第13話 仕方無く
あら?久しぶりちゃう?
はいはい。いつもの場所やね。
封印解いたで。
ほんまに好きやね。それ見るの。
全部あんたの記憶やろうに。
これ見ると毎回弱気になるんは変わらへんなぁ。
魔王様なんやからしっかりして貰わな。
うちがその椅子に座ってまうで?
はいはい。ほなまた。
先程の大きな揺れに危険を感じた冒険者やギルドの人が外に避難していた。
その大揺れの元については周りは知る由もないだろう。
現に転醒の光を見ても、
スゲー、
だの
何あれ?
と言った声しか聞こえてこない。
「ツヅラオに仕事を任せます。帰りは……なるべく早く戻れるようにはします」
ミヤさんにそう告げ、光の下へと全力で向かう。
目的地が山のせいで飛んで向かう事が出来ず、間に合ってくれと心の中で祈りながら、マデラは風を追い越し、駆ける。
*
大きな揺れの後の天より差し込む光。
揺れでテーブルから落ちないよう紅茶の入ったカップを持ち上げ、リリスは険しい顔をしていた。
誰かが転醒を果たそうとしている事実を遠くから確認しながら、心の中で呟く。
どなたかご存知ありませんが、耐えきれますかしら?
と。
転醒
それはモンスターが己の限界を超えた証。
限界を超えた結果、己の体が持たないと判断し、本能が体を作り替える現象。
何度も転醒を行っているリリスはその感覚を知っている。
自分という存在を、ただただ白で塗りつぶされ、上書きされ、段々感じていた感覚が失われていく恐怖。
それまであった自分を否定され、無理矢理自分を押し付けられる不安。
人間で表せば、昨日まで鍛冶屋をやっていた者が、急に農家をやらされるような感覚……とでも言いましょうか。
当然何をしていいか分からなくなるだろう。何も出来ずに狼狽えるだろう。
そんな不安の中で右足の感覚が無くなったら?徐々に徐々に体の感覚が失われたら?
気が狂う人だって居るかもしれませんわね。
実際リリスに転醒した時など彼女はダンジョンを半分消し飛ばした。
転醒した存在と、それまでの自分の存在と、ぐちゃぐちゃに自分が混ざった感覚に嫌悪し、錯乱しかけた。
まぁ、今頃ドラさんさんが向かっているでしょうし、大丈夫なのでしょうけど。今回転醒したモンスターは一体どこまで残せますかしら?
*
ようやく着いたダンジョンは異様の光景だった。
ダンジョン内のモンスター達が入り口に集まっていた。
恐らく、ダンジョン内で転醒を果たしたものが暴れているのだろう。
あのSランクのリリスですら、姉御ですら、転醒直後は暴れまわったのだから。
ともあれダンジョン崩壊やモンスター壊滅といった事になってなくて良かったですね。
一応、羽だけは出しておきますか……
魔法を一部解除し、龍の翼を具現させる。
全ての魔法を解いて龍の姿で戦えば、ダンジョンが崩壊しかねませんし……
さて、転醒したのはダンジョンマスターですか?それともその配下ですかね?
