ベンチとブランコ
「クッ! か、体の中心付近に、合成に使った魔導兵器が埋まっている!! それを壊せ!」
「遅すぎるんだよ! 間に合わなくても苦情は受け付けないからな!」
彰君が、レイヌの言葉を聞いて走り出した。魔法陣を描画しているところを見るに、恐らく体内で魔法を発動させて、レイヌの言った魔導兵器を壊す気だと思う。二人で同時に体の中心を狙うのは非効率だし、少し遅れて向かった方が良さそうだ。
「体の中心だけじゃ、どこにあるか分からんぞ! 当たる気が全然しない!」
これは、彰君の言う通りだ。あの巨体じゃ、魔導兵器の正確な場所が分からないと、そうそう当てる事なんてできない。あたしと彰君が持ってる魔法の効果範囲は、そこまで広くないから尚更だ。
「この辺か? リリース!!」
彰君が背を駆け上がり、魔法を発動する前に、佐藤の牙はレイヌに届いていた。頭部に噛みつかれたレイヌがあげる悲鳴をかき消すように、ランドマインが体内で爆発して、こもった低音を響かせる。
体内を破壊された佐藤は、口から大量の血を吐き出し、地面と、そこに倒れているレイヌを真っ赤に染め上げる。……だめだ、止まる気配が無い。
彰君は、動き出した佐藤の背から、飛び降りて、あたしの横まで戻ってくる。
佐藤は、レイヌに対しての噛みつきを中断して、血走った眼をこちらへ向けて、今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だ。
「あ……あれって、さっきの魔導兵器じゃないですかぁ? 口の中に有りますよぉ!」
あたしと彰君は、真正面に立っているから、分かり辛かったけど、斜め方向から見ていたキーちゃんからは、はっきり見えたのだろう。言う通りだった。佐藤が使った魔導兵器のが、喉の奥から顔をのぞかせている。
あんな所にあるんじゃ、体の中心を破壊したって無駄だよね。それにしても、レイヌは自分が危機的状況だったというのに、なんで嘘をついたんだろう?
「……あのさ、レイヌの顔なんだけど。頭に噛みつかれて、顔の中心に刺し傷って、出来ると思うか?」
「……できないね」
舌が、尖っていて刺突ができるとかじゃなきゃ、そんな傷は出来るわけがない。
「うーん。でも、顔の真ん中に、何かが刺さったような傷がありますよねぇ」
「僕は、今のうちに全力で逃げる事を提案するよ」
その案、良いかもしれないね。だって……。
「な、何で、何で融合の槍が、口の中に……。い、嫌だ、絶対に嫌だ……混ざりたくない。ああ、溶けてる。体が溶けてる……いやぁぁぁぁぁ!!!!」
あれ、刺されたら、あたし達もああなる可能性が有るって事だよね?
……思えば、さっきエクリプスで頭部を破壊した時に、あの位置に魔導兵器があれば、破壊できていたはず。きっと体内で移動しているよ。そんなの壊せるわけがない。
完全に液体になったレイヌが、地面を這い進み、佐藤にまとわりついた。そのまま融合して、その姿を徐々に変化させていく。
「応援を要請して、一気に倒すしかないんじゃないか? 時間をかけると、誰かが融合の餌食になる危険性があがると思うぞ。死ぬだけじゃなく、オマケで敵の強化付きだし、今は戦うべきじゃないよな……」
「みんな! 動き出す前に逃げるよ! もし追ってきたら、しょう君とあたしで、くい止めるから、ミーちゃんキーちゃんは、姉妹を何としても守って」
その言葉を合図に、全員で逃走を開始した。キーちゃんを先頭に、サミナちゃんを背負ったニコルちゃんが2番目、その後ろに彰君とあたしが続く。ミーちゃんは、多分ニコルちゃんのポケットの中だと思う。
彰君が、走りながら話しかけてくる。走行中の会話は、体力を消耗するから避けるべきなんだけど……、あんなのを見た後じゃ、話したくもなるよね。
「融合して弱くなるって事は無いよな。……あんな魔法を乱発されたら、生態系も何もあったもんじゃ無いな」
あたしは、この世界にきて800年経つけど、あんな魔法は、見た事も聞いた事もない。
「生物を融合する魔法は、危険すぎるので、法で固く禁じられているんです。もし使えば、ほぼ死刑が確定する重罪です」
ニコルちゃんは存在を知っているの!? という事は、アーちゃんの故郷の方で作られた魔法って事か。使ったら死刑確定って、殺人並み……いや1回で、死刑になるなら、殺人より罪が重いんじゃないかな。なぜ、そこまで?
