3話 デート…… だと?
ダメだよ…… アンタは紫苑を諦めないんでしょ?
違う…… 俺はお前が……
「お前が…… 何よ? 」
不意に聞こえた藍の声で目が覚めた。
菜のはと寝に行った藍を待ってても一向に来る気配がなく、暇を持て余してベッドにゴロンとしていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「起きてろって言ったのに。 あまりにも無防備だから襲っちゃおうかと思ったわよ 」
「それ、女のセリフじゃねぇな 」
ドスっとみぞおちに鉄拳を入れられて軽くむせる。
「アンタに女扱いされようとも思ってないけどね、これでもちゃんと女よ。 ウーマンよ? ガールよ? レディよ? 」
「最後のは違うだろ、レディってのは…… 」
そう言いかけたところに、今度は腹に肘が飛んできた。
「まぁ淑女じゃないのは認めるけどムカつく 」
ムカつくと言った割には、藍は穏やかな表情だった。
「珍しく映画を見るなんてどうしたんだよ? 」
「うん…… ちょっと気分転換、かな。 最近弓が調子悪くてさ 」
藍のやっている弓道は的に中るうんぬんではなく、射法八節という一連の作法が大事なのだとか。
気の緩みやその時の精神状態に大きく左右される為、集中できない今はすこぶる調子が悪いと言う。
「気分転換ね…… お前の力になれるんなら俺はそれでいいんだけど 」
紫苑に関して藍にはとても世話になっているし、困っているこいつの顔は正直見たくはない。
「そうやって優しいから…… なんだよ…… バカ 」
「うぇ? なんだって? おふっ! 」
よく聞き取れなかったので聞き返すと、もう一発腹に鉄拳を食らった。
「じゃあさ、明日はカップルみたいにデートしようよ! どうせやるなら思い切った感じの方がいいじゃん 」
「思い切った感じって…… 菜のはが一緒なんだぞ? 」
するとドアの向こうから、タイミングを見計らったように菜のはの声が聞こえてきた。
- あー! 明日お腹痛いから留守番しようかなー! 女の子の日だなー! -
お腹痛いのは明日の予定ですか? ドアにコップ当てて聞き耳立ててたな?
「お前、菜のはと何の相談をしてたんだよ? 」
「別に何も。 ウチとアンタをくっつけたい妹ちゃんに責められてただけよ 」
藍は気だるそうにため息をつく。
菜のはは確か『ソラにいるキミに……』は友達と見に行ってきたって先週言ってたような…… 最初からそれが狙いで映画を見たいって言ったのか。
「そうか、じゃあ明日の映画は中止かなー! 」
菜のはに聞こえるように大声で言ってやると、勢いよくドアが開いて菜のはが怒鳴り込んできた。
「ダメだよお兄ちゃん! お兄ちゃんは藍さんとデートしなきゃならないの! これは義務なの! 任務なの! 妹の切なる願いなの! 」
「任務って…… 」
藍と目を合わせると、アハハと苦笑いをしていた。
藍も無理矢理言わされた感がたっぷり…… 菜のはも一度言い出したら聞かない性分なんだよな。
「わかったわかった。 恋人気分で映画見てくればいいんだな? 」
菜のはは満足そうに頷いて自分の部屋に戻って行った。
「ゴメン燈馬。 菜のはちゃん、最近またパワフルになったんじゃない? 」
「さあ。 菜のははお前LOVEだからな 」
少し藍の頬が赤いだろうか…… 俺をじっと見て何か言いたげだった。
「な、なんだよ? 」
「もし…… さ、ウチがアンタの彼女ならアンタは後悔しない? 」
随分と自信のない、藍らしくない言い方だ。
「後悔は後にするものだろ。 今から『やめときゃよかった』って思わない。 っていうかお前、前に友達としてって…… 」
「もしもの話! アンタこそ『やめときゃよかった』って思うんだ? ふーん…… 」
「お前こそ俺を彼氏にして『やめときゃよかった』って思うかもしれないだろ? 」
藍の目が一瞬にして吊り上がる…… ヤバ…… これ、本気で怒ってる目だ。
「もしもの話だろ!? お前は俺が彼氏でいいのかよ? 」
「いい訳ないじゃん!? 散々紫苑が好きって聞いてるのに、今更ウチに乗り換えるの? ウチは紫苑の代わりじゃない! 」
「誰が代わりなんて思うかよ! お前は楠木藍だろうが! 」
なんでこんなに本気で怒っているのか訳が分からなかった。
煽られて俺もヒートアップして、何を言っているのか分からなくなる。
「もうちょっと女らしくすれば可愛いのに、なんなんだよ! 」
藍の口がへの字になった。
失言…… 言ってから気付き、慌てて訂正する。
「待て待て! そういう意味で言ったんじゃねーよ! 」
「明日のデートで勝負だからね! ウチが勝ったら何でも言う事聞いてもらうから! 」
「ち、ちょっと待て…… 」
俺を指差してそう言い切った藍は、壊れるかと思うくらいドアを強く閉めて出て行ってしまった。
「何を言ってるんだ俺は…… 」
女らしくってなんだよ…… 藍は藍なんだからあのままでいいんだ。
違う…… 少し男勝りな所があるから仲良くなれたし、あのままが俺には心地いいんだ。
「勝負ってなんだよ…… 勝負って 」
なんの勝負なんだかさっぱり分からない…… 後を追いかけて弁解しようとも考えたけど、藍は大概次の日にはケロッとするさっぱりした性格だ。
「それにケンカ吹っ掛けてきたのはアイツじゃねーか 」
お互い頭を冷やして、明日の朝はサラッと謝ろう…… そう思って、俺は布団の中に潜り込んだ。