ダンジョンの奥を目指しながら、出来れば後者で、知性が目覚めてくれていればマスターに格上げも検討しましょうか。
と思考する。
山奥のダンジョン
ランクはB ゴブリン、オーク、トロールといった脳き……腕っぷしが取り柄のモンスターで構成されている。ボスは確か……オーガでしたか。
頭の中で情報を思い出し、ようやく奥へ。
うっすら漂う血の匂いと2つの影。
マスターを任せたオーガが地面に膝をつき、何とか得物で体を支えるのがやっと。
肩で息をしているあたり、かなり消耗しているようだ。
対峙するのは転醒したモンスターだろう、トロールがそこにいた。
外見的にはさほど変わっていない、……頭が2つあることを除けば、であるが。
「無事ですか!?」
オーガに声を掛けるため、ではなくトロールの気を引くためにワザと大きな声を出す。
その声にトロールが反応し、振り返った時に、オーガは素早くダンジョンの一番奥へと移動する。
ダンジョンの一番奥、お約束の様に設置されている冒険者帰還用の転移魔法陣。
火山の噴火などでダンジョンが倒壊する場合もあり、緊急時のモンスター達の避難先である。
わざわざ魔法陣を使ったという事は相当消耗していましたか……。
ひとまず彼がここで足止めをしてくれていたのには素直に感謝ですね。
ボス部屋に充てられたこの空間はちょっとした町なら入るほどに広い。
いつ戦闘になってもいいように構えつつ、会話を試みる。
「話しを聞いて頂けますか?」
「シ゛ネ゛」
「ギ、ギ、ギ」
まともに会話出来ませんね……知ってましたけど。
今回の様にダンジョンのマスター以外が転醒した場合、ケースは2つ。
1つはマスターがあらかたを説明しており非常に協力的にこちらの話を聞いてくれるケース。
もう一つは今回の様にマスターに喧嘩吹っ掛けて自分がマスターに、と野心を燃やすケース。
こっちのケースは基本的に、およそ会話が成立しない。
転醒にも段階があり、ダンジョンから洩れない程度に光って転醒するときもあれば、今回の様に遠くからでも確認できる光が降り注ぐ場合もある。
光が大きければ大きいほど、元よりも強い存在に転醒するのだが、
今回は知性よりも戦闘面に強化が偏った……という事ですか。
流石脳筋。おかげで……仕留めねばいけなくなりました。
こん棒を振りかぶり、私を潰そうとする存在を睨みつけ、
残念です。と呟いた。
*
すでに時刻は深夜。
あれからかなりの激闘を繰り広げ、ようやく仕留めた頃には辺りはすっかり真っ暗闇。
一応ギルドに戻りはしたが、入り口に
「報告は明日。今日は帰って休むこと」
とミヤさんの字で書かれた張り紙が貼ってあった。
どのくらいの時間まで待っていてくれたんですかね……
だいたい……頑丈すぎるんですよ。
と一人悪態をつく。
どこを攻撃してもすぐに再生しますし、頭を片方潰しても再生しますし、一撃で2つの頭を潰そうとすれば頭の位置が変わりやがりますし。
自慢のブレスも属性耐性を持っていたらしく動きを止める事すら出来なかった。
あれで知性さえあればSランククラスでしたが……いかんせんおつむが足りなさ過ぎました。
強いのに馬鹿とは一番扱いが難しい。
Sランクのダンジョンに通常モンスターとして入れようにもどうせすぐに周りと争い、殺しあうだろう。
トロールは見境なく喧嘩吹っ掛けやがりますし……
しかし、……何故急にあのような階段3段飛ばしみたいな転醒が起こったのでしょうか。
明日はあのダンジョンと周辺でも捜査しますか。
一応トロールの亡骸は調べましたが、おかしいところは何も無かったですし、環境の影響ですか……?
いつもの様な音速すら超える飛行ではなく、フラフラと疲れていると見て取れる飛行で、なんとか自宅に到着。
にしても、久々に体を動かしたせいかかなり鈍ってますね。
本気で体を動かせる相手が少なすぎるせいですが……
ん?……あれ?
私、家の灯りはつけっぱなしでしたっけ……
家の灯りが付いている事に気付き朝を思い出す。
確かに消したはずですが……
とドアを開ければ。
「あ、お帰りなさいなのです!お疲れ様なのです!」
ツヅラオが何やらキッチンでご飯を作っている最中だった。
この話を書く前は、そろそろ戦闘描写かーとか思っていましたが書き終わったら戦闘描写すっ飛ばしてますね。戦闘描写は苦手だと自覚していましたが本能が拒否する程とは思いませんでした。
日ごろから私の作品を読んでくださる皆様方。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
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