凡人と救世主
「これで、終わりだあぁぁぁ!!」
さらに踏み込み、勝負をつけようとした時「しょう君、シールド!!」里緒菜の言葉の意味を、考えるよりも早く、体が反応した。
左手を前方にかざし、シールドを展開。青い半透明のシールドの向こうに、見覚えのある銀の球体が飛び込み、空中で閃光を放ち爆発した。
僕はシールドが間に合ったから、無傷だけれど、佐藤は爆風をまともに浴びて、2度3度と、体を跳ねさせながら、壁際まで吹き飛んだ。
「……1対1とか約束した覚えは無いから、攻撃自体に文句は言わないけどさ。人が集まったら、困るんじゃなかったのか?」
そう言いつつも、左手は佐藤へ向けており、すでに青い魔法陣が完成している。僕は武人でも何でもないのだ。横槍が入ったからって、待ってやる気なんか、欠片もない。
――魔法陣を指先で弾くのと、魔力弾が、佐藤目掛けて発射される。
狙ったのは頭部だ。僕は頭をやられた事はないけれど、聞いた話だと、魔力が潤沢でも、脳の再生には時間が掛かるらしい。1対1なら、頭をやられた時点で負けが確定する。再生する傍から攻撃を繰り返して、戦闘に復帰させないって事ができるからだ。
放たれた魔弾は、躱される事無く、狙った箇所へ着弾する。それを見たレイヌが、肩をすくめて苦笑いしながら言った。
「もう、この拠点は、諦めたから。――それにしても、危なそうだったから、間合いを取る手伝いをしてあげたっていうのに、爆発に巻き込まれて気絶するとか、本当に使えない男ね」
「それは不幸な事故だったね。――それで、どうするの? これで、2対1だよ」
里緒菜が話しかけている間に、佐藤の腕に魔封の枷を着けてくれと、キミコに指示を出しておいた。
「私は、2人が相手でも構わないわよ? むしろ、その方が、ありがたいわ。この後、次の拠点に移動しなきゃいけないから、時間が惜しいのよ」
勝つことを確信したような口振りだけれど、さっき響いた金属音は、レイヌの剣が飛ばされた音だ。里緒菜の手にはレイピアが握られていて、レイヌのカートリッジ式魔法剣は、玄関のドア付近に転がっている。
どう考えても優勢だったのは里緒菜だ。その自信が、一体どこからくるのか? 自爆の時と同じでブラフなのか……。
「降参する気は、無いって事ね?」「もちろんよ」
里緒菜の言葉に、レイヌは、涼しい顔で即答した。
「逆に、提案するわ。貴方たちガーディアンなんて止めて、私達に協力しない?」
こいつは、急に何を言い出すんだ? 縦に首を振るわけが、ないじゃないか。それとも、あれか?
「佐藤が回復するまでの、時間稼ぎでもするつもりか?」
「待ったところで、今の傷を再生するのが、限界でしょ? もう戦力外よ。私は、純粋に誘ってるだけ。」
まあ、嘘じゃなさそうだな。斬り合っている時点で、限界が近そうな雰囲気だったし。
「そもそも、お前たちが何をしているのか、知らないのに、協力も何もないだろ」
キミコが、大回りで佐藤に近付き、枷を付ける姿を確認できた。とりあえず、佐藤の事は、捨て置いて良さそうだ。
「私達の使命は、この星をアネルの管理から解放する事よ。――知っているかしら? この星って、星間戦争に使う、特殊なカートリッジを生産する役割を果たしているのよ」
「しょう君、惑わされないで! アーちゃんの目的は、そんな事じゃない!!」
「アネルの意思なんて、どうでも良いわ。――現に兵器に使われている。それが全てでしょう? 私は、実際に母星を滅ぼされているのよ」
里緒菜は、レイヌの言葉を完全に否定しなかった。言っている事は、嘘じゃないって事か……。
「もし、お前たちが勝ち、アネルの管理から解放された時、この星は、どう変わる?」
「……そうね、たぶん、何も変わらないわ。――この星は、変わらないけれど、これから滅ぼされる運命にある、無数の星。そこに住まう人々を救う事ができるわ。――――逆に言えば、ガーディアンを続けるっていう選択は、罪ない人々を不幸にする行為でもある」
