鐘の音と150センチメートル
こいつがアネルか……。思った以上に非常識な存在だった。この場に車で乗り付けるってどういう事だ? それだけなら、まだ許せるが、アニメの絵が描かれた痛車というのが、もう……、いくら何でも世界観を壊しすぎだ!
……でも、来てくれて良かった。キミコが助かる可能性が見えてきたんだから。
さっき魔獣の人型を全て吹き飛ばした凶悪な攻撃なら、魔導兵器の場所なんて分からなくても、全身吹き飛ばす事もできるはず。
「デセク・ダスィーア!!」アネルが言葉を発すると、魔獣の上空に巨大な魔法陣が現れて、そこから魔力の矢が無数に降り注ぐ。
人型の部分をほぼ再生させて、再び動き出そうとしていた魔獣は、光の矢を体中に受けて、血の雨を降らせる。
辺り一面に、降り注いだ血は、すぐに光の粒に変わり、魔獣の体に向けて集まりはじめた。
かなり強力な魔法だとは思うけれど、あいつの再生速度を考えると、それじゃ足りない気がするんだが。……なぜ、アネルは、最初に使ったような魔法を使わないんだ。
続いて里緒菜が、立ち上がろうとする魔獣の足を、エクリプスで破壊する。この攻撃でバランスを失った魔獣は、胴体を地面に着けたが、お構いなしといった感じで、倒れたまま魔法を放ってくる。
放たれた火球は、アネルを狙ったようだ。本人も気付いているだろうが、慌てたようすもなく、魔獣に向かって高く跳躍して、火球を飛び越えた。
回避した直後に、空中で魔法陣を完成させたアネルは、魔獣の胴体に着地したと思うと、すぐに「リリース!!」魔法を発動させる。
アネルが使ったのは、銀の円盤を呼び出し切断攻撃をしかける魔法のようだ。放たれた円盤が、音もなく魔獣の胴体を斜めに両断する。
優勢では、あるだけれど……、両断された胴体の内、尻尾側が光に変わって、残った頭側の胴体に吸い込まれていく。
……ん? 光に変わった下半身があったところに、なにか棒状の物が落ちている。あれは、探していた魔導兵器じゃ無いのか!? 恐らく、下半身が粒子に変わる際に取り残されたんだ。
「アネル! そこに落ちている棒状の物を破壊しろ!!」
指をさしながら、目一杯の大声で叫んだ。「嗚呼、あれかっ!」何を言わんとしているのか、すぐに察したアネルは、魔力で作った刃を手に、魔導兵器を両断した。
……これで、終わったのか? 「どうやら、駄目そうだよ。ガセだったんじゃないのかい?」アネルの言う通りかもしれない。今も無くなった下半身が再生し続けている。
「アーちゃん、きっと体の中に、もう一つ魔導兵器があると思う。そっちを壊さなきゃダメなのかも」
……そういえば、1個の魔導兵器を半分にして使っていたな。さっき壊したのは、先が槍のように尖っている。こっちが、融合する相手に突き刺す方だったのだろう。
これで、新たに誰かが融合の餌食になる可能性は無くなったのかもしれない。倒せなかったのは残念だけれど、一歩前進と思っておこう。
「そういう事なら、今のうちに上半身を壊せるだけ壊してしまおう! てきとうに撃ちこんでも、全身が揃っている時よりは、魔導兵器に当たる可能性が高いはずだ!」
アネルはそういうと、見慣れた魔法を魔獣に撃ちこんだ。エクリプス……そうか、アネル作の魔法だから使えて当然か。
里緒菜とアネルは、振り回される魔獣の両腕を回避しながら交互にエクリプスを放ち、上半身を削っていく。
しかし、3発目を撃ちこむ頃には、1発目の傷は再生している上に、下半身も徐々に形を取り戻し始めている。
このままじゃ、里緒菜の魔力が切れるんじゃないか? そうなれば、一撃くらっただけで命を落としかねない。
僕は、エクリプスほど強力な魔法を使えないけれど、交代するべきかもしれない。キミコを助けたいのは当然だけれど、代わりに里緒菜が死んでしまったら何の意味もないのだから。
「里緒菜、魔力切れの前に、交代し……」
交代するよう告げている最中に、急に辺りが暗くなった。かと思えば、目を細めたくなる程、眩しい光が空から降り注ぐ。
太陽の光が消えそうになったり、フラッシュのように輝いたり、安定していない。……これは、一体何が起こってるんだ?
