白い物と銀色の物
気を引き締め直して、捜索を再開しようというところで、驚きと困惑を含んだ声が聞こえた。
「あ、あれ……あの白いのって、まさか……」
里緒菜が檻の中の一点を指さしている。その顔色は真っ青だ。そこ一体何が?
指が指し示すのは、魔獣が寝ていた時に、その陰に隠れ、死角になっていた場所、横倒しになった事で、視界に入った場所。
そこには……何か白い物が……あれは、骨じゃないか? 羊肉を与えた後に、残った骨。一番考えられる可能性だと思うが。でも、あの形は……。
「大きさと、形から見て、恐らく人骨だと思いますよ。邪魔な人間を餌にでもしていたんじゃないですかね? 街の外に捨てに行くより、食べてもらって骨にした方が、処分が楽でしょうから。まあ、ペットを有効利用したのか、死体処分用に飼っていたのか、までは分かりませんが……どちらにしても、非常に気分が悪いです」
ミリナの言葉から不機嫌さが滲み出ている。多分ミリナの言う事は間違っていないだろう。
檻の中に目線を奪われていた僕の視界の隅に、動き出そうとする人影が写った。里緒菜が、扉を目掛けて動き出そうとしている。その目に危険な光を宿して。
今の状態の里緒菜を行かせるわけにはいかない。慌てて里緒菜にしがみついた。
「待て、待てって! 考えている事は分かる。少し落ち着け、それは無いから。頼む落ち着いてくれ!」
大きな声はだせない。里緒菜の耳元で必死に説得した。
「しょう君、離して!」
しがみつく僕を振りほどこうと、里緒菜が抵抗する。
「二人は、生きている。あの骨は、姉妹の骨じゃない。だから落ち着け、助けられるものも助けられなくなるぞ!」
「なぜ言い切れるの」
小声で言った後に、僕をギロっと睨む里緒菜。大声を出さない程度の理性はあるようだ。
「それを僕に聞く時点で、冷静じゃ無いって事だよ。落ち着けば誰でもわかる。なんで毎回4人分テイクアウトしてたんだよ。姉妹の分だろ? それに、殺す気なら危険を冒してまで、街に連れ込んだりしない」
ただ、証拠はない。状況からの判断で、絶対では無い。そんな事は、言う気も無いが。
「里緒菜さん、お兄さんの言う通りですよ。生きている可能性の方が、ずっと高いです。あと、わたし……結構苦しいです」
しがみついた僕と、しがみつかれた里緒菜の間から、声が聞こえてきた。うんミリナだ。完全に潰されている。
「あっ、ミーちゃんゴメン。しょう君、分かったから離して。ミーちゃんが窒息しちゃう」
ミリナの言葉で我に返ったのか、里緒菜の声色が変わった。
僕的にも、こんな事で犠牲者をだすのは不本意なので、大人しく里緒菜を解放した。ミリナが乱れた、ゆるふわヘアーを直しながら口を開く。
「すみませんね。お楽しみの最中に邪魔してしまって」
「慌ててたから楽しむ余裕なんてなかった」
「しょう君は、一体何を言っているのかな?」
「みんな、静かにしないと、魔獣が起きちゃいますよぉ!」
ミリナのおかげで空気が緩んだ。まあ、緩みすぎも良くないんだが。
話が途切れたタイミングで、地下牢の最奥の扉に、そっと手を掛ける。この扉のドアノブも、何の抵抗をする事も無く、スルリと回った。このドアは、こちらから見て内開きだ。
ドアを手前に引いた瞬間。耳に飛び込んできたのは、何か重い物が落ちた音。続いて、ゴロゴロゴロと硬いものが転がる音が響く。それが、近付いてくる。目線を足元に向けると、銀色の球体が、ドアの奥から転がり出てきた。……これ、なんだ!?
「危ない!」里緒菜の声が聞こえた、その時には既に球体は、白の光を放っていて。
咄嗟に後ろに下がったけれど、全く距離が足りない。ドンッ!! どこかで聞いたような爆発音。破裂した球体が発する光と、目の前に浮かんだ、黄色の光を、成す術なく浴びる事になってしまった。
あれ? 覚悟していた痛みが襲ってこない……何が、どうなった? 気を落ち着けて、前方を見ると、吹き飛んだドアと、爆発でダメージを受けた壁や床が見える。
そしてもう一つ見えるのが、黄色で半透明の障壁だ。形が四角の障壁? 僕と里緒菜の使う障壁は円形だし、色も青い。どっから来たんだこの障壁?
