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12話 やりたいこと見つかったよ

 藍が俺の体を使ってやりたいこと…… それは、おじいさんが昔使っていたという弓を構えてみたいというものだった。


 あらぬ期待をした自分が恥ずかしい…… というか、藍がどれだけ弓道に本気なのか改めて知った。


「おぉ…… アンタ意外に力あるんだね。 この弓が引けるとは思わなかった 」


 袴に着替えた俺は、道場の真ん中で大きな弓を構える。


「女のウチじゃ、この弓の重さを扱えないんだよね…… やっぱり凄いな、男って 」


 ギリッ、ギリッと音を立てて弦を引く腕は細かく震え、俺でも弦を引くのがやっとの状態。


 それでも藍は冷静な表情を崩さず、20メートル先の的を真っ直ぐ捉えて狙いを定めた。


 パンと空気を切り裂く音を立てて放たれた矢は、放物線を描く事なく20メートル先の的のど真ん中に一瞬で突き刺さった。


 すげぇな…… 2本目、3本目と次々に的のど真ん中を射抜く藍の、強烈な威圧感というか、緊迫感というか。


「ウチね…… 男に生まれたかったってずっと思ってたんだ…… 」


 弓を構えたまま、ふと藍がボソッとの独り言を呟いた。


「ねぇ燈馬…… ウチ、やりたいことが見つかったよ。 無事体に戻れたら、手伝ってくれる? 」


 乗り移られている間は俺の意思で喋る事は出来ないけど、藍の頼みなら断る理由はない。


「まずは体を取り戻さないとね 」


 藍は帯を締め直すと、力強い足取りで楓が待つ自室へと足を進めた。




 ドアを開けると、スウェットに着替えた藍の体の楓はベッドに寝かせた自分の体の前で正座して待っていた。


「燈…… じゃなくて、藍ちゃん…… だよね? 」


 無言で頷いた藍は、正座している楓の前に同じように正座する。


「ウチね、アンタに体を乗っ取られてからずっと考えてたことがあるんだ 」


「…… 」


 乗っ取られた、という言葉に楓は表情を曇らせた。


 楓だって乗っ取るつもりなんてサラサラなかっただろうし、楓にしてもこれはハプニングなのだから『乗っ取られた』と言われれば面白くはないだろう。


「どうして幽体離脱なんかしちゃうのか…… アンタ、自分の現状から逃げ出したいだけじゃないの? 」


「…… 否定はしないけど、燈馬の顔で言われるのは凄く腹立つ 」


 俺の顔って…… それはいいがかりもいいところだろ……


「燈馬を悪く言うのは許さない 」


 それよりもこの二人、早くもケンカモードだけどよほど性格が合わないらしい。


「自分の置かれてる環境から逃げたい…… 自分が嫌い…… 色んな事が重なって、精神だけ抜けやすくなってるんじゃないの? 」


「そうよ! アタシは自分が嫌い! ヤケになって家を飛び出して周りに散々迷惑かけて! 挙げ句車に轢かれたって死ぬ事すら出来なかった! 」


 何を言ってるんだこいつは。


 悪い事をしてた自覚があるなら、これから繰り返さなければいいだけの話…… 死ぬとか言っちゃダメだろ。


「簡単に死ぬなんて言うな! そんな根性だから中途半端に幽体になっちゃうんだよ! 」


 反論しない…… いや、出来ない楓は、口を固く結んで俺を涙目で睨み付ける。


「また迷惑を掛けるから友達を作らない? ツラい思いをするから周りと接しない? ふざけんな! さっきも言ったけどアンタ一人で生きていけるほど世の中甘くないんだよ! 」


 風呂場でケンカした内容はそれか…… そこで取っ組み合いになったんだな。


「…… アタシの気持ちも知らないで! どれだけツラいか藍ちゃんにはわからないのよ! 」


  バチィン


 俺の手が楓の頬を捉えて振り抜いた。


 藍も俺の体だと言うことを忘れてるんじゃないだろうか? 男の力で本気で叩いたらメッチャ痛いだろうに……


「こんのぉ…… 」


  バチィン


 楓はよろけながらもキッと俺を睨み付け、フルスイングで同じように俺の頬を振り抜いた。


 藍はもう一発楓の頬に平手をお見舞いする。


「言わなきゃわからんだろ!! ツラいならウチらに言え! 愚痴れ! それもしないからアンタがムカつくんだよ! 」


  バチン


「なんでアタシを構うのよ! アンタが好きだから巻き込みたくないのに! 」


  パァン


 口を開く度に一発ずつ殴り合い、先に襟首を掴んだのは藍の方だった。 


「好きなら巻き込んだ分気合い入れて返せ! ウチも燈馬も巻き込まれて迷惑だなんて思わない! 」


 藍は楓を引き寄せて、鼻がぶつかりそうなくらいの距離で睨み合う。


「ウチらはアンタを絶対見捨てない。 だからガンガンぶつかってきなよ 」


「…… 中学生の時もこんな風にケンカしたよね。 あの時もそう言ってくれた…… 変わらないね、藍ちゃんは 」


 殴られた頬を赤く腫らし、楓は顔をグシャグシャにしてポロポロと泣き始めた。


「ウチはウチなんだから変わりようないじゃん。 アンタは少し素直になったんじゃない? 」


 藍は襟首から手を離して、楓の頭をそっと抱きしめた。


「ゴメ…… ありがとう、藍ちゃん 」


「うんうん、それでいいんだよ 」


 子供みたいに声を上げて泣き出した楓を、藍は『ヨシヨシ』と頭を撫でる…… 一件落着でいいんだよな。


「体が元に戻ったらさ、アンタにも手伝って欲しい事があるんだけど…… 協力してくれる? 」


「え? 」


「ウチね、星院東に弓道部を作りたいんだ。 残り一年…… ううん、半年しかないけど、高校弓道で試合してみたくなった 」


 うぇ!? あれだけ高校弓道はやらないって言ってたのに、どういう心境の変化なんだ?


「うん、アタシに出来る事があるならなんでもする! 」


 楓はすっかりやる気モード…… それより今はこいつらを元に戻さなきゃなんだけど。


 おもいっきり殴った所で楓は幽体にはならなかった…… 一度作戦を練るべきか。


 俺は以前楓を押し出したように、腹に力を込めるイメージで藍を体から追い出す。


「ちょっ! まだ話のとちゅ…… へ…… !? 」


「あ…… 」


 喋ったのは、ガバッと起き上がった楓の体。


「うそ…… 」


 藍の体のままの楓は呆然と自分の体を見つめる。


 楓の体の藍も、俺と自分の体を見比べて呆然としていた。


「完全に入れ替わっちゃった…… のか? 」


「ええー!? 」


「何やってるのよ燈馬ぁー!? 」


 藍が楓で、楓が藍…… 二人に挟まれて責められながら、もうどうしていいのかわからなくなってしまった。 


 



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