閑話1,侍女による護衛への主講義
これは、レティが部屋に籠ってアルの為の飾り紐を製作している時のこと。
私は、このアークレイド王国の第一王女、レティシエイリア・レイン・アークレイド様付の侍女。
主であるレティ様は一般的な王侯貴族の方々と比べると本当に気さくな方で、とてもお優しい。その上能力も非常に高く、幼少期は特に他の方より抜きん出ていたそうだ。成長なさるにつれ、抜きん出ていた能力は目立たなくなり“普通”の令嬢のようになられたものの、それは自らの力の危うさを知り、何かを予見したからこその自重でありいまだその能力は衰えていないのだとささやかれている。
その理由のひとつとしては、周知の事実である宮廷魔法師並の魔法の実力。
とは言いましても、威力や発動速度の話であって希少な魔法を使うわけではないので特別目を付けられている、というわけではありません。そこは侍女として安心です。
そんな彼女は使用人である私達とも対等に接する事を是とする人格者で、食事すら共になさる。かくいう私も、固くならならないで、と言われてレティ様と呼ぶようになり、言葉遣いも丁寧語ではあるけれど友人のように接する事となった。まぁ、二人だけの時に限るのですが。
そんなレティ様の護衛の方が、先日替わる事になりました。
理由は実家の取り潰し。
何でも、先日学園で起こった事件に兄君が関与していたらしく、その事件の標的がアラン殿下だった為に実家が爵位返上する運びとなったらしい。実家が取り潰されたので爵位も無くなってしまったし、何よりそんな事をした家の者をレティ様のお側に置いてはおけない、という訳ですね。
そして、新たな護衛としてやって来られたのがアルダートン・ライ・ヴィストーク様。
彼が来てからのレティ様は、生き生きしていると思います。
彼は間違い無く、レティ様に気に入られている。
先にも述べた様に、レティ様は従者となった者と食事を共になさります。これまでの護衛の方も、例外ではありません。しかし。
多過ぎるのです。回数が。
一度目の食事や普段の態度から気に入られた者がレティ様の気まぐれで時々食事を共にすることは今までもありました。けれど、毎日毎日食事を共にするなんてことは、初めてで。
それも、出会って間も無いのだから、尚更疑問に思うのです。なぜ、と。
是非とも調べなければなりませんね?
そう、思っていたある日のこと。
レティ様が、私でも初めて見るようなお顔で、笑われた。
喜びを噛みしめているような、蕩けるような笑み。
は、と呆気に取られた様な声をあげて寝室へ入っていくレティ様の後姿を見詰めるヴィストーク様。表情は一切変わっておりませんが。
それにしても、“楽しみにしていてね”ですか。これは事情を聞く必要がありますね。
「ヴィストーク様」
声をかけるとこちらを向いたので、部屋の中へ誘導する。
混乱しているのか何なのか、思っていたよりも素直に部屋の中へと入ってくださった。
「少々お待ちください」
ヴィストーク様にはそう言って、レティ様へ紅茶をお持ちすべく部屋の戸をノックする。
机の上は作業に使うであろうものが乗っていたので、配膳用の台車ごと紅茶を置いて来た。
応接間も兼ねる部屋へと戻ると、ソファの近くにヴィストーク様が立っていて、律儀ですね、と思いながら自分達の分の紅茶を用意する。
ティーポットはふたつあるし、カップやソーサーを含め使用許可は頂いている。以前聞いた時に、自由に使うと良い、とのお言葉をいただいたのだ。
「お座りください、ヴィストーク様。
レティ様について、少しお話し致しましょう?」
さり気なくレティ様を愛称で呼び、牽制。
無言でソファに腰かけたヴィストーク様に紅茶を出し、自分のものをテーブルに置いてその前に座る。
「ヴィストーク様は、レティ様に随分と気に入られているようですね」
紅茶を一口飲んでから言えば、そうでしょうか、との返事。
確かに、今までを知らないのだから本人に分かるはずもない。
「少なくとも私の目には、そう見えます。
殿下が食事を何度も一緒になされたのは、私以外には貴方が初めてですもの」
そう言うと、ヴィストーク様は少しだけ目を見開いた。
「確かに殿下は、使用人とともに食事をなされます。少なくとも一度、二度以上ご一緒させて頂ける方は殿下に気に入られた方です。
しかし、毎日毎日同じ卓を囲まれた方は本当に初めてなのです。私でも毎日御一緒は致しません」
「・・・そうなのですか?」
・・・驚いている、と思われる反応を見せるヴィストーク様。
非常に分かりにくいですが恐らく驚いているのでしょう。
「はい。それに、普段あのように笑われることもありません。
・・・・ところで」
持ったままだったカップを置いて、視線を合わせる。
「殿下は何を『楽しみにしていてね』とおっしゃったのですか?」
長年レティ様に仕えて来たけれど、レティ様のそのような言動は初めて聞いた。
是非とも、聞き出さなければ。
「レティシエイリア殿下が、私に飾り紐を下賜して下さると仰られまして。恐らくその事かと」
・・・・え?
「・・・・それは、本当のことですか・・・?」
「嘘を言う理由は有りません」
「そう・・・、ですよね。すみません、失礼なことを言いました」
あまりの驚きに、何も考えずに言葉を発してしまった。けれど。
「ヴィストーク様」
深い水のような瞳を、正面から見つめる。
「良く聞いてくださいね」
これだけは、絶対に告げておかなければ。
「レティ様は今まで、使用人ともに食事をなさってきました。
ですが、」
“これが普通”だと思われてしまっては困るのですから。
「今まで一度たりとも、何かを下賜なされたことはありません」
レティ様の中で、この方だけは何かが違う。
丁寧語とそれ以外が混ざるのはわざとです。