人を見て、くすくすと笑う千奈。どうやら警戒感は解けたようだ。


「で、君はどこに行きたいんだっけ?」


改めて問いかける織。知り合いの可能性があるならなおさら、またナンパされるかもしれない彼女をこんなところに一人で残してはいけない。店にしろ、ホテルにしろ、安全に帰る方法までは提案しておきたい。


「はい、Viscum albumというカフェで……」

「Viscum album?!」

「なんだ、アルのお店じゃないか!」


驚く二人を見て、首をかしげる千奈。


「知っているのですか?」

「ああ、アル…アルグレード=ビスカムがマスターをしている店だろう?俺の行きつけだ!だったら一緒に行こう!丁度立夏に驕る約束していたしな」


帰りの事も考え、近くまで車で行こうと提案する識。少し戸惑いを見せる千奈に、「アルの知り合いに手を出すような真似は死んでもしない」と言い放った。


すっかり日も暮れ、店内の明かりが向かいの公園に柔らかく零れている。


ガラン…


と、ドアベルの音が店内に響いた。中では多くの客が酒を片手に盛り上がっている。ビスカムアルバムは昼間はカフェだが、夜は馴染みの客が集うバーとなるのだ。


「いらっしゃい―――おぉ、識か!立夏と一緒とは、珍しいな?大人だけで飲みに来たのか?」

「ああ、立夏に驕る約束しちまったからな。俺は車だから、飲めないんだけど」


大きく肩をすくめて見せる識に、二人で来るなら車で来なけりゃいいのにと苦笑いで迎えた。


信用していなかった訳ではなかったが、懐かしい声が偶然知り合った二人と親し気に会話する姿を見て、改めて驚く千奈。


「どうした?千奈―――」


ドアの外で立ちすくむ千奈の手を引く立夏。


「立夏?」


店の外を気にする立夏を不思議に思い、首をかしげるアルグレード。だが、ゆっくりと店内に入る千奈の姿を見るなり、持っていたグラスをカウンターに置いて彼女の元まで駆け寄った。


「千奈?千奈なのか?!久しぶりだな!」

「お久しぶり、アル―――」


両手で彼女を抱きしめるアルグレード。暫くの抱擁を交わした後、当然のようになぜ識達と一緒にいるのだと、アルグレードの追及が始まった。


「まさかお前ら、千奈をナンパしてきたんじゃ―――」鬼の形相で識を睨むアルグレードに、両手を振って慌てて否定する識。


「ナンパしたのは俺じゃない!」

「違うの、アル!二人は助けてくれたのよ!」


ストリートピアノを弾いていたところ、男達に絡まれ、二人に助けて貰ったと話す千奈。千奈がそう言うならと、今にも掴みかかろうとしたアルグレードはその手を止めた。


「で、アルと千奈はどういう関係なんだ?」


カウンターに3人腰かけ、珈琲とワインを口にする識と立夏。

千奈の前には、ミックスジュースが置かれた。


「アル!私もうお酒飲めるのよ?」

「……そう、だったっけ?俺の中での千奈はミックスジュースのイメージしかなかったから」

「もぉ…。これでも立派な大人です!プロのピアニストにだって、なったんだから!」


頬を膨らませる千奈。


「プロに、なったのか?!凄いじゃないか!!夢を叶えたんだな!!」


そう言って、店の奥にあるピアノに視線を移すアルグレード。千奈もまた、懐かしそうにピアノを見つめた。


「ねぇアル?弾いてもいい?」

「勿論だ」


千奈はカウンターを立ち上がると、ピアノの前に立ち、鍵盤を開ける。



ポロン……


中央の、ラの音を優しく押す千奈。そこから、流れるように優しく、鍵盤の上に指を滑らせた。店内にいた客達が、その優しい音に振り向く。


「調律、されているのね―――」

「ああ、千奈のいない間、俺の知り合いが使ってくれていたんだ。いつでも君が戻ってこれるように……」

「そう―――ありがとう、アル!」


カウンターにニコリと微笑みを渡すと、椅子に腰かけ、両手を鍵盤に沿わせる。

そして、力強くメロディを奏でた。


彼女の演奏をカウンターで聞きながら、ワインを含む立夏。


「そう言えば、最近碧がよく弾きに来ているんだっけ?」

「ああ、アイツがピアノの調子を見てくれているんだ。セナも時々聞きに来ているよ」


ピアノを弾く千奈を、優しい瞳で見つめるアルグレード。



「千奈は、俺の従兄妹になるんだ。俺の母は日本人で叔母(千奈の母)とは仲が良かったから、昔はよく日本にも遊びに行っていて、あの子がこんな小さな時から、ピアニストになりたいという夢と演奏を聴いていたんだ。コンクールで何度も優勝していた、自慢の従兄妹だよ」

「へえ!そうだったのか」

「通りでお前、日本に詳しかったんだな」


頷くアルグレード。


「俺が店を始めてからは叔母と一緒に結構頻回にここにきて、ピアノも弾いてくれていたんだけど、千奈が大学で忙しくなって、すっかり連絡も取れなくなってしまった」

「それでピアノが置きっぱなしになっていたのか……」

「ピアニストの夢を叶えたんだな―――凄いよ、千奈!」


一曲を弾き終えた千奈に、店中から拍手が送られた。立夏と識も拍手を送る。


「そうなんだ、昔っからなぜか千奈が弾くと拍手が起こるから、まるで演奏会のようになるんだよ―――一応ここは、大人の隠れ家なのだがな」

「あはは!」


そう言いながらも、嬉しそうに微笑むアルグレードに、立夏と織も笑みを溢す。


「演奏会だって、言ったわね?じゃぁ私が大人になった事、見せてあげるわ!」


笑うアルグレードに、挑発的な笑みを送る千奈。

ゆっくりと深呼吸し、口元を妖艶に綻ばせた。流れるように鍵盤の上を躍らせる指先からは、先程の上品なクラッシックとは一変し、大人の色気の漂うジャズが奏でられる。



「へぇ―――やるねぇ」

「これは、ミックスジュース出している場合じゃないぞ?アル」

「・・・・・・そうだな、甘めのカクテルにしとくか―――」


店の客も、アルコールを持つ手がすすむ。皆が千奈の”音”に魅了された。



演奏を終えた千奈の前には、カクテルが差し出される。

それを見て、満足げに微笑む千奈。


「ふふっ、私の事、認めてくれたかしら?」

「そうだな!大変失礼しました―――」


苦笑いを見せるアルグレード。


「じゃあ改めて、乾杯!」


昔話に華を咲かせながら、3人はカウンターで夜を愉しんだ。






またピアノを弾きに来ると約束し、その夜は、識と立夏が千奈をホテルまで送り届けた。

ホテルに着いた千奈は、心配性の従兄妹に到着をメールする。


『とても楽しかったわ!おやすみなさい、アル兄さん…』


店を閉めながら、メールを確認するアルグレードは、ピアノの鍵盤に指を落とした。


「また君のピアノが聴けて嬉しいよ、千奈―――お休み」



File:40 災悪の夜


アイアンカーテンがメンバーを遮ってから、5日後の夜。

その日、外科救急の当直当番であった識は、救急室に併設された休憩室に籠り、やり残した手術後の経過の確認と指示出を行う為にパソコンに向っていた。


セナと秋兎は、あの日からラボに帰っていない。

心配した識がメールを送ると、オフィス街にあるセナの母親(アリア)のラボに連日籠っていると返信があり、秋兎もそこにいるとの事だ。別にセナの言葉を疑っていたわけではないが、念の為とアリアに確認の電話を行うと、アリアのラボにある解析機を使って何やら莫大なデータの解析しているらしい。

数年前、セナが2年間の眠りについていた時、彼女が大学で行っていた研究をアリアのラボが維持・保管していた事があった。そのデータとの照合作業が必要だという事もあり、星の木ラボでは出来ない作業なのだと説明しているらしい。専門的過ぎて付いて行けないから好きにさせているが、二人とも食事はきちんと摂らせているから心配しないようにと、電話口で苦笑いを浮かべた。



碧と白李は日本に一時帰国しているという。こちらは現在日本の聖倭大学で教鞭を取っているセナの父、水月=クラーク博士からの情報で、Polaris3型を使った潜入捜査を企んでいるようだ。なんでもその企みを、昔日本で会った立夏の実兄で血液内科医でもある牧野十夜が手伝っているという。

二人が日本に帰国したその日に、聖倭大学でInsideTraceゲームを使ったDUELが行われ、第2のイデアの存在の線が濃厚となったという、恐ろしい情報も手に入った。ラボのメンバーの中でも比較的冷静なあの二人に、水月がついているというのなら問題はないと思うが…。あの話し合いで少なからず彼らも、自分達のように後悔を抱いているはずだ。若さと感情に任せ、無茶をしなければいいが。



