17話 藍色と共に
12月の下旬。
吹石家で行われた吹石先輩との弓道対決が功を奏し、部員10人を確保して、無事弓道部は設立された。
顧問には未経験だと言う保健の柚月先生が協力してくれたが、何かあれば俺が全て責任を追うというものだ。
生徒会長と言えど、一生徒に全責任…… というのもおかしな話だけど、他に顧問を引き受けてくれる先生がいなかったから仕方がない。
「燈馬…… どうしよう…… 」
部長になった藍はというと、生徒会室の隅で数学の教科書と睨めっこ状態だ。
俺はその隣で頬杖をついて、その様子を眺めている。
「だから言ったじゃねぇか。 余裕こいてたら赤点取るって 」
先週行われた後期中間テストで、藍は惜しくも赤点を頂いたのだった。
我が星院東は『留年者を出さない』という伝統じみたものがある。
故にテストで赤点を取った者は後日追試を受け、その追試で7割の点数を取らなければ、厳しい強化補習を受ける事になるのだ。
特にこの年末に行われるテストは、次学年のクラス分けにも影響があり、何より正月をのんびり過ごせるかどうかがかかっている。
「助けてよ燈馬ぁ! 生徒会長でしょ! 」
「生徒会長だからってなんでも出来るわけない 」
「ウチの彼氏でしょ? 」
「彼氏だからってなんでもしていい訳じゃないだろ 」
藍の場合、冬休み期間中に部活動が出来るかどうかもかかっている。
1月の下旬に弓道の県大会が控えているので、強化補習を受けるのは絶対回避しなければならない事だった。
「頑張れよ藍。 弓道部が発足して一発目の大会に、部長が欠席するわけにいかないだろ? 」
「…… エヘヘ 」
姿勢を正し、首を傾げて微笑むのは可愛いけど、いささか緊張感がないですよ?
「…… フフ 」
「なんだよ? 愛想笑いしても頑張るのはお前だぞ? 」
「分かってるよ。 そうじゃなくて、アンタは変わんないなぁって思って 」
それは彼氏になったからイチャイチャすると思ったのに! って事か?
「俺は俺なんだから変わるわけねーよ。 それとも彼氏になった途端、豹変してベタベタされたいか? 」
「それはウザイ! 多少はイチャイチャするのもいいけどさ、アンタはそんなキャラじゃないしね 」
「じゃあなんで笑うんだよ? 」
藍は教科書を閉じて立ち上がり、俺の後ろに回って背中を合わせてきた。
「変わらず、ずっと傍にいてよねって事! ウチもさ、何があってもアンタの傍にいるから 」
「…… ずいぶん唐突だな? 」
「いいじゃん! それだけアンタが好きなんだから 」
もたれ掛かってくる藍のぬくもりに、俺が誰よりも落ち着ける存在なんだと改めて思わされる。
ラブラブなカップルとは言えないだろうけど、これが俺達の付き合い方なんだろう。
「燈馬…… 」
「ん? 」
振り返ると、頬を赤く染めた藍が上目遣いで俺を見ていた。
この顔、多分キスをせがんでいるんだろう…… そういやあれ以来、キスも片手で数える位しかしてないなぁ。
蒼仁先輩みたいにはできないけど、スマートに藍の肩を引き寄せて唇を重ねる。
「別にいいんだけど、そういう事は家に帰ってからしなさいね 」
「「わぁ! 」」
気配なく、横からニュッと顔を出したのは柚月先生だった。
思わず藍と揃って仰け反ってしまったが、柚月先生は一体どこから現れたんだ!?
「来月の大会の個人戦、正式に参加許可出たわよ。 楠木さん頑張ってね 」
俺達の目の前にプリントを突き付けて勝ち誇る柚月先生…… 二ノ宮家の人達はホントに心臓に悪い。
「イチャイチャするなら早く帰りなさいね。 生徒会室は私室じゃないわよ? 」
それだけ言い残して、柚月先生は軽やかに生徒会室を出ていった。
「…… 帰るか 」
「…… うん 」
俺達は抱き合って固まったまま柚月先生を見送り、すごすごと生徒会室を後にしたのだった。
バス停まで送るつもりだったが、藍は明日の追試に備えて俺の家に泊まると言い出した。
自慢じゃないが、俺だって数学はそんなに得意な方ではない…… 教えられるだけ教えて、今日は早めに寝かせるのが得策かもしれない。
「菜のはちゃん、なんだって? 」
「お前が来るって聞いてはしゃいでるよ。 分かってると思うけど、今日は勉強オンリーだからな? 」
「分かってるよぉ…… はい、手! 」
言われた通りに手を差し出すと、藍は俺の手を満足そうに握って歩き出した。
「アンタの家、学校近くていいなぁ…… いっそのこと、アンタの家に住んじゃおうか! 」
「奥手なくせになに言ってるんだよ? おじいさんもいるし、道場どうするんだ? 」
「うーん…… 道場は捨てがたいなぁ。 でも弓道とアンタのどちらかを選べって言われたら、ウチは迷わずアンタを取るからね 」
おいおい…… 嬉しいには嬉しいけど、発足したての弓道部長の言葉じゃないな。
「その前に明日の追試をなんとかしろ。 冬休み正月を学校で過ごしたくはないだろ? 」
「なによ! せっかく現実逃避してたのに。 アンタはウチと生徒会のどっちを取るのよ? 」
もう八つ当たりにしかなってないし……
「お前に決まってるだろ 」
「じゃあ、ウチと菜のはちゃんは? 」
ん? これはヤキモチなのか? 珍しい……
「菜のはに決まってる。 俺はシスコンだからな 」
『だよね』と答えた藍は、ケラケラと笑って俺に体を寄せてきた。
「ウチも菜のはちゃんは大事。 でもいつかは…… ウチを一番だと言ってよね 」
藍は眉間にシワを寄せてベーッと舌を出し、俺の手を引いて再び歩き出す。
付き合う前からあまり変わらない接し方だけど、俺達はよく手を繋ぐようになったかもしれない。
少し物足りない感はあるが、ゆっくり進む落ち着いた流れが俺には心地いい。
「なぁ藍 」
「ん? 」
ずっと傍にいてくれよ…… と言おうと思ったけど、必要ないことに気付いて口を止めた。
「…… いや、なんでもない 」
「なにそれ。 気持ち悪いからニヤニヤしないでくれる? 」
フフッと微笑む藍…… そうだよな、きっと藍はずっと傍にいてくれる。
「晩御飯、作るの手伝えよ? 」
「じゃあハンバーグも作ろっか。 菜のはちゃん喜ぶかなぁ 」
「食べたらすぐ勉強だからな 」
「えーっ! 」
文句をいいながらも笑顔の藍は、繋いだ手を大きく振ってご機嫌で歩く。
結婚してもきっとこんな感じなんだろうな…… 俺達は冬の夕焼けの中を、帰宅路の途中にあるスーパーマーケットを目指して歩くのだった。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
引き続き第3彈、鳥栖楓編を予定しています。
お付き合い頂ければ幸いです。




