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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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三姉妹と三種族

 なんだろう? ゆさゆさ、ゆさゆさと、体が揺れている。揺らされている。


 揺れる度に、思考の靄が晴れてきて、私は目を開け……る寸前だった! 危ない所だった、起きた事に気付かれたら負けである。絶対に気付かれてはならない。


 そっと薄目で確認すると、目の前でサラサラと揺れる銀色のワンレングス、不届き者の正体は次女のニコル(15歳)だ。


 そのまま視線を少しずらして時計を確認すると……まだ寝てから3時間しか経ってないじゃん。




「姉さん、ちょっと早く起きてよ! お父さんが呼んでるの。もう目、覚めてるんでしょ? ほーらぁ早く!!」


 まあ、予想はしていたのだけれど諦める気配なし。気付かれているなら仕方ない。


「ん……はようニコル……とりあえず父さんに、6時間後に行くって言ってきて。最優先……じゃあ、おやすみ」


 そもそも、私が朝方までベッドに辿り着けなかったのは、父の仕事を押し付けられたのが原因なのだ。さらに睡眠を削って手伝いなんて、まっぴらごめんだ。




「ほんとお願い、起きてよ! 事態が、どんどん悪化するから、1秒でも早く連れて来いって言われてるの」


 なんだ? 今日は、やたらと食い下がるな。だからこそ絶対に起きてはいけない。


「いや、みんな私の事、過大評価しすぎだし。チヤホヤされて育ったせいで、お高くとまってる、可愛いだけが取り柄の美少女って、近所でも有名だよ? 同性に疎まれる存在だよ?」


 安眠を得る為なら、自分を下げる事だって厭わないのだ。


「聞いた事ないよ、そんな噂! それ以前に、うちの周りは海と山しかないでしょ? くだらない事言ってないで……あっ! サミナ、ちょうど良いところに来た。こっちおいで」


 やられた! ニコルめ、汚い手を使うじゃないか!


 今、来たのは、三女のサミナ(6歳)世間の荒波に揉まれて、徐々にスレてきた二女とは違い、まだ純粋な心を無くしていない。私の心のオアシスだ。




「どしたの? ニコルお姉ちゃん」


 呼ばれたサミナが、テケテケと効果音を付けたくなるような足取りで部屋に入って来た。


「あのね、今、お父さんが困ってるらしくてね。それをアネル姉さんに伝えに来たんだ」


「そっかぁ! そうだよね。そうだよ! アネル姉様なら、どんなことでも直ぐ解決しちゃうもんね。できない事なんてないって近所でも有名なんだよね? 姉様が言ってたの!」


 まだツインテールが似合う、幼き顔に咲く笑顔。嗚呼、眩しすぎる。眠気に曇った眼が潰れてしまいそう。


 私も、サミナくらいの歳の頃は、ツインテールだったけど、なかなか乾かない髪に嫌気が差して、布切狭で、バッサリとカットしてしまった。今ではすっかりショートボブが定番スタイル。


 また伸ばしてみるのも悪くないかもしれないね。ツインテール姉妹とか可愛かったりしないだろうか?


 いや、ないな、ない。痛々しい事になりそうだからやめておこうツインテールが許されるのは恐らく12歳くらいまでだ。


「そうなのサミナ? さっき姉さんが、近所で、可愛いだけが」


 やめろお! その先を言わせるか!


「おはよう。サミナ、ニコル、とても良い朝ね。さて、話は聞かせてもらったよ」


 なんかニコルに、ジト目で見られてる気がするけれど、気にしたら負けだ。


 起きた時点で既に1敗してるのだから、これ以上は負けるわけにはいかない。連敗は姉の矜持にかかわるし。


「うん、おはよう姉様。姉様が活躍するところが見たいから、サミナも一緒に行くね。いいよね? いいでしょ?」


 とりあえず、何がどう困ったのかも聞いてないし、少しハードルを下げておいた方がよさそう。もし失敗して失望されたりしたら立ち直れる自信がないし。


「うふふ、サミナが褒めてくれて、お姉ちゃん嬉しいな。でもね? 各所で「観測可能な神」と噂になってるお姉ちゃんだけど、あれはメタファーであって、実際には人の子だから、やっぱりできない事はあるんだよ。例えばそう、死んじゃった人を生き返らせたりとか、時間を巻き戻すとかは……少し難しいかな?」


 嗚呼、また最後の最後で見栄を張ってしまった。少し難しいかな? ってなんだ! 凄く難しいよ!