はぁ―――。


大きなため息を溢す織に、珈琲を差し入れる救急医。


「またため息ですか?Drクギョウ。年下彼女と喧嘩でもしたのか?」

「……ありがとうございます。俺、そんなため息ついていました?」


珈琲を受け取り、口に流し込む。苦めのブラックが、疲れた脳に染み入った。

隣のパソコンに座り椅子を回すと、救急医はこれで5回目だと笑う。

無意識とは怖いものだ。


「彼女に…大人げない態度を取ってしまって、傷つけてしまったんです。それから会えてなくて――――彼女は同世代の他の男と一緒に仕事に没頭して家に帰ってこない」

「うわぉ!修羅場か。それは…ため息もでるな!」

「でしょう?」




はぁ―――。


再び大きなため息が零れる。


「で、Drクギョウはどうして彼女が若い男と仕事にかかりきりな事を知っているんだ?そこまで知っているのならその浮気現場…いや、職場に乗り込めばいいじゃないか!」


他人事だと思って楽しそうに話す救急医に、頭を抱える。


「浮気…でもないんですけどね。(そもそも彼女と付き合っているわけでもないし)その職場は彼女の母親の研究室で、彼女からはメールの返事もあるし、母親から裏付けもとれている。仕事に口出しする小さい男だと思われたくないんですよ」

「年上の余裕の見せ所かぁ~大変だなぁ、Drクギョウ!」


声を上げて笑い出す救急医に、話すんじゃなかったと後悔する識。


「それにしても、今日はやけに静かな当直だな…。日本ではこういうの、“ハリケーンの前の静けさ”と言うのだろう?」


珈琲を飲みながら、カルテに目を移す医師に、「そう言う事を言うと、本当に救急車が来るから止めてくださいよ」と冗談交じりに返す織。




途端、静かな救急室に電話が鳴り響いた。休憩室で思わず顔を見合わせる二人。


「・・・・・・本当に、ハリケーンが来たか?」

「先輩が要らぬフラグを立てるからでしょう?!」

 

慌てて受話器を上げる救急医。


「はい救急―――。事故で負傷者多数?!分かった、Paramedic(救急救命士)からの通報を回せ!」


医師の表情が一瞬で変わった。

その、ただならぬ雰囲気に識も立ち上がり、救急室で雑談を交わしていた看護師達に声を掛ける。


程なく、救急医の怒号が、静かだった救急室を揺らした。


「街中で数台の暴走車が通行中の歩行者を次々とはねた!負傷者多数でトリアージ後付近の病院に一斉搬送される。うちも出来る限り受け入れる!全員で受入れの準備にかかろう」

「エコーの準備を!!FAST(ファスト)と同時にルート確保…放射線科には一報をいれておいてくれ。コードブルーを鳴らして院内から手の空いている医師や診療看護師をかき集めろ!」


一気に慌ただしくなる救急室で、受け入れ準備を整える織。確か前にも、似たような救急に遭遇したな―――確かあれは、日本で…。


(まさか、ウイルスとアライドの仕業か?!)


不安がよぎった識は、携帯電話を取り出し、直ぐにアルグレードに連絡を付けた。


「日本での高速道路多重事故に似ている、念の為現場の情報を集めてくれ」

『わかった、こちらは任せろ!』


アルグレードとの通話を手短に終えた直後、サイレンが近くなる。


「一陣が到着した!FASTを取れ!」

「はい!」


静かだった夜の街が、病院を中心に、一気に戦場と化した。





次々と到着する救急車に、病院の夜間救急は戦場と化した。

けたたましく鳴り響くモニターのアラーム音。

そこら中で張り上げられた声が飛び、

院内中から集まった医療スタッフが診療科の垣根を越えて、忙しなく行き交う。


この病院だけでも、もう十台以上の救急を受け入れているというのに、院内の全体指揮をとる救急医のPHSは未だに鳴りやんでいない。


(いったい、どれだけの車と市民が巻き込まれたというのだ―――)


病院で処置にあたる識には、現場の全体像が見えない。

大規模災害や事故では、現場でトリアージされた患者が病院の機能別に振り分けられる。様々な診療科が揃う大病院では、主に重症患者のみを受け入れているというのに、それだけ現場での重症患者が多いというのか―――。


終わりの見えない処置と、焦りだけが重なり、院内のスタッフの疲労をより濃くした。




(せめて現場の全体像だけでも知れたら―――アルグレードからの報告はまだか?!)


「Drクギョウ、新患入ります!23歳女性、日本人、意識不鮮明、左の橈骨及び尺骨の損傷!」

「こちらへ!」


ストレッチャーで運ばれた若い女性を囲むようにスタッフが集まり、モニターを装着していく。


(旅行中だったのだろうか、若い日本人までもがこの事故に巻き込まれていたとは、不運だな…)


「しっかり!」


日本語で患者に話しかける織は、患者の顔を見て息が止まる。

痛みで意識を失い苦痛に歪んだ彼女の顔を、見間違いだと、心の中で必死に釈明した。


「携帯していたパスポートから、日本人旅行客、名前は、アクラ チナ―――」


読み上げられる情報を、事務スタッフが書き取りカルテ作成し、用意された点滴に名前が描きこまれていく。


―――アクラ チナ …?


同姓同名?そうで…あってくれ―――

再び女の顔を確認した識の眼前が大きく回った。


落ち着け…

落ち着け―――


俺は、医療者だ。


全身状態を観察し、その他に緊急性のある負傷部位がないかを瞬時に見極めていく。全身に擦傷らしき後はあるが、一番緊急性の高いのは、やはり左前腕の粉砕骨折だ。

その腕は、形を成さぬ程潰されていた。この様子だと、神経も引きちぎられているだろう。


「止血処置を継続、家族に連絡し、緊急手術の手配を。

――――生命を優先し、患者の左前腕部を切断する。」



識は、アルグレードを呼び出した。

まだ情報収集が出来ていないと渋っていたが、千奈の名前を出すとすぐさま飛んできた。

そして、千奈の左手のあるはずの場所を見て、言葉を失った。

そこから先の言葉を、一つも音にする事が出来ない。いつものアルグレードの冷静さが、嘘のように、真っ白な箱の中で思考を閉ざされたように、何も考える事が出来ない。



「手術前からセラピーチームを立ち上げ、その後をリハビリや生活を見据えた手術を行う。手術直後は圧迫療法と断端面のケアを開始し、断端面が安定すれば早期から装具を適合させ、リハビリを行っていく。勿論、カウンセラーによる精神的ケアも―――」


意識のない本人(千奈)と、現地にいない家族に代わり、アルグレードが術前説明を受けるが、彼には識の言葉が頭に入ってこなかった。その様子は、アルグレードの表情と反応から容易に想像が出来た。



安倉千奈は、ピアニストだ。

幼い頃からピアノに触れ、ピアノと共に成長してきた。

そして、やっとプロとしてその音を大勢の人々に届けていたのだ。


そんな彼女の、人生ともいえる左手を――――切断する。


それが、どういう意味を持つか…


(外科医の俺が、腕を切られるのと同じだ―――)


それだけではない。

人の身体に、不要なパーツは存在しない。中でも腕の切断はその後の生活に大きく影響する。だからこそ、早期からの義手を提案する事が、今できる最善だと、そう判断したと、言葉を重ねた。


神経も骨も砕かれた千奈の左腕に、再建の可能性はない。

決断するしか、ないんだ。


意識のない人形のような瞳でインフォームドコンセント(説明)をきいていたアルグレードの肩に、手を添える織。


「最善を尽くす…」


説明を終えて立ち上がる識。とたん、堰を切ったように、アルグレードの頬に涙が伝った。


「千奈…どうして、君なんだ―――」

「…………」


識は下を向いたまま、その場を去った。

左手を強く、握り締めて。



File:41  InsideTrace


千奈の左前腕の緊急切断手術は、識を含めた救急医と、急遽呼び出された整形外科医等のチームで行われた。彼の呼びかけで、早々に理学療法士、作業療法士、義肢装具士、看護師を含むリハビリチームが作られ、断端と身体のケアが早期から実施される。


秋兎が指定した1週間という期限は、思わぬ結末を持って迎えた。

後程の調査の結果から、やはり車の暴走は、電子制御システムにウイルスが侵入したことにより起こったことが明らかとなった。

アルグレードの指示で現場に向った立夏が回収したソースコードの断片からは、以前日本で起こった高速道路での多重車体事故とほぼ同等のウイルスプログラムが使用されていたのだ。



