発熱と光
佐藤とレイヌだった魔獣に追われながら、崖がある地点を目指して、必死走り続けている。
思えば、最近は逃げてばっかりだ。早く落ち着いた生活に戻りたいよ。……そうだ、全て終わったら、部長に言って休暇をもらおう。そして、アーちゃんの家に遊びに行くのも良いかもしれない。家って言うか、おん……神殿だけど。
……よし決めた。そのためにも、何としても逃げ切らなくちゃいけない!
横を走るしょう君が、腕で額の汗を拭いながら、話しかけてくる。
「僕達は、どんなに高い崖でも問題ないけど、キミコとミリナは、大丈夫なのか?」
ミーちゃんは、体重が軽いし、丈夫だしで、落下しても死ぬような事は無いと思う。キーちゃんも身体強化を使っているし、ちょっとした崖程度なら、問題ないと思うけど……。念には念を入れた方が良いか。
「落下中に、真下に障壁を展開。それを足場に。数回に分けて降りる」
「わかった。僕がキミコとミリナを連れて降りるよ」
「うん、任せる。もう少し近付かれたら、妨害を始めるから、そっちも準備しておいて」
切り離した魔法陣を遠隔で起動できる距離は、約100メートル。もうすぐ、その距離まで詰められる。
「キーちゃん、後どのくらい?」「5分くらいで着くと思いますぅ!」
5分か……、近いけど、遠いな。何もしなかったら確実に追いつかれてしまう。
「しょう君、ミーちゃん、はじめるよ!」
作戦は、魔獣の進路になるであろう場所に、魔法陣を切り離して設置し、重なるか近付いた時点で発動させて攻撃をくわえる。運よく、魔導兵器に直撃すれば、倒す事ができるかも? といった作戦だ。もちろん期待はしていない。足を遅らせるのが目的だ。
上手く行くといいんだけど。手数が足りないのが痛い。
しょう君は、ランドマインとピアスショット。ミーちゃんは、佐藤の家で奪った名前の分からない魔力弾。まともに攻撃できるのは、この二人だけだ。
サミナちゃんとニコルちゃんは、攻撃魔法は習得していない。キーちゃんは、体調悪化で動けなくなる可能性があるから、やらせるわけにはいかない。あたしと言えば、攻撃魔法は、近距離用のエクリプスのみだ。
「なあ、里緒菜。サークルマジックのシールドを体内で発動させたら、スパッと切れたりしないのか?」
「無理! 今度、地面に魔法陣をめり込ませた状態で、シールドを発動してみると良いよ。何も起きずに消えちゃうから。でも、攻撃は無理でも、障害物くらいには、なりそうだね」
しょう君が切り離した魔法陣に、魔獣が近付いて行く、躱す気は無さそうだ。
「リリース!」……汎用起動ワード!? それに会わせて、魔獣の足付近から、赤い爆炎が上がった。同時に、もう一つの魔法陣から、魔力弾が発射される。当然の如く、魔獣を大きく外れて魔力弾は見えなくなった。
魔獣の速度が落ちたのは良かったけど、一発無駄にしてしまった。
「しょう君、ごめん。ちゃんと魔法の事も教えておくべきだった。汎用ワードは、描画した魔法陣すべてが起動しちゃうから、魔法名で起動して」
「そうなのか? それは、里緒菜のせいというか、キミ……いや、言うまい『ランドマイン』と『ピアスショット』で、良いんだな?」
「そう、それで起動できる」
しかし、上手い事いったのは、最初の一発だけだった。そうだよね。知性が無くても、一度痛い目を見れば、本能で避けるようになるよね。
設置した魔法陣は、ことごとく回避されてしまう。それでも、直線に走れなくなり速度が落ちているので、全く無駄ってわけじゃない。魔法陣の種類は、判別できていないみたいで、フェイクで描画した、あたしのシールドの魔法陣まで丁寧に躱してくれている。
しょう君とミィちゃんは、指示しなくても、躱す方向を予測して、そちらに魔法陣を傾けて設置し、体外から攻撃をくわえる作戦に変更してくれている。まあ、当たってもすぐに再生してしまって、ダメージが蓄積している気配は無いんだけど。
「敵の手に、赤い光が現れましたよ! 恐らく魔法攻撃が来ます」
魔法陣を描画するために、敵の方を向いたままのミーちゃんが警告した。口からじゃなくて手か。また火球を飛ばす魔法なのだろうか……。あと少しだっていうのに!
