6話 5度目の……
「やれやれ…… またあの娘の顔を見るとはの…… 」
おじいさんは淹れたてのお茶をズズっとすすりながら軽くため息を吐いた。
「知ってるんですか? 楓の事 」
「知ってるも何も、一度悪そうな連中から匿った事があるからの 」
藍が中学二年の時、突然ここに捨て猫のような楓を藍が連れて来たのだそうだ。
「なぜそんなにボロボロなのかと、問うても口を開かんでの。 藍のすることじゃから、しばらく様子を見ておったんじゃが…… 藍が学校に行っている間にフラッといなくなってしもうた。 そのすぐ後に警察が来てな、鳥栖の家出娘だと知ったのじゃ 」
「鳥栖ってそんなに問題なんですか? 」
事件を起こしたのは楓じゃない…… なのに、その娘ってだけで忌み嫌われるのはどうかと思う。
「お前さんの気持ちは藍と一緒じゃの。 気持ちは分からんでもないが…… 報道されるような事件を起こした家柄というのは、世間的にはそんなもんじゃ 」
「おじいさんはどう思ってるんです? やっぱり冷たくあしらうんですか? 」
このおじいさんとは仲がいいし、気に入られてると自負しているから、つい口調がキツくなってしまう。
けど、このおじいさんは心が読めるのか本心を言わないと怒るのだ。
「正直関わりたくはないの。 ワシも道場を構えているが故、風評被害というものが気になるのじゃ。 悪く思わんでくれると嬉しいがの 」
おじいさんの気持ちは分かるけど、納得はいかない。
「フェフェ! 藍も同じ気持ちじゃから、ワシに何も言わず引き受けたんじゃろ。 じゃからワシは何も言わん…… お前さん達で守ってやるがいい 」
おじいさんは言いたい事だけ言って居間を出て行ってしまった。
守ってやれか…… とは言ったものの、俺達が楓に何をしてやれるのか分からない。
「藍、入るぞ 」
とりあえず藍と相談しようと思って藍の部屋を訪ねてみたが、二人の姿が見当たらなかった。
「風呂…… かな? 」
思い出してみれば、楓の着ていた服は恐らく吹石先輩の私服なのだろう…… アイツには似合わない大人っぽいもので、サイズも結構大きめの物だった。
「動き回らない方が身の為かもな…… 」
藍の事だから、まだ体が不自由な楓に付き添って風呂に入り、自分の服を見繕ってやるつもりなのかもしれない。
「藍の服、サイズ合うのか? 楓の方が若干大きいけど…… 」
どちらにしろ、着替えてる最中にうっかり鉢合わせたら大惨事になる。
俺が。
そう考えて居間に戻ろうとすると、廊下の奥から俺の名前を叫ぶ藍の声が聞こえてきた。
「燈馬! 燈馬ー!! 」
絶叫に似た、ただならない藍の叫びに、俺は無意識に廊下の奥へと走っていた。
案の定、声は風呂場の方から。
「どうし…… おわっ! 」
覗いた先では、素っ裸のままぐったりとした楓を抱えた、素っ裸の藍が、真っ青な顔をして涙ぐんでいる。
その上には制服姿の幽体の楓が、真っ赤な顔をして宙に浮いたまま正座をして俯いていた。
「と、とにかく落ち着け藍! バスタオル巻け! 」
「頭ぶつけたの! そしたら動かなくなっちゃって! 意識ないのよ! 」
俺に裸を見られる恥ずかしさよりも、藍は楓の事にテンパっている。
涙目で必死に訴えているのに、俺も恥ずかしがっている場合じゃない!
「大丈夫だって! コイツはそこにいるから! 」
「へ? 」
ちょうど藍と楓の頭の上を指差すと、藍は呆けた顔で真上を見上げた。
「例の幽体離脱だ。 ちゃんと元に戻れるから心配するな 」
藍はジワっと目を潤ませて、その後徐々に体まで赤くなっていって胸をそっと隠す。
見ていられなくて俺は、藍と楓の分のバスタオルを体の前に持っていってやった。
「ったく、幽体離脱がクセになってんじゃねぇのか? 」
「仕方ないじゃな…… じゃなかった、ごめんなさい…… 」
楓はいつになく素直だったが、藍は俺を見つめてまだ呆けたままだった。
「藍、大丈夫か? 」
「ホントにそこに楓がいるの? ちゃんと戻れるの? 」
「ちゃんと戻すから心配するな。 だからバスタオルを巻け 」
「良かった…… ウチ、楓を殺しちゃったんじゃないかと思って…… 」
申し訳程度にバスタオルで前を隠し、藍はボロボロと涙を溢す。
「アタシの前も隠してよ…… 」
そう言う楓は横たわる自分の体に構いもせず、触れない藍の頭をそっと撫でる真似をしていた。
「びっくりさせてごめんね、藍ちゃん 」
このままの流れでいけば、二人の仲もよくなるような気がするけど…… 楓を裸のまま放っておくわけにもいかないよな。
「藍、悪いけどちょっと出ててくれるか? 楓を体に戻すから 」
「へ? ウチは居ちゃダメなの? 」
藍の前で楓とキスする勇気は俺にはない。
「企業秘密…… と言いますか、蒼仁先輩から受け継いだと言いますか…… ちょっとイタいから 」
「痛いの? うん…… 分かった 」
気を持ち直した藍は素早くバスタオルを体に巻き、楓の体にバスタオルを掛けてバスルームを出ていく。
「イタくて悪かったわね 」
「ワザワザ見せるようなものじゃないだろ。 ほら、早く体と重なれよ 」
「変な所触ったら承知しないからね 」
俺に冷ややかな目線を飛ばしながら、楓は体と同じ態勢になるように寝転がった。
「動くなよ 」
時間がないのでスッとキスをする。
ピクッと楓の体が跳ねたかと思うと、俺の胸に手を当ててそっと押し退けてきた。
「ありがと…… でもこの格好はメチャクチャ恥ずかしいから出ていって欲しいな 」
楓はバスタオルを抱いて身をよじる。
「わ、悪い! すぐ出ていく! 」
慌ててバスルームから出ていった俺には、ドアのすぐ横で様子を見ていた藍には気が付かなかった。