その日。星の木ラボの2階で、この1週間で得た情報を持ち寄り、報告会が行われた。

冷静になる為の時間だったが、それぞれがあまりに多くの事を経験し、複雑な感情が蠢いている。

ただ一つ、共通して言えるのは、もう後には戻れないということ、一刻も早く、この事件を解決せねばならないと言う事だった―――。


日本に渡った白李からは、水月や十夜の協力を得て、秋兎が拠点にしていた御影家の潜入捜査を行った事を報告した。そこには、屋敷に規制線が貼られ秋兎が日本を出て以降に、何者かが侵入した形跡と、マザーコンピューターの使用形跡がはっきりと確認できた。

運悪く、屋敷に潜んでいた第二のイデアと遭遇してしまったが、碧の索敵能力と誘導、白李のポラリス3型の操作能力による物理攻撃の回避、水月のプログラミングによるイデアプログラムへの攻撃、そして屋敷外で待機していた十夜による物理攻撃とPolarisの回収で、なんとか最悪な状況を抜け出し、必要なデータを回収するするという成果をあげていた。

回収したデータにはNoah's Flood Programが残されており、第2のイデアはここを拠点にプログラムの拡散を行っていたという動かぬ証拠にもなった。


「そう……十夜が助けてくれたの―――」


白李からの報告を聴きながら、両手を組むセナ。


「彼は、空手の経験があるのか、上手く受け身を取れていたが―――その…すまなかった。」


回収したデータを取り戻そうとするイデアとの戦闘で、四肢に内出血を起こした十夜はしばらく治療が必要な状況となってしまったという。下を向く白李に、立夏は慰めるように肩を叩く。


「イデアは金属ボディ、生身で対抗してこうなる事は、アイツも分かっていたはずだ。それでも、データを守るために戦った―――。十夜が自分で選んだ事だ、白李達が気にする事じゃない」


回収したデータを、セナに手渡す白李。


「直ぐに、解析を開始するわ。ありがとう―――ハク…碧も」


受け取ったデータをすぐさまコンピューターに接続するセナ。彼女の作業が開始されたのを見て、識が口を開いた。


「俺達の方は、先に説明した通りだ。電子制御された車にウイルスが侵入し、多重事故が起きた。

この事故で、多数の死傷者が出ている」


聞いてはいたが、事態は思うより深刻であり、全員の表情が凍り付く。千奈の手術の補助医を務めた識が、彼女の状況を説明する。


「今、碧とアルが、この事故に巻き込まれた日本人被害者…安倉千奈の病室にいる。彼女は命に別状はないが、命ともいえる左手を切断せざるを得なかった。これはもう、取り返しのつかない事だ」


祈るように、両手を握り締める。


「アルの話では、失った左手の痛みで夜も眠れていないらしい。」

「……幻肢痛、ね」


幻肢痛への治療に関しては、脳神経学分野で色々な方法が提示されている。

だが、千奈の場合はまだ創部が安定していない回復期にあり、そもそも腕を失った現実を受け入れられていない。


「義肢への抵抗に対しては、ある感覚神経を別の感覚神経で代用する事で、成人の脳に刺激を与える事が可能よ。目の見えない患者の触覚系を刺激する事で見えると感じられるようになったケースもある…。その代用感覚刺激を、千奈のなじみのあるVRMMOで行う事も検討できるわ―――。」

「消失した脳野を侵食するように、ペンフィールドの脳の感覚地図に異変が起こる話は聞いたことがある。手と顔の感覚は隣り合わせだ、顔を触る事で手の感覚を幻覚させる事でも感覚刺激の代用も考えられるな」


立夏とセナが、乾いた議論を交わす。


だが、二人には分かっていた。ここで幾ら議論を重ね、技術の提案をしようとも、“今”は、その時ではないのだと。今彼女に必要なのは、現実を受け入れる事…心の、支えなのだ。


「俺も、彼女の役に立てるならいつでも呼んでくれ。今は、その時ではないかもしれないが、体の一部を失った者の葛藤なら、話してやれる」

「ありがとう、白李。アル達にも、そう伝えておく」


識は、小さく頷いた。


「秋兎とセナも、アリアさんのラボに籠っていたのだろう?」

「ええ。」


秋兎とセナは、互いに顔を見合わせた。


「私達は、大学に残った御影研究室を漁ってみたわ。すると、ご丁寧にNoah's Floodのプログラムのバックアップが保管されていた。他にも、InsideTraceゲームでの好成績者についての情報や、脳刺激と記憶に関する興味深い研究データを手に入れた。これに関しては、私が在学中に取り組んでいた研究に掠めるものがあったから、母のラボの解析装置を使わせてもらっていたの。」

「脳刺激と記憶について?」


「……私が一時、“ネクロマンサー”なんて言われていた由縁よ。ホムンクルスを使った脳の移植…脳から、一部の電気信号、いえ脳の欠片を取り出し、記憶を移植できるのではないかという仮説。取り出した脳の欠片を機械に移植する事で。現実世界で動かせない体を捨てて、VRの世界で生きていく事は可能なのか…。また、BMIを使って機械を動かすその先―――機械に脳を移植し、その体で生きていくことはできるのか…とかね」


彼女の口から淡々と語られる内容に、集まったメンバーは息を呑んだ。


それはもう、神の領域―――

セナの語る“世界”は壮大過ぎて、

人間とは、人とは…生きるとは、死とは、何なのだろうか。

その境界をあやふやなものにしていく行為だ。


16歳の少女の頭の中が、今になって、とてつもなく恐ろしく感じてしまう立夏と白李。


“現実世界の身体が動かないのならば、仮初の身体に自分の脳を移植し、世界を歩けばいい”


きっと彼女は、そう言った純粋な思いからこの研究を始めたのだろう。だが、動かぬ体に死すら願ったかつてのセナを知っている識でさへも、自らの背に、冷たい汗を感じた。


彼等の固まった表情を見渡し、セナは小さくため息をつく。


「そんな怖い顔をしないで?結局、倫理の壁が高くてパンドラの箱に閉まったわ」

「……どうしてセナは、その研究を続けなかったんだ?」



倫理の壁……


脳を生かすための技術のはずが、脳を傷つけるリスクがとても高かったから。

人を生かしたいが為の研究が、人を―――傷つけてしまうかもしれない事を、知ったから。

セナは静かに語り、視線を落とした。


「それを、Drアリアの研究室に、保管していたのか?」

「ええ。でも御影隼隆は、その禁忌を完成させた」

「―――それが、イデア?」


InsideTrace―――内部解析…それは、脳の欠片。

このゲームの裏には、計り知れぬ闇が隠されていたのだ。



「御影隼隆を、止める」


突然に、セナが、椅子から立ち上がる、


「止めるといっても、どうやって―――」


現時点では、彼の居場所すらつかめていない。


「使われたプログラムの座標を追って、ソースコードを、逆探知する。大学の研究室に残されたデータの、ソースコードの動きは割り出し済み。後は、ハク質が持ち帰ったイデアのデータと、立夏が持ち帰った、先日のウイルス事件のソースコードを解析して、座標を重ねる」


秋兎は、先程白李から受け取ったデータの解析を、セナに代わって既に始めていた。


「Iron Curtainは開かれた。反撃を、開始する」


識と立夏、白李は互いに顔を見合わせ、頷き合った。


俺達はもう、進むしかないんだ―――




File:42  noise gateノイズゲート


総合病院 千奈の病室―――


コンコンコン…


「どうぞ?」


左手断端の圧迫療法処置を終えた立夏が、処置道具を片付けながら声を上げる。

両手にフルーツやチョコレートを買い込んで入ってきた碧と白李。


「だから、毎日来なくてもいいのに―――」


碧が病室に入るなり、千奈は先日の多重事故に巻き込まれ、ピアニストの命ともいえる左腕を失ったとは思えない、悪態をついて迎えた。


「お前なぁ…あれだけ欲しいものリストをメールで送ってきておきながら、それを言うか?」


怪我人とは思えない千奈の態度に、ため息を溢し、オーバーテーブルに袋をドサリと置いた。


「俺も、大丈夫ですか?」


ドア前で遠慮がちに声を掛ける白李。


「有難う、白李君―――」


コスメチックカバーで両足の金属ヒール音を消しながら部屋に入る白李。

創状態が回復すれば、千奈もまた左手に義手を適合させた生活が始まる。千奈の精神状態や切断への受容に合わせ、ゆっくりと提案していくはずだった義手の話は、本人の希望により驚くほど速く実現した。


