怪しい枷と砕かれた理想
「その手があったよ! しょう君、早く壊して!!」
里緒菜が興奮して僕を急かすが、説明を求めたい。いきなり壊せとか言われても困ってしまう。
「いや、壊せって言われても。サークルマジックって何? どうやって壊せばいい? 里緒菜先生に、そんな事は教わってないんだが」
「しょう君の使える魔法は全部サークルマジックだよ。魔法陣を空中に描かないと、発動できない魔法全般の呼び名だね」
ああ、それなら全部だ。そもそも、魔法陣無しで使える魔法が有るって知らなかった……いや、知ってるな。ミリナの魔法は、発動前に魔法陣が出現していなかったし、エクリプスも魔法陣が出現していない。
「サークルマジックって、魔法陣を描くスペースが無いと発動できないし、発動に時間が掛かるし、描画中の魔法陣はガラスより脆いし、魔法陣を起点に発動するから、狙いにくいって感じで、人気が無いんだよ。ガーディアンも最初に貰った魔法は、マジックスコープを覗いて、すぐ破棄しちゃうくらいに」
「良いとこ無しって事か。そして、その良いとこが無い魔法で、障壁を破れるってのが、矛盾しているように思うんだが」
「良い所もあるんだよ。魔法名を口に出さなくても使えるから、何をするかバレ難い事――1回発動するだけなら、一番時間が掛かるけれど、同じ魔法を連射するならチャージマジックより早い事――完成した魔法陣は、全ての物を透過する性質がある事。――――デメリットである『魔法陣を起点に発動する』と、メリットの『すべての物を透過する』を組み合わせたら、もう分かるよね?」
その『分かるよね?』って聞き方は止めて頂きたい。答えられなかったら、お互い気まずくなるじゃないか。……でも、今回は分かった。
「完成した魔法陣を、シールド発生装置に重ねて、そこで発動させて内部から壊すって事か?」
「そゆこと。機械に限らず、相手が生物でも、内側から破壊できるんだよ。――さあ、わかったら早くやって! 大至急!!」
「了解、この作戦が終わったら、魔法の事をもう少し詳しく教えてくれ」
さて、爆発の魔法……多分『ランドマイン』ってやつだと思う。あれは一歩間違えると、地下室が崩落して生き埋めになりそうだから、止めておこう。助けに来たつもりが、止めを刺した、とかになったら、笑い話にもなりやしない。
そうすると、消去法で残るのは、貫通弾のみだ。シールド発生装置の高さに、魔法陣の中心部が位置するように意識して魔法陣を描画する。
散々使ってきた魔法だから、実体験で色々と分かっている。魔法陣の色が月白の時は非常に脆い。何かがぶつかると、すぐに壊れて、発動に失敗してしまう。しかし、充填が終わって青く変色した後なら、何が飛んでこようが、壊れる事はない。と言っても、素通りするから、防御には使えないけれど。
完成した魔法陣を引き連れて、シールド発生装置に迫る。もし、特殊な障壁で、魔法陣すら止めるとかだったら、佐藤が戻るまでに、二人を助けるのは絶望的と言わざるを得ないな。余計な事を考えたら心拍数が、一気に跳ね上がってしまった。
「よし、やるぞ」多分、皆同じことを考えていたんだろう。息を飲むのが伝わって来た。本当に頼む、すり抜けてくれ!
シールド発生装置スレスレの位置で止めていた足を、一歩前に踏み出した。魔法陣が、シールドが張られている位置に接触し、そのまま見えなくなる。
正直、通り過ぎたのか壊されたのか、さっぱり分からない。試しに、一歩後ろに下がると、見えなくなっていた魔法陣が再び壁から姿を現した。どうやら障壁も素通りできるみたいだ。
それが分かれば、後は破壊するのみだ。『頼むから壊れてくれ』と、神に祈ろうと思ったけれど、祈るだけ無駄かもな……理由は言わないが。――――なに、神の力なんて無くても、問題ない。一発で壊れなければ、動かなくなるまで、打ち続けるだけの事。
狙うのは、カートリッジ部分だ。装置自体を中途半端に壊すよりも、エネルギー源を断つのが一番だと判断した。
念のため里緒菜に確認をとったが『カートリッジを破壊したら爆発した』という話は、ついぞ聞いた事が無いと言っていた。
今回の場合、魔法陣を指で弾いて発動する事はできない。こういう時は「リリース!」起動ワードを発した直後に、シールド発生装置から『ギュン!』と短い音が響いた。ドリルで鉄板に穴を開けた時の音に似ていた気がする。恐らく内部構造を穿つ事には、成功したと思う。
一番鉄格子の近くに居るキミコに、目線で合図を送ると「はい! それじゃ確認しますよぉ」そう言って、恐る恐る鉄格子に手を伸ばす。――――その手が、鉄格子をしっかりと握った! 何にも阻まれる事なく、鉄格子に届いている。
「やった! やったよ、みんな! これで、二人を助けられる。――――良かった、本当に良かった! 早く、アーちゃんに会わせてあげたい」
「りっちゃん、やりましたねぇ! キミコも嬉しいですぅ」
キミコと里緒菜がハイタッチした後に、抱き合って喜びを分かち合っている。……気持ちは分かるけれど、喜ぶのは、まだ早い。
さっき、装置を破壊した時に、確かに『ギュン』と音が響いたのだ。あのシールドは、防音の機能なんて無かったって事だと思う。という事は、姉妹がこれだけ騒いでも起きない理由が……いや、考えるより、試すのが先だ。
見た所、鉄格子の扉は、一つの大きな南京錠で閉ざされている。まずは、抜き放った剣の切っ先を、南京錠のU字部分に宛てがう。次に、左手で剣を支えて、右の拳で柄頭を強く叩きつけてやると、U字が切り離され、南京錠の本体が硬い床に転がり、金属音を響かせた。
鉄格子の扉を開け、姉妹の眠るベッドに辿り着いた。二人は、スースーと、気持ちよさそうに寝息をたてている。もし場所が違って、腕に何も装着されていなければ、微笑ましい光景ですらある。
里緒菜が、二人を揺すって起こそうと試みるが……全く反応してくれない。普通なら、起きないまでも、表情が動いたり、呼吸のリズムが変化したり、何かしら反応が有って然るべきだというのに。
その後も、声を掛けながら、揺すり続けたが、相変わらず反応してくれる気配がない。
「里緒菜さん、原因は、その手枷だと思いますよ。多分、意識を奪う魔法が発動する魔法機器と、魔封の枷を合わせた物じゃないですかね?」
「そうかもしれない。どちらにしろ、壊さなきゃいけない物だし、まずは、やってみるよ」
里緒菜は、そう言って、両手の枷の中間に位置する、カートリッジを収めると思われる部分の破壊を試みるが……壊そうとするたびに、枷の表面が白く発光して、破壊を拒む。
「それ、魔封の枷と、意識を奪う機器と、シールド発生装置。この三つの機能が合わさった物じゃないか?」
僕の言葉を聞いた里緒菜が、人差し指で、枷に付けられた円筒状の部分をコツコツと叩きながら「じゃあ、しょう君、この部分を破壊して」そう言って、ニコル嬢の両腕を持ち上げて支えた。
例え失敗しても、壊れるのは壁だった前回とは違い、今回は失敗が許されないと思うと、嫌な汗が噴き出してくるが、拒否権なんて僕にはない。まあ、あっても拒否なんてしないが。
「キミコ、失敗は無いと思うけど、念のため回復魔法の準備だけしておいてくれ――――それじゃ、やるぞ!」
覚悟を決めて、魔法陣を描こうとした、その時だった。
「ガルムを殺すだけじゃ飽き足らず、牢獄の装置まで破壊してくれるなんて、本当に迷惑な、お客様ね。――――迷惑料は、お安くないわよ」
そう言ったのは、里緒菜のエクリプスで足を残して消滅したはずの女。
「やってくれたな。あのムカデも、お前らが呼び込んだんだろう? 要らん仕事を増やしてくれる」
次に話したのは、女の斜め後ろに立つ、偽ガーディアン佐藤。
どうやら、姉妹を救出した後は人任せという、僕の理想は粉々に打ち砕かれたらしい。