5話 赤色と藍色の距離
蒼仁先輩に連絡を取って楓を藍の自宅に送って貰って、俺と藍もデートを取り止めてバスでそちらに向かった。
車内では藍はうつむきがち…… 藍が楓を『あの子』と呼ぶ以上、中学校で楓と何かあったのだろうと予想できた。
「ホントに引き受けて良かったのか? 」
「いいよ。 あの子だって寝るとこ確保出来たんだし、学校は遠いけど文句は言わさない 」
吐き捨てるような口調に、このまま任せて大丈夫なものか正直迷う。
「…… 別にアンタがそんな顔することもないでしょ? あの子の保護者じゃないんだから 」
「いや、そうだけどさ…… 」
ムッとした藍は、突然プイっとそっぽを向いてふてくされてしまった。
「あの子はあまり深入りしない方がいいよ。 それともなに? パンツ見せつけられて惚れちゃった? 」
「そうじゃねーよ! ただ…… 放っておけないだろ、今回の事もアイツ自身が悪いわけじゃない 」
横目で俺を見ていた藍は、諦めたのかのようにため息を吐く。
「…… ウチも似たようなもんか。 そうだよね、アンタならそう考えると思ってた 」
「中学時代に、お前と楓の間に何があったのか聞いてもいいか? 」
うん、と藍は前を見たまま小さく頷いた。
「さっき二ノ宮先輩から聞いたでしょ? あの子、家庭で色々あったらしくてさ…… 二年生の後半から学校に来なくなった。 それから色んな噂が立ち始めてさ…… 」
「噂? 」
「万引き、暴走族、売春…… 学校では『犯罪者の娘』って虐められてたみたい。 家にも帰ってなかったみたいでさ…… ホント、あの子自身が悪い訳じゃないのにね 」
よくある虐めの理由、と言えばそれまでなのかもしれないが、火のないところには煙は立たない。
「取り返しがつかなくなる前になんとかしようと思って、何度も説得したのよ。 でも実際警察沙汰になってしまったら、中学生には何も出来なかった 」
「…… 事件起こしたのか? 」
「万引きだって聞いた。 あの頃のあの子、今では考えられないくらい荒んだ表情してたの。 根暗い感じじゃなく、全てを諦めてたような…… 何て言えばいいんだろ…… 」
それを救ったのは蒼仁先輩だったと藍は言う。
友達だった訳じゃないという藍は、話している感じでは自分の力量が足りなかったと悔やんでいるように見えた。
藍もヒートアップすると言葉が汚くなるし、楓も上から目線なところがある…… 散々言い合いしたんだろうな。
「…… 子供扱いしないでよ 」
無意識に伸びた手は、藍の頭を撫でていた。
「んあ、悪い。 つい…… 」
嫌なら振り払えばいいものを、藍は俺を睨みつつも大人しく撫でられていた。
「ほら、降りるよ! 」
まだバスは動いているのに、藍は降車ボタンを叩いてさっさと席を立つ。
「ふぁ!? 」
不意に揺れた車内に、藍はバランスを崩して俺に覆い被さってきた。
ー お客さん、まだ座ってないと危ないですよ! ー
「す…… すいません…… 」
運転手さんに怒られたのは仕方ない…… が、支えようと咄嗟に伸ばした手は、藍の胸を鷲掴みにしていた。
「いや、これはその…… 」
「…… 言い訳は後で聞くから、さっさとその手を離せ 」
その場で殴られるかと思ったが、藍はプルプル体を震わせるだけでスッと身を引いた。
真っ赤になった藍は、降り際に運転手さんに『ごめんなさい』と丁寧に謝り、俺に構わず早足で家路を急ぐ。
なんか怖ぇ…… 大きいとは言えないが、胸を触ったのは事実。
意外に大きいんですね! いや、着痩せするタイプなんですね! いや待てよ…… そんなことを考えながら藍の後を追いかけた。
藍の自宅に着いた時には、既に蒼仁先輩の黒い高級車が自宅前に到着していた。
「…… ありがと、藍ちゃん 」
蒼仁先輩と吹石先輩に挟まれて待っていた楓は、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「私からもお礼を言うわ 」
「い、いえ! お礼を言われるほどの事じゃないですから! 」
藍は楓と揃って頭を下げる吹石先輩にあたふたと対応している。
「燈馬、ちょっといいかな 」
藍達の雰囲気を見ながら、蒼仁先輩が俺を車の影に誘ってきた。
「見た限り大丈夫だと判断はしたが、藍君と楓君のサポートを君に頼みたい 」
「サポート…… って、何をすればいいんですか? 」
「特に何もすることはないと思うんだけどね、二人の仲を取り持って欲しいということだよ 」
仲を取り持つと言われてもなぁ……
「中学生の頃のわだかまりが残っている、って事ですかね? 」
「話が早くて助かるね。 流石僕の燈馬だ 」
あなたのではありませんが……
「表立って二ノ宮と吹石は協力することは出来ないが、出来ることがあれば何でもするよ 」
そう言い残して蒼仁先輩と吹石先輩は高級車で去っていった。
先輩二人を見送った後、藍は楓を見ることなく自宅の門をくぐる。
「藍ちゃん、アタシ…… 」
気不味いのか、楓にしては珍しく腰が引けている。
「勘違いしないでよ。 ウチはアンタを助けるつもりで引き受けた訳じゃないからね 」
ケンカ口調の藍に楓が文句を返すかと思ったけど、楓は玄関に消えていった藍の背中に静かに頭を下げるのだった。
「なんか複雑そうだな 」
「アタシが全面的に悪いだけよ。 アンタにも迷惑掛けたわね…… ごめんなさい 」
そう言って楓も藍の後を追って玄関に消えていった。
残されたのは俺一人…… 二人を追って入るべきか、藍に任せて帰るべきか迷う。
「何を悩んでおるんじゃ? 彼氏 」
玄関からヒョコっと顔を覗かせたのは、藍のおじいさんだった。
「そんなところに突っ立っておらんで、茶の一杯くらい飲んでいきなさい 」
少し厳つい顔立ちで頑固そうに見えるけど、とても優しいおじいさんだ。
「あの…… 少しの間ですけど、楓の事をよろしく頼みます 」
「それは藍のライバルとしてかの? だとしたらワシは容赦はせんが? 」
何のライバルだよじいさん……




