警告と懇願
神都に向かう道程で新種と遭遇したらしく、ボロボロの状態で私の元にやってきた田辺君。彼から、王都での話を聞いて、慌てて来てみれば……。
「ねえ、シアル。なんか、この世の物とは思えない化物が前方に居るんだけど?」
「見えてますよ、アネル様。どうします? 倒すんですか?」
「あれは、ほっといて良い代物じゃないでしょ? ……あっ! のんびりしてる場合じゃないよ! 人がいる。何人かいるみたいだけど、里緒菜君の可能性が高いね」
マジックスコープを出していないから、誰かまでは判別できないけれど、田辺君の話を聞いた限りだと、里緒菜君がこの辺に居るのは間違いない。
あの化け物と戦えるのなんて、ガーディアンぐらいだろうし、ほぼ間違いないだろう。
「……どうにも状況が悪そうだから、ここから撃つよ。ここまで来て、間に合わなかったとか御免だからね」
田辺君に会ったのが、明け方だったから、ダレイスタンカートリッジを取ってくる事ができなかったのが悔やまれる。
手元にあるのは、使いかけのカートリッジが一個だけ、……残量的に、撃てるのは一発だけだね。
魔獣の体全体を捉えてしまうと、人まで巻き込む可能性があるし、それを回避しても、地平線の彼方まで薙ぎ払ってしまうから、やるわけには、いかない。
できるだけ、上を狙う。ありがたい事に、結構背が高いから、頭を狙えば他を巻き込まずに倒せると思う。
残り残量が僅かになったカートリッジをライフルに装填。……充填率2%で、残量が尽きてしまったけど、これだけあれば問題ない。外さなければだけど。
ああ、そうだ! ルーフから出した体を一旦車内に戻して、シアルに警告する。
「ユニコーン戦の時みたいに、いきなり曲がらないでよ? 頼むよ? 人の命が掛かってるんだからね」
「あれは、わざとじゃないです! それは兎も角、命が掛かってるんですよね? なら、話してないで早く撃ってください」
一発しか撃てないから、慎重にもなってしまうのだ。でも、シアルの言う事も尤もだね。……ん? フロントガラス越しに見えていた魔獣が……。
「あれ? 撃つ前に魔獣が倒れたよ。出番は無いかもしれないね」
もしかして勝ったのかな? まあ、それなら、それが一番良いんだけど。
と思った瞬間、魔獣が立ち上がった。どうも、そう上手くはいかないみたいだ。
「……前言撤回するよ。今度こそ本当にマズそうだ」
後ろ姿しか見えないけど、一人が攻撃を受けて倒れている。倒れた相手に向けて魔法を放とうとする魔獣と、その前に立ちふさがる男が1人か。
再びルーフから上半身を出して、ライフルを構える。ゆっくり狙ってる場合じゃない。魔獣の顔に、赤いマーカー点灯した直後にトリガーを引いた。
それほど距離もないし、外す心配はしていない。……問題なく、狙った箇所に命中して、魔獣が再び倒れ込んだ。
それにしても……魔獣って言うか、人の頭が付いてたんだけど。しかも、どっかで見た事がある顔だった。……どこで見た顔だったか。最近会ったような気が……、嗚呼、わかった!
「やっぱり、田辺君……いや、里緒菜君か。里緒菜君の言っていた事は、間違ってなかったみたいだよ。犬の体の上に生えている人型の顔が佐藤だった」
「……あの男は、正体が魔獣だったんですか?」
「多分違うよ。融合魔法を使ったんだと思う。それなら、蓮井の母星が滅ぼされたって話も納得が……」
「どうしました?」
「スピード上げて! 佐藤が不死の秘術を使っていたら、それが引き継がれている可能性がある。……そうなら、間も無く再生するよ」
こればっかりは、やってみないと分からないところが有るんだけど、里緒菜君が苦戦しているって事は、引き継いでいる可能性の方が高い。
近付くにつれて、肉眼でも詳細が分かるようになってきた。魔獣1匹と、3人だと思っていたけど、あと二人いる。
「……シアル! ニコルとサミナだ! そうか……無事だったんだね……よかった、本当に、良かった……里緒菜君が、助け出してくれたんだ。嗚呼、なんて、お礼を言ったら良いのか……」
「嬉しいのは分かりますが、しっかりしてください! 目の前の敵をなんとかしないと、お礼を言う相手がいなくなってしまいますよ!」
そうだ、言う通りだ。このチャンスを絶対に逃しちゃいけない。今は敵を排除する事だけを考えるんだ。
今回は、車が壊れたって構わない。敵の目前まで車で進んだ後、車内に戻る手間を惜しんでルーフから飛び出した。
「里緒菜君、状況を説明してくれるかい?」
消し飛ばした魔獣の人型部分に光の粒子が集まっているから、不死の秘術が引き継がれているのは、間違いなさそうだ。
「アーちゃん、この子を助けて! お願いだから……このままじゃ、キーちゃんが……」
そこまでは、予想の範囲内だけれど、里緒菜君の動揺が予想外だった。地面に倒れている人狐の少女に縋り付いたまま、必死に懇願してくる。
「わかったよ。でも、それだけじゃ、どう助けて良いのかわからないよ。どういう状況か、説明できるね?」
説明しようと口を開くけれど、言葉が出て来ない里緒菜君を見かねたのか、横に居た男性が、かわりに口を開いた。
「僕が説明する。敵は、体内にある魔導兵器で攻撃してきて、それをくらうと、体が溶けて奴に取り込まれる。キミコは、その攻撃をくらった。……僕からも頼む、キミコを助けてやってくれ!」
……そうか、大体わかった。それなら時間との勝負になる。
「シアル! この人狐をアンチマジックシールドで囲んで」
車から降りて、こちらへ走って来たシアルに指示をだした。シアルは、理由を聞き返すでもなく、シールドの準備を始める。
「無理は、なさらないでくださいね。アンチマジックシールド!!」
ドーム状の防壁が展開されて、人狐の少女とシアルを包み込んだ。
「アネル、何をした!? シールドの中の二人が、ピクリとも動かないぞ!」
……いきなり呼び捨てかー。一応、私は神って事になってるんだけどな。この男性もガーディアンなのかな? まあ、それは後でいいや、一応答えておくかな。
「使ったのは、魔法防御なら最強クラスの障壁です。この星にかかっている時間加速の魔法まで遮るので、動いていないように見えるだけ……」
よそ行きモードは、面倒になって来た。もういいや。素でいこう。
「……でね。今は、ほぼ止まってるに等しいから、その隙に魔獣本体を倒すつもりだよ」
出来るだけ早く倒すに越したことは無いけれど、仮に1日経っても、シールドの中では0.2秒しか経過しないから、瞬殺を目指したりする必要は無い。
「アーちゃん! こいつを倒せば、キーちゃんは助かるんだね?」
立ち上がった里緒菜君が、私の肩に手を置いて揺すりながら話す。その質問には答えにくいな……。
「……一番可能性の高い方法だけど絶対ではないよ。ダメなら次の方法を考えるから……」
「わかった……可能性があるならやるだけだよ。……こいつの体のどこかにある魔導兵器を破壊すれば倒せるって聞いた。多分体内で移動しているから、場所は特定できていないよ」
魔導兵器を使って融合魔法を発動させているって事か。この巨体のどこにあるかも分からない物を破壊するのは困難だと言わざるを得ないな。
「動き出す前に、はじめるよ。里緒菜君は、私と一緒に攻撃。そこの君は、アンチマジックシールドを守ってくれるかい。物理攻撃には滅法弱いから、攻撃されたら壊されかねないんだ」