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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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銀髪と白髪

 何が起こったのかは、全くと言っていいほど分からない。


 でも、何が原因だったのかは、はっきり分かる。


 はじまりはクリスマス。誰の人生にも岐路は数多あるが、自分の人生最大の岐路が、クリスマスに、コンビニに行くか、行かないか、だなんて想像すらしなかった。



 あの日、クリスマスといっても、特にやる事もなく。気分だって平日と全く同じで、浮足立つ理由なんて当然の如く皆無で、しっかり地面に足を踏みしめたまま、僕は思いついてしまった。


「……アイスでも買いに行くか」


 昨晩は夜通し雪が降っていた。降り積もった雪で、車の輪郭が妙に縦長だ。


 エンジンをかけて、暖機している間に、スノーブラシで雪を払い落とし、窓にこびりつく氷を削り落とす。


 掛かった時間は5分。この頃には、少し冷却水の温度も上がって、車内もほんのり暖かい。


 下水道と地上の温度差で自然と発生する、マンホールの落とし穴を、ハンドルを大きく左右に切って躱しながら走る。


 発車してから、ちょうど2分で目的地に到着した。




 コンビニに入店する前に、入念に靴の雪を落とす。これを怠ると、体感速度が加速する間すら与えられない程の勢いで、すっ転ぶことになる。


 そう、あの子みたいに。


 目の前で、ダッフルコートを着た、高校生くらいの小柄な女の子が見事に地面にへばり付いている。


 銀髪のショートボブ、最近の学校は銀髪でも問題ないのだろうか?


 当然の如く、手を差し伸べたりせずに、横を通り過ぎる。


 クリスマスに、一人アイスを買いに来ても、卑屈になる事のない僕の強靭な精神も、差し伸べた手を避けられる事態の前には崩壊を免れない。




 アイスのコーナーに向かう途中で、電子マネー購入用の、ダミーカードが目に入った。


 電子マネーを見て思い浮かぶのは、今日、引退したてのゲームの事だ。


 クリスマスアップデートは本当に酷かった。既存のキャラを全て過去の物にする、ぶっ壊れ性能。おまけにクリスマス仕様の期間限定ガチャという最悪のコンボだ。


 こうなると、この先は約束されたインフレスパイラル。どうせ数か月後にはゴミキャラ扱いされるのが目に見えている。


 それを承知で課金する猛者たちに、世界の存亡を任せ、僕は一足先に新天地に旅立つ予定だ。


 さて、どのアイスを買おうか。最初に目に付いたのは、釘を打っても折れなさそうな、固いやつ、昔からあるけど好きな人っているのだろうか? いや、いるからこそのロングセラーか。

 

 もし誰かに『歯が立たないって、どういう意味ですか?』と聞かれたら、僕は迷わず、このアイスを食べる事を勧める。


 ……うーん、隔日でアイスを食べているので、どれも少し飽きてきた。


 モチに包まったアイスが目に留まったが、これは定番中の定番。面白味は無いが、間違いも無い。


 冷凍庫に一個しかない、モチアイスを掴み取った時、視界の隅で銀色が動いた事に気付いた。ちょっと心配してたけど大丈夫そうだ。


 暫く倒れたままだった、銀髪さんが、スタッと立ち上がって、こっちに向かってくる。 途中で、立ち止まる事無く、華麗に一万円用のダミーカードを、一枚抜き取り、人差し指と中指で挟みながら。


 僕に用事があるとは思わなかったし、実際その通りだった。

 

 アイスを買いたかったみたいだ。少しの間、アイスのケースを見渡した後、おもむろに、こちらを振り向き話しかけてきた。


「嗚呼、困ったなー、家で妹が『モチアイス』を楽しみに待ってるのに、無いなんて困ったなー。悲しむ妹の顔を想像したら、お姉ちゃんは胸が張り裂けそうだよ。もし持ってる人を見つけたら、殺してでも奪い取るのに」


