エクリプスと大人の会議
ドアノブに手をかけ、一気に開け放なち、飛び込んだ。
部屋の中心で背中をあわせるように、立ち尽くす僕達。その視界には、前に来た時となんら変わらない、ガランとした空き部屋が映るだけだった。
「やっぱり気のせいだったんじゃないの?」
溜息をついた後に、里緒菜が言った。
「窓から出て行ったんじゃないでしょうかぁ? 音がしたのは間違いないから、気のせいじゃないと思うんですよぉ」
窓に近づいて外を眺めてみるが、人の気配はないようだ。窓を開けようとして気付いた。
「窓に鍵が掛かってるよ。この鍵は、外から開け閉めできるようなタイプじゃないな」
窓から脱出していない、だとすると何処へ消えた? それとも、あの時見たのはドアの開閉じゃなかったのだろうか?
胸のポケットがモゾモゾ動いたと思ったら、ミリナが僕の服を掴んで、肩によじ登ってくる。どうやら、辺りを見渡したかったみたいだ。言ってくれれば、持ち上げてやるのに。
体勢が少しきついが、首を回して肩に座ったミリナを見みてみた。真剣な表情で室内を見渡してるな。この家を塔から監視してる時もこんな顔して……。
――――こっちは、動きなしですね。隠し通路などが無い限りは、家の中に居ると思いますよ。――――
そうだ、あの時そう言っていた。もしかして、ガーディアン用の貸家を避けて、二人暮らしなのに、あえてこの大きな家を買った理由って、それじゃないのか?
最初から、隠し通路や隠し部屋があったか、後から作ったか。もし、その入り口があるとしたら、きっとこの部屋の中だ。
この部屋の左右の壁の先は、不自然な空間は無かったはずだ。両隣には間違いなく部屋がある。だとすれば。
「皆、床を調べてくれ」
それだけで、言いたい事は伝わったみたいだ。里緒菜とキミコがしゃがんで、不自然な部分がないか探し始める。
怪しい部分は直ぐに見つかった。フローリングの床に薄っすらと線がついている。その線は、一辺1メートルの正方形を描いているようだ。
しかし、そこが開きそうなのは分かったけれど、どうやったら開くか分からない。キミコがスコップを突き立て強引に開けようと試みたが、床材が少し剥げただけで開く事は出来なかった。
「本当は、戦闘前に使いたくなかったんだけど、仕方ないな。二人とも下がって、あたしが開けるよ」
里緒菜が手に持ったレイピアを鞘に戻しながら言う。
「何する気だ? あんまり派手な音とか立てると……どうせ気付いてるか。――――いいや、盛大にやってくれ」
恐らく、魔法で破壊するつもりなんだろうな。
「心配しなくても音は出ないよ。ただ、使うの2回目だから、上手くできるか分からないけど」
里緒菜が床に向かって魔法を放つ。起動した直後、床から黒いドーム状のなにかがせり上がって来た。最終的に直径1メート程の球体が、床に半分埋まったような状態になり、その後音も無く消えさった。
黒い半球が消え去った後には、ぽっかりと穴が開き、階段が下へと続いている。
「「おおっ!」」キミコとミリナが感嘆の声をあげている。僕も声こそ出さなかったが、軽く感動した。
「凄いな、それ。僕が貰った爆発する奴とは大違いだ」
あの使えない魔法と本気で交換して欲しい。
「こないだ、アーちゃんに会った時に貰ったの。アーちゃん作の魔法でエクリプスって言うんだって。ステージ5の魔法にしては、消費が少ないんだけど、それでも結構、持っていかれたよ」
アネル、ただのネタキャラじゃなかったのか。自分で魔法を作ったりできるんだな。それにしても結構持っていかれたってのが引っ掛かる。大丈夫なのか?
「ありがとうな里緒菜。戦闘になったら無理しないでくれよ。魔力切れで死ぬとか許さないからな」
「大丈夫だよ。しょう君をあたしの盾に任命するから。頑張りなさい!」
左手を腰に当て、右手で僕を指さしながら里緒菜が言う。
「ああ、分かったよ。任せておけ」望むところってやつだ。
「そこは、いつもみたいに軽口でも叩いておきなさいよ! 調子狂うじゃない」
そうか『いつもみたい』か、悪くないな。
「後でいくらでも、いじってやるから、今は黙って行動するぞ」
「いじられたいとは言っていない!」
まったく、素直じゃない里緒菜だな。
「はは。おまえの心は、わかっているぞ」
「そのネタまだ続いてたの!?」
そんな事を言う里緒菜だが、むしろ逆に聞きたい。いつ終わったと、思っていたのかと。
ん? ポケットがモゾモゾ動いた。無駄話が過ぎたか、さすがに注意されそうだな。やたら金に執着しているだけで、ミリナは意外と常識人だからな。
「わたし、思ったのですが、全裸のメロスにマントを渡した少女とメロスのアフターストーリー、かっこ、セリヌンティウスにNTR、かっことじ、の二次創作を描いたら売れませんかね? もう著作権切れてるから、訴えられませんし」
なんて非常識な妖精だ。っていうか、地球の著作権は、こっちの星でも有効なのか!?
「どうして売れると思ってしまった!! ニッチ過ぎるわ! それ絶対、友情壊れちゃうからな!」
いや、待てよ。むしろ意外性があって良いのか? 悪くないのか?
「……でも、やっぱり気になるから、書いたら読ませてくれ」
ミリナの事だ、無料ではくれないだろう。1000円までなら買ってもいいかもしれない。
「わたしの描写は、未経験者には少々刺激が強いですよ? それでよろしければ」
「なんの未経験者だ!!」「なんの未経験者なんですかぁ?」
「「「…………」」」「なんですかぁ?」
食いついちゃいけないものが、食い付いてしまった。
「ずるいですよぉ! キミコにも教えてくださいよぉ! みんな、知ってるの、見たら分かるんですよぉ!!」
「キミコ、ちょっと待っていてくれ。すこし大人の会議がある」
キミコを穴の付近に残して、部屋の隅で会議開始だ。
「ミリナ、お前が言い出したんだから責任をもって説明しろ」
「あの、わたし大人じゃないので、この会議に参加する義務はないのですが」
「ミーちゃん、できるだけ婉曲にだよ? ストレートな表現は禁止! 分かった?」
「全然、聞いてませんね。……はぁ、分かりましたよ。婉曲にですね。……あの、何も思いつかないんですが」
「そうだな、恋の未経験者とか言っとけば、納得するんじゃないか? うん、悪くない。そして、嘘でもないから心も痛まない」
「えっ! それで良いんですか? ……後から文句言わないでくださいよ」
会議を終えた僕達は、もとの位置に戻って来た。さあ、いけミリナ! 渋々と、いった感じでミリナがキミコと向き合う。
「キミコさん、さっきの質問の答えは、行為の未経験者です」「「えっ!?」」
一文字増えてる!? どうしてそうなった!! もしかして故意なのか! 婉曲だけど、ぜんぜん婉曲じゃない! もうダメだ!
「好意の未経験者ですかぁ! 好きになった事が無いって事ですねぇ。キミコにも分かりましたぁ」
あれ? ダメじゃない!! 里緒菜も安堵した様子だ。
「でもぉ、好意の未経験者だと、どうして刺激がつよ」
誰でもいい! その先を言わせるな!
「話は終わりよ! ついて来て!」「おう!」「はい!」「ふぇ?」