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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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ケバブとウィークポイント

 床を破壊してから、やむを得ない理由で数分ロスしたが、この程度なら問題ない。すっかり定着した、僕、キミコ、里緒菜の順で階段を下りていく。


 一段降りるごとに、徐々に気温が下がっていくようだ。聞こえるのは、自分達の足音だけ。7段ほど降りた所で、皆が一斉に息を飲み、足音が消えた。


 壁に埋め込まれていた、魔導ランプが点灯したのだ。元来た道を振り返ってみるが人の気配は無い。


「多分センサーが付いていて、自動で点灯する仕組だろう。まったく、心臓に悪いな」


「センサーか。あたしは、この星に来てから、自動点灯する魔導ランプなんて見た事がないよ。相手の技術力は意外と高いのかもしれない」


 800年もこの星で生きている里緒菜が言うなら間違いないだろう。一番技術力が高いのは、アネル神国だって聞いてたんだど、そこにも無い技術を持つ相手か。


 立ち止まっていても始まらないし降りるか。上から見た感じで段数は少ないと思っていたけれど違った。終点だと思っていたところで、道が90度に折れ曲がり、さらに下へ階段が続いている。


 階段の終点は、地球の建造物でいうと、地下2階相当の深さくらいだと思う。そこに有ったのは、木製の扉だった。ドアノブは……回った。


「鍵、掛かってないんですかぁ? 不用心ですねぇ」


 実家に鍵が付いていない、キミコが言った。


「ここまで侵入してきた相手に対して、木製の扉に鍵をかけて、どうなるって話だしな。壊されるくらいなら開けといた方がいいって考えなのかも」


 ドアノブは既に回り切っている。あとは押してやるだけで扉は開く。開いた扉の隙間から嫌な臭気が漂ってくる。なんだ、この匂いは。


「酷く獣臭いですね。地下でペットでも飼ってるんでしょうか?」


 ミリナはこの匂いが嫌なのだろう、不快そうな顔をしている。獣臭か、なにか非合法な生き物でも飼ってるって事なのか? そうでもなきゃ、地下に隠す必要なんてないしな。


 一思いに扉を開け放ち、中へ入り込むと、そこは、幅3メートルほどの直線の通路だった。同居人は見当たらない、突き当りに見える扉の先にいるのだろうか? 