義肢とは何か―――。


一部の環境を除いては、それに直接触れる事の少ないため、大まかなイメージしか抱けない千奈に義肢を知ってもらう為にと、白李が自らの経験の語り部に名乗りを上げた。


椅子に腰かけ、立夏に視線を送ると、千奈の左側に立っていた立夏がこくりと頷く。

白李は、左下腿の義足に履いていたコスメチックカバーを取り外した。

金属の、筋電義足が露となる。


実物に、息を呑む千奈。ないはずの左腕が傷み、顔をしかめる。


「千奈―――」


そんな彼女の左腕に、自らの手を添える碧。


「ごめんなさい…白李君。君に―――辛い思いをさせてしまっているわね」

「いえ、俺は―――。もう、慣れましたから」


「素材は色々あって、最近のはかなり軽量化されている。使いこなすにはリハビリと訓練が必要だけど、セナが開発を進めているBMIを使えば義手でピアノを弾くことも可能だろう。彼女も実用に向けて、調整を行うと言っていた。」


立夏が、言葉を選びながら説明を行う。


「―――凄いわね…セナちゃん。あんな若いのに―――それに比べて、私なんて…」


肩をすくめる千奈に、くすくすと笑う立夏。


「……彼女は、研究に関しては俺達よりずっと大人だぞ?比較対象にしていると身が持たない」

「そうだな、言葉のチョイスも、態度も―――」

「見た目と年齢で接していたら、面食らうよな」


碧と白李も、つられて思い出し笑いを浮かべた。


コンコンコン……


再び、病室のドアがなる。

がらりと入ってきたのは、牡丹色の花束を抱えたアルグレード。


「千奈―――と、お前達も来ていたのか?」


千奈の隣に座る碧と白李に視線を向けた。

空いた花瓶に花束を生けると、鮮やかな牡丹色が病室を華やかに彩る。


「にしても、凄いデザートの量だな?病院食に食事制限されているのか?」

「千奈の全身状態は良好だから、特に制限はかかっていないはずだが?」


彼女の血液データを見ながら、立夏が首をかしげる。


「うーん…だって、こっちのご飯って、旨味がなくて美味しくないんだもの―――」

「……好き嫌いかよ。買ってきといてなんだが、太るぞ?千奈」

「酷いわ!碧君!!女性に太るとか、禁句です!」

「丁度良かった、珈琲を持ってきたんだ…みんなでティタイムにしよう!千奈が一人で食べないように」



ニヤリと笑うアルグレードに、頬を膨らませる千奈。


「悪い、俺はそろそろ戻るよ―――」


手を挙げ、携帯電話に目を移す立夏。


「急ぐのか?珈琲だけでも……」


呼び止めるアルグレードの肩をポンと叩き、彼の耳元にぼそりと言葉を残した。


「…………………」


一瞬、表所を強張らせるアルグレードを、白李は見逃さなかった。


「じゃぁ、また!腕が痛んだら、我慢せずにきちんとナースを呼ぶんだぞ?千奈」

「はい!処置して頂いて有難うございます、立夏さん!」


ひらひらと手を振って、病室を出る立夏を、右手を振って見送る千奈と碧。立夏達の会話が気になった白李は、電気ケトルを片手に、お湯を貰ってくると病室を後にする立夏に続いた。

廊下の先を行く立夏の背を呼び止める白李。


「立夏……どこに行くんだ?何か、あるんだろう?」


やっぱり…来たか。

白李の行動を予想していた立夏は、足を止めた。


「ノイズゲートが開かれている…俺達はこの足で、御影隼隆の隠れ家に乗り込む」

「居場所が分かったのか?!なら俺も―――」

「白李は、ここに残ってくれ」

「どうして?!」


先日の話し合いで、第2のイデアの存在を共有したばかりだ。オートマタ(全身が金属)でできたイデアの物理攻撃に対抗するには、同じく金属の義足を履いた白李の戦闘能力は欠かせなかった。


「先日の事件を見ただろう?俺達が敵とするものは、“Noah's Flood(ノアの大洪水)”を使い無差別に電子制御されたオンライン社会を攻撃している。自分達に不必要なノイズ(雑音)を排除しようと動き出しているんだ―――」


このままでは、また次の被害者が出てしまう。立夏は歯を食いしばった。千奈の左腕の処置をし、現実をその手に触れた立夏だからこそ、その悔しさや憤りを人一倍感じているのだろう。


「俺は、セナを守ると誓った―――連れて行ってくれ、立夏」


立夏の腕を掴む白李に、立夏は携帯画面を開いて白李に渡した。


“識と立夏のアシストは、俺と水月博士で行う。一番戦闘能力の高いハクには、碧と一緒にNoah's Floodからセナの大事なモノを守ってもらう。ノイズゲートでこれ以上セナが、傷つかないように。これ以上セナに、何も背負わせたくない”


メールの差出人を確認し、目を見開く白李。


「秋兎からのメール……?」

「秋兎は、セナの為に、お前と碧にこの世界を託した。ノイズゲート…Noah's Flood Program(ノアの大洪水プログラム)からこのネット世界を、守るために」


(秋兎――――――。)


白李は掴んでいた立夏の腕を、手放した。


「後は、頼んだ……」


そう言って、後ろ手を振り病棟の廊下を去っていく。


「………ッ!!」


白李は掴んでいた掌を、グッと握りしめた。



「遅かったじゃないか」

「給湯器の場所に迷って―――」


お湯を入れたケトルを戻し、再沸騰させる白李。その間、豆を挽いて珈琲の用意を整えていたアルグレード。病室に、芳醇な珈琲豆のアロマが立ち込めていた。


「分かるか?」

「グアテマラだろう?」


即座に応える白李に、驚くアルグレード。


「なんだ、見ていたのか?」

「いや。ラボの珈琲はビスカムアルバムから仕入れているだろ…?希少種じゃなければ大体香りで分かる」


(セナの、お気に入りなら、尚更―――な)


「…へぇ。それはもう、中毒レベルだぞ?」

「あはは…そうだな」


苦笑いを返す白李。


(そう―――中毒だよな。この俺が、こんなにもセナの大切なモノを、守りたいと思うなんて)


アルグレードの淹れた珈琲と、買い込み過ぎたデザートを広げ、暫しのティタイムを楽しむ4人。

秋兎達が危惧したように、穏やかに流れる時間に刻々と魔の手が忍び寄っていた事に、この時はまだ誰も、気づいていなかった―――。



File:43 アッシュ・ミュエ(無音のH)


オーバーテーブルに並べられたデザートを、美味しそうに頬張る千奈の隣で、カタカタとパソコンを叩く碧。莫大なインターネットサイトの中から設定したワードに関連するInsideTraceゲームの情報の身を拾い上げるプログラムを作成し、片っ端から危険なInsideTraceゲームの開催に探りを入れていたのだ。


真剣な彼の横顔を、まじまじと見つめる千奈。


「………何?」


碧も千奈の視線に、気が付いていないわけではなかった。


「碧君、本当にプログラマーなんだね。ピアノ弾いている時と横顔が違うね」


ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。


「千奈は、本当にプロのピアニストだな」

「えっ?」


首をかしげる千奈。


「俺達に気を使って、強がって、笑っているのだろうけど…どんな状況でも、ピアノを諦めない―――君は、本物のピアニストだと思った」


パソコン画面に視線を残したまま、碧が言葉を残す。


「……………あ」

「褒めているんだよ?千奈、凄くカッコ良かった―――」


ちらりと横目で千奈に視線を送ると、微笑を浮かべた碧。



ドキッ―――


千奈の心臓が、揺れる。


(そんな顔、しないでよ――――碧君)


頬が、熱を帯びるが分かる。


(諦めたのに…碧君の事。こうして傍に居てくれて、そんなふうに優しくされたら―――また、期待してしまう)


「……碧君、私―――ッ」



「碧!これ―――」


碧のパソコンを流し見ていた白李が声を上げる。

すぐさまパソコンに視線を戻す碧に、千奈は言いかけた言葉を止めた。


「InsideTraceゲームの開催…ボスキャラクター“The Demon(魔人)”が魔人軍を率いて押し寄せてくる。人界の兵よ、立ち上がり世界を守れ―――?」


白李がゲーム概要を読み上げた。


「ザ・デーモン……まさか―――」


碧の背中に、冷や汗が伝う。


「アルグレードに連絡を!ザ・デーモンは昔、識がLAを取ったボスだ。そこで、最強プレイヤーだったアッシュの意識が、イデアに奪われた」

「……なんだって―――そのデーモンが、蘇ったというのか?」


携帯を握り締める白李。


「奴等、何かしかけてくるかもしれない―――」

「17:00 カリフォルニア 総合広場―――時間がない、急ぐぞ!!」


パソコンを折りたたみ、立ち上がる碧。


「碧君!」

「?!」


千奈が、碧の服の裾を右手で握っていた。


「私も、連れて行って―――!!」

「―――千奈……」


(君は、このウイルスプログラム…奴らのせいで、左腕を失ったんだぞ―――?)


