暴走と苦情
「不本意だけど、初めて意見が一致した。……さあ、二人とも来るよ! 構えて!」
さあ、気持ちを切り替えないと……。敵は犬型だから、手に武器を持ったりしていないけど、手の爪が長く鋭利だ。引っ掻きは警戒すべき。
頭部は、肌が真っ白な以外は、人間だった時の佐藤の頭そのものに見える。……いや、それだけじゃない。口から、鋭い犬歯が伸びているから噛みつきに、注意すべきかもしれない。
後は、巨体を活かした体当たりもありそう。他は、戦いながら確認する。
「しょう君、魔法でシールドの有無を確認! キーちゃん、回避に専念で、隙が出来た時だけ攻撃」
「了解!」「はいっ!」
本来なら、遠距離魔法は出来る限り、使わないのがセオリーだけれど、しょう君の魔力量で、使うのがステージ2のピアスショットなら連射しない限り問題ない。
キーちゃんには、大きな怪我を負わせるわけには、いかないから、前には出させない。
しょう君が、ピアスショットを描き、起動ワードを使わずに指で弾いて発動させた。普通の魔獣と違って知性が有るって話だし、起動ワードだと発動を読まれる可能性があるから、それが正解だと思う。
放たれた魔弾が、佐藤だった物の喉元に命中して、血しぶきが上がった。それほど、体は硬くないみたいだね。入り込んだ魔弾が貫通して、首の後ろから飛び出し、彼方に消えていった。
「シールドは無いみたいだな。でも、血が一瞬で止まったんだけど。もしかして、再生してないか?」
「毛が有って、はっきりとは分からないけど、その可能性が高い気がする」
「元が、再生する人だったからぁ、見た目が変わっても、再生できるんじゃないですかねぇ?」
そうだよね。キーちゃんが言った通りだと思う。細胞一つ残さず消し飛ばすのは無理っぽいから、魔力切れまで削り続けるしかないか。
佐藤だった物……いや、佐藤で良いか。佐藤は、さっき一撃で怯んだ様子は無いみたい。姿勢を低くして、こちらの様子を窺っている。いつ襲い掛かって来てもおかしくない。
……佐藤が動いた。自分に引き付けようと前に出ていた、しょう君に向かっている。
シールドを展開する様子が無いし、回避を選んだみたい。それなら、あたしの役割は決まった。
しょう君の少し手前で、高く飛び上がった佐藤は、口を大きく開き、噛みつきを狙っている。口の大きさを見るに、人の上半身くらい簡単に収まりそうだ。あれに噛まれたら、一生物のトラウマになるよね。うん、絶対に嫌だ。
しょう君は、その攻撃を前方に走って回避した。着地した佐藤の腹に剣を差して、尻尾に向けて切り裂きながら、低い姿勢で走り抜けている。
こらこらこらこら! 最初から頑張りすぎだよ! もう少し出方を見ても良いのに。
腹を斬られた佐藤は、顔を歪めこそしたけど、止まるつもりは無さそうだ。すぐに180度回転して、しょう君に、再度襲い掛かろうとしている。あたしと、キーちゃんは、眼中に無いみたいね。
この機会を逃す手はない。佐藤が、向きを変え始めた時には、すでに佐藤に向けて走り出している。狙いは左の後ろ脚。キーちゃんは、逆サイドから右の後ろ脚を狙っているみたいだ。
今にも地面を蹴ろうとしている後ろ脚に、全体重を乗せてレイピアを突き刺す。キーちゃんは、あたしよりも先に、横スイングで、スコップを逆の後ろ脚に叩きこむ事に成功している。
キーちゃんのピンクスコップは、脚を深々と切り裂きながら通り抜けたけれど、切断するには至っていない。あたしの攻撃は、貫通して向こう側に剣先が飛び出している。
こういう、大きいのを相手にするって分かってれば、他の武器を持ってきたのにな……。突き刺したレイピアを引き抜く前に、攻撃を嫌がった佐藤が、体を大きく揺すった。
佐藤の足を蹴って、何とか引き抜ぬく事ができたけど、やっぱり、この武器、巨体相手には使いにくい。
今の攻撃で、ターゲットがあたしに移ったみたい。振り返った佐藤に、憎々しげな視線を向けられている。
何をしてくる? また噛みつきか……。違う、噛みつきじゃない。大きく開いた口の中に赤い光が現れて、どんどん大きくなっている。これは、魔法攻撃の前兆で間違いない。
下手に躱した結果、実は追尾魔法で直撃しましたってのが、最悪のパターンだし、今回は、シールドで防ごう。あたしのシールドは、サークルマジック。描画一秒、魔力充填2秒で、展開まで合計3秒。
半透明の青い障壁が完成した後、ほんの少し遅れて、佐藤の口内から赤い塊が吐き出される。赤い塊っていうか、考えるまでも無く巨大な火球だ!
