失意と迷惑料
「彰悟くん、お喋りは後で、ですよぉ。次に行きましょう!」
キミコに注意されてしまった。確かに言う通りだ、次の部屋へ向かう。
3部屋目で、初めて生活感を感じた。ベッドや本棚、机などがならんでいる。この部屋には、姉妹も同居人も居ないようだ。隠れられそうな場所といえば、クローゼットくらいか?
クローゼットを、そっと開いて確認してみたところ、中に有ったのは女物の衣類と、一本の剣。ここは同居人の女の部屋のようだ。
「この剣は、柄に赤い石がはめ込まれてないし、普通の剣だな」
鞘から少しだけ剣を引き出し、刀身を眺めながら言った。
「いや、それは魔法兵器だよ。あたし達が使うような、自分の魔力を流して起動させるやつじゃないけど」
そう言う、里緒菜の表情は少し険しい。
「カートリッジ式ってやつか? カートリッジを入れる場所が無いみたいだけど」
見た感じは普通の剣で、カートリッジを収納できそうな場所は見当たらない。しいて言うなら、鍔の少し下に小さな丸い穴が開いている。
「腕や腰にカートリッジを挿入する機械を装備して、そこから伸びるケーブルを武器側のジャックに差し込んで使う物だよ」
なるほど、そんな魔法兵器も存在するのか。でも、それは悪い情報では無い気がするぞ。
「同居人は偽装でもなんでもなく、普通の人間種って事か。良い事じゃないか」
その方が助かる。亜人種の方が魔法を使う分厄介だ。
「確かに脅威度は低そうだね。でも、何も知らない家政婦や奥さんで、抵抗されなずに済む可能性は低くなったよ」
「佐藤氏の行いを、知った上で協力している、共犯者って事ですね」
また胸元から声が聞こえた。
「もし、襲ってきたらぁ、キミコがやっつけちゃいますよぉ!」
「キーちゃん、その時は、あたしがやるから手を出しちゃダメだよ。相手は人間種だから、手加減しないと死んじゃうからね。いろいろ話してもらわないといけないから、死なれると困るんだ」
その時は僕も大人しく見て行った方が良さそうだ。身体能力には慣れてきたとはいえ、微妙な力加減は、まだ自信がない。身体強化が発動してからは、全力で攻撃しても問題ない相手としか、戦闘した事がないのだ。
次の部屋に向かおうと、歩きだした時、小さな手が僕のシャツを引っ張る。
「次に向かう前に、その剣を遠くに放っておく事をお勧めしますよ。親切に凶器を残してあげる事なんて、ないですから」
「もっともだな。窓の外にでも放り投げておくか」
窓を開けて外を眺めると、その先は芝生の庭だ。これなら落下しても大きな音はしないだろう。右手に持った剣を全力で放り投げた。
クルクルと回転しながら飛んで行った剣は……あっ! 塀に激突して、ガシャンと音が響く。塀の外を歩いていた住民が驚いてキョロキョロしている様子が見えた。
「バカっ! 何やってんのもう。加減しなさいよ!」
また里緒菜に小声で怒られてしまった。いや、僕だってあんなに飛ぶとは思いもしなくて。やっぱり同居人の相手は里緒菜に任そう。
その後、1階の部屋を全て回ったが、収穫は一切なかった。今は、キッチンに来ている。このキッチンは使われていないようで、調理器具が一切ない。あるのはヤカンくらいのものだ。これを調理器具と呼んで良いのか僕には分からないけれど。
無駄とは思いつつも冷蔵庫も確認してみた。これも空っぽだ、毎日喫茶店でテイクアウトしているんだから当然か。
冷蔵庫の隣にある冷凍庫? これがちょっと気になる。とにかくデカいのだ、業務用冷凍庫ですか? こんなの動かしてたら魔力タンクの残量が、みるみる減っていきそうだ。扉を開いてみると、結構な大きさの、赤っぽい物体が収められていた。
「それは、羊肉だと思いますよぉ! すごいですねぇ、丸々一頭が6個もありますよぉ!」
キミコが妙に興奮している。羊肉が好きなのだろうか? でも我が家には丸々一頭を保存できるような、冷凍庫は無いので、間違っても買ってこないように後で言っておかないとな。
「調理器具がないのに、食材だけ仕入れて、どうする気なんだろうな? それに、食材のチョイスが偏りすぎだよな」
外で火を使って焼いたら捕まるしな。本当に、どうする気で買ったんだろう?