 話しかけられたのではなく、ひとり言風恫喝だった。


「あ、あの? 僕は、これじゃなくてもいいので、もし良かったらどうぞ」


 この、少し危ない雰囲気の人に、付きまとわれる危険を回避できるなら、別のアイスを選びなおす手間など、微々たるものだ。


「あらやだっ! ありがとう、お兄さん。そんなつもりは、ぜんぜん無かったんだけど、私ったら、何か催促したみたいになっちゃって、ごめんなさいね」


 満面の笑みだ。経緯とか、感謝されてる内容のしょぼさとか、感謝の言葉のおばさん臭さとか、その辺を無視すれば悪い気分じゃない。


 ケースに戻して取り直させるのは、どうにも失礼な気がして、直接差し出した。


 手渡す瞬間に、アイスの下に回っていた人差し指と、銀髪さんの人差し指が触れ合い『ビリッ!』衝撃が走った。


 比喩じゃなく、静電気のようでいて、少し違う、今まで一度も経験した事のない感触。


 銀髪さんは、急に表情が抜け落ちたと思ったら、すぐに訝し気な表情に変わる。


 僕が手元に一度視線を落とし、再度上を向いた時には、すでに笑顔に変わっていた。


「そうだ、お兄さん、やっぱりお礼をしたいと思うの。そうだ、ダムサレ・ミスクを教えて。……じゃ無かった。何て言ったっけ? ……そうっメールアドレス!」


 動揺していた僕は、深く考える事も無く、なんとなく自作して、結局今まで、誰にも渡す機会が訪れなかった、名刺という名の黒歴史を差し出してしまった。


「笹塚 彰悟くん、ね。今日はありがとう、そのうち連絡するわ! 素敵な世界にご招待してあげるから、楽しみにしててね!」


 銀髪さんは、それだけ言うと、迷いのない手つきで、もう2個アイスを掴みとり、颯爽とレジへ向っていった。


 レジの直前で豪快に滑っていけど、今回はギリギリで持ちこたえ。会計を済ませ、店を出て行った。


 あ、僕のを教えただけで、名前も連絡先も、何もきいてないや。






 その後、暫くの間は、携帯の着信をチェックしたりしていたけれど、雪が解けて、桜が咲いて、セミが鳴きだす頃には、着信チェックもしなくなった。


 あの染めたとは到底思えない、綺麗な銀髪を思い出しながら『夢でも見ていたのかな? いろんな意味で』なんて考えている、ちょうどその時だった。怪しいメールが届いたのは。


 呼び出しのメールだった。場所は、家から車で5キロほどに位置する、大型書店の第一駐車場を指定していた。


 アドレスは不規則な英数字の羅列で、当然の如く電話帳に登録はされていない。普通なら無視するところだけれど、メールの最初に『笹塚 彰悟様』と僕の名前が書かれていた。


『メール貰った笹塚ですが、どちら様でしょうか?』


 これが一番無難な対応である。返事を聞いて対応を決めようと思ったけれど、困った事に、待てど暮らせど返事が来ない。


 こうなると、最善の行動は、駐車場の見えるところまで行って、相手を確認、その後はケースバイケース。我ながら無計画な計画だ。



 指定の日時、駐車場を見渡しても、特に怪しい人影も、銀色の髪も見当たらない。もう少し待って、それらしき人物が見つからなければ駐車場に入って、声をかけられるのを待つしかないか。


 その時ドクンッと強く心臓が強く収縮した。


 後ろから肩を掴まれた、恐る恐る振り返ると、そこにはスーツ姿の白髪の男性が、作り物っぽい笑顔でこちらを見つめていた。


「笹塚君だね? すまない、待たせてしまったね。ここでは通行の邪魔になるし、立ち話もなんだ、着いてきてくれたまえ」


 落ち着いた雰囲気で、年下の相手に話しかけるような、そんな態度と言葉遣いで接してくるけど、若い。


 20前後というところだろうか。顔を覚えるのは得意な方じゃないけれど、こんなインパクトの強い人間を忘れるとは思えない。


 間違いなく初対面だ。白髪の男性はこちらの動揺などお構いなしに話しかけてくる。


「突然呼び出されて驚いたろ? 重ね重ね、申し訳ないね。君の事は娘から紹介されたんだよ」


 この人の娘? 僕には、2歳や3歳の女友達はいない。まあ、それ以上でも居ないのだけれど。


「僕には、心当たりがないんだけど。呼んだ理由も含めて、詳しく話してくれませんか?」


 言われるがままに、歩く背中を追いかけながら、疑問をぶつけた。


「ああ、全くだ、君が疑問に思うのも無理はない。まずは、それを説明するべきだね」


 歩く距離は思いのほか短かった。目的地は駐車場にとめられた、ワンボックスカーだったようだ。彼はドアのロックを外すと、鍵をこちらに投げてよこした。


「乗ってくれ、車の中で話そう。ああ、その鍵かい? 男の君でも、はじめてた会った人間の車に乗るのは抵抗があるだろう? おかしな事をするつもりは無いという君へのアピールさ」


