4,鍛錬場で
アル様と出会ってから、一週間程経ったある日の事。
「アルダートン。鍛錬場へ行くわ」
「・・・・失礼ながらレティシエイリア殿下。私は貴女様の護衛です。態々行く先を告げずとも、私は付いて参ります」
行き先についての会話は無駄だ、面倒だ、と思っている様だけど、私は少しでも会話がしたい。心の距離を縮めたい。
アル様はまだまだ私に心を開いてはくれていないから。毎日朝食と昼食を一緒に摂ってはいるけれど、効果は薄い。
「レティ」
言うと、再び真意を測りかねる、といった表情で と、申されますと・・・? と返された。
「私、貴方の事を信頼しているの。
レティ、と呼んで」
アル様が護衛となってもう一週間は経つ。前世日本ならば二週間弱だ。信頼している、と言っても今迄の仕事ぶりから判断したのだろう、と思われる筈だから、不思議では無いだろう。
「殿下を愛称で呼ぶなどと、とんでもない事です」
「ふたりきりの時だけでも良いわ」
「・・・・考えさせてください」
却下で無いだけ、上々。
「楽しみにしてるから」
笑って言えば、少しの間の後に はい、と固い返事。
それからは特に会話も無く、アル様は気配を消して私の背後に付き従っていた。
鍛錬場に付いて、目的の人物を探そうと辺りを見回す。
「姉上!お久しぶりです。こちらへいらっしゃられるとは、どうかなさったのですか?」
居たね、私の弟。
顔を輝かせて走って来る姿が、本当に可愛い。
「ここ数日、エディ兄様が遠征に行っているから、晩餐で集められる事が無いでしょう?」
久々に貴方に会いたいと思って、と言いながら頭を撫でる。
少しだけくせのある、さらさらの金髪。
ふふ、気持ち良い。
「姉上、僕はいつまでも子供じゃ無いんですよ?撫でられる方の身にもなってください」
反抗期かな?お姉ちゃん泣いて良い?
「御免なさい、そんなに嫌だった?
アランの髪は柔らかくてさらさらで気持ちが良いから、つい・・・・」
「い、いえっ、嫌というか、・・・恥ずかしいので・・・・」
ここは人も多いですし、と慌てて言って、赤い顔でそっぽを向くアラン。
我が弟ながら可愛い過ぎないかな?
「〜〜っもう、アランったら!」
内心身悶えて、それだけじゃ足りなかったからアランを抱き締めた。
「ですからそれです、姉上っ!」
腕の中でアランが抗議の声をあげるけれど、スルーさせて貰う。
「はぁ・・・・
ところで姉上、そちらの方は?」
数分後、アランを解放すると溜息を吐いてからそう言われた。
食事の際は家族だけだし護衛は部屋の扉付近で待機だから知らないのも無理は無い。
「ああ、先日私の護衛に就いた騎士よ。
アルダートン、挨拶を」
「は」
私に一礼してから、アランに向き直ったアル様。
「・・・・アルダートン・ライ・ヴィストークと申します。此度、レティシエイリア殿下の護衛となりました」
「知っているでしょうが、アランヴォード・ライン・アークレイドです。
姉上を宜しくお願いします、ヴィストーク殿」
浅く礼をしたアル様に、礼儀として名乗るアラン。
「 “宜しくお願いします” って・・・・、何だか婚姻みたいね。アランは将来、私の旦那様に同じ事を言うのかしら」
ちょっと大袈裟だな、最低限自分の身は自分で守れる力はあるのに、と思ってくすくす笑いながら言ったら、アランが固まった。
「・・・・姉上」
「なあにアラン?」
「そんな先のこと、分からないでしょう」
「あら、案外直ぐの事かもしれないけれど?」
微笑んで告げると、相手は誰ですか?!僕の知っている方ですかっ! と凄い剣幕。
これには流石に驚いた。
茶化しただけだったのに、綺麗な黄緑の瞳が普段よりも暗い色合いに見えたよ。
でも、私を想ってくれているのが分かって嬉しくて、ふふ、と笑う。
「姉上っ!笑いごとでは・・・!」
「だってアランがそんなに慌てるところ、随分と久しぶりに見たのだもの。それに、相手なんて居ないわ。あくまで可能性の話よ」
あまりに可愛いくて、頭を撫でながら伝えていくと、アランの顔がまた赤くなった。
「・・・・すみません、早とちりをいたしました」
「良いのよ、私を想ってくれているのが伝わって、凄く嬉しいから」
恥ずかしさから俯いている頭をこれ幸いと撫でまくる。
「・・・けれど」
目を伏せ、頭から手を下ろすと、何かを感じたのかアランが顔を上げた。
「いつかは現実になる話のはずよ。今の私に相手はいないというだけで。
それに、これは私に限った話では無いでしょう?貴方だって、気になる女の子のひとり位居るのではなくて?」
水を向けると、えっ、と分かり易い反応が返って来た。増々顔が赤くなっている。
「ふふ、居るのね?
今度、是非会わせて頂戴」
最後に頭を数度撫でて、返事を聞かずに鍛錬場を後にした。
断られない様に、ね。
これで、アメリちゃんに会えるんじゃ無いかな。ふふふ・・・・