奥歯を、噛み締め視線を逸らす碧。そんな彼の肩を、白李はポンと叩いた。


「千奈さん、君はここにいて。」

「白李君…。嫌、私もこの目で見たい!私から腕を奪ったモノの正体を」

「――――ッ!」


千奈に手を伸ばしかけた碧の腕を、掴んで止める白李。


「白李―――」

「俺は…俺達は、セナの大切なものを守るために闘う。だから君を、危険な場所に連れてはいけない。君はセナが、大切にしたいと願う人の一人だから―――」


そう言って、碧の手を引いて病室の扉に向った。


「待って、碧君―――。お願い、行かないで!!!」


ベッドから、震える声で右手を伸ばす千奈。

無言で病室を出る白李。


「お願い――――碧君……」


(危ないところに行かないで、危険な事をしないで―――碧君には、私のように大切なものを失ってほしくないの――――)


ボロボロと、涙を溢す千奈に、足を止める碧。


「………ゴメン、千奈。俺は千奈を―――大切な人達を、守るために行くんだよ」


悲し気な微笑みを残し、碧は病室を後にした。


「アルグレードが現場に向っている。俺達も、急ぐぞ!」

「ああ!」


二人は急いでInsideTraceゲームの会場へと向かった。



かつて大規模フィールド戦闘として多額の報奨金が掛けられたInsideTraceゲームのボス、The Demonの復活戦と噂され、会場は、広告を見て駆け付けた腕利きのプレイヤー達で埋め尽くされた。また、白熱が予想される戦闘を一目見ようとリスナー達がこぞって詰めかける。


ブオォォォォン――

上空に、何台ものドローンが集まり出し、ARグラフィックを映し出す。


「始まる…」


武器を握り構えるプレイヤー達に、心地のよい緊張が駆けぬける。


そんなプレイヤー等の先頭に立ち、灰色髪の男が剣を振りかざした。

堂々たるその姿を見て、周囲のプレイヤー達が口々に叫ぶ。


「おい、アイツ―――」

「まさか…1000人切りのアッシュ……?!」

「お前、生きていたのか?!」


ゲームのスタート合図とともに、かつての最強プレイヤーアッシュの参加を見たプレイヤーやリスナー達のボルテージが、一気に最高潮に達した。


「アッシュがいるならこの対魔人戦争、人界軍(俺達)の勝ちだぜ!」

「なんだよ、今回のLAはアッシュが奪っちまうぜ?!」


安渡の声を上げるプレイヤー達に、アッシュは無言で剣を振り下ろした。

だが、アッシュの剣から放たれる攻撃プログラムのソースコードは、押し寄せる魔人軍のエフェクトではなく、周囲にいたプレイヤー達の防御プログラムを無効化し、彼等のHPは一気にイエローゾーンに削ったのだ。


攻撃を受けたプレイヤー達は、ARデバイスの微量電流で手足が硬直し、その動きを抑制される。


「……なっ?!何するんだ、アッシュ!」

「いきなりPKかよ?!」


不意を打たれたプレイヤー達が目を見開いて声を上げた。戦闘を観戦していたユーザー達も、その様子に呆気となり息を呑む。そうしている間にも、グラフィックで映し出された魔人軍は攻撃を仕掛けてきている。動きを封じられたプレイヤー達のHPは、成す術もなく次々と削られた。


『Pass code Noah's Flood(転送、ノアの洪水)』


アッシュの周りに、褐色(かちいろ)のソースコードが螺旋を描いて舞う。

紺より黒い、深い藍色のそれは、アッシュを中心に円を描くように広がりを見せた。

それは、HPが削られていくプレイヤー達に大洪水のグラフィクエフェクトとなり、容赦なく襲い掛かった。


「Pass code……Noah's Ark!(転送、ノアの箱舟!)」


駆けつけた白李の剣型デバイスから放たれたプログラムは、大きな船(盾)となり、大洪水を遮ぎる。


「た……助かった―――?」


その大規模範囲攻撃に手足を硬直させていたプレイヤー達は、空を飛ぶように表れ、アッシュの前に立ちはだかる黒ずくめの男に視線を奪われる。


両下肢の金属に光を反射させ、黒いコートを靡かせる異質のプレイヤー。


「Pass code―――Preventing floods(転送、破壊プログラム)」


白李の剣が、二振り目を振り下ろすと、そこから放たれる碧いソースコードが、大洪水を瞬く間に呑み込み消し去った。ソースコードは褐色のソースコードを辿り、アッシュのARデバイスに吸い込まれていく。


『グハッ――――!!!』


頭を押さえ、体を捩らせるアッシュ。


「コイツは、俺が引き受ける。アンタ達は、対魔人軍の相手(ゲームの続き)を頼んだ」


呆然となるプレイヤー達に、首を振る白李。硬直が溶け、我に返ったプレイヤー達は、再び武器を構え一斉に魔人軍に向って走り出した。


「あ、ああ―――」

「アッシュが居ないなら、LAは俺のもんだ!!」

「後れを取るな!!」

「うぉぉぉぉぉ!!!」



プレイヤー達がザ・デーモンに向う姿を、頭を押さえながら横目で確認するアッシュ。


『…………ッ』


再び剣を構えるアッシュの鼻先に、剣を向ける白李。


「お前の相手は、俺だぜ?1000人切りの、アッシュ―――いや、Noah's Programに支配されたHumanoid(音のない人形)?」


『ヒューマノイド……』


「自らの音(意思)を持つことを許されず、操られるままに声を発する、人もどき。」


会場で合流したアルグレードの車の中で、バームを起動させパソコンを広げてアシストを行う碧。白李の視界から送られる画像を注視し、その周囲に気を配る。


『気をつけろ、白李。意識を奪われた被害者は、最低でも2人いたはずだ!』


碧の声が、バームに響く。

ふと、後方に意識を向けると、剣を構えて斬りかかるもう一人の男。義足を翻し、大きく跳躍して宙を舞う白李に、斬りかかった男は武器を構えて身を引いた。


「……こいつが、もう一人の被害者か?」


白李の視界を通して送られる画像データを、即座に被害者データと照合させた。


『ああ、そいつがInsideTraceゲーム最初のヒューマノイド(被害者)だ!』


『邪魔者を、排除する―――』


機械の音声が、アッシュともう一人の男の口から発声させられる。


その声に、白李がフンと鼻で笑った。


「“あの時”と同じだな―――。同じ手が、何度も通用すると思うなよ―――?」

『Pass code―――Sword of the God Killer(転送、神殺しの剣)』


右手に光る碧いソースコードが形を成すのをみて、フッと吹き出し笑う白李。


「何?こっちも“同じ”?」

『神殺しの、銃の方が良かった?』

「いや、遠距離攻撃は苦手だ…こっちにしとくよ。」


ARによって剣を投影されたデバイスを、まるで包丁のようにくるくると回しアッシュともう一人の男に向って構えた。


「さあ、始めようぜ。同じ“箱舟に乗る事を許されなかった、哀れな神の犠牲者”同士…な」


『排除―――する』


機械音声が、光を宿さず視線の定まらない瞳の人形から、零れ出た。

とたん、二人のヒューマノイドは白李に襲い掛かる。


『気をつけろ、白李!』


バームから届く碧の心配言を嘲笑うかのように、地を蹴り、同時攻撃をひらりと交わす。デバイスで相手の剣を弾き返すと、まるで氷の上を舞うかのようにくるりと背中を取ると、一人目の男のARデバイスにポインター型デバイスの先端を沿わせた。


「Preventing Program―――(プログラム破壊)」


電池の切れた人形のように、どさりとその場に崩れ落ちるヒューマノイド。


「一人目……」


その動きを確認したアッシュは、白李と距離をとるように後方へ宙返る。


『そうか―――君を手放したのは、私の誤算だったようだな。冬城白李』


機械音声が、アッシュの口から、らしからぬ言葉を発した。


「…………御影――隼隆博士か」


白李は剣を構え直し、腰を落とす。


「貴方に手放す気がなくても、俺も秋兎も、貴方の元を去りましたよ…」

『そのバームで、セナ=クラークに脳を書き換えられたか―――』


にんまりと、口元を綻ばせる白李。


「やだなぁ、御影博士。もっとロマンチックに言ってください?俺も秋兎も、セナに心を奪われたんですよ」


そう言うと、前方に重心を傾け、義足の反発力を利用して一瞬でアッシュの間合いに入った。

体を翻し、距離を保とうと避けるアッシュの腕を掴むと、その腕を背部に捻り上げる。


「チェックメイトです―――御影博士!」


右手でアッシュのARデバイスを握ると、「Preventing Program(プログラム破壊)」とそのデバイスにウイルス除去プログラムを流し込んだ。


『ガハ―――』


ドサリと、白李の足元に崩れ落ちるアッシュの身体。


モニター越しにその様子を見ていたアルグレードは、待機していた車を飛び出し、周囲に待機させていたInsideTraceUnit projectメンバーに二人の身体の回収を命じた。