突然の異変に呆気にとられていると、後方から魔力弾が飛来して、魔獣に直撃た。結構な威力だ、魔獣の体が大きく削られている。
「姉さん、里緒菜さん! 一旦休んで。私が暫く時間を稼ぐから!」
声のした方を向くと、どこから持ってきたのか、大型のライフルを構えたニコルの姿があった。
魔獣に向けた銃口から、次々と魔力弾が撃ちだされる。
「……わかったよニコル。でも、絶対に近付いちゃダメだよ! 攻撃は、遠距離からの銃撃だけだよ!」
そう言いながら、アネルが駆け足でこちらへ戻ってくる。里緒菜もその後ろに続いて魔獣から離れる。
「アネル、さっき太陽が明滅していたけど、この戦闘と何か関係があるのか?」
戻って来たアネルに、こう尋ねると、少し困った顔で空を仰ぎながら、渋々といった感じで口を開いた。
「今、太陽を制御する魔法装置が故障していてね。失われた機能を私の魔法で補っているんだよ」
「……戦闘で魔力を使いすぎて、そっちの魔法が切れかけてるって事か?」
「中々、察しが良いじゃないか。まさにそれだよ。ここに来るまでも、魔獣と戦ったりで、魔法を連発したからね。結構ギリギリなんだ」
「……アーちゃん、その魔法が切れたら、どうなるの?」
里緒菜が遠慮がちに質問する。僕もそれを聞きたかった……ような聞きたくなかったような。
「切れてみないと、分からないけど……最悪の場合は、温度調節が出来なくなって自壊するかもしれないね」
それは……星が滅びるんじゃないだろうか? これ以上アネルをあてにするのは、難しいかもしれない。
「じゃあ、最初に魔獣を撃ったような魔法は、もう使えないって事か……」
「そもそも、あれは、私の魔法じゃなくて魔導兵器を使った攻撃だよ。もうカートリッジが切れて、どのみち使えないけど」
ええっ!? 予備持って来いよー! とか言っても仕方ないから、言わないけど。変な事を言って神を怒らせて、後々問題になったら嫌だし。
「そうか、あの攻撃も、神も使えないか……」
「君、今のは聞き捨て成らないよ! さり気なくディスらないで! 神だって傷つくんだよ!」
しまった。本心が漏れ出てしまったみたいだ。怒ってはいるけど、激怒って感じじゃないし、問題ない……と、いいな。
「アーちゃんそれどころじゃないよ。ニコルちゃんが使ってるの、カートリッジ式じゃないでしょ? 早く対策を考えないと魔力切れをおこしちゃうから」
里緒菜の言葉を聞いて、ニコルの方を見れば、表情に余裕が無い。ミリナも肩に乗って、魔力弾を放ち攻撃に参加しているが、ダメージと再生速度がトントンといった感じだ。少し手を緩めるだけで、攻めかかって来かねない。
「そうだね、早く対策を考えないと。私も里緒菜君も魔力残量が心許ない……そこの君、何か攻撃手段は持ってないのかい? ガーディアン……なんだよね?」
そう言われてもな……広範囲を破壊できるような魔法は持ってないんだよ。
「この場面で使えそうなのは、精々ランドマインくらいだよ。後は、ピアスショットと、マジックスコープ、シールドしか使えない」
「ん? 4個だけ? 魔法書は5個渡してるはずなんだけど。……いや、スロットの関係か。ちなみに5個目は何の魔法を渡されたんだい?」
そういえば、5枚渡されていたな。発動できなかったけど。
「5個目は、魔法陣の描画すらできなかったから、何の魔法だったかわからない。魔法書に描かれた魔法陣は消えたから、覚えること自体は成功してると思うんだけどな」
「描画できないってのは、おかしいな。描画して魔力充填で失敗ならわかるんだけど。……白紙になった魔法書を持ってたりしないかい?」
それなら、キミコの背嚢に入っていたはず。背嚢は道のわきに置いてある。背嚢に駆け寄り中をあさると、横に着いたポケットの中から探し物は見つかった。
「これが、その時の紙だけど、見て何か分かるのか?」
「大体ね」そう言いながら、アネルは紙を太陽にかざして凝視している。
「これ……本当に覚えたのかい? いや、まさか……って言うか、何でこんなもの渡したんだ、父さんは……」
何か、難しい顔で、ぶつぶつ言っているけど、何か問題でもあったのか?