 通路の両側には、鉄格子で仕切られた部屋が並んでいる。分かりやすく言えば檻だ。


 個人が所有する地下牢とか、碌な事に使われていないのは明白だ。佐藤の奴、ここで一体、何をしているのか。考えただけで反吐が出る。


「早く行こう。もしかしたら、この檻の中にサミナちゃんとニコルちゃんが囚われているかもしれない」


 里緒菜の表情と言葉から焦燥を感じる。こんなところに囚われていたらと考えると、冷静でいられないのは分かる。


「わかった、進もう。でも冷静さを失わないでくれよ。感情的になったって良い事ないからさ」


 怒りにまかせて、突撃されたらと思うと、冷や冷やする。


「若造のくせに、偉そうだ」


 軽口を叩ける程度には、落ち着いたみたいだ。


「若造に言われないよう頑張れよ824歳」


 その言葉を最後に、突き当りの扉を目指し歩き始めた。出来る事なら、左右の牢で姉妹を発見して、連れて逃げ出し、その後は防衛本部まかせってのが理想だ。


 佐藤を倒すってのは、僕達の目的じゃない。それは目的達成の為の一つの手段だ。


 姉妹さえ発見できれば、僕の疑いは晴れるし、姉妹を助けたい里緒菜の目的も達成される。ミリナの懐は潤い、僕は菓子パンとジュースを買ってもらえる。


 僕達的にはハッピーエンドだ。




 入り口寄りの檻の中には、誰も囚われていなかった。本当に何もない檻だ、中には石の壁があるだけで、ベッドの一つも設置されていない。


 次の檻も、その次の檻も、中は空っぽだ。突き当りのドアが徐々に近付いてくる。それに合わせて、微かな息遣いが聞こえる。僕達の発するものじゃない息遣いが。


 先に進むほどに、聞こえてくる音は大きくなっていく。足音を立てないよう、ゆっくりと、息を殺しながら、最後の檻に近づいた。


 その音の発生源は、檻の奥にいた。黒く短い毛が生えた、犬のような生き物、その大きさは牛ほどもある。


 今は眠っているようで、伏せたまま動かない。これだけ近寄っても起きないのだ、かなり人慣れしてるって事だろう。


「なんで、こんな所に、魔獣が居るんですかねぇ? 飼ってるんでしょうかぁ?」


「そのようですね。冷凍庫の羊肉は、これの餌って事なんじゃないでしょうか。こんな、大きな生き物どれだけ食べるんですかね? 餌代を考えると、眩暈がしてきます」


 僕は、エサ代よりも、世話をする手間の方が嫌だけどな。


「自宅で、魔獣を飼うのは許されてる事なのか?」


「もちろん違反だよ。法律を作った人も、本当にやる人が居るなんて、思ってもみなかった、だろうけど」


 ……さて魔獣か、起きると厄介だな。


「お兄さん、何をする気ですか?」


 僕の目の前に浮かんだ、青の魔法陣を見て、ミリナが首を傾げながら言った。


「聞くような事か?」


 指で軽く魔法陣を弾くと、白色の魔弾が発射されて、魔獣の頭部を貫通した。この距離で、寝ている相手に外すわけもない。貫通した魔弾が壁に当たって、パンッと音が響いたけれど、吠えられるよりは、ずっとマシだ。


 魔獣は、着弾した瞬間に立ち上がろうとしたようだが、途中でビクッと体を震わせ、そのまま横倒しになり、それっきり動かない。吠える事も出来ずに絶命したようだ。息遣いも聞こえてこない。


「なるほど、魔獣を倒す事によって、冷凍羊肉の処分に、敵の思考を誘導して、隙を作る作戦ですね」


 話すミリナは納得の表情だ。ネタだよな!? なら、こうだ!


「ああそうだ、そして佐藤に、こう言ってやるのさ『貴様、ケバブの事を考えているな? ゴッ(殴った音)ハッ! あれがただの肉塊だとでも思っていたのか? あれは、味付けした薄切り肉を重ねた物だ。』とな」


「それは、良い作戦ですよお兄さん。一番最初に思いつくであろう、ケバブという希望の光を潰す事で、強い動揺を与えられると思います。動揺する相手に突如殴りかかっているのも最高ですよ」


 ミリナが本気で感心している気がするんだが。


「話しながら叩くのは、卑怯なんじゃないかと思うんですよぉ」


 残念な事にキミコは、お気に召さなかったようだ。心配しなくても、本気でやる気はないから。


「キミコさん、卑怯者なんて言葉は、敗者の為の言葉です。勝てば官軍なんですよ! 汚れた歴史など、勝者になれば容易く書き換える事ができるのです」


「黒いなミリナ……だが悪くない。よし、じゃあその作戦でい……痛い、痛い、痛いって!」


 僕の太腿を里緒菜が抓っている。身体強化した握力で、そんなに抓ったら千切れるから!


「君たち緊張感無さすぎ! この扉の向こうに、敵が居るかもしれないんだよ?」


 左手で僕の太腿を抓り、右手は扉を押さえて、敵が飛び出してくるのを警戒しているようだ。


「ごめん、悪かった」「反省しています」


「ほんと、頼むよ? 一応言っておくけど、魔獣を始末されたとして、真っ先に冷凍羊肉の損失が頭を過るのは、ミーちゃんだけだから。今の作戦は、相手がミーちゃんの時にしか使えないからね?」


 いや、ネタのつもりだったんだが。里緒菜は、僕達が本気で、そんなバカな作戦を考えていたと思っているのだろうか? ミリナ相手でもその作戦は使えないと思うぞ。


「くっ! わたしとした事が、自らウィークポイントを晒してしまいました」


 どうやら有効なようだ。この極少女は、本気で言っていたみたいだな。悔しそうな顔で、壁に拳を打ち付けている。正確には、壁代わりの僕なんだが。


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