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16話 勝負の行方

 よく晴れた週末。


 蒼仁先輩から勝負の日時の連絡を受け、俺達は吹石先輩の家を訪れた。


「おぉ…… 本格的だな 」


 以前ここに訪れた時に建設中だった弓道場は完成していて、聞けば藍と吹石先輩の勝負に間に合わせたのだとか。


「いい試合をしましょうね、藍 」


「手は抜きませんよ、先輩 」


 既に袴姿の藍と吹石先輩は、定めの座と呼ばれる母屋の真ん中でお互いを真正面から見据えていた。


 控えには、同じく袴姿の蒼仁先輩率いる二ノ宮親衛隊の面々。


 矢取り等の裏方スタッフは、吹石家の執事さんメイドさんが務めてくれるらしい。


「さあ始めようじゃないか。 僕と藍君、どちらが燈馬を獲得するか勝負だよ 」


 俺はすっかり賞品扱い…… 蒼仁先輩に手招きされて、俺は控えに作られた一段高い台の上に向かった。


「ちょっといいですか? 燈馬、こっち来て 」


 背中からかかる藍の声に振り向くと、眉をひそめて俺を見つめていた。


「どうした…… おわっ! 」


 藍は突然俺の手を引いてズカズカと歩き出し、そのまま更衣室に入っていった。


「どうしたんだよ…… 」


 更衣室に入るなり、藍は俺の胸に抱き付いてきた。


 背中に回された腕は小刻みに震え、呼吸は浅く速い。


「一本でも外せない…… そう考えたら怖くなっちゃった…… 」


 普段強気な藍が見せる弱気な態度に、俺はそっと頭を撫でて肩を抱いた。


「外せない、じゃなくて外さない(・・・・)だろ? お前の好きはそんなもんかよ? 」


「………… 」


 藍は俺の左胸に顔を埋めたまま何も言わない。


「俺も一緒に頑張る。 お前は絶対的を外さない。 心配するな 」


「…… なんでそんなに落ち着いてるのよ? 心臓ドキドキもしてないし 」


「信じてるからな。 普段通りのお前なら全部ど真ん中だろ? 」


「簡単に言ってくれるわね…… 」


 口をへの字に曲げて見上げてくる藍に、おでこに軽くキスをしてやった。


「一人で戦う訳じゃない、お前の後ろに必ず俺がいる。 大丈夫だろ? 」


「…… そういう時は傍にいる(・・・・)って言いなさいよ、バカ 」


 藍は俺の両頬を押さえつけ、背伸びをして唇を重ねてきた。


 チュッと軽いキスをした後、ドンと胸を押されてロッカーに突き飛ばされる。


「痛って! 何すんだよ! 」


「アンタの勇気、吸い取ってやったのよ! 」


 藍は怒った顔でベーッと舌を出す。


「行こう燈馬! サクッと終わらせよう! 」


 手を差し伸べてきた藍は、吹っ切ったように優しい笑みを浮かべる…… もう迷いはないようだった。




 やる時はやる女。


 通常の試合とは違い、60メートル遠的を10本を交互に射って合計得点を競ったが、藍は10本全てをど真ん中に()ててパーフェクトを叩き出した。


 吹石先輩側はハンデとして3倍率の得点で挑んだが、6本を的中させて73点という結果に終わった。


「凄いものだ…… 君には遠的も近的も変わらないんだね 」


「ホント、これほどまでに正確に射つ人がいるなんて。 これからも指導よろしくね 」


「指導なんてそんな!? 」


 蒼仁先輩も吹石先輩も、負けたにも関わらず感心するばかり…… 端から見れば、藍が負けて謝っているようにも見える。


 後から考えれば、この結果を読んでいたのかもしれない。


「まさか貴女が強弓を持ってくるなんて思わなかったわ。 今日に備えて準備するなんてさすがね 」


「いえ…… あれ、祖父の弓なんです。 ウチには重すぎるかなって思ってたんですけど、扱えるって確信が持てたので…… 」


「確信? 」


「ええまぁ…… 」


 藍は明確には答えなかったが、俺に乗り移った時に引いた時の事だとすぐに分かった。


「親衛隊の皆にも協力してもらって高校弓道の雰囲気を出してみたんだが、君にはプレッシャーにもならなかったみたいだね 」


 以前見た審査会とは全然違う、騒がしい雰囲気が道場全体に満ちていた。


 ほとんどが吹石先輩への声援で、一手ごとに歓喜と落胆の歓声が響いていた。


 俺は藍がやれるのを信じていたので特に口にはしなかったが、最後の一本だけは『藍!』と名前を叫んだ。


「慣れない雰囲気でしたけど、緊張はしませんでしたから 」


 チラッと後ろを振り返って俺を見た藍に、蒼仁先輩は『参ったな』と軽く笑う。


「力の源は燈馬だったか。 彼を道場に入れるのは失敗だったね 」  


 蒼仁先輩に優しく微笑まれたけど、何もしていない俺は苦笑いで返すしかなかった。 


「なんにせよ、この勝負は君の勝ちだ。 僕は大人しく手を引いて、毎晩枕を濡らす事にしよう 」


 嘘つけ!なんだかんだ言ってまたからかいに来るだろうに!


 その後、藍の周りには親衛隊も集まり、取り囲まれて称賛を浴びていた。


 これを機に、弓道部発足の為の部員が集まるかもしれない。


「少しは力になれそうかな? 」


 藍が親衛隊に囲まれている最中、蒼仁先輩と吹石先輩が俺の元に来た。


「弓道部発足の宣伝も兼ねて…… さすが蒼仁先輩ですね 」


「僕じゃないよ、みどりが言い出した事なんだ 」


「そうなんですか? 」


 吹石先輩は『なんの事かしら?』ととぼけて見せていたけど、二人が俺達に協力してくれたことには間違いない。


「ありがとうございます。 うまく部員候補が集まってくれればいいんですけど 」


「大丈夫よ。 元々興味あった子もいるし、藍に惚れちゃった子もいるみたいだし。 あなたもボーッとしてたら、彼氏として恥ずかしいわよ? 」


「はは…… そうですね 」


 高校弓道を始めれば、藍はこれからどんどん有名になっていくのだろう。


 その隣に立つ俺は、これからどんな男でいればいいのか…… 正直不安になる。


「それじゃ僕らはこの辺で失礼するよ。 燈馬も、藍君がもみくちゃにされる前に連れて帰った方がいい 」


 気持ちよく笑う蒼仁先輩は、俺にウインクを残して弓道場を去っていった。


 蒼仁先輩の忠告通り、俺も帰ろうと藍に声を掛ける。


「先輩、バカですか? 主役がいなくなっては盛り上がらないでしょう? 」


「うぇ! ショートカット…… 」


 弓道場の出入口を塞いできたのは、楓のボディガードを頼んだ後輩の片割れだった。


「楠木様をどこに連れて行くつもりです? 彼氏だからって許しませんよ? 」


 モタモタしているうちに、あっという間に親衛隊のみなさんに囲まれてしまった。


「もう帰ってしまわれるのですか? 楠木様! 」


「「藍様! 」」


 親衛隊を名乗る連中は現金なもの…… いや、移り気というのか?


 俺と藍は素直には帰して貰えず、暫く親衛隊の餌食になるのだった。   





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