「で、何だったんだ? わかったんだろ?」
「君さ、頭の中で『ゴーン、ゴーン』みたいな感じの、鐘の音が響いた事ってあるかい?」
「何日か前の早朝に、一度経験したけど、それが関係あるのか?」
「聞こえたんだ……、君は一体何者なんだい? ……いや、それは後でいい」
何者って……、自分達で勝手に連れてきて、その質問はどうなんだ?
「これは、宇宙船の副砲用に作られた魔法で、人が撃つようなものじゃないんだ。……それ、覚えてから、何日くらい経つ?」
「3か月弱……だと思う」
「そうか、起動準備に3か月近くかかったって事か……よし、ダメもとで撃ってみよう」
「可能性があるなら、何だってやるけど……撃ち方が、わからないんだが、どうすればいい?」
「手を標的に向けて、魔法名を発声するだけで発動できるよ。魔法名は『デアクレ・エナ・ラミヴァ』だよ。日本語に訳したら『150cm魔導砲』になるね」
「直径150センチじゃ全身を吹き飛ばせないよな。倒せるかは、運任せって感じか?」
「中心に当てれば、余波で全て吹き飛ぶから問題ないよ。むしろ、後方の被害を気にするべきだね。ここからなら、南東の方角に撃てば、人里が無いから被害は最小限になる……かな?」
今、僕達の位置関係は……、ちょうど、魔獣の北西に居るから、この場所から撃てばいいって事か。
「お兄さん!! ニコルさんも、わたしも、そろそろ限界が近いです!」
この声は、ミリナだ。二人が動きを止めてくれている間に撃ってしまわなければ、外す可能性が高まってしまう。
さっきの話を聞いた限りだと、一回撃ったら次に撃てるのは3か月後って事……だよな? 何が有っても外せないな……。急がないと。
「もう時間が無さそうだ……。やるから、後ろに下がっていてくれ」
アネルと里緒菜が、後ろに立ったのを確認して、右手を魔獣に向けた。左手で右手首を握り角度を決める。
「いいかい、ほんの少し上に傾けるんだ。間違っても水平より下に向けちゃダメだよ?」
アネルの言わんとする事は分かる。僅かでも下に向ければ、いずれ地面に当たって、その周辺に被害がでるって事だろう。なら、10°上に向ける。
「……レイヌ。すまなかったな。助けるって約束は守れなかった。……デアクレ・エナ・ラミヴァ!!」
『ドッゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォ』
魔法名を唱え終わった刹那、世界が白く染まった。轟音が鼓膜を揺さぶり、他の音は一切聞こえなくなる。
――視界に色が戻った時、魔獣は、血の一滴すら撒き散らす事なく、幻だったかのように消滅していた。そして、うっそうと茂っていた森に、新たに一本の道が出来上がっている。
「……なあ、終わったんだよな? 何が起こったのか、いまいち理解できてないんだが」
「嗚呼、終わったよ。……宇宙空間での戦闘に使う魔法だからね。目視できるような速度じゃないんだよ」
「……そうか、佐藤……魔獣は、再生しないよな。魔導兵器も残ってないみたいだし」
「しょう君、お疲れ様! 心配しなくても、魔導兵器とか関係なく、再生できないはずだよ」
ん? 魔導兵器が関係ないって、それじゃ今までのは何だったんだ?
「なんか、不思議そうな顔してるね? キーちゃんに教えてもらわなかったの? 肉片一つ残らないほど破壊されると、どんなに魔力が残っていても再生できなくなるんだよ。……今回は、残ってないはず」
里緒菜が、僕の表情を読んで、説明してくれたが、それどころじゃ無かった。
「そうだ! それよりも、キミコだ!」
一瞬でも、苦しんでいるキミコの事を忘れた自分が許せず、握りしめた拳を自らの太腿に強く叩きこんだ。……それこそ、そんな事をしている場合じゃないのかもしれないけれど。
「シアルが、魔法を解除して、出てくるまで待っていたら、何ヵ月かかるか分からないから、外から破壊しようか」
そう言いながら、アネルがシールドに近付いていく……んだけど、あれ? なんか、急に眩暈が……何だ……これ……。