「あたしが、シールドで止めるから、真っ直ぐ走り続けて!」
後ろを向いて回避の準備をすれば、速度が落ちるから、これが一番だ。これ以上、距離を詰められるわけにはいかない。
さあ、言ったからには、絶対に止めないといけない。敵の手に浮かぶのは、赤く燃える炎の球体。さっきと同じ魔法みたいだ……。
燃え盛る炎の玉が、手から切り離されて、こちらへ飛来する。すでに魔法陣の準備は終わっている。あとは進路に割り込んで、受け止める。
最後尾に居る、あたしを狙ってくるかと思っていたけれど、どうやら違うみたい。予想していたよりも飛来する位置が高くて、地面に立ったままじゃ止められそうにない。ただの、ミスショットなら止める必要すらないんだけど……。
軌道を予測して、その延長線がぶつかる位置を確認すると、その場所は先頭を走るキーちゃんの少し前方。……これが着弾したら、足が止まるか、大幅に減速する事になる。素通りさせるわけには、いかないみたいだ。
真上に跳躍して、頭上を飛び越えようとする火球に向けシールドを展開した。
シールドに直撃した火球は、火の粉をあげて砕け散った。受け止めたシールドは、蜘蛛の巣のような亀裂が入り、今にも壊れる寸前といった感じだけれど、ギリギリ持ちこたえる事ができたみたい。
火球を止めるために、高く飛び上がった状態で、崩壊寸前のシールドを見ていると、ふと疑問を感じた。
レイヌを取り込んで、力が上がったはずなのに、前回の魔法攻撃より威力が低い気がする……。前回は、シールドが木っ端みじんに砕け散ったのに、何で今回は、持ちこたえる事が出来たんだろう?
「まさかっ!!」砕けた火球の中心から、紫色の魔弾が飛び出しシールドを貫いた。……飛び上がった状態じゃ躱すこともできない。何もする事が出来ないまま、視界が回り始めた。
これは、直撃だ……。どこに当たったんだろう? なんか足が痛い気がする。どこに落ちるだろう……。貫通して、誰かに当たったりしてないかな……。
やたらと長く感じていた浮遊感は、背中に強い衝撃を感じるのと同時に終わりを迎えた。
さっきの魔法は、貫通性の魔弾の周りを炎で包んだものだろう。似たような魔法なら知っている。外側の炸裂系の魔法で表面を破壊した後、内側に仕込まれている魔弾が飛び出して内部を破壊する。……魔獣のような物が、そんな手の込んだ魔法を使うなんて思いもしなかったよ。
……それどころじゃないや、早く立ち上がらないと。……あれ? 足が動かない。魔獣は、もう目の前なのに。
皆は、大丈夫かな。……魔獣と逆の方向に目をやると、えっ!? 全員立ち止まっている!
「何やってるの! 早く逃げなさい! あたしは、大丈夫だから!」
「嘘つけ!」「りっちゃんを置いて、行けませんよぉ!」
しょう君とキーちゃんが、武器を構えて魔獣に向かって行ってしまう。
あたしが逃げないと、きっとあの二人は逃げてくれない。再生を待つ時間がもどかしくて仕方ない。なんとか、持ちこたえてよ……。
そうしている間も、あたしの目の前で激しい戦闘が繰り広げられている。
しょう君は、絶え間なく振り下ろされる刃のような爪をギリギリのところで避けつつ、隙を見ては前足に斬撃を繰り返している。きっと自分以外にターゲットが移らないよう、肉薄し続けているのだろう。
キーちゃんは敵の横に回って、しょう君に対して攻撃が繰り出される瞬間に接近して、スコップを叩き込み、すぐに後方へ回避する。
こちらの攻撃は当たっているけど、見上げる程に巨大化してしまった魔獣に対して、二人の武器は刃渡りが短すぎる。どんなに深く入っても、決定的なダメージにならず、瞬く間に再生されてしまう。
あたしの手元にあるレイピアも似たようなもの……いや、もっと悪いか。倒すなら、かなりの火力が必要だよね。キーちゃんの魔法でもまだ足りない。
自分の足を見ると、血塗れで赤く染まっていた部分が綺麗になっている。痛みは……ほとんど無くなった。よし、これなら動かせる。