シールドの耐久力と、火球の威力は拮抗していたみたいだ。シールドが砕けるとのと同時に、火球は形を失い熱風に変わる。熱風を受けた汗が蒸発して、肌が露出している部分がヒリヒリと痛む。すぐに再生できる程度だけど、シールドで完全にダメージを無くすのは無理そうだね。
彰君は、魔法を発射する際の隙を狙って、敵の後方から、横っ腹に剣を突き立て、そのまま、こちらへ向かって走る。後ろ脚の付け根から、前足付近まで一直線に刻まれた傷跡から、吹き出す血は、まるで噴水のようだ。
「最初の攻撃で付けた傷が、もう塞がってるんだけど、再生速度が早過ぎないか」
あたしの横まで駆け寄り、急停止した彰君がそう言う間にも、流れ出た血が光の粒子に変わり、佐藤の体に戻っていく。
「頭でも潰してみようか? もしかしたら、動きを止められるかも」
「狙ってみるか。……あとさ、あれ本当に知性あると思うか? 僕には、そう思えないんだが」
そう言いながら、彰悟はシールドの準備を始めている。佐藤が再び火球を吐こうとしているのに気付いたんだろう。敵の目線から察するに、狙いは彰君で間違いなさそう。
それにしても、知性が無い? ……言われて見れば、相手の動きに作戦のような物は感じられないかもしれない。今の所、狙ってくるのは、最後に攻撃した相手だし。
だからと言って、正解かも分からないし、そうだとしても、それを活かす作戦もすぐには思いつかない。せめて、キーちゃんの攻撃を最後にしない事だけは、注意しておこう。
「ごめん、シールド出したまま敵に向かって走って」
「里緒菜お姉様の頼みじゃ断れないな。僕の犠牲を無駄にするなよ」
佐藤に向かって駆けだした彰君の後ろについて、あたしも走る。間もなく発射された、火球が障壁に激突して、赤い火の粉と、青いシールドの欠片が宙を舞った。
火球が消えた後も熱が残っているのは、最初の魔法で分かっていた。佐藤目掛けて走っていた彰君は、当然の如く、その熱波の中に飛び込んでしまう。あとから、謝らないといけないね。
魔法を放ち、動きが止まった佐藤の頭部を、飛び越える勢いで地面を蹴った。
そして頭上を通り過ぎる少し前に「エクリプス!!」魔法を発動した。
こんな使い方は初めてだから、狙い通りにいかなかった。頭頂部に撃ちこむ予定だったのに、実際に漆黒の球体が出現したのは、ちょうど右耳のある場所。
右耳の位置を中心に、直径1メートルまで膨らんだ漆黒の球体が削り取れたのは、右側頭部から鼻の辺りまで。左目が残ってしまった。
普通の生物なら、脳の半分以上を破壊した時点で勝負はついているけれど、今回は終わりじゃない。まず間違いなく再生してくるはず。再生時間を延ばすために、もう少し大きく削り取りたかった……。
「彰君、キーちゃん、再生されないように破壊し続けて! あたしは、向こうをやる!」
佐藤が動きを止めた、この状況で、レイヌがのんびり観戦を決め込むとは思えない。二人が、再生不能になるまで攻撃する間、あたしがレイヌの相手をする。
今、レイヌは佐藤の真後ろに居る。魔法を放つために飛び上がった勢いを殺さずに、犬の胴体に着地して、レイヌ目掛けて駆け抜けた。
尻尾の直前で、飛び降りようとした時、地面が急に揺れた。いや違う、佐藤の上だから地面じゃない! 頭を破壊したばかりなのに、もう動けるの!?
まずい状況だけど、もう踏み切る体勢になっているし、止まりようがない。そのまま、レイヌに向かって飛び降りた。
まいったな。自ら敵の中間に飛び込んでしまった。攻撃の意思を見せてしまったから、今更無しにしてって言っても、無理だよね。やむを得ないか。
レイヌは、昨日使っていた魔導銃を構え、こちらに向けた。なんか、心底嫌そうな顔をしてる。君らが追ってこなければ、戦う必要も無かったんだから、自業自得だよね。むしろ、嫌なのは、こっちだって話だ。
「ちょっと、予定が狂ったけど、あたしの相手をしてもらうよ!!」
シールドに10秒間、刃を押し付ける事ができれば、あたしの勝ちだ。やってやれない事じゃない。さっさと終わらせて、佐藤の方に戻らないと。
「どうしてもって言うなら仕方ないけど、先にサトアと戦ってきたら? 心配しなくても、後ろから撃ったりしないわよ」
……あれ? 予想していた反応と違う。本気で自分では、戦いたくなさそうだ。カートリッジが勿体ないって言ってたけど、もしかして残数が残りわずかで、1本として無駄にしたくないとかだろうか?