 でも、神の力なんて無くても、不完全とはいえ、不老不死の技術は、既に普及しているし、時間を巻き戻すのは無理でも、時間を早める事は可能になった。


 絶対無理だと決めつけるのは早計かもしれないね。今後の努力目標にしておこう。




 部屋を出て、3人で自宅の地下にある研究室に向かっている最中なのだけれど、さてどうしたものか?


 サミナにとっての私は、地球で言うところのサンタクロースのようなものだ。


 完璧なお姉様を演じ続けなければ、夢を壊してしまう恐れがある。父さんと話している間だけでも、遠ざけておきたいのが本音だ。


「話しながら飲む、お茶を準備した方が良いかな?」


 そう呟くと、ニコルがサミナの手を引いて食堂へ向かって行った。これで15分は稼げたかな?


 向うのは地下一階にある父さんの研究室。3時間ぶりの入室である。


 室内の壁3面に埋め込まれた、煌々と輝くモニターの青色が寝不足の眼に痛い。


 トトトトトトトッと、輝度のマイナスボタンを連打しながら室内を見渡せば、父さんが、入力機器の設置された机の椅子で、比喩じゃなく頭を抱えてる。なに? そんなに酷い事になってるの?


 嗚呼、叶うなら全て見なかった事、聞かなかった事にして、今すぐに立ち去りたい。


「で、何があったの? 言われた通り、徹夜で監視衛星のリンクは復旧させたけど、次は何をさせようと言うの? ねぇ父さん?」


 眠さと作業の疲れで、刺々しい口調になってしまったけれど、反省はしていない。


 過去に、所属していた研究員が事件を起こして以来、この研究に正式に所属しているのは父一人だ。


 私達も手伝ってはいるが、やっぱり家族だけで運営するのは厳しいものがある。


 指示さえ出しておけば、作業は機械が自動で行うから普段は問題ないけれど、いざ不測の事態が起こった時は、大変な事になる。そう今回みたいに。


「昨夜の件は悪いことをしたと思っているよアネル。すまないがもう少しだけ力を貸してくれ」


「まあ、内容によるけど、とりあえず聞かせてよ」


「その前に、昨日発生した衛星のリンク途絶の件だが『治った。寝る』とだけ書いたメモを残して、部屋に戻ってしまったから、何も聞けなかったんだが原因は解ったか?」


 うん、確かに話してなかった。ええ、寝る事以外考えていなかったです。


 あの時は頭が回ってなかったけど、報告必須の超重要事項じゃん。嗚呼、さっき毒を吐いたのが悔やまれる。


「え、あぁうん、まぁね。もちろん原因は解ったよ。あれは故障じゃあないね、外部からの攻撃でほぼ間違いないよ。攻撃元は、しっかりと隠蔽されていたけど。……まあ、うちの監視衛星を止められる相手なんて、数えるほどしかいないよね。13番を管理している研究所が一番怪しいかも」


 顔色を伺ってみたけど、怒るでもなく、驚くでもない。この反応は、言われるまでもなく察してたってことだ。


 小言を回避できる可能性が見えてきたね。ここで、畳みかけてみよう。


「それでね。詳しい話をしなかった理由だけど、父さん程のひ…お方が、この程度の事に気付かないわけないし、わざわざ言うのは寧ろ失礼? みたいな? ところで、話変わるけど、私の将来の夢知ってた? 私、大きくなったら、お父さんのお嫁さんになるの!」


 胸の高さで両手を一人貝殻繋ぎ、顎を軽く左斜め下に引いて上目遣い。


『アームラ家の女豹』の二つ名を名乗る私が、全ての男を骨抜きにする女の武器その1『一番可愛く見える角度』である。


 まさか、はじめて使うのが実の父になろうとは、思いもしなかった。


「いや、お前な、それ小さい娘が言うから可愛いのであって、17にもなる娘に言われたら、父さんドン引きだ、何かもう鳥肌が立ったぞ」


 ポニーテールのみならず、パパ嫁にも年齢制限があったらしい。


「言ってくれたのがサミナだったら、父さん幸せを感じるんだけどな」


 とりあえず怒られなかったから良しとするけれど、鳥肌に乙女の矜持が傷ついた。後でサミナに『いやっ、こないで! パパ臭い!』と言わせよう。


「そろそろ本題に入るぞ。細かい事は後から話すとして、まずは直接見た方が早いな」


 画面一杯、所狭しと並んでいたグラフと文字列が消えて