 気は進まない。でも、乗らなきゃ話も進まない。やむなく、助手席のドアを開けて乗車する。


 後部座席がすべて外されていて、奇妙な存在感を放つ機械が設置されている。無骨な金属製の筐体の所々に、色ガラス? いや、宝石かも? そんな物が埋め込まれている。


 工業用の器材に求められるのは機能美であって、こんな装飾を施したところで、付加価値が上がるとは到底思えない。この強烈な異物感、悪趣味とさえいえる。


 運転席に座った白髪の彼が、腕時計を眺めながら話しかけてくる。


「笹塚くん、君は光陰矢の如しという言葉聞いた事はあるかな? まあ、無いわけがないよね。結論から言うと、君に使える時間がもう残っていないんだ。正直なところ、私にも娘が向こうで何をやっているのか、さっぱり分らないんだが、協力してやってくれ。向こうに行けば会えるはずだ」


 やたらと早口でそう言い切ると、白髪の彼が、僕の肩に手を置いた。すると、どういうわけか、急速に意識が遠のいていく。


「ああ、笹塚くん、二女から伝言を預かっていたんだ『アイスありがとうございました。姉が、ご迷惑をお掛けしてすみません』だそうだ」


 やっぱりあの……銀髪……の……。


 そう思ったのを最後に、僕は意識を手放した。




             


 目を覚ましたの時に感じたのは、少しの肌寒さと、背中に感じる硬い感触と、後頭部に感じるほんの少しの柔らかさだった。


 ゆっくりと起き上がり、後頭部に敷かれていた、座席用クッションに腰を下ろした。恐らく、白髪の置き土産なのだろう。


 起きてすぐのせいか、どうにも頭が働かない。


 辺りを見渡すと、バスケットコート程度の広さの空間は、右も左も前も後ろも天井から地面まで、全て岩。所々に昼白色に発光する岩が交ざっていて、真昼のように明るく、隅々まで見渡せる。


 岩以外の物といえば、中央に一本の樹木が生えていて、枝に不気味な果実を実らせている。


 形は、極々普通のリンゴなのだけれど、ぼんやりと発光している。食べてみようとは到底思えない。


 そうだ、まずここから出ないと。開く開かないは別にしても、どこかに出口があるはずだ。無ければ、ここに連れ込む事なんて、できないのだから。


 それらしき場所は、すぐに見つかった。リンゴの陰になって最初の位置からは見えなかったが、空間の角の部分に、大人がギリギリ這って入れる程の穴が開いていた。


 ただ、あまりに不自然だ。気を失った人間をこの小さな穴を使って運び込めるだろうか? それが出来たとしてもだ。僕は自分の体をあちこち触ってみたが、痛みを感じる場所は無い。服も傷んだ形跡はないようだ。


 本当に、ここから運び込まれたのか? 違う気がしてならないのだ。だからと言って他にそれらしき通路も見当たらない。


 這入ってみれば分かるのだろうけれど、少し……いや、かなり怖い。この狭い穴の中で、引っ掛かって動けなくなったら。途中で穴が崩落して閉じ込められたら。そんな事を考えると、中々踏み出せない。


