再会と再戦
姉妹救出の翌日、僕達6人は神都アネルを目指して、歩みを進めている。
時折、マジックスコープで、佐藤とレイヌが居た街、モセウシの方角を確認しているが、今のところ追っ手の姿は見えない。
モセウシから伸びる道は、王都方面、神都方面の二つ。それ以外に、森を突っ切る、獣道と大差ないような道が、アニサーシまで続いているらしい。
もしかすると、佐藤とレイヌは、全く見当違いの方向へ進んでいて、こちらへ向かっていない可能性もある。そうであれば有難いけれど、普通に考えれば僕達が向かうのは神都だと予想が付くだろうし、期待しない方がいいだろう。
朝方に出発して、昼頃までは何の異変もなかったのだが、少し前から、挙動がおかしい人物が1人いる。それが、誰かと言えば、サミナを背負ったキミコだ。
キミコは、頭の狐耳をしきりに動かしながら、前後左右のみならず、空から地面まで、四方八方に視線を飛ばしている。何か聞こえているのだろうか?
キミコは人間じゃ絶対に聞こえないような、遠くの音を聞き取る事ができて、今まで何度も助けられている。が、空と地面まで気にするってのは、どういう状況だろう?
「キミコ、どうした? キョロキョロして、空から何か振ってきたりするのか?」
「えっとぉ、何か、聞こえる気がするんですよぉ。でも、どこから聞こえているのか……」
「どんな、音だ?」
「うーん、凄く高くてぇ、細い音なんですよぉ。キィィィィンというかぁ、ピュィィンというかぁ。嫌な感じの音ですぅ」
他に聞こえている人が居ないかと思い確認してみたが、皆揃って首を横に振った。
「キミコ! この耳も音が聞こえるのかな? 聞こえてるのかな?」
背負われたサミナが、両手でキミコの耳を摘まんで、軽く引っ張っている。それに合わせて、キミコがブルッと身震いした。
「サミナ、キミコさんが嫌がってるでしょ? 耳を掴んじゃダメだよ!」
激甘な姉かと思っていたけど、ちゃんと言う事は、言うようだ。
「大丈夫ですよぉ。耳を触られるのは嫌じゃないのでぇ。今ブルってしたのは、嫌な音が、今までより大きく聞こえたからなんですよぉ」
「……それって、もしかして。キーちゃん、サミナちゃんの腕に付いている、枷の残骸に耳を当ててみてくれる……」
里緒菜がキミコに言った事を聞いて、察しが付いた。音の発信源は、サミナとニコルの腕に残された、枷のリング。昨日の時点で、魔封の枷としての機能は停止している事は、確認済みだ。
「りっちゃん、これに耳を付けると、嫌な音が大きくなりますよぉ!」
耳を当てたキミコが、再びブルッと震えて、そう告げた。
「やっぱり……」「これは、そういう事だよな……」
「どういう事なんですかぁ? キミコにも教えてくださいよぉ!」
普段なら、素直に答えたりしないが、冗談を言っている時間も、勿体ぶっている時間も無い。
「昨日の二人が、こちらに向かっている可能性が高いって事だよ」
「すみません。わたしのミスです。まさか、魔封と睡眠以外に、居場所を知らせる機能までついているとは、思いもしませんでした」
そう言うのは、僕のポケットに収まっていたミリナだ。
「仕方ないさ。そんなの誰も予想できないって。僕だって、腕を傷つけてまで、外す必要は無いと思ってたから」
実際、腕に破壊した枷が残っているのは、全員が気付いていたはずだが、外そうと提案した人は居なかった。動いているなんて、思いもよらないのだから、道具が有るところで、安全に外そうとするのは当然の事だ。
「もう手遅れかもしれないけど、念のため外しておこう。キーちゃん回復魔法の準備をお願い」
「なあ、里緒菜。傷つけないで外す方法は、ないのか?」
「あたしだって、痛い思いなんて、させたくないけど、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? もし、傷ついてもスグ治るし、回復魔法には鎮痛効果もあるから、耐え難い痛みには、ならない」
僕と里緒菜のやり取りを聞いていたニコルが、枷の残った腕を差し出しながら、迷いない声で話す。
「ありがとうございます、笹塚さん。でも、私達は大丈夫ですから。――里緒菜さん、やってください」
里緒菜は、枷と手首の隙間にダガーを滑り込ませた。これをストッパーにして、枷を切断した勢いで、腕まで切り裂くのを防止するつもりだろう。
