追跡者と荒い息
モセウシ脱出から1時間後―――――
ここまでは、順調でした。途中、虫型の魔獣に3度ほど遭遇しましたが、接近を許す事無く、魔法で撃ち落とし、誰一人として怪我をする事も無く進んでこれたのですが……。
ポケットから、肩の上に移動した、わたしが「フェルダ・レイ!!」魔法名を唱えると、敵の頭部に向けて、無数の魔弾が放たれました。
一発として、逸れる事無く敵に命中するのですが……。いえ、命中する直前に、障壁に阻まれて、傷一つ付きません。
この魔法は、ステージ5で、わたしが使える中では、最高の威力の魔法。大型の魔獣でも1撃で仕留められるはず、だったのですが……。
「ねえミリナ、あの白い馬、凄いね! 魔法を全部、弾いちゃうね!! 頭の角もカッコいいよ!!」
今は、肩の上に居るので、サミナさんの顔が、目の前にありますが、目がキラキラ輝いています。
……喜んでる場合じゃないんですよ。まさかこんな所で、新種に遭遇するとは。
ユニコーン型の新種が存在するのは、フェアリーネットワークで聞いた事がありますが、詳しい生態までは、情報がありませんでした。まさか、障壁とは……。
甲殻が硬い魔獣とかなら、珍しくもないですし、対処法もありますが、シールドは反則ですよ。目とか、口内とか、柔い所を狙うという常套手段が、一切、通じないじゃないですか。
「フェアルさん! 何か倒す方法は、無いの! いつまでも逃げ続けられないよ」
追い付かれないように、木々の間を縫いながら走るニコルさんが、叫ぶように言います。姉の方は、今の状況が分かっているようで、少し安心しました。
「お二人の、枷を外す時に使った魔法で、シールドの内側から破壊する方法がありますけど、それは、最終手段です。失敗して圧し掛かられたら、打つ手が無くなりますから」
「わ、わかった。準備だけは、しておいて。私は、敵が入り込めない狭い所を探すから」
ニコルさんは、左前方に見える、木が密集して生えている場所。人間なら通り抜けられるけれど、巨大な馬には到底すり抜ける事は叶わない間隔。
目の前の木を避けるながら、走るのに精いっぱいで気付いていないようです。
「ニコルさん! 左前方に進んでください!!」
「わ、わかった、しっかり、つかまっていて……」
そういうなり、一気に加速しました。木の間を縫いながら走っていた時と違って、動きが直線的になるぶん、相手も進路がとりやすいのでしょう。距離がどんどん詰まってきます。
最短ルートで走り抜けるニコルさんの頬に、枝が掠って、赤い線が引かれ、徐々に、その太さを増していきます。
もう少し、あと少しです。なんとか持ちこたえてください。
目標のまで、あと数歩というところで、ユニコーンが、角を突き立てるべく、頭部を下げました。そして、今まで以上に力強く、前足が地面を蹴りつけます。これは、きっと、攻撃の前兆です。
「ニコルお姉ちゃん、来るよ!」「右に避けてください!!」
右前方に、大きく跳躍したニコルさんの、すぐ横を金属のような光沢を持った角が通り抜けていきます。わたしは、振り落とされそうになるのを襟を掴んで必死に耐えます。
ここで落ちるわけには、いきません。その時、左からズンッと、鈍い聞こえました。見ているゆとりなんて、ありませんが、ユニコーンが木にでも、ぶつかったのでしょう。
なんとか突進を回避して、あとは狭い木の隙間を通り抜けるだけ、なんですけど、バランスが崩れてます。
「ごめん、ぶつかる!!」
右半身が樹木に激突して、完全にバランスを失ったニコルさんが転倒。わたしとサミナさんは、振り落とされてゴロゴロと地面を転がります。
ああ、これは、中々の勢いです。グルグル回る視界、一体どこまで飛ばされ「ぐへっ!」思いの外、早く止まりました。立ち木に激突して。
「はぁ、はぁ……。サミナ、怪我はない? フェアルさんは……。フェアルさん、どこ! 返事をして!!」
少し離れたところで、ニコルさんが、サミナさんを抱き起しながら、わたしを探しているようです。恐らく、わたしは、サミナさんの視界に入っているので、手を振って合図しました。
「サミナは、ちょっと痛いけど、大丈夫だよ。すぐ治るよ。ミリナは」わたしの居る、木の根元を指さしながら「あそこにいるよ!」
気付いてくれたようで何よりです。さっきの衝突は、頑丈な妖精種でも、結構効きました。今は、大きな声を出すのが、しんどいのです。
「はぁ、はぁ、フェアルさん、無事?」
駆け寄って来たニコルさんは、息遣いが荒く、顔に汗が、幾筋も流れています。大分、無理をさせてしまいました。
「わたしは、大丈夫ですよ。それよりも、ユニコーンです」
わたし達が、入り込んだ一帯に、敵が入り込むのは難しいでしょうが、この樹木が密集した場所は、どこまでも続いているわけでは、ありません。具体的には、すぐ目の前に、密集地帯の切れ目が見えます。
この樹木の密集地帯が、横にどれだけ広がっているかは、わかりませんが、敵にその気があれば、迂回して追いかけてくるのは、不可能では、ないでしょう。
「どうしよう。このまま、はぁ、はぁ……。この場所で……諦めてくれるのを、待つ方が、良いのかな?」
「それも、一つの手ですね。なんにしても、少し休んでください。せめて息が落ち着くまでは」