表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

10話 藍の幽体離脱

 菜のはには藍の幽体が見えていない。


 菜のはにはドライヤーのコードが絡まったと苦し紛れの言い訳をし、藍にはちょっと待ってろと目だけで訴える。


 菜のはと藍を交互に視線を移した事で、藍もその意味を理解したのか、自分の体を抱いてベッドの角で丸くなった。


「お兄ちゃん、たまに意味が分からない動きをするよね? 」


「そ…… そうだっけ? 」


「最近はあまりなかったけど、藍さんといきなりケンカしたり、突然怒鳴ったり。 何かあるの? 」


 楓が幽体の時の事を言ってるんだろう…… 菜のはにしてみれば、それは不自然だったに違いなかった。


「し、思春期男子には色々あったりなかったりするもんだ。 ほ…… ほら、菜のはにだって女の子の日があるだろ? 」


 うーん、と唸る菜のははあまり納得していない様子。


 ですよね…… 自分で言ったにも関わらず、俺も意味が分かりませんよ。


「そっか。 うちのクラスの男子も、いきなり道端で大声で叫んだりして訳分からない時あるもんね 」


 そこで納得しないで下さいよ、菜のはさん……


「ところでさ、藍さんとはちゃんと仲直りしたの? 」


 丸くなっている藍の肩がピクッと跳ねた。


「あ、あぁ。 もうとっくに仲直りしてるぞ。 心配しなくても大丈夫大丈夫 」


「ホントー? 」


 ジト目で振り返る菜のはに愛想笑いで返し、ドライヤーを温風から冷風に切り替えて顔に当ててやる。


「ほら、仕上げするから前向け 」


 渋々前を向く菜のはの様子を見ながら藍をチラッと見ると、膝を抱えて更に小さくなっていた。


「お兄ちゃんはさ、ホントは誰が好きなの? 」


「うーん…… 菜のはだな 」


「そうじゃなくて! 藍さんと紫苑さんのどっちなの? って聞いてるの! 」


 菜のはには珍しく、ちょっとキレ気味になっている。


 この状況で答えろと? だが曖昧な事を言っても納得しないだうし、正直に答えないとすぐバレるだろう。


「よく分からない。 二人とも好きなのかもな 」


 今までなら間違いなく紫苑と言うところだったが、そうは言えない自分が確かにいた。


「えー!? それはだらしないよお兄ちゃん! 」


 振り返って口を尖らせる菜のはに、『まぁ聞け』と前を向かせる。


「友達にな、『男女の間に友情は不可能だ』って言われたんだ。 菜のははどう思う? 」


「難しい事はよく分かんないけど、そうかなぁ…… 男の子の友達はいるよ? 」


 再び藍をチラッと見ると、膝におでこをつけたまま俺の話に聞き耳を立てているようだった。


「言われて初めて、あぁそうなのかなって思う部分もあるんだよ。 俺も男女の友情はあると思ってるけど、仲が深くなっていくほどそれは愛情に変わっていくのかな…… なんてな 」


 本人がすぐそこにいるのに、こんなことを言うのは恥ずかしい。


 それと同時に、藍の気持ちを弄んで卑怯なのかなとも思う…… カッコ悪いことこの上ない。


「ほい、完了 」


 菜のはの頭をポンポンと撫でてやると、またまた振り返って睨め付けられた。


「まだ話終わってないよ 」


「二人には悪いけど、焦って答えを出すものじゃないだろ? ほら、明日も学校なんだ。 宿題済ませて寝なさい 」


 ブーっとふて腐れながらも、菜のははドライヤーを持って撤収していった。


 その背中を見送り、次にベッドの角で丸くなっている藍に目を向ける。


 幽体で裸って…… なんともなまめかしい姿だな。


「んで、なんでお前はユーレイさんになっちまったんだ? 」


 菜のはが隣の部屋にいる以上、話し声が聞こえちゃならない。


 俺は藍の裸を見ないよう横並びに座り、小声で角が立たないよう話しかけた。


「あの…… さ…… お風呂場であの子とちょっと取っ組み合いのケンカになっちゃって 」


「…… 頭ぶつけたら今度はお前が幽体離脱しちまったのか 」


 なんともまぁ、楓が関わると幽体離脱に縁があるな。


「それだけじゃなくて…… 」


「うぇ? 」


「あの子と頭がぶつかった瞬間に、体を乗っ取られちゃったみたいで…… 」


「はあ!? 乗っ取られた? 」


 やべっ! 思わずデカい声を出してしまった。


「どうしたの? お兄ちゃ…… なんだ、電話か 」


 慌ててスマホを耳に当てた瞬間に、菜のはが部屋のドアを開けた。


 なんでもないよと菜のはにジェスチャーすると、ちょっと白い目で見られてドアを閉められる。


「…… 大声出すことないじゃない 」


「仕方ないだろ、乗っ取られるなんて考えもしなかったんだから 」


 藍にしてみれば乗っ取られたんだろうけど、楓だって今頃焦りまくってるに違いない。


「すぐお前の家に向かう。 その前に、その格好どうにかならんのか? 目のやり場に困るんだけど 」


「し、仕方ないでしょ! どうやって服着るのか分からないし、パニくってそれどころじゃなかったんだから! 見るな! 」


 言われて急に恥ずかしくなったのか、背中を向けて縮こまる藍は涙目になっていた。


「先に家に戻れよ。 すぐに行くから 」


「なんとかなる? 」


「なんとかすると思ったからここに来たんだろ? だったら何とかしてやるさ 」


 出かける準備をする間、藍はずっと俺を見つめていた。


「…… なんだよ? 」


「いや…… なんでもない 」


 藍はプイッと視線を逸らしてブツブツ言っていたが、聞き返す暇があるならすぐにでも藍の家に向かうべきだろう。


「幽体に言うのもなんだけど…… 気を付けて戻れよ? 」


「うん…… 待ってる 」


 藍は涙目で微笑んだ後、成仏するかのようにスッと消えていった。


「さてと…… 」


 財布の中身を確認すると、片道分のタクシー代くらいしか入っていない。


 帰りは藍か楓に出してもらえばいいか。


 菜のはに『藍がピンチだから行ってくる』と手短に伝えると、『今日は帰って来なくていい!』と笑顔で送り出されてしまった。


「ったく…… どんな想像してんだ? ウチのお姫様は 」


 あわよくば既成事実を…… とは、菜のはが考える筈はないか。


 そんな事を考えながら、タクシーを捕まえやすい大通りに向かって走った。 





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