二本目のダガーを上から押しあてると、難なく枷を切断し、そのままガード用に差し込んでいたダガーと衝突して、ガキッと金属音をたてた。
「よしっ! 怪我は、無し。こんな事なら、最初から外しておけばよかったね。……じゃあ、次いくよ」
一つの枷を外すのに、2か所の切断が必要で、二人合わせて枷は2個だから、計8回の作業だ。ストッパーを差し込むときに、皮膚を浅く切り裂いてしまい、出血する事も有ったが、それを除けば切断は順調に進み、10分ほどで、4個の枷が地面に転がった。
「キミコ、まだ音が鳴っているか分かるか?」
壊した枷を拾い上げ、キミコの耳に近付けて、確認してもらう。
「……はい、まだ、鳴ってますねぇ」
どうやら、機能は停止していないみたいだ。
「じゃあ、それを森の奥に投げておけば、良いんじゃないかな? そしたら、きっと、そっちに行っちゃうよね?」
「サミナちゃんの言う通りだね。少しは時間が稼げるかもしれない」
里緒菜は、ニコルに装着されてい枷を纏めて、北の方向へ放り投げた。続いてサミナに装着されていた枷を、南の方向へ放り投げる。
「枷に誘導されてくれると良いのですが……やはり、追い付かれる前提で、準備した方が良さそうですね」
ミリナの言葉に、全員が首肯した。それぞれの顔に浮かぶのは、緊張であったり、後悔であったりマチマチだが、どれも、あまり良い感情じゃないのは、間違いない。
かく言う僕も、似たようなものだ。しかし、素直じゃない事に関しては、誰にも負けない自信がある僕だから、笑って、こう言っておいた。
「いつ来るか、いつ来るかって、ビクビクしているよりは、さっさと倒して、気楽な旅にするのも、悪くないさ」
望まない再会は、思いのほか早くやって来た。モセウシと神都を繋ぐメインルートを少し逸れた湖で、水の補給をしていた時、奴らは現れた。覚悟していた事だし、追いつかれたこと自体に驚きはない。しかし……。
「あはは……はぁ……、随分と、素敵な乗り物だな。そいつらも、お前たちの仲間だったのか」
あろうことか、レイヌは地下牢で倒した犬型の魔獣に乗って現れた。それ以上に勘弁して欲しいのは佐藤だ。
佐藤が乗っているのは、角の生えた馬。そう、ユニコーンだ。騎乗用に用意したのか、昨日見た個体よりも一回り小さい。その馬、1頭だけでも倒すのが大変だってのに……。
「どう? 可愛いでしょ? 私達が作り出した神獣よ」
「あなた達が作った魔獣が、神獣ですって? もしかして、神にでもなったつもりなの?」
里緒菜が不快感を滲ませながら、二人に問う。神のアネルを敬愛している里緒菜だから、その名は許し難いのだろう。
「アネルを神の座から降ろした後は、俺達が神の役割を引き継ぐからな。神獣という名は、この上なく相応しい」
それに答えたのは、佐藤だ。
アネルの支配から解放するって、前に会った時に聞いていたが、その後は、お前らが支配するのか……。なんか、一気に胡散臭くなったな。
「新しい生命体を作るとか、まさに神の御業って感じがしないかしら? それに、役目を放棄して、惑星開発ゴッコをしているアネルなんかより、私達の方が、余程神の座に相応しいわよ」
続けて、レイヌが不遜な態度で続ける。
正直、その言葉は神どころか、凄まじい小物臭がする。だが、それを言って怒らせるのは、止めておいた方が良さそうだ。感情的になって、見境なく攻撃し始めたら、ニコルとサミナにまで害が及びかねない。
「姉さんは、役目を放棄したわけじゃない! 何も知らないくせに分かったような事を言わないで! ……それに、貴方たち分かっているんですか? 新しい生命体を作るのは、惑星連合条約に違反しています」
初めてニコルが激高する姿を見た。姉を侮辱されたのが許せなかったのだろう。里緒菜や、田辺、ニコルの反応を見るに、アネルは意外と人望があるようだ。路美緒だけは、少し違った反応を見せていたが。
「それは、冗談のつもりなの? あなたなら分かってるはずよ。惑星連合は、遠くない将来に消滅するって。全てのメディアがその情報一色に染まっていたのに、見てないって事は無いでしょう?」
「……まだ、負けると決まったわけじゃありません」
「3か月もあれば、決定的になるわよ。この星の感覚だと9万年後だけど」
話している内容は気になるが、この場で少し話を聞いた程度で、理解できる事だとは思えないし、その辺はアネルに会った時に聞く事にしよう。
「何の話をしているのか知らないが、とりあえず、そいつらが、お前たちのペットだって言うなら、ちゃんと管理しておけよ。迷惑だから野放しにすんな!」
自分達が、神になろうとしている世界で、猛獣の放し飼いとか、本気でバカなんじゃないかと。
「笹塚、お前は勘違いしているようだが、こいつらは与えられた役割を全うしているだけだ。植物、魔獣、亜人種を問わず、魔法因子を持った生物を、駆除するという役割をな」
自分が乗ったユニコーンの、たてがみを撫でながら佐藤が答えた。
「そういう事ですか、多分嘘じゃないですよ。新種の魔獣の噂は、フェアリーネットワークで頻繁に流れていますが、人間種が襲われたと言う話は、ついぞ聞いたことが、ありませんから」
ミリナが、そう言うなら真実なんだろう。星を存続させるための人間種だけ残れば、他は必要ないって考えか。……それは兎も角、僕のポケットは危険だから、誰かに預けないと。
ポケットからミリナを取り出して……姉妹が攻撃され難くいだろうから、どちらかに渡しておくのが安全だ。
……より近くに居たサミナに差し出すと、おもちゃを貰った子供のように、満面の笑みだ。直後、ミリナの声が聞こえてくる『わたしは、着せ替え人形じゃないんですよ! ちょっと! 脱がせないでくださ……』もしかして、選択を誤っただろうか? 許せミリナ。
「なあ、レイヌ。お前は昨日、アネルの管理から解放されても、この星は何も変わらないって言ってたよな? 人間種以外を排除した世界が、それまでと変わらないって言うつもりか?」
「ええ、言うわよ。大差ないじゃない。……いえ、撤回するわ。種族間の争いを未然に防げるのだから、むしろ良くなるんじゃないかしら?」
レイヌは薄笑いを浮かべている。分かっちゃいたが、改めて確信した。こいつらとは相容れない。倒すべき敵だ。
「前にも言ったが、僕は自分の目に映る悲劇を、回避できるだけでいい。……それには、お前達の存在は、邪魔だ!」
「奇遇ね。私達も、アンタらが邪魔なのよ! 昨日の借りを返してあげるわ!」
戦闘が開始されるのを察したニコルとサミナは、下がって身を低くする。これは、事前に話し合っていた事だ。キミコも、後ろで待機する事で話は付いている。はずなんだが……。
「キミコ下がってろ。そう決めただろ?」
キミコが下がらないのだ、横に並んで、KMS-1P(可愛い魔法のスコップ1式ピンク)を構えている。
「それは、敵が二人だった時の話ですよぉ! 二人と2匹なのに、後ろで見てるなんて、できませんよぉ」
それでも、下がれと言おうとしたが、その前に里緒菜が答えた。
「キーちゃん、ダメとは言わないけど、回避最優先だよ。もし傷を負ったら、下がって治療すること。いいね?」
「はい! 避けるのは得意だから、心配いりませんよぉ。さあ、やっつけちゃいましょー!」
気持ち的には、さがって欲しい所だけれど、里緒菜の判断は間違っていない。仮に僕と里緒菜が負けて、キミコとミリナが戦う事になった場合、火力は大差なくても、耐久力がまるで違うので、勝算は低いと言わざるを得ない。
それなら、最初から、一緒に戦った方が、勝利に近付くのは、自明の理だ。
さあ行くぞ、という時に、なぜかレイヌが後ろに下がっていく。一体何をしようと、しているのか?
「佐藤、任せたわよ。昨日のような無様な姿を晒したら……わかってるんでしょうね?」
「もう、偽名を使う必要は無いだろ? 俺を佐藤と呼ぶな」
佐藤一人に任せる気なのか? 僕達3人の相手を。若干気分は悪いが、この場面でプライドを優先する何て愚かな事はしない。お言葉に甘えて各個撃破を狙わせてもらおう。
「そうやって、油断させて不意打ちでも狙おうって作戦なのかな? 二人とも油断しちゃダメだよ」
「ふんっ! バカにしないでよ。あんた達の相手をするのに、ダレイスタンを消費するのが勿体ないだけよ。神獣に乗ったサトアなら、3人が相手でも、何の問題もないわ」
サトアって、佐藤の本名か? ……まあ、どうでも良いか、大差ないし。今更、呼び方を変えるつもりは無い。それよりも、カートリッジを消費したくないと言っていたな……。
という事は、佐藤は、あの異常な障壁に守られていないって事か。なら、将を射てから、馬を射る。
「そうですかぁ、混ざりたくなったら、いつでも言ってくださいねぇ?」
キミコの言葉を最後に、戦闘態勢に移行した。