よく見れば魔導兵器が、あ「りっちゃん! 避けてください!!」キーちゃんの声、一体何が……いや、考えている場合じゃ無さそう。
とりあえず、右! ヤマ勘で回避しながら、元居た場所に視線を向けると、黒い残像が見えた。その残像が、起こしたであろう風圧が頬をなでる。
どうやら、右手の爪で攻撃を受けたみたいだ。キーちゃんの声が無かったらバッサリと背中をやられるところだったよ。
しかし……、消し飛ばしたはずの頭部が、ほとんど復元してるって、どういう事なの? 早すぎだよ、絶望しそうになる程の早さだ! これは、逃走する事も視野に入れた方が、良いかもしれない。一度、彰君達のところに戻って、伝えておこう。
バックステップで、仲間の元へ戻りながら、敵の様子を窺っていると、佐藤があたしを狙った位置から殆ど動かずに、再度前足を振り上げる。
何をする気? そこで、前足をあげる意味が分からない。私達3人は、佐藤の後ろに位置どっているし、姉妹とミーちゃんは、さらに後方にいる。
抱いた疑問の答えは、すぐに分かった。振り上げた前足は、レイヌに向けて振り下ろされた。レイヌは、後ろに飛んで躱そうとしたけど、回避が遅れてしまったみたいだ。右肩から左の腰にかけて、3本の爪痕が刻まれ、勢いよく血が噴き出している。
「なあ里緒菜、何でレイヌが攻撃されていると思う? おまけに、攻撃が通って怪我を負ってるみたいだけど」
「さっき、あたしに銃を向けた時、銃身が青く光ってなかった。多分、カートリッジが切れてるんだと思う。だから、自分では一切戦おうとしなかったんじゃないかな」
「……だとすると、最初から、佐藤にあの魔導兵器を使わせて、僕達にぶつけるつもりだったって事か。で、レイヌが攻撃されている理由って見当がついたりするか?」
「さあ? どうしたんだろうね……」
「犬とくっつけられて、怒ってるんじゃないですかねぇ?」
「でも、自我が無いって言ってたぞ? レイヌの傀儡だと思ってたんだが」
「さっき言ってた、あれかもね。自我どころか、知性まで何かの拍子に消えてしまっていたのかも……」
「だとするとぉ、ニコルちゃんと、サミナちゃんも攻撃されちゃうかもしれませんねぇ」
「そうだね。あっちには絶対に近付けさせないように、気を付けよう」
あたし達が話している間も、佐藤は執拗にレイヌを攻撃し続けている。何とか直撃だけは免れているみたいだけど、細かな傷がどんどん増えている。再生はできるみたいだけど、傷が増える方が早い。
「さ、サトア! 何のつもり!! あ、あんたの敵は、あっちだって言ってるでしょ! 言う事を聞きなさいよ!」
佐藤は、レイヌの言葉を聞く様子は無さそうだ。レイヌは、使っている魔導兵器が優秀だっただけだから、放って置けば、確実に佐藤の餌食になって退場する事になる。それも、そう時間は掛からずに。
「レイヌ! そいつの弱点を教えた上で、持っている魔導兵器を全部手放したら、助けてやらないでもないぞ」
提案する前に、相談して欲しかったけど、異論は無いかな。きっとアーちゃんも聞きたい事が沢山あるだろうし。
「……クソッ! この役立たずが、人の足を引っ張ってばかりじゃないか! 独断で笹塚に手を出して呼び込んだ挙句、今度は暴走か!!」
「愚痴ってる暇が有ったら、質問に答えろよ。どうする? そいつの餌になるか、降参するか」
「誰が降参なんて」「断った瞬間、僕達は逃げるぞ。後から後悔しても遅いからな。……あと一回だけ聞く。降参する気は無いか?」
彰君が、そう言い終わるのと同時に、佐藤が火球をレイヌに向かって吐き出した。横へ回避するけれど、あれは間に合わない……。火球は左足に直撃して、火の粉を撒き散らす。
爆風が、あたし達の所まで、肉が焦げた嫌な匂いを運んでくる。レイヌの左足が完全に炭化している。再生速度には、個人差があるけれど、どんなに早くても1分は、使い物にならないはず。敵を目前にして、この1分は致命的だ。
佐藤は、倒れたレイヌに圧し掛かり、前足で両肩を踏みつけ、自由を奪った。次の行動は、噛みつきでほぼ間違いない……。この後の光景を思い浮かべると、背筋が冷たくなる。
「クッ! か、体の中心付近に、合成に使った魔導兵器が埋まっている!! それを壊せ!」
「遅すぎるんだよ! 間に合わなくても苦情は受け付けないからな!」