11話 助けに来たつもりが
「くそっ…… 深夜は割増料金になるんだった! 」
すぐにタクシーを拾って乗ったはいいが、みるみるうちに料金メーターが上がっていって途中で降りざるを得なくなってしまった。
残り1キロメートルの緩い坂道を走り、藍の家に着いた時には汗だくになっていた。
「あれ? 」
玄関の引き戸に手をかけると鍵が閉まっている。
インターホンを押すが、誰も出てくる気配がない。
「楓のやつ、何やってんだ? 」
藍ののスマホに電話してみるが、呼び出し音が続くだけで一向に出ない。
仕方がないのでインターホンを連打し、少し荒めにドアを叩く。
「楓! 開けろ楓! 」
静かな住宅街なのであまり大きな声は出せず、ドアも長くは叩けない…… くそっ! 藍もまだ戻ってないのかよ!
「燈馬、こっち! 」
弓道場に続く中庭の方から藍が顔を覗かせていた。
「おじいさんもいないのかよ? 」
「今日は弓道連盟の会合で出てるのよ 」
またタイミングの悪いこと…… いや、この場合はタイミングがいいのか?
相変わらず裸のままの藍の後ろをついていき、開いているという雨戸の一つを開けて家の中へと入った。
出来るだけ見ないようにしてはいるけど、どうしても小ぶりなお尻に目が行ってしまう…… ヤベェ、俺はホントに変態かも。
「か、楓は何してるんだよ? 」
「自分の体の前で呆けてる。 ウチの声は聞こえないみたいで、今は何も考えられない感じ 」
先を歩く藍は、自分の部屋には向かわず風呂場へと向かっていた。
「ち、ちょっと待て! まさか二人とも裸って事はないよな? 」
「大丈夫。 あの子の体にはバスタオルかかってるし、ウチの体もバスタオル巻いてるから 」
それでもバスタオルだけかよ…… 藍の後に続いて脱衣所に恐る恐る入ると、バスタオル姿の藍が楓を膝枕して俯いていた。
見るからに放心状態…… 声を掛けるのも少し躊躇ってしまうけど、藍に大口を叩いた以上やらなきゃならない。
「藍…… じゃなかった、楓! 呆けてる場合か! 」
ピクッと肩を震わせて振り向いた楓は、口をへの字にして涙をこらえていた。
「燈馬ぁ…… アタシまたやっちゃった…… 今度は藍ちゃんまで巻き込んで…… 」
どんどん表情が崩れて鼻水まで垂らし始めた藍…… じゃなかった、楓の頭に軽く手を乗せてやる。
「わかってる、だから助けに来た 」
体は藍だけど中身は楓…… ややこしいことこの上ない。
「藍ちゃんは? 藍ちゃんは側にいるの? 」
「ああ、お前の体のすぐ横にいる。 お前達の危機を知らせてくれたのも藍だ。 だから心配するな 」
「…… うん。 ゴメンね、藍ちゃん…… 痛っ! 」
俺は手を置いていた藍の頭に軽くチョップを入れる。
「謝らなくていいんだよ、こういう時は『ありがとう』って言うもんだ 」
怒っていない意味も込めて楓に微笑んでやると、『そうだね』と楓も泣き顔で微笑んだ。
中身が変われば、藍の顔でも楓に見える…… こんな表情をする藍は初めて見るけど、可愛いな……
「また派手に頭突き入れたもんだな 」
藍と楓のおでこは赤く腫れていた。
「タイミングよく滑ったのよ。 お風呂場でケンカするもんじゃないわ 」
藍が自分の体の頭に触ろうとすると、楓は何かを感じ取ったのか首をすぼめて一歩下がった。
「ん? お前…… 幽体の藍がわかるのか? 」
「えっ!? 今の藍ちゃんなの? 」
楓はすぐに気配を感じた方をじっと見つめて藍の名前を呼ぶ。
幽体の藍もまた楓の名前を連呼していたが、やはり声までは聞こえないようだった。
「もういいわ。 早くウチの体を返してって楓に言ってよ 」
藍の言葉をそのまま伝えると、楓は必死な様子で何回も頷く。
「んで、どうやってウチらを入れ替えるの? 」
問題はそこだ…… 先ずは藍の体から楓を出さなきゃならない。
衝撃で楓が藍を押し出したのだとしたら、同じことをすれば押し出せるような気もするんだけど。
「楓、もう一回頭突きしたらどうなんだよ? 」
「何度もやってみた。 これ以上やったら頭蓋骨割れちゃうわよ 」
フム…… 前にこいつが幽体離脱した時は、ベッドで机に頭をぶつけたのと廊下で顔からコケたんだよな。
意識しない強烈な衝撃じゃないとダメってことか?
「藍、ちょっと耳貸せ 」
「へ? 」
俺は楓に背中を向けて藍を呼んだ。
「俺に乗り移って楓を不意打ちでひっぱたけ 」
「はぁ!? ウチに自分の顔を殴れっていうの? 」
「中身が楓だって思っても、俺にはお前を殴れんよ 」
「その前に、なんでウチが殴られなきゃならないのよ!? 」
少しふてくされている藍に俺の作戦を伝えると、渋々ながらも納得してくれた。
「それで? どうやったらアンタに乗り移れるのよ? 」
俺だってそんな事は知らない…… ここは経験者に聞くのが一番だ。
「楓、どうやったら他人に乗り移れるんだ? 」
「え? なんで今そんな話…… 」
「いいから答えろよ。 蒼仁先輩に壁ドンした時、どうやってたっけ? 」
「アンタの体の中に手を入れる感じかな…… 温かい心を捕まえるっていうか 」
「こんな感じかな…… 」
「おわっ! 」
背中から何かがヌルッとまとわりつく感覚を覚えた瞬間、体の自由を奪われた。
俺は自分の手を見つめ、握ったり開いたりして、洗面所の鏡の前に移動した。
「おぉ…… ウチ、燈馬になってる! 」
鏡を見て顔中をくまなく触り、笑顔を作ったり怒り顔をしてみたり…… 俺の意思には関係なく動き回る体は、もう藍に任せるしかなかった。
まぁその気になれば追い出せる方法は知っているけど……
「っておい! 」
腹に力を込めて藍を押し出す。
突然叫んだ俺に、楓も体を震わせてビックリしていた。
「あぅ! なんでいきなり追い出すのよ! 」
「どさくさに紛れて股間を触るな! 」
「いや、この先一生経験出来ないと思ったから…… 」
確かに藍が男の体になることは一生ないことだけど…… なんかこの状況を楽しんでないか?
「今度やったらもう協力しないからな! 」
「わかったわかった! でも1つやりたいことがあるんだけど…… いい? 」
いつになく目を輝かせる藍が、俺の体を使って何をやりたいのかさっぱりわからず…… ちょっとエッチな事を考える自分も少なからずいたのだった。