今までの戦闘を見た限り、倒すのは困難だと言わざるを得ない。なんとか、隙を作って逃げ出さないと……。
「あたしが、魔法で足を一本消し飛ばすから! 成功したら逃走を再開するよ」
二人は、戦闘を継続しながら首肯で了解の意思を伝えてきた。
振り下ろされる前脚をしょう君がバックステップで回避した。……狙いはここだ。空振りして地面を抉る足を目掛け、前進して「エクリプス!!」前足の丁度、中程に漆黒の球体が現れた。位置的に骨まで削り取ったのは間違いない。
体重を乗せた振り下ろし攻撃の直後に脚を破壊されて、バランスを失った魔獣が倒れ込む。その方向に居たキーちゃんは、少し慌てた様子を見せたけれど、なんとか回避に成功した。
さあ、少しの時間も無駄には出来ない「今よ!」言うのと同時に走り始める。
今までの再生速度から予測すると、脚を一本破壊した程度じゃ、20秒動きを止められるかどうか、といったところだ。
もし追い付かれるようなら、動きを止めさせて少し進み、また動きを止めさせて進むを繰り返して、崖を目指すしかない。
このまま前を見て全力で走りたいところだけれど、敵には遠距離攻撃がある。全く後ろを警戒しないってわけには、いかない。
走りながら後ろを振り返ると、そこには、倒れた態勢のまま、キーちゃんを掴もうと手を伸ばす魔獣の姿があった。
「キーちゃん! 避けて!」警告は間に合わなかった。魔獣は人型の手を使い、走るキーちゃんを鷲掴みにして、そのまま口に手を移動させる。
「く、くっ! うぅ、あああ!!」
かなりの握力で、握りしめられているであろう、キーちゃんが苦しそうな声を漏らしている。
口は、まずい。怪我とかそういう次元じゃない。あの魔導兵器で傷を付けられたら、キーちゃんまで取り込まれてしまう……。
助けに戻ろうとした時、視界に青い光が現れた。しょう君だ、しょう君が魔法陣を描画し、魔獣目掛けてピアスショットを撃ちこんだ。
放たれた魔弾は、魔獣の顔を目掛けて真っ直ぐに進み、左目に突き刺さった。だが、それは、キーちゃんが肩に噛みつかれたのと同時だった。
片眼を潰された魔獣は、掴んでいたキーちゃんを投げ出した。慌ててキーちゃんに駆け寄るあたしと、しょう君の目に飛び込んできたのは、歯で傷つけられてたとは、思えない傷跡。鋭利な刃物を突き刺されたような、そんな傷が、肩に……。
「……うぅ、やられちゃいましたぁ。なんか、体が熱くなってきてますぅ……」
「り、里緒菜、何か……、何か助ける方法は、無いのか! このままじゃ、キミコが……」
言われなくても考えてる。普通の怪我じゃ無いから、回復魔法で治るとは思えない……早く、早くしないと……。刺された所を切断すれば、もしかしたら……。
「しょう君、一か八か腕を」最後まで言う事ができなかった。キーちゃんに気を取られているうちに、起き上がっていた魔獣が、こちらに向けて火球の魔法を放つ寸前だったのだ。
近すぎる、もうシールドは間に合わない。あたしとしょう君は、逃げれてもキーちゃんは無理だ。見捨てるなんて、出来るわけがない。キーちゃんは、あたしの為に戻ってきて、戦ってくれた。今度は、あたしが守る番だ。
自分の体を盾にしようと、キーちゃんの前に移動すると、しょう君の肩と、あたしの肩がぶつかった。どうやら、同じ事を考えていたみたいだ。
そして、あたしは、肩で強く押されて火球の軌道から押し出されてしまった。本当なら、あたしが皆を守る立場なのに、逆に守られてばかりだ……。
魔獣の手を離れた火球が、しょう君に向かって……『直撃する!』そう思った時、燃え盛る火球は、突如飛来した光の柱に飲み込まれた……。
火球を飲み込み消滅させた光の柱は、そのまま魔獣の人型の部分に突き刺さり、跡形もなく消し飛ばした。
光が消えた後、目の前には、人型を失い、犬の胴体だけが残った魔獣の姿。その犬の胴体も、背中の上部が通り過ぎた光に沿って一直線に削られている。
光が放たれた方向を向くと、こちらへ向かって走るユニコーンの姿が……。