侵入と空き部屋
1人で時計塔の中に居た時は、嫌になるほど、ゆっくりと時間が流れて行ったものだが、今日は逆に、流れる速度が速すぎる。ほんの少し雑談をしていたつもりが、随分と時間が過ぎてしまったようだ。
「加藤氏が、無事に目標を連れ出したようですよ。……佐藤氏が、加藤氏を残して北門に向けて走り出しました」
時計塔の位置は、佐藤の家よりも北に位置している。北門に向かうには、この付近を通り過ぎる事になる。
「皆、準備は良い? もう出発まで何分も無いよ」
確認する里緒菜だったが、実際準備が出来ていない人が居るとは思っていないだろう。これは遊びじゃない、失敗が許されない事など、言われなくても分かっている。当然のように、全員が頷いた。
しかし、しいて言うなら、僕には準備が一つだけ残っている。キミコの頭に向けて手のひらを差し出すと、ミリナが飛び乗る。あとは、胸のポケットに入らせれば、これで準備完了だ。
ミリナ係は、消去法で僕しか残らなかった。キミコの服は、着物に近い作りなので、洋服のようなポケットが無い。里緒菜の服には胸ポケットが付いているけれど、上に胸当てを付けているので入り込めない。結局、再生任せで防具を一切使用していない、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
時計塔の窓から外を見ると、こちらへ走ってくる人影が見えた。近付く速度からして、常人じゃないのは明らかだ。近付いてきた人影は、時計塔の方を振り向きもせず、真っ直ぐに走り抜けていった。
「よし、通り過ぎた。行くぞ」
僕の言葉がスタートの合図になり、全員で塔の階段を駆け下りる。外に出て、佐藤の走り去った方を確認したが、もう姿は見えなかった。
全力疾走で駆け抜けたって感じか。余程お急ぎのようだな。兵士達には被害を抑えるために必死に走って来たと見えるだろうが、実際の所は、少しでも家を空けておきたくないが正解だろう。
案外、予想よりも早く戻ってきてしまうかもしれない。急いだほうが良さそうだ。
時計塔から佐藤の家は、そう遠くない。全力で走れば、瞬く間に辿り着く。
人目が無い事を確認した後、3人揃って塀に向かって駆ける。塀の高さは3メートル程度で、飛び越える事など造作も無い。そのまま止まる事無く、邸宅のドア目掛けてひた走る。
試すまでも無く分かり切っていた事なのだけれど、金属製のドアは施錠されていて、押しても引いても開かなかった。鍵を破壊する事に躊躇いを感じる理由なんてありやしない、早速破壊だ、というところで気が付いた。時計塔のドアと違って、剣を差し込む隙間が無いのだ。ドアの端が、壁に覆いかぶさるような構造になっているみたいだ。
隙間が無いなら作ればいい。隙間を隠す部位ごと、切断しようとした僕の袖を、里緒菜が引いた「しょう君ダメ。時間的にも、騒音的にも窓を壊した方がいい」首肯で答える。異論はない、ドアを離れて裏手にまわり、丁度良い窓を探す事にした。
家の中には、監視中に確認した女性がいるのは、ほぼ間違いない。何れは気付かれる事にはなるだろうが、家に入り込む前に気付かれるのは最悪だ。
裏手に回るとすぐに、人が入り込むのに手ごろな大きさの窓は見つかったけれど、どうやって開けよう? 窓ガラスを叩き割るしかないのか? などと考えているうちに、里緒菜がダガーを取り出し、ガラスと窓枠の間を目掛けて突き刺した。
その作業を計2回、それだけでガラスが割れて、腕が入る程の穴が出来上がった。ダガーをしまうと、迷いのない動きで、空いた穴へ手をいれて開錠、家の中に入り込んだ。
「凄いな里緒菜、本職みたいじゃないか」
褒めたつもりだったけど、なんか言葉の選択を誤った気がしないでもない。
「後でいくらでも付き合ってあげるから、今は黙って行動しなさい!!」
小声で、怒られた。やっぱり選択を誤っていたようだ。
里緒菜、キミコ、僕の順で、窓から侵入する。その順番に、今回は……今回も、おかしな意図はない。窓を乗り越えた先にあるのは、何の変哲もない洋室だ。
フローリングの床に降り立つと、トンッと鳴った足音が、やたらと反響する。その理由は部屋を見渡せばすぐ分かる。家具が一切置かれておらず、使用されている感じがしない。
これなら響いて当然だ。しかし2階に使っていない部屋があるとかなら、分かるけれど、1階に使ってない部屋が有るってどうなんだ? 余程部屋を持て余しているとしか思えない。
僕達が入り込んだ部屋は、建物の角に位置していた。ここから順番に各部屋を見て回る事になる。外から窓を数えた感じ、恐らく部屋数は1階と2階を合わせて12部屋程度だと予想している。
さて、あまりノンビリとしている時間は無い。ドアを開けて、廊下の様子を探る。どうやら、通路に住人はいないようだ。黙って行動しろという、里緒菜の言いつけを忠実に守り、手をヒラヒラと振って、付いてこいと合図をだした。里緒菜とキミコも無言で後に続く。
手始めに隣の部屋のドアノブに手をかけた。こういう時は、ゆっくり開けて中を覗くのが正解なのか? それとも、蹴破るようにドアを開き、一気に雪崩れ込む方が良いんだろうか?
逆の立場で考えてみるか。部屋に居たら、ゆっくりとドアが開きはじめた。……驚いた後に身構えるな。部屋に居たら、決河の勢いでドアが開き、人が雪崩れ込んできた。……驚いているうちに手遅れになりそうだ。
よし、一気にドアを開いて部屋に飛び込んだ。勢いよく踏み込んだ足が、タンッと音を立て、その音が部屋に反響する。……この部屋も、無人の空き部屋だった。
僕の顔の下辺りから声が聞こえた。
「また空き部屋ですね。必要も無いのに大きな家を買うとか、わたしには理解し難い行動です。お金は大切にするべきですよ」
ミリナはポケットに手をかけて、室内を見渡している。
「全くだな、僕とキミコなんて、普通サイズの一軒家でも持て余してるってのに」
空き部屋があると、つい要らない物を放り込んで、物置にしてしまう。そして気付けば手を付けられないような事態に。
入居して少しだから、実際はそこまで行っていないけれど、約束された未来だ。
「彰悟くん、お喋りは後で、ですよぉ。次に行きましょう!」