14話 橙色と藍色の距離
どれだけ長くキスしてたのだろう……
藍に腕をバシバシ叩かれるまでキスしていた俺は、実体の藍が動いた事に思わず泣いてしまったのだった。
「息できなくてアンタに殺されるかと思ったよ 」
藍は無事に自分の体に戻ることができ、心臓も動いて息を吹き返した。
「ホントにチューで元に戻せるなんて、どんだけなのよアンタは 」
「楓の前例があるからな。 もしかしたら…… というか、それしか頭になかったんだよ 」
藍は楓を一瞥すると、俺を睨み付けて大きなため息を吐いた。
「まぁ、アンタのファーストキスはどうでもいいんだけどさ…… 楓が初めてなの? 」
全然どうでもいいコメントじゃねぇじゃねぇかよ……
「俺のファーストキスは菜のはだよ 」
「はぁ!? アンタ兄妹で何をやってるのよ! 」
端で聞いていた楓が突然食いついてくる。
「子供の頃にチュッとしただけだよ! それもファーストキスになるだろが! 」
「ならないわよ! それ以外にはどうなのよ? したの? してないの? 」
楓までズイっと身を乗り出して俺に問い詰めて来る。
「してねぇよ。 悪かったな、どうせ俺はチェリーだよ! 」
なんでこんな事二人に告白しなきゃならないんだ……
「菜のはを置いてきてるから俺は帰るからな! 」
なんだかこの先、二人に問い詰められるような気がして、最もらしい理由をつけて足早に藍の家を出た。
「燈馬! 」
後を追いかけてきた藍は、サンダルの音を響かせて俺の背中に突っ込んでくる。
「痛っ! なんだよ! 」
突っ込んできた勢いに任せて、藍は俺の背中に張り付くように服を握りしめてきた。
「さっき言ったあの言葉…… 友達として、じゃないよね? 」
顔を背中に押し付けているのか、藍の速いリズムの吐息を背中に感じる。
「…… 友達として、なんて気持ちであんな風に言えるかよ 」
立ち止まって夜空を見上げ、そう言って目を閉じた。
その態勢のままお互い暫く黙っていたが、スッと体に腕を回して抱きしめてくる。
「ウチもずっと好きだった…… 」
「そっか…… 」
この場合、『付き合おう』なんて言葉はもう要らないんだろう。
「いつから? 紫苑とか楓とか言ってたのに 」
「楓は言ってねぇよ。 正直、紫苑が好きな気持ちはまだあるんだけどさ…… 紫苑が側にいるのとお前が側にいるのを比べたら、お前がいない方があり得ないんだよな 」
恥ずかしくて顔は見れないけど、スラスラと言葉は出てくる。
「あんなに苦労してセッティングしてやったのに。 ウチの努力を返せ! 」
「ぐぇ! バカ、腹を締め上げるなよ! 」
力強く締め上げてくる藍を振りほどこうとしても、藍は笑いながら離れようとはしなかった。
「紫苑が可愛いのは認める。 けど浮気はヤだからね! 」
突然大人しくなった藍は、締め上げるのをやめて背中から離れた。
振り返ると、後ろ手で俺を見て微笑んでいる藍が街灯に照らされていた。
いつもと違う可愛らしい雰囲気に思わず見とれてしまう……
「そんな度胸もないし、そんな器用なこと出来ねぇよ。 知ってるだろ? 」
「うん、知ってる 」
藍は首を傾げ、フフっと目を閉じて静かに笑う。
その姿が少し大人びたような感じで、でもいつも見ている藍の雰囲気もあって、なんだか不思議な感覚に囚われる。
「気を付けて帰ってよ? それと約束…… 忘れないでよね 」
「約束? 」
「弓道部を作りたいって話。 生徒会長のアンタなら他愛もないでしょ? 」
いや、部の設立は生徒会長権限じゃ出来んだろ。
「善処はするさ。 じゃあな、菜のはが待ってるから帰る 」
軽く手を上げて俺は藍に背中を向けて歩き出した。
「ねぇ! 」
「うぇ? 」
立ち止まって顔だけ振り返ると、藍はニヤニヤしている…… 似合わない事するなとか言われそうだ。
「ありがと。 カッコ良かったよ! 」
思いがけない言葉に俺は一瞬固まり、妙に照れくさくなって顔を見れなくなってしまった。
おう、と短く答えて再び歩き出す。
…… しまった、タクシー代貰うの忘れてた…… 今更タクシー代を貰いに戻るのも気が引けて、仕方なく俺は歩いて帰るのだった。
小一時間かけて家に帰った俺を待っていたのは、深夜までに及ぶ菜のはの尋問だった。
「藍さんと付き合ったの? 付き合ってないの? どっち!? 」
「いや…… 多分付き合ったんだと思う…… 」
菜のはは、明確に言葉にして告白しなかった事が気に食わないらしい。
「男らしくないよお兄ちゃん! 『付き合って下さい!』って言わないと藍さんだって困るでしょ! 」
うーん…… そういうものなのか? 藍の事だからあれで十分伝わってると思うんだけど。
「今から行ってきて。 きっと藍さんだってその言葉を待ってるよ! 」
「おいおい、もう12時越えてるんだぞ? 明日ちゃんと言うから…… 」
『むぅ!』と唸った菜のはは、チラッと時計を見て大きくため息をはく。
「約束だからね? 明日はウチにちゃんと藍さん連れて来ること! いい? 」
なんか姑さんみたいな事言っとりますが…… ここで反論すると説教が待っているので、俺は大人しく菜のはの言うことを聞くことにした。