「ニコルちゃん、危険すぎるってどういう事?」
「時々、予想もつかないような変化をするらしいんです。例えば、犬と蛇を合わせたら、空を飛ぶ猛獣になったり。魚と虫を合わせたら、猛毒を吐く四つ足の獣になったり」
「すっごい魔獣が誕生して、人が全員死んじゃった星が、いっぱい有るらしいよ! 怖いよね?」
ニコルちゃんとサミナちゃんの説明で最悪の事態が起こった事は把握できた。
……なんて魔法を持ち込んでくれたんだろう。もしかして、佐藤を放置したら、世界の危機が訪れる可能性が、少なからず有るって事なのかな……。
「今回の魔獣も、たぶんイレギュラーだと思います。合成した魔獣が、さらに他の生物を取り込んで、形状を変化させたという話は聞いた事がないです」
ああ、悩ましいな。やっぱり放置はダメって事かな? 何にしても、一人で、決めて良い事じゃない。
「あれをほっといたら、大変な事になりかねないけど、すぐに倒した方が良いと思う?」
いつの間にか、ポケットから這い上がって、ニコルちゃんの肩の上に乗っていたミーちゃんが、あたし達の後方に視線を向けながら答えた。
「私は、倒した方が良いと思いますよ。でも、倒した方が良いのと、倒せるのは、別の話です」
「ミーちゃんは、どう思う? あれ倒せるかな?」
「厳しいんじゃないですかねえ。なんか、どんどん大きくなってますよ。地面から頭の先まで10メートル位は、ありそうです」
後方を確認すると、マジックスコープなんて使わなくても、佐藤の様子が大まかに確認できた。確かに、かなり大きくなってる……。
「あの巨体に埋まった魔導兵器をピンポイントで破壊するのは、場所が分かっていても至難の業ですよ。分からない現状なら、尚更です」
嫌になるぐらい、ミーちゃんの言う事は正論だ。でも、また何かを取り込んで、さらに巨大化されたりしたら……。
「魔導兵器の破壊が無理なら、再生しなくなるまで攻撃し続けるしかないって事だよな? それには、どれくらい壊し続ければいいんだろうな。……あっ! そろそろ、動き出しそうだぞ」
走りながら、マジックスコープで後方を確認していた彰君の言葉に、全員の顔色が曇る。
「しょう君、今どんな感じ?」
「大きくは変わってないな。大きくなってるけど。……しいて言うなら、人間の上半身が生えたな。体が馬だったらケンタウロスって感じだ。犬の体に、女性の上半身、顔は男。『無駄に巨乳』という言葉の正しい使い方を、今日、僕は知ってしまったよ」
「どこに注目してるの!? そこじゃないでしょ! 上半身が付いたって事は、両手が有るってことでしょ? 攻撃のパターンが増えた。大事なのは、そこ!!」
「言うな里緒菜!! 追い打ちをかけるんじゃない!」
「何よ、追い打ちって? こんな時に、くだらないこと言わないでよ」
「……今の僕は、公園のベンチに座ったら、目の前のブランコに、スカートを履いた幼女が乗っていた時の気分だ。後は、わかるだろ?」
「そんなの、わかるか! どんな気分よ、それ!?」
あっ! しまった。選択を誤ってしまった。ここは『黙れ』って言うべきだった。質問してどうするんだ、あたし!!
「見ようとしたんじゃない! 見えただけだ!! 僕はペド野郎でも、魔獣フェチでもない! ……でもな、もしやという微かな思いが、僕を苦しめるんだ。自分の知らない一面があるんじゃないかと、心がざわつくんだよ。……頼む、だれか否定してくれ!」
やっぱり聞かなきゃ良かったよ。そんなバカな悩みに付き合っていられるか!
「黙ってください、ペド野郎。今は、歪んだ性癖についてぇ、語っている場合じゃありませんよぉ」
ん? 今喋ったのって?
「肯定された!? ええい! 思い出したように、語尾を間延びさせても騙されんぞ! 今のはミリナだ! キミコは、そんな事言わない!」
ああ、また始まってしまった! なんで、ミーちゃんと、しょう君は、こんなに緊張感が無いのだろう。
「そうですよぉ! キミコは、そんな事言いませんよぉ。ですよね……ペド野郎?」
き、キーちゃん……。
「キミコ! フリじゃないから! 変な所で気を回すんじゃない!!」
「あの、笹塚さん。今の話を、姉さんにしちゃダメですよ。もし話したら、身の安全は保障できないので、気を付けてください」
……ニコルちゃんまで混ざらないで!!
「……なんか、ちょっと怖いから、あとで詳しく聞かせてくれ」
このままじゃ、サミナちゃんにまで伝染しかねない。それだけはダメだ。
「はい! 全員黙る!! 無駄話は、安全を確保してから」
「大切な」「黙る」「しかし」「黙って?」「……はい」
やっと静かになったと思った矢先、後方から「ウオォォォォォォン!!」鳴き声だね。すでに人の声じゃない。
佐藤……レイヌ……いや、もう名前など無い、ただの魔獣だ。魔獣はこちらに向かて走り出す。目が良いのか、鼻が良いのか……。
「キーちゃん! この辺に、利用できそうな地形があったりしない?」
「もう少し、進めば崖がありますよぉ! そこから飛び降りたら追ってこれないんじゃないでしょうかぁ?」
「じゃあ、そこまで走るよ!」