 穴の前に座り、壁をペタペタ触ってみたり、頭だけ入れて中を覗いたり。そんな事を1時間くらい続けていただろうか。


 ええい! こんな事をしていても埒が明かない! ついに覚悟を決めた僕は、穴の中へ這入り込んだ。そして今までの時間が、いかに無駄だったかを悟った。


 穴の中にも光る岩が交ざっており視界は良好だった。順調に体は前へと進んでいく。


 しかし、1分ほども進んだところで、大きく右に曲がった穴は、そこで終点だった。ただの壁だった。押しても、叩いても動きやしない。


 そこからが大変だ。進むのと戻るのでは労力が全く違う。1分かけて進んだ道のりを5分もかけて、元居た空間に這い戻った。


「くそっ! なんだってんだ!」


 普段、独り言など言った事のない僕だけれど、この時ばかりは、無意識に声が出てしまった。出さずにはいられなかった。


 空間の中央に生えた木に、2度3度と怒りをぶつける。


 物にあたるなど、愚かな行為だと常々思っていたが、実際にやってみると、全く無駄でもないようだ。


 足にジンジンと響く痛みが、虚しさと一緒に冷静さを取り戻させてくれた。


 僕が、次にした事は、持ち物のチェックだった。外と連絡をとれればと、思っての事だったが。


 そうだった、財布と携帯は車に置いたままだ。ポケットに入っていたのは、ポケットティッシュが1個と、車のカギ、それと封筒? なぜか所持品が増えている。


 どこにでもある茶封筒、その中には便せんが数枚、内容は……。


『暫く待てば、迎が来るはずだ。それまでの間に、他の便せんに書かれた図を、暗記して、一瞬で頭に思い浮かべられるよう練習しておくように。君がこの先、生活するうえで必要になるものだ。水と食料は用意がない。そこにある赤い実は、見た目は少しあれだが、問題なく食べられる。そちらで凌いでほしい。』


 残りは、幾何学模様の描かれた便せんが5枚。


 文字が書いてあるのは、可愛らしい花の柄が、散りばめられた便せんだった。


 正確には、書いてあるというか印字されている。文字の輪郭が微妙に滲んで、不鮮明なので、染料インクのインクジェットプリンターか何かでプリントしたのだと思われる。


 図が描かれた5枚は、だいぶ風化している印象の、茶色っぽい紙だ。確かな事は言えないが、恐らく手書きなのではないかと思う。


 手紙を読んだ直後に強烈な渇きが襲ってきた。今まで意識に止まらなかっただけで、相当に喉が渇いていたようだ。


 目の前には光るリンゴが、幾つも果実を付けているんだけど……、これは限界まで我慢しよう。


 その後、他に出口らしき場所が無いか、暫く探し回った。


 壁を叩いてみたり、床を踏み鳴らしてみたり。木を押してみたり。傍からみたら奇行以外の何ものでもなかったと思う。僕だったら、そんな行動をする人を見つけたら、絶対に近付かない。


 思いつく事を全て試し終え、やる事を失った僕は、本当に意味があるかも分からない、難解な幾何学模様を眺め続ける作業を行っていた。


 何もしないのは気が滅入る。こんな事でも、気晴らしくらいにはなるもんだ。


 描かれた図形を凝視した後、目を瞑って頭の中で図形を描く、そしてまた描かれた図形を凝視する。


 その作業をどれくらい続けた頃だろうか、「あれ? 消えた…」目を瞑り、図形を 頭に描き、眼を開いた時、紙に描かれていた図形が何の痕跡も残さず消え去ってしまった。


 手に持っているのは、少し茶色がかった、何も書き込まれていない用紙。


 残りの用紙を確認してみたが、そちらは、前回見た時と変わらず、図が描かれている。


 この、どことも知れない空間で一人きり、そんな状態で、突如起こった怪奇現象に、背筋に冷たいものが走ったが、何が起こったのかを確認せず、このままやめてしまうのは、もっと気持ちが悪い。


 覚悟を決めて、2枚目の作業に取り掛かった。次は目を瞑らない、目線を図形に向けたまま、脳内で図形をイメージする。


 30分程、経過した時だった。「うわっ!」突如、手に持っていた紙が燃え上がった。僕は慌てて用紙を放り投げた。


 地面に放り出された後も炎を上げていたが、3秒と待たずに、炎だけが消え去った。いや、炎と図形だけが消え去ったと言うべきか。


 その後、残り3枚も、同じ作業を行った。やはり3枚とも、図の描かれたインク部分だけが、熱を持たない炎を上げて燃え上がり、僕の手元には合計5枚の、少し茶色がかった何も書かれていない紙が残された。


 その後、まだ何か起きるのでは? と思い立ち、2時間ほど何も書かれていない紙を見つめ続けていたが、待てど暮らせど変化なし。


 熱を感じなかったとはいえ、自然発火したものをポケットに入れるのも恐ろしい。僕は、その紙を地面に放り投げた。


 さて、本当にやる事が無くなってしまった。後は本当に来るのか分からない、迎を待つのみだ。


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