二人の身体が運ばれるのを確認すると、前方で戦闘を続けるInsideTraceゲームプレイヤー達に視線を移した。


「さてと…なぁ碧?俺もアレに参加していい?」

『……どうする気だ?』

「“緋色の鬼”を、超えてやろうと思ってさ―――」


緋色の鬼―――――。


それは、InsideTraceゲームプレイヤー達が緋色のポニーテールのウイッグをなびかせて闘う識に名付けた二つ名だった。


『……以前“The Demon”と対峙した時は、立夏が大砲ぶっ放していたけど?』


碧が呆れ声を出す。


「あはは…やりそう。いいよ、俺はシールドとこれだけで十分。」


そう言って碧色のグラフィックが投影された剣に視線を移した。


『そう―――じゃぁ、Pass code、Reinforced wall(転送、補強壁)』


白李の周りに、碧色のソースコードが舞う。


「よし―――ゲーム、スタートだ」



にんまりと口元を綻ばせると、先で闘うプレイヤー達を一足飛びで超え、MOB(敵群衆)を剣一本で切り割いていく。


「なんだ―――アイツ……?!」


白李の人間離れした身のこなしと、敵を寄せ付けない戦闘センスに息を呑むプレイヤー達。


「デーモン戦に集まるプレイヤーは、本気でヤバイぜ……」

「ああ。1000人切りのアッシュと言い、緋色の鬼といい、大砲をぶっ放す深緑のninjaといい、コイツといい―――規格外の奴らばかりだ!」

「なんだよ、ぼさっとしてるならアイツのラストアタック、俺が貰っちまうぜ?」


白李が駆けぬけた後は、HP一瞬で削られ四散したグラフィックの欠片がキラキラと輝きラインを描いている。


瞬く間に前方で『Congrats』と大きく表示され、軽快なサウンドエフェクトがフィールドに鳴り響く。

この魔人軍を抜け、黒のコートが一人で、ボスのThe Demonを倒してしまったのだ。


「マジかよ…アイツ、一人でこのBOMを突っ切りやがったぜ?!」


ゲーム終了と同時に、周囲に残っていた魔人軍が光の欠片となり、キラキラと舞い散る。

その中央で、碧い剣と金属に輝く両足を光らせ、不敵に微笑する姿を観たプレイヤー達が、口々に呟いた。


「Iron Devil “鉄の悪魔”が降り立った―――」と。



「だ~か~ら~!!目立つ事はするなと、普段からあれほど言っているだろう?!」


アッシュ達二人の身体を保護したアルグレードは、プレイヤー達の注目を一身に浴びて戻ってくる白李に顔を引きつらせ、口酸っぱく説教をする。


「ただでさへ目立つのに、変装もせずに!!何を考えているんだ?!君は」

「す…すみません―――」


しょんぼりと頭を下げる白李に、ため息をつくアルグレード。


「だがしかし、InsideTraceゲームのハードルが上がったのは確かだな。アッシュや識や立夏…今回の白李の戦闘を見て、にわかプレイヤーが減るなら、いい影響だ。体の動かし方を知らない素人が遊び半分にゲームを始めるから、最近のInsideTraceゲームはけが人が多くて困ると、識がぼやいていた。」


「えっ」顔を上げる白李に、視線を逸らせ、フォローを行うアルグレード。


「俺、役に立てました?」

「少しだけ、だ!大いに反省しろ!!」

「はーい!」


頭を掻き、苦笑いを浮かべる白李に、アルグレードは震えのまだ止まらない自らの手を開いた。

その掌にじんわりと、汗が滲む。


(白李が…敵でなくてよかった―――。彼がもし、敵として俺達の前に立ちはだかっていたとしたら…対アッシュどころの話ではない。識と立夏を持ってしても、彼を抑える事は出来なかったかもしれない)


Iron Devil (鉄の悪魔)―――か。

セナ―――君は悪魔でさへも、味方に付けてしまうというのだな。



File:44 奪われた色


山深くにひっそりとたたずむ洋館。アメリカのInsideTraceUnit projectの調査と、Polaris3型を使って日本での調査で得た情報、そして、カリフォルニアにある大学の研究室に隼隆が残した情報から分析し、プログラムの発信源となっている座標を割り出した。

ここに、御影隼隆が潜んでいるというのか。


バームを装着すると、メンバーは水月の作ったウイルス除去プログラムを起動させた。


「先陣は、俺と立夏が切る。秋兎は後方からアシストを頼む。水月さんとセナは秋兎のフォローを!」

「……了解」

「任せろ!」


5人はバームを装着し、洋館に足を踏み入れた。



昼間だというのに、室内は不気味なほど暗く、静まり返っていた。

ソースコードを可視化し、恐る恐ると前に進む。

所々にトラップともいえるAugmented Reality Enemy Data―――拡張現実敵情報(アライド)が配置されているが、識と立夏が回収したソースコードを基に、即座にアキトがプログラミングを行い、難なく対処していく。そのプログラミング速度に、セナと共に後方をついて歩く水月の背には冷や汗が伝った。


(速い。そして、正確だ。これほどまでの能力を持つプログラマーを、御影隼隆は育てたというのか……?!だとすれば、隼隆の能力は、それ以上と言う事か…)


御影秋兎がいくら優れたプログラマーだとしても、隼隆からプログラミングを教えられた彼のコピーであるならば、秋兎に隼隆は超えられない。

どうやって、隼隆と闘うつもりだ…セナ。

ちらりと、横目でセナに視線を送る水月。彼の視線に気づいたセナは、ふんわりと笑みを浮かべた。


「大丈夫よ、父さん。” Noah's Program(ノアのプログラム)”は、ここで終わらせる。」

「セナ―――」


この状況でも、笑っていられる?

彼女は一体、どんなカードを持っているというのだ。

1週間で君は、何を視たというのだ。


水月は、バームプログラムの裏で、密かに別のプログラムを起動させ、待機を確認した。



襲い掛かるアライドを跳ね除け、屋敷の奥にたどり着いた一行は今までより厳重にロックされた扉を、解除した。


「よく来たね。InsideTrace Unit」


広い部屋一面に、コンピューターが並べられたその奥に、ARデバイスを装着した一人の男がセナ達の到着を両手を広げて歓迎する。


「……隼隆」


水月が目を細める。BMI研究がまだ日の目を見ぬ駆け出しの頃、所属大学は違えど互いに知恵を出し合い、研究を進めてきたかつての同志が、今は敵として立ちはだかっているのだ。


「久しいね、水月―――君とこうしてまた、相見えるとは。」

「私達は、同じものを研究しながら、目指すべき道を違えた。こうして会う事は、さして数奇でもない。寧ろどこかでこうして、対峙すると思っていたよ」

「――――ほぉ?では私の正義と君に正義…どちらが正しかったのか、ここで証明してみせようじゃないか?」


両手を広げる隼隆の隣に、2つの光が不気味に発光する。


「……来るぞ!自動人形(オートマタ)…イデア量産機だ」


立夏と識はそれぞれ右手に武器を構えて腰を落とす。


「Pass code、freeze on Sword!Pass code、Virus destruction Program!」


立夏と識の剣に、プログラムが纏う。


「接触前からプログラミングとは、やるねぇ!」

「隼隆のプログラムの大半は、記憶済みだ。オートマタが纏うソースコードを視れば、大抵の対処プログラムは、即座に作成できる」


機械の身体が繰り出す物理攻撃を避けながら、剣型のデバイスをイデアの金属の体に接触させてプログラムを移植する立夏と織。2台のオートマタはぴたりと動きを止める。


「成る程、私の研究室からイデアのデータを盗んだな―――」


にんまりと、口元を綻ばせた隼隆は、右手を掲げる。彼の背後から、アライドが何千本ものソースコードの矢を放つ。


「Polaris!」


水月の声に反応し、2台のPolaris3型が立夏と識の前に飛び、シールドプログラムを展開した。そして、秋兎とセナ、水月の前に立ちふさがるように、犬型のPolaris1型がシールドを広げる。


「ポラリス?!」


水月の声に反応するように、突如目の前に現れたポラリス。


「ずっとステルスモードで待機させていた」


ソースコードを可視化するバームを装着していたにも関わらず、ステルスモードのPolarisのコードを見破れなかったセナは、驚いて水月の顔を見上げた。


「セナは直ぐに顔に出るから…でも、秋兎君は、気づいていたみたいだよ?」


屋敷に入ってからずっと、Polarisの隣に並ぶように立ち位置を調整している事を、水月は気付いていた。


「それが、水月のBMI…Polaris―――か。脳と機械を繋ぐ…一度に3台の機械と脳への接続は厳しいのではないか?」


「心配には及ばない…このポラリス達はそれぞれにAIプログラムを持っている。私の命令がなくても、彼らは私の大切な子供達を守るよ―――」


「フッ……水月――やはりお前は、甘いな」

「なんだと?」


「お前のPolarisはトップダウン型AI(人工知能)。それでは、経験以上の事は出来ない。だが。私のBMI…イデアはボトムアップ型AI…いや、次代のホムンクルス型と呼ぶべきか―――自己修正を行う。さあ、ゲームの続きを始めようか」