「しょう君、キーちゃん! そんなどうでも良い事、考察してないで次に行くよ」
うん、仰る通りだ。帰す言葉も無い。
続いて2階の捜索に移る。やはりと言うか、2階の方が空き部屋が多い。見る部屋、見る部屋、全て空で、家具一つ置いていない。君等3LDKで充分なんじゃないの? と、言ってやりたい感じだ。
2階の探索も大詰め、最後に開いた扉、やっと見つけた生活感を感じる部屋、そこには……。
「なあ、なんで誰もいない? アネルの姉妹は兎も角、同居人が居ないってどういう事だ?」
妖精種くらいしか隠れられないのを承知で、机の引き出しを開けながら、問いかけた。そこには、茶色の紙が、数枚収められていただけだった。
「わたしは、一度も目を離さず監視していましたよ。その時は絶対に家から出てきていないと断言できます」
「ミリナの事は疑ってないよ。そう聞こえたら悪かった」
会話している最中も、屋敷から眼を離さなかったミリナの事だ、もちろん信用している。
「キミコたちが、塔から家まで来る間に、出掛けちゃったんじゃないですかねぇ?」
キミコが獣耳をピョコピョコ動かしながら言った。
「この1週間近く、喫茶店以外に行かなかったのに、今日に限って外出か? いや、今日も喫茶店か?」
だとしたら、それほど時間をかけずに戻ってくるはず。
「しょう君、まだ開店してないよ」
そうだった里緒菜の言う通りで、この時間は営業時間外だ。
里緒菜が続けて言う。その表情には、隠しきれない落胆の色が浮かんでいる。
「女が居なかったのは予想外だけど、それよりも重要なのは、これからどうするかだよ」
それでも、言葉は前向きだ。確かに、ここで諦めるって選択肢は存在していない。
「佐藤氏が、戻るのを待ち伏せして、捕らえるのはどうですか? ガーディアン二人と、亜人種が二人いれば、佐藤氏一人を捕まえるくらい容易いと思いますよ」
ミリナの提案はどうだろう? 普通に考えれば、負けないだろうし、最悪それしか無い気もするんだけど……。
「最初に予定していた、最悪の場合の強襲作戦って、佐藤を捕まえて、その後家を探索して証拠を見つけるって感じだったんだよ。今は家を探索し終わって証拠が無い状態だろ? 戦闘に気付いて集まって来た人に、どっちが悪者に見えるかって話なんだよ」
「しょう君の言う通りだね。もし兵士が集まってきたら、勝っても負けだよ」
「じゃあ、住民に気付かれないように倒してぇ、どこかへ連れて行った後に、サミナちゃん達の居場所を聞くのはどうですかぁ?」
それしか無いと思う。時間をかけずに一瞬で終わらせる。拘束用の魔封の枷は、留置所から拝借しているから、それを使えば無力化できるはずだ。
「そうだね、キーちゃん。それで行こう。二人も、いいね?」
「ああ、異論は無いよ。玄関の所で待ち伏せしよう」
部屋を出ようとすると、クイクイクイッと胸元を引っ張られる。ミリナの合図だ。
「そういえば、お兄さん。引き出しに入っていた紙があるじゃないですか? あれ貰って行きましょう」
「そうだな、迷惑料として、頂いておくか」
実際の所、迷惑料としては安すぎるくらいだが。