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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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疲労と謎の草

「魔法で治したから、もう平気ですよぉ」


 血の通った獣耳を触る前なら、酷い冗談だと笑えるところだけれど、耳が本物だと知ってしまった僕には、笑う事が出来なかった。




 岩を撤去し、開通した通路を這って外へと向かう。キミコが先頭で僕が後ろだ。ずっと下を向いたまま後に続いて進んでいく。


 なぜを下を向いているかって言ったら、下手に前を見た結果、機嫌を損ねてしまって、置いて行かれるのを恐れたためだ。


 もしかしたら、下に短いズボンを履いている可能性もあるが、それを聞くのも憚られる。


「キミコ、前にここを通ろうとした時、途中で行き止まりだったんだけど」


 そう、絶対に横道なんて無かった。いったいキミコはどこから入って来たのか?


「ここには、鍵を持ってないと入ってこれないんですよぉ! 鍵を持って近付くと、岩が消えて通れるようになるんですぅ」


 妙に機嫌がよさそうなキミコが、質問に答えてくれた。


 なにそれ? 岩が開くんじゃなくて、消えるの!? また聞きたくない事を聞いた気がする。


 疑っていたわけじゃないけれど、行き止まりだった所で、なるべくキミコを意識しないように隙間から覗くと、壁がスッと消えてしまった。まるで幻だったかのように壁が無くなってしまったのだ。


 


 穴を潜り抜け、辺りを見渡した瞬間、これは帰れないやつだ。そう確信してしまった。


 左右には、どこにでもあるような、樹木が並ぶ森。正面には、左右の森を切り裂くように、どこまでも真っすぐ続く土の道。


 真下には見慣れた黒のスニーカー、なんだけど強烈な違和感。影がないのだ。


 実は僕が既に死んでいて、幽霊だから影が映らないとか、気付かないうちに透明化の魔法をマスターしていた、何て事ではなく。答えはすぐ見つかった。


 その答えは空にあった。太陽が、ぱっと見で5個ある。一つの太陽が作り出した影を、他の太陽が打ち消してしまうから、影ができないって事らしい。


 1個1個の光は地球の太陽より弱いようで、現在は快適な気温だ。


 さて、どうしたものか、目の前の道が、僕の知る街に続いてる可能性は0に等しい。


「なあキミコ、僕はどうしたらいい?」


 酷い質問だと自覚しつつも、それしか思いつかないかった。


「キミコが、ルモイ王国まで連れ行きますよぉ! それが役目ですからぁ! でも、その前に準備が有るので、キミコの家まで行きましょう!」


 キミコは、そう言いながら穴を抜ける時についたホコリを、パンパン叩いて落としている。


 ルモイ王国か。そこに行けば銀髪の少女に会えるのだろうか? 会う事ができれば、帰る手立ても見つかるかもしれないな。




 とりとめない、会話をしながら二人で、てくてく歩いていく。まだ核心に触れる勇気が出なかったから。


 そろそろ出発から1時間くらい経過しただろうか。


 キミコが言うには「こんなに、何もでてこない日は、珍しいんですよー。えへへ、彰悟くんにも会えたし、今日はとっても良い日ですぅ」


 とのことだった、喜んでいただけるのは光栄なのだけれど、それよりも、何がでてくるんですか?


「心配ないですよぉ。キミコは村で一番の魔法使いだから、何がきたってへっちゃらですぅ」


 まあ、週5で通っていて、現在も無事でいるのだから、その辺は信用してもよさそうだ。


 それにしても、流石に疲れた。踏み出す足が鉛のようだ。硬い床の上で、ペラペラのクッションを枕に眠った二日間は、休まるどころか疲れを蓄積させたのだろう。


「キミコ、ごめん、ちょっと休んじゃダメか?」


「お疲れでしたかぁ、いいですよぉ。少し休憩にしましょう。――あっ、ちょうど良いもの見つけちゃいましたぁ。ちょっと待っててくださいねぇ」


 何を見つけたのかと思ったら、右手の林へ真っ直ぐ歩いていく。食べ物でもあったのか? もし、そうならありがたい。そんなに美味しいものでなくても、リンゴ以外なら大歓迎だ。



 地べたに座り込んで、待つ事少々、キミコが両手いっぱいに、何かの植物の葉っぱ? を持って小走りで戻ってくる。


「えへへ、いっぱい採れましたぁ。これは、去年亡くなった叔父さんがぁ、火であぶって吸い込むと、疲労なんてポンッ! て抜けてしまう魔法の草なんだよって教えてくれたんですぅ。はじめて見つけちゃいましたぁ」


 疲労がポンね……聞いた事ある響きだな。まあ、アレだとしたら姪っ子に勧めたりしないよな?


「そ、そっかー。それで叔父さんは、どうして亡くなったんだ?」


「叔父さんですかぁ? 病気とかじゃなくて、事故だったんですぅ。楽しそうに笑いながら走っていって、崖から落ちちゃったんですぅ。あれは、悲しい事故でしたぁ」


「絶対その草のせいだろ!! 間違っても使うなよ!」


「そうなんですかぁ? じゃあ止めておきますぅ」


 キミコはキョトンとした顔で、自分が手に持つ草と、僕の顔を交互に見ながら、少し悩む素振りを見せていたが、納得してくれたようだ。


 その後、草を捨てるためだろう、東の林に戻っていく。……元の場所に、戻さなくても良いと思うんだが。


 それにしても、叔父さん……姪っ子に何を教えてるんだ……。



「えっ!?」それを発見できたのは、偶然だった。ふと周りを見渡した時、キミコの向かう林の丁度真後ろ、木の間から飛び出してきた一匹の獣。


 デカい! 犬? いや狼ってやつか? 視線がこっちに向いていない、狙われたのはキミコだ! 「キミコ! 危ない!」


 所詮、僕は温室育ちの日本人だった。驚愕のあまり思考がフリーズ。再起動までの時間が、警告を致命的に遅らせた!


 もう牙が届くまで、3秒とかからない距離まで詰められている。


「どうしたんですかぁ?」


 そう言いながら振り向いた、キミコの右腕が霞んだ。


 パンッ! と、鈍い破裂音。無意識に目を瞑ってしまった僕が、再び目を開いた時に広がっていたのは、頭が吹き飛んだ獣、肩の高さで右の肘を直角に曲げて、軽く拳を握り、不思議そうな顔でこちらを見ているキミコ。その服が返り血で赤く染まっている。



「うー、また汚れちゃいましたぁ」


 キミコが左手で、右の袖を摘まんで引っ張っている。血で張り付いて気持ち悪いのかもしれない。


「いや、その、狼? が、後ろから来てたから危ないって伝えようとしたんだけど、凄いな。今のがキミコの魔法なのか?」


「ふぇ? ちがいますよぉ、今のは、叩いただけですぅ」


「えっ? 魔法使いって言ってたよな?」


「そうですよぉ、村で一番ですぅ!」そう言いながら、誇らしげに胸を張っている。


「ど、どうして、魔法を使わないんだ?」


 いや、これは僕の先入観ってやつか、魔法って攻撃するようなものじゃ、ないのかもしれない。


「だってぇ、叩く方が、楽じゃないですかぁ」


 叩く方が楽だけど、攻撃魔法もあるようだ。たぶん魔法だったら、血まみれにならずに、済んだのではなかろうか?


 赤黒かったキミコが、また鮮やかな赤を取り戻した。キミコ着替えと、旅の支度をするため、大通りから枝分かれした小径へ進み、人狐が暮らすという村へ向かった。


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