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第4話  モンスターとしての仕事

 吸血鬼によって持ち込まれた仕事も片付き、冒険者が来なかったが故に、余裕のあった午後に作成する事が出来た報告書を持ち、家の外へ。

 周囲に誰も居ないことを確認し、自分にかけている魔法の一部を解除。

 途端に、明らかに自分の今の体には大き過ぎる、アンバランスな紅蓮の翼が背に生える。

 片翼でさえ私の全身を覆えるような龍族の翼。

 その翼で空を叩く事、一回。

 それだけで先ほどまで地に立っていた私は、自分の家が豆粒ほどの大きさに見える程度の上空に移動していた。

 そのままもう一度翼で空を叩き、音すら置き去りにし、目的の場所へ向かう。

 目指すは、……魔王城。


 *


 常に開け放たれた窓から城内に入り、城の一番奥、玉座の間を目指す。

 いくつかの扉をくぐり、いくつかの廊下の先にある、玉座の間へと続く扉の前には……。

 私の仕事を唯一手伝えるが、絶対に手伝ってくれない側近様が単体一名。

 私の気配を察知して、出迎えてくれた――なんて、ありえませんね。


「今回もご苦労様です。定期報告でございますね?」

「それ以外でここに来れるほど手が空いてませんからね。どなたかが手伝ってくれればいいのですが」

「考えておきましょう。どうぞ」


 事務的な対応に皮肉を返したが、皮肉に返ってきたのは考える……だそうで。

 どうせ考えるだけで手伝いもしてくれないであろう側近に続き、玉座の間へと続く扉をくぐる。

 部屋の中央には豪華な玉座。

 それをここに持ってきたのは魔王様だが、曰く、


「人間の王に(こうしょう)したら貰った」


 とのこと。

 そんな玉座に腰を……おそらく掛けている魔王様の姿。

 おそらくというのは座っている事実が見えないからで。

 存在はある。気配もする。

 しかし、魔王様は言うなれば概念である。

 現在私の目に映るのは、玉座にまとわりつく闇であり、その闇こそが魔王様本体である。

 決まった姿は魔王様には無い。

 ただ闇として、魔王という概念をまとう我らが王に、私は(ひざまず)いて頭を垂れる。


「今回の報告書をお持ちいたしました」


 頭を上げず、ただ真っ直ぐに魔王様へ報告書を差し出すと、差し出した闇の中に報告書が溶ける。


「どうだ? 見込みのあるやつは見つかったか?」


 報告書は確認したのか、それとも報告書の内容は予想通りだったのか。

 低く、(くら)い声が響く。


「いいえ。おおよそ”勇者”と呼べる者の存在は未だ確認できません」


 そもそもSランクのダンジョン踏破者が居ない時点で、魔王様の脅威になりえる存在すらいない。

 今のところ冒険者へ紹介したダンジョンの分布を見ても、ほとんどがB~Dであり、Aランクに挑戦した冒険者すら皆無。

 ……私を経由していないのであれば別ですが。


「そうか、まぁすぐに成果があるとは思っておらん。引き続き、頼むぞ」


 少し残念そうに、闇が一瞬震えてそう響く。

 魔王様の言う()()とはいったいどのくらいの期間の事を言うのでしょうか。


「しかし、本当に”勇者”という存在は現れるのでしょうか?」


 それは、私の本心から出た質問。

 そもそも”勇者”なる存在を知ったのは魔王様の口からその単語が出てからだ。

 唐突に「勇者は来るよなぁ」と呟いた魔王様には、はたして何が見えていて、何を思っていたのか。


「一応人間の文献には、……おとぎ話としてですが、勇者という存在は確認しました。なんでも、女神の加護を持ち、決して屈さぬ強き心を持ち、掛け替えの無い仲間を連れて、魔王を滅ぼすもの……と」


 今度は満足そうに、闇が震え


「ぜひとも出てきて欲しいものだ。退屈過ぎる」


 と響かせた。

 他に報告は?と促す側近に、


「報告書に書いてある以上の事は特には……」


 と眼鏡の位置を戻しながら返すと。


「下がって良い」


 と短く魔王様の声が響き、先ほどまで視認出来ていた闇は、霧散し夜に溶け込む。

 ただ魔王様がそこに居るだけで、発し続けられるプレッシャーからようやく解放され、私は小さく息を吐いた。


「お疲れさまでした」


 と側近に事務的に頭を下げられて私は玉座の間を後にする。

 行きと同じく、窓から空へと飛び出して……。

 溜まっていたブレスを天に向かって吐き出し、夜を照らしながら。

 あぁ……また明日も仕事だ……。

 と、少し憂鬱な気分になりながら。私は帰宅するのであった。

 明日は特に面倒ごとが起きませんように。

 そんな些細な事を祈りつつ、私の意識はゆっくりとベッドへと沈んでいった。

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