隼隆の声に合わせるように再び発光する2台のオートマタ。

眉間をしかめる立夏の隣を、識が走り抜ける。


「もう一度、行くぞ!立夏、秋兎」

「「了解!」」


剣を握り直す立夏、二人の武器に、改良を加えたプログラムを転送させる秋兎。機械の物理攻撃を辛うじて交わしながら、再びプログラムを移植する。一瞬動きを止めるイデアだが、即座にソースコードを回復させていく。


「なんだよ……あれ―――」

「もう一度、別のプログラムを―――秋兎!」

「Pass code、Virus destruction Program!(転送、ウイルス破壊プログラム!)」


イデアの機械の体が、識の肉体を掠める。同時に、剣でイデアの体を突き刺した。


「このぉぉぉ!!」


がたがたと、機械の関節部(接続部)を折り、膝をつくイデア。


「やったか―――?!」

「まだだ、識!」


膝をついた姿勢から、高速で移動し、識に腕を振りかざすイデア。その腕を、デバイスの剣を盾に食い止める立夏。


「リツ―――」「ガハッ!!」


もう一台のイデアが、側方から立夏を蹴りはらう。

勢いよく吹き飛ばされた立夏は、壁際のコンピューターに激突した。


「立夏?!」

「識、前!!」「?!―――ぐあっ!!」


立夏に気を取られた識もまた、前方のイデアに殴り払われる。

衝撃で、全身に痛みが襲う。体を起こそうとするが、激痛が拒んだ。


「識!」「立夏?!」


二人に駆け寄るセナと秋兎。


その様子を、隼隆はクククと喉で笑いながら見下した。コツコツと隼隆の足音が、セナに近づく。


「人の肉体は、脆く儚い。だからこそ、強い体が必要なのだ―――。君もそれを、望んでいたのではないか?セナ=クラーク……」


痛みを抑えて立ち上がり、セナを背に隠す様に立つ識。だが、識の前には再びイデアが立ちはだかった。イデアの攻撃を、ソースコードとデバイスで受け止める織。隼隆は、イデアの攻撃を止めて動けぬ識の横を抜けセナの前に立ちはだかると、冷たい瞳で見下した。


「ポラリス!」


隼隆の側方から、体当たりを行う犬型Polarisだが、隼隆が纏うプログラムシールドに阻まれ動けない。


「Noah's Flood―――私は、君の脳が欲しいのだよ…セナ=クラーク」


そう言って、セナの腕を掴んだ。


「娘を離せ!隼隆!」


セナに駆け寄る水月の、足が止まる。体を動かそうとするが、全身が痺れたように動かない。


「なんだ―――これは……」


隼隆を睨む水月は、部屋全体に覆われたソースコードの線を見て、目を見開く。

大洪水のグラフィックエフェクトに覆われた部屋。それを成すソースコードが、バームから脳に干渉し、四肢の動きを麻痺させているのだ。


「くそっ!!」

「身体が―――動かない?!」

「やめろ…セナに手を出すな!!」


立夏と識、秋兎やセナも、プログラムに支配されたバームに、身体の自由を奪われる。


「御影―――隼隆…貴方は―――」


辛うじて動く唇から、言葉を絞り出すセナ。隼隆の手が、彼女のバームに伸ばされる。


「君の成せなかった夢を、私が叶えてあげよう―――セナ」

「いや…私の―――夢は」


「Use code…… Noah's Program」




「いやぁぁぁぁ!!!!」


「セナ!!!!」「セナぁぁぁぁ!!」

「ッッ!!やめろ、隼隆ぁぁぁ!!」


意図が切れた人形のように、ドサリと床に崩れるセナの身体。

隼隆の手には藍白色に輝く光が握られていた。


「セナに―――何を、した……」


身体の痺れに抵抗し、腕や足を、一歩―――また一歩と無理矢理に動かす水月。


「君の娘の脳の欠片を、貰ったよ」

「脳の…欠片だと―――」


にんまりと、笑みを浮かべる隼隆。


「娘の研究を知っている水月なら、理解できるだろう?」

「きさ…まぁ―――!!!!!!」

「フッ…。君のそんな顔をみるのは、初めてだよ。私達の研究が何度も失敗して進まなくても、どんなに周りに揶揄されバカにされても…君は誰よりも落ち着き顔を歪める事などなかったのに……。それが、父親になると言う事か?水月」


じっと、隼隆を睨みつける水月。その体は一歩…また一歩と隼隆に近づく。その姿を、ふっと鼻で笑って見下すと、立夏を背後にし、自らも動けぬままイデアと対峙する秋兎に視線を向けた。



「私には、その感情がないんだ―――。息子(秋兎)をお前達に奪われた時も、取り返そうと必死になる感情は湧いてこなかった。また、作ればいいのだから―――」


隼隆の冷たい瞳が、秋兎を貫く。


「……そうだよね。アンタは僕を作ったけれど、父親じゃなかった。僕はアンタにとって、道具でしかなかったのだから。」

「秋…兎」


秋兎のアスペルガー症候群を知って、実の両親に捨てられた彼を、御影家の養子として迎え入れた隼隆。だが彼もまた、秋兎を息子として見ては居なかった。隼隆は秋兎を、研究の道具として迎え、プログラミングを教えていたのだ。

誰にも愛される事なく育った子供…その記憶が、彼に解離性同一性障害(DID)の人格を作り上げたのだろうか。

隼隆の言葉のナイフに晒される秋兎を、心配気に見つめる織と立夏。

怒りや悲しみが、強い感情となり、手足を動かす。ゆらりと、立ち上がる。



―――――プログラム(ウイルス)なんかに、この身体…支配されてたまるものか!!!


「なぜ…動ける?」


水月だけでなく、秋兎や立夏、識までも身体を動かせるなんて。彼らを見下して嗤っていた隼隆の眉間が、ヒクりと動いた。


(より強度な“Noah's Flood(ウイルスプログラム)”を構築すべきか―――)


周囲に、褐色(かちいろ)のソースコードが螺旋を描いて舞う。

紺より黒い、深い藍色のそれは、周囲のソースコードを呑み込むように膨張しだした。

よろよろと立ち上がった秋兎は、両足を踏ん張り、左手をぎゅっと握り締める、秋兎。


「水月博士が、教えてくれたんだ。父さんって―――こんな感じだって。日本の

InsideTraceUnit projectの追跡を逃れるため、各国を回りながらカリフォルニアに逃がしてくれる道中、水月博士は僕に、本当の息子みたいに、接してくれた。



(だから、“僕”は―――“俺”は――― 独りじゃない。こんなにも、愛されているんだ)



御召御納戸(おめしおなんど)のソースコードが、秋兎の周りを舞う。いつも秋兎が使う蒼いソースコードとは違う、灰がかった渋みのある青色……


「あれは―――」


「父さん(隼隆)から貰ったこの褐色(プログラミング技術)と、父さん(水月)がくれたこの銀色(愛情)―――これが、今の僕を形作るモノ……」


褐色(かちいろ)のソースコードを遥かにしのぐ速さで組み立てられていく御召御納戸色のソースコード。秋兎はそれを、フィールドを覆う洪水に向って放った。


「Use code……Noah's Ark(転送、ノアの箱舟)」



「―――セナを、返せ」


高笑いを轟かせていた隼隆を、睨む秋兎。よろよろと立ち上がった彼の周囲には、灰色と褐色の混じった、御召御納戸色のソースコードが、幾重にも円を描いた。


「Pass code……Noah's Ark(転送、ノアの箱舟)」


「無駄だ、秋兎。Ark(箱舟)は私には通用しない!」


頭を押さえ、にんまりとほほ笑む隼隆に、秋兎はなおもプログラミングを続けた。


「――――――俺の箱舟(プログラム)は、確かに、父さんに、通用しない。だけど、セナのプログラムは、アンタには壊せない」


御召御納戸(おめしおなんど)の二重螺旋のソースコードは分裂し、白にも蒼にも透明にも見える、白藍に色を変えた。そして、そのラインに寄り添うように纏わり、蒼いラインが螺旋を描く。


蒼と白藍色のソースコードは円を描きフィールドを舞った後、何本もの矢となり隼隆を貫いた。


「Pass code……SternBaum Program(転送、星の木プログラム)」



「なぜ、お前がそのプログラムを持っている―――」


御影隼隆は大きく目を見開いた。彼の目の前で、長年かけて彼が積み上げてきた世界を戻すプログラム” Noah's Flood”が蒼いソースコードに書き換えられていく。

ワクチンプログラムを消去しようと押し寄せる洪水(ウイルス)は、秋兎とセナの作ったウイルス破壊プログラム(SternBaum:星の木)の枝に絡み取られ、蒼い枝となって伸びていった。


『一緒に、戦うよ―――アキト』

秋兎の脳に、もう一人の人格が、呼びかける。


「大学の御影研究室と、日本の御影家のマザーコンピューターに、父さんが隠したコアプログラムを、解析して、セナと二人で作り上げた。イデアの脳の正体―――。

大抵の人工頭脳(AI)は、プログラムの演算能力に物を言わせ、知識と経験を積ませ、学習によって本物の知性へと、近づけようというもの。たいしてイデアは人間の脳を人工的に再現し、そこに知性を発生させたボトムアップ型。

この短期間でどうやって脳を再現させたのか―――イデアの脳は、盗み取った脳の断片を都合よく繋ぎ合わせて作ったホムンクルスの脳だ」



だから、第1のイデアと第2のイデアでは性質が異なり、第2のイデアの行動には稚拙さと凶暴さが見られた。使用した脳の断片が、第1のイデアとは別のものだからだ。


これが、御影隼隆が脳を欲しがり、脳に固執した理由。彼が世界にばら撒いたウイルスInsideTraceゲームは、必要な脳を効率よく集めるためのノイズゲート―――振るいに過ぎないのだ。


秋兎はそう、指摘した。

裏…?表…?彼の口調は、いつもの途切れ途切れに繋いだ言葉ではなく、流暢に語られる。

脳の一部を抜き取った抜け殻(アッシュ達)は、隼隆にとってはすでに用無し。真の目的を悟られぬよう、抜き取った脳の一部に人工プログラムを移植し、抜け殻を思う様に操った。それによりInsideTraceUnit projectはまんまと彼の掌の上で踊らされ、真の目的に気付かぬまま、ボトムアップ型AIの成長に意図せず加担してしまっていたのだ。


「フッ……。そこまで、見破られていたとはな」


口元を綻ばせ、隼隆はクククと喉で笑った。


「ならば、これは知っているか?私が一番初めに作ったボトムアップ型人工知能(イデアゼロ型)は、私の脳の一部と、当時小学生で捨て子だった秋兎の脳の断片を組み合わせて作った―――お前(秋兎)だと言う事を」


「なん……だって?!」

フィールドを呑み込んでいく蒼い(ソースコード)に絡められ、動きを止めたイデア(オートマタ)の体を押さえつける織や立夏の表情が、凍り付く。

そして、その非道さに胸の奥から沸々と怒りが込み上げてきた。

この男…御影隼隆は、何も知らない幼い秋兎の脳を、玩具の如く弄ったというのか。そんな水月の表情をみて、にんまりと挑発するように笑みを浮かべる隼隆。


「作り上げた人工知能を、幼い秋兎の脳に移植し、ゆっくり時間をかけて成長させた。私の予想通り…いや、それ以上の能力を秘めて育ったゼロ型は、私の腕…いや、頭脳としてInsideTraceゲームで様々な脳を集めてくれたのだ。あの時……セナ=クラークに惑わされるまでは」


あの日―――。

セナと秋兎が日本で対峙した、あの時の事か。


「セナに負けたと思い込んだ秋兎が、ARデバイスに高出力電磁パルスを送り込み、脳を焼き切ろうとしたことで、組み合わせた二つの脳が人格という形で分裂した。その結果、秋兎の身体に宿っていた表アキトと裏アキトという二つの人格が、解離性同一性障害(DID)として表在化したのか。」


瞳を閉じて、その不気味な微笑で返事を返す隼隆。


プログラムが次々と分解されていてもなお、その笑みを崩さない姿に、水月だけでなく、イデアの動きを封じた後もなおポインター型デバイスを構える織と立夏も警戒を崩せなかった。


「これは、私にとっては最大の誤算。だが、最大の発見でもある。私の脳とセナ=クラークの脳を掛け合わせることで、私は最高の人工知能…真のイデアを作り出す事が出来るだろう。便利さを振りかざして不自由になり過ぎたこの世界は、もう要らない。” Noah's Flood”ですべてを無に帰した世界に、新たな人類として、(ノア)と、(セナ)の脳があれば十分だ。また一から、綺麗な世界を作り出せる。」


「知っているよ」


意識を失ったセナを抱きながら、秋兎がぼそりと言い放つ。


継ぎはぎで作られた脳…

秋兎は、人工的に作られたAI―――

隼隆の望む世界を作る為、作られた…人格


「知っていたよ。“俺”が、父さんに、作られた、存在(イデア)だって事。だから、脳を焼き、俺(裏アキト)を、壊そうと、した」


「………ほぉ?知っていた―――知っていながら私のする事に、加担していたのか?」

「俺は、その為に、作られた―――。俺には、“それ”しか、生きている意味が、なかったのだから。でもね―――――」


バームで可視化したソースコードを、再び組み立て始める秋兎。

ソースコードは隼隆から伸びる全てのソースコード(Noah's Flood)を呑み込み、隼隆が装着するARデバイスに侵入した。バチバチと音を立てるデバイス。


「グッ…?!お前、何を!!!」

「――――――erase the brain Program…」

「―――脳、破壊…プログラム、だと―――?!」


「セナが、“俺”に、生きる意味を、くれた。」


(必要と、してくれた―――)


“私には…貴方が必要です。“お願い”秋兎、私と…私達と一緒に闘って“


図書館での、セナの言葉が秋兎の脳内で反復する。


「人を、傷つけるための、理由じゃなく、誰かの役に立って、生きるための、理由。チェックメイトだ、御影隼隆――――セナの脳の欠片を、返してもらう。」


「……ぐぐぐぁぁぁぁ―――ああああああ!!!!」


全身を捩るように叫び、両手で頭を抱える隼隆。デバイスを、外そうとするが、脳に侵入したプログラムが四肢の自由を奪う。


ぴたりと動かなくなった隼隆に、恐る恐る近寄る立夏と織。

バーム通してソースコードが可視化された視界には、隼隆の全身を、まるで木の枝が這うかのように蒼いソースコードが絡まりついていた。

そして、隼隆の頭から、藍白色のソースコードがキラキラと光を放ち、秋兎の手に吸い寄せられる。

一際美しく輝くそれを、セナのバームに戻す秋兎。


「――――セナの脳の欠片は誰にも、渡さない」


それは、作られたモノ(AI)が、オリジナル(人間)を超えた瞬間だった。


全てのソースコードを呑み込み、蒼白く光るその部屋は、まるで夜空に咲くStern Baum―――色とりどりの花火のように美しく輝きを散らせた後、秋兎の組み込んだ自己破壊プログラムによって、全てのコンピューターの電源が途絶えた。



「御影隼隆は重要参考人として、アメリカInsideTraceUnit project本部にてその身柄を拘束する。」


両手を識と立夏に拘束された隼隆の手関節に、現場に掛け付けたアルグレードが手錠をかける。プログラムによって脳を破壊された隼隆の視線は定まることなく、手足は人形のように動かなくなっていた。アルグレードが引き連れてきた本部のスタッフによって、金属の塊となった2体のイデアもまた、回収される。




「………生きているんだろうな?」


アルグレードが目をひそめ、識に視線を送る。瞳孔にライトを当て、脈を確認する識。


「生命反応的には問題なさそうだが―――」

「体は、生きているよ。脳は――――死んでいるけれど」


冷たく言い放つ秋兎に、視線を送る識と立夏。


「…………連行する」


アルグレードは、それ以上何も言わず、御影隼隆の身体を本部に輸送した。


「セナは、大丈夫なのか?」


秋兎の腕に抱かれたまま、目を開かないセナの顔を、覗き込む識。


「プログラムの移植で、脳には相当なダメージを負っているはずだ。―――だけど、必ず目覚める。俺が、セナを目覚めさせる」


彼女の左手を握りながら、秋兎は力強い声で言い放った。


「……わかった。とりあえず、うちの病院に運ぼう。全身状態の確認をして、話はそれからだ」


識は立夏に視線を送ると、小さく頷き救急車を手配した。病院に搬送されたセナは全身の検査が行われるが、脳に負荷がかかっている事以外に危機的な状況は無く、識達はとりあえずの安渡の息を溢す。


セナは、いつ目覚めるのだろうか。


明日には目を覚ます?


1か月後?


半年後?


―――3年後?



誰もが、セナの一日も早い目覚め(帰り)に、祈りを捧げた。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