首を回して、里緒菜とキミコを見ると、二人とも怪我一つ負っていないようで、とりあえず一安心だ。次に自分の胸元を見ると、右手を扉の方にかざした姿勢のまま、僕の方を見上げている。
「ちゃんと、この事も喧伝しておいてくださいよ。ミリナが居なければ全滅していても、おかしくなかったって」
そう言いながら、右手を降ろすと、目の前の黄色い障壁が、ガラスのように砕け散り、その破片は、地面に触れると音も無く消え去っていく。
どうやら、ミリナに助けられたみたいだ。……しかし、早いな。球体が転がって来てから爆発まで、殆ど時間が無かったってのに、よく障壁が間に合ったものだ。
小さな見た目で、侮ってしまいそうになるけれど、戦闘になれば、人間種よりもずっと強いってのは、真実のようだ。
「ありがとうな、ミリナ。尾鰭どころか、背鰭まで付けて噂を流すと約束するよ」
「胸鰭まで付けると、嘘くさくなるので、気を付けてくださいよ。」
仲間の安全を確認したら、次は爆発物を放って寄越した相手の確認だ。ドアが吹き飛んで、見通しが効くようになった次の部屋には、予想通りの人物が佇んでいた。
時計塔からの監視中に数回顔を見た30歳中盤くらいに見える女。防具などは一切装備しておらず、その右手には、さっき地面を転がってきたのと同じ球体が握られている。
「さっきので死んでくれると助かったんだけど、残念だわ。まあ、ガーディアンみたいだし当たっても、どうせダメだったわね」
ガーディアンみたいだしって、誰が来たのか調べもせずに爆発物を放ってきたのか。人を殺す事に何ら抵抗を覚えない相手。人間種とはいえ油断するべきじゃないな。
「大人しく、捕らえている姉妹を差し出しなさい。抵抗しても無駄な事くらい、分かっているでしょ?」
「ええ、分かってるわ。降参よ、降参。――ガーディアン二人と人狐の3人を相手に勝てるなんて思ってないわ」
ミリナが数に入ってないな。それなりに距離もあるし、気付かなかったのかもしれない。僕は襟を直すふりをしながら、ミリナの頭を下に押した。それだけで、何を言いたいのか察したようで、ミリナは体を丸めてポケットの中に隠れてくれた。
「じゃあ、その手に持っている、ランドマインをその場に置いて、ゆっくりとこちらに歩いてきなさい」
里緒菜の言うランドマインって、恐らく銀色の球体の事だな。女は、球体を床に置くために、屈んで手を床に伸ばす。そして、球体が床に当たりカツンと音が響いた瞬間、それを下手投げで放り投げてきた!
驚きはしない。そんな事もあるだろうと予想していた。障壁の展開は間に合う!
里緒菜も予想していたのだろう。障壁を張る素振りを見せたが、僕の様子を見て、それを中断し、キミコの手を引いて僕の真後ろに飛び込んだ。
障壁に衝突した直後に、球体が光を放ち炸裂する。障壁にヒビが入ったが、破壊される事は無く、無事に防ぎきる事に成功した。
しかし、何を考えているんだ? さっき自分で、勝ち目は無いと言ったばかりじゃないか。
仮にこれが命中していたって、僕と里緒菜にとっては、致命傷にならない。手足の一本程度なら、1分も掛からずに再生してしまう。
キミコは、危ないかもしれないが、一人だけ倒したところで、この状況を切り抜ける事なんて、出来ないのは分かっているだろうに。
爆発の直後、女が右手を腰の後ろに回した体勢で、こちらに駆け寄ってくる。後ろに何か隠し持っているのか!?
「キーちゃん下がって!!」「はいっ!!」
里緒菜の言葉に即座に反応して、キミコが後方に大きく飛び退いた。
里緒菜がレイピアを、駆け寄ってくる女の右肩に突き立てた。しかし、女は刺された事などお構いなしに、走る足を止めない。刃先が貫通して肩の後ろから飛び出すが、それでも止まらない。
刃が根元まで突き刺さった時、僕の位置から女の背後が見えた。その腰にはウエストバッグが装着されていて、口が開いたバッグの中身は、大量の銀の球体……。
自爆攻撃だ! この量が間近で爆発したら、さすがにヤバイ。死なないまでも相当なダメージを食らってしまう。そして、言うまでも無く女は死ぬ。
「お前! 死ぬ気か!! さっさとそのバッグを捨てるんだ!」
「使命を果たす為なら、命なんて惜しくないわよ。この爆発に巻き込まれれば、アンタ達でも暫く動けないでしょう? 少しでも時間が稼げれば本望だわ」