「しょう君、あたしは」「里緒菜、レイヌと話をさせてくれ」
里緒菜には悪いと思うが、レイヌの話をできる限り聞いておきたい。
「要するに、お前たちは、会った事も無い、他の星に住む人々の為に戦っているって事なんだな」
「ええ、そうよ。笹塚、だったわね? ――貴方だって、どうせ戦うなら、より多くの人々の幸せに繋がる方が、良いと思うでしょう?」
そっか、なるほどな。――さて、どう返事をしようか……。
僕の位置から、ドアの横に取り付けられた姿見を見ると、里緒菜の顔が見える。その表情には、不安げな色が浮かんでいる。
里緒菜と……銀髪……アネル。里緒菜は、アネルへの信仰心が強すぎるから、この件に関しては、言葉に説得力がないんだよな。
……まあ、なんにしても時間切れだ。……時間稼ぎのつもりが、時間が足りないとか皮肉なものだ。
もう少し話を聞きたかったが仕方ない。意識を僕に集中させないと。
僕は、ニヒルな笑みを浮かべつつ、レイヌに告げた。
「いや、僕は、自分と自分の周りが良ければ、それで十分だ。この目に映る悲劇さえ回避できれば、それでいい」
「笹塚、それ本気で言っているのかしら? だとしたら最低よ」
「レイヌと違って、僕は、どうしようもないくらい凡人なんだよ。英雄になりたいとも、救世主になりたいとも思わない!」
「そう、考えを改める気は、なさそうね」
「そもそも、邪魔な人間を殺して、魔獣の餌にしたりする奴の言う事を、信じるわけがないだろ」
「必要な犠牲よ。奪った以上の命を救ってみせるわ」
「それは、建前で『復讐の為なら犠牲なんて厭わない』が本心だろ?」
この一言は、思いのほか効いたようだ。ずっと顔に張り付いてた、薄笑いの仮面が剥がれ落ちた。
「不愉快ね。笹塚! まずは、あんたから地獄に送ってあげるわ!」
そう言うなり、右手を腰の後ろに回し、何かを取り出した。また、後ろにバッグを着けていたみたいだ。取り出したのは……銃型魔導兵器。
僕が見た事のある、マスケット型じゃない。黒くて分厚い長方形の銃身に、グリップを付けたような形状。近代的というか、むしろ近未来的なデザイン。マスケットから、えらく進化したものだ。
銃を確認した時には、障壁の準備を始めていた。トリガーが引かれる直前に、青い障壁が展開される。半透明の障壁越しに、レイヌの持つ魔導兵器の銃身が、青く光るのが見えた。
なんか嫌な予感しかしない! 銃口の向きから着弾地点を予想し、体を捻って、射線を逃れた。
この動きは正解だった。発射された魔力弾は、障壁で減衰する事も無く、そのまま貫通して、背後の壁まで貫いた。
「おい!! 自称、博愛主義者! 撃った弾が、壁を貫通しているぞ。流れ弾で命を落とす、罪のない住民は、お前の救済対象じゃ無いのか?」
「飛距離を犠牲に、貫通力を高めてるから、問題ないわ。――届くのは、精々、2軒隣くらいまでじゃないかしら?」
「チッ! どんな理屈だ。大問題だよ」
「心配しなくても、そうそう、当たらないわよ」
配慮する気は、皆無か。佐藤が吹き飛んだ時の、爆発音を聞いて、避難している事を祈るしかないな。何に祈るのかって話だが。
それにしても、銃の側面に、見える物が気になる。あれって……。
「里緒菜、あの銃さ、ケーブルが見えてるんだけど、カートリッジ式だろ? あれが有れば、ガーディアンとか要らないんじゃ……」
「心配いらないよ。あんな銃、この世界では普及してないから」
「僕はガーディアンである事に、アイデンティティーを感じたりはしないから、そうであっても、全然かまわないんだけど」
レイヌが射殺さんばかりの視線を、こちらに向けてくる。その手に握る銃口は、いまだ僕を向いたままだ。
「くだらない事を話してないで、さっさと、かかって来きなさいよ!」
「ええ、お望み通りに。行くよ、しょう君!!」