5,ずっと前から決めていた
鍛錬場から部屋へと戻る道中。
「ねえ、アルダートン」
「何でしょうか」
「貴方に剣の飾り紐を贈ろうと思うのだけれど、何か希望はある?」
「・・・・戴けるのでしたら何でも。
しかし、あまり長過ぎると戦闘の邪魔になります」
「心得ているから安心して頂戴」
流石に変な物は渡さない。
確か、事件が起きるのはもうそろそろだ。そしてその数日後にアル様は捕らえられる。
飾り紐を渡す事が少しでも牽制になればそれで良し、事件発生に間に合わなかったらそれはそれでアル様を取り戻す理由になる。
何より、私がアル様に何かを贈りたい。前世で作った二次創作でも何かしらを贈ることは多かった。だから、転生したと分かった時から決めていたのだ。
アル様に何かを贈ろう、と。
アル様の剣は父親の形見の筈だから、あれに合う色合いにしなければ。糸は随分と前に入手して染色済みだし、編み方はきちんと覚えている。前世の知識の活用所だ。
不肖神薙優凪、アル様の飾り紐を作らせて頂きます!!
部屋に帰ったら早速始めよう。
手前味噌ではあるが、私は手先が器用な方だと思う。
・・・上達した理由は友達が居なかったらから一人で黙々とやってたらいつの間にか、っていう悲しいものだけど。
出来上がった物を渡した時、アル様はどんな反応をするだろうか。そう心躍らせつつ部屋へと歩みを進めた。
部屋へ戻ると、まだ護衛の任に就いて数日であるにも関わらず流れる様な動作で扉横へ陣取ったアル様へ声を掛ける。
「アル」
「はい」
呼ぶと律儀に此方を向く我が推し。尊・・・、やっぱ好き、格好良い・・・!
絶対に最高の物を作りあげなければ。
「楽しみにしていてね」
「は、」
心から笑んで、驚いた様子のアル様を尻目に寝室へ。
糸を出していると、ノックがされてテレーゼが扉越しに声を掛けて来た。
「レティ様、紅茶をお持ちしました」
「有難う。入って」
失礼します、と扉が開かれ、卓上は作業中だと見たテレーゼが配膳台車ごと机の傍へ紅茶を置いて行った。
今日のはアールグレイに近いな、とひとくち飲んで思う。
カップをソーサーに戻し、作業再開。
必要な色を数色出して、編み始める。
飾り紐と言ったけれど、ただ普通に紐状にするだけ。綺麗に見える様に編むけれど、花などを象った形にするような事はしない。やる事は可能だけど、何となく、違うなって思ったから。
アル様には凝った華美な装飾よりも、シンプルなものの方が良い。服など別のものならばまた話は変わって来るけれど、今回は飾り紐とはいえつけるのは実戦用の武器だ、視界に入って目を奪われる様なものは論外。
頭の中でデザインを固め、前世で編み出した手順で丁寧かつ素早く、幾つか魔法を付与しながら編み上げていく。
華美にはしないが、質素過ぎては問題だ。社交界などで舐めらてしまう。
故に、時々編み方を変え、あまり目立たないながらも細やかな意匠を凝らす。
唯でさえアル様は平民出だと一部の貴族に馬鹿にされているのだから、そんな奴等に態々付け入る隙を与えてやる事など無いのだ。
「レティ様、夕食はいかがなさいますか?」
扉越しに響くテレーゼの声に我に返って時計を見ると大体七時。
もうそんな時間か・・・、集中していて気付かなかった。
「そうね・・・」
既に編んだ所が解けたり緩んだりしない様に魔法で固定して、迎え入れたテレーゼに向き直る。
本音を言うともう少し作業していたいが、それは夕食後に続きをするのでも問題は無い。
アル様が連行されるのは護衛になってから初めての13日の事。しかもあまり縁起の良くないとされる灰日だ。簡単に言うと、前世での仏滅に似た感じ。
例の灰日はまだ先だし、飾り紐はこの調子なら明日か明後日には出来上がる。少しくらい、完成を先延ばしにしたって良いだろう。
夕食を食べる位の時間じゃ大した量も編めないだろうし。
「隣へ運んでくれる?勿論、三人分」
「かしこまりました」
この場合の隣とは、寝室の隣の部屋、つまり私の部屋の応接室の事だ。
「用意が出来たら呼んで頂戴」
テレーゼの はい、という返事を聞いてから止めていた手をまた動かし始める。
扉の閉まる僅かな音を聞きながら、そういえば明日も灰日だな、と頭の端で考えた。