目標達成のあとで
フローラのお話です。
「初めての王城生活 1」の裏側
なんだか、仲間はずれにされている気がする。
朝食室で母と向かい合いながらフローラはため息を飲み込んだ。
目の前では母が苦笑いをしている。
「あら、あなたもハシントみたいに、お母様だけでなく、お父様も一緒の方がよかったのかしら」
明らかにからかっている発言にフローラは頬を膨らませた。父は兄によって幽閉されているので、朝食に同席出来るはずもない。
「あたくしはそこまで子供ではないです! そういう事を言っているのではありません! 大体、兄さまはどうして母さまとあたくしを除け者にしているのですか。こんなの酷いではありませんか」
「私が遠慮したのです」
母がきっぱりと言う。それはどういう事だろう?
母によると、昨日アイハ城に到着したばかりのハシントのために、今日の朝食と昼食は親子水入らずでとってもらう事にしたらしい。これは兄の独断ではなく、母と二人で話し合った結果だという。最初からたくさんの大人に囲まれて緊張しながら食事をするのは可哀想だと考えてのことらしい。
夕食からはいつも通り、フローラ達も同席するようだ。
「フローラは私だけでは不満なの?」
「そんな事はありません!」
それは完全に否定しておかなければならない。フローラにとって母は大切な存在で、尊敬する師だ。
「それならいいじゃない」
母はあっさりと結論を出す。
「エルナンは許してくれるでしょうから、今日は一日集中してお勉強をしましょうか」
それは素晴らしい提案だ。フローラは一も二もなく頷いた。
母はふふっと笑った。そういう表情を見ているとフローラも嬉しくなる。
そうしてどちらからともなく食事に戻った。今日はいつになく食事が美味しい。
「あなたが私に師事してからもう七年になるのね」
母がしみじみと言った。
「そんなになりますか?」
つい聞き返してしまう。母は楽しそうに笑った。
「そうよ。あなたが泣きそうな顔で私の部屋に飛び込んで来てからそれだけ時間が経ったのよ」
そうですか、としか言えない。
それにしてもどうして母はそんな区切りをつけるような事を言うのだろう。
「あの……バルバラさま?」
「この前はよくやりましたね」
「え?」
「あなたがいたからあの三人がまた一緒にいられるのよ。いなかったら再会するのはもう少し遅くなっていたかもしれないわ。私では城を空けられないから、信頼出来る弟子がいてよかったと思っているの」
フローラはぽかんと口を開けた。まさか褒められるとは思っていなかったのだ。
母は穏やかな笑顔でフローラを見つめている。
「こんなに立派になって。母としても師としても誇らしいわ」
褒めすぎである。
「きっとイライアも喜んでいるでしょうね」
母はフローラが弱い言葉をよく知っている。母親だからなのか師匠だからなのかは分からない。
フローラが母に師事していることは兄も姉も知らない。でも、近いうちに兄には話すことになるのだろう。昔の父とは違って兄はまともだから認めてもらえるはずだ。
「あなたが私の部屋に飛び込んできた時の事、覚えている?」
「はい」
忘れるわけがない。あの時のフローラは本当に必死だったのだ。
「そうね。まだ八歳だったあなたが、悲痛な表情をして飛び込んできた事は私も忘れられないわ」
「必死だったんです」
姉の事を憎んでいた父があの手この手を使って姉を死なせようとしたのだ。そんな事はフローラには耐えられなかった。
兄は同族嫌悪だろうと言っていたが、あの当時の父と、いつも優しい姉が『同族』だなんて信じない。誰がなんと言おうとフローラは認めない。
大体、父に餓死させられそうになっていたフローラを助けてくれたのは姉なのだ。侍女たちを恐ろしい勢いで脅して食事を用意してくれた。
その姉が殺されてしまうなんて許せない。だから、フローラは予言の力を得てそれを阻止しようとしたのだ。
だから母の所に行った。そして、死に物狂いで、『何でもするので弟子にしてください!』と頼み込んだのだ。
「ええ、分かっているわ」
回想していると、穏やかな声がそれを肯定してくれる。
「よく頑張りましたね、フローラ」
「はい、バルバラさま」
また褒めてくれる。少しだけ涙が出てきた。
「近いうちに、エルナンに頼んで『王宮まじない師』の役職も作ってもらいたいと思っているのよ」
「え?」
思いがけない話が出てきた。フローラは目をパチクリさせる事しか出来ない。
「いないのは何かと不便でしょう? ちょうど、後継者もできた事だしね」
そう言ってウインクする。
つまり、母はフローラの未来も保証してくれようとしているのだ。姉が幸せになるという目標を達成した先を考えてくれているのだ。
「あなたはこれからも修行を頑張ってくれるでしょう?」
「母さま……」
師弟として会話しているのに、ついそう呼んでしまった。母は咎めない。その代わり、穏やかな微笑みが返ってくる。
「ありがとう……ございます」
涙が溢れてくる。母はそんなフローラを優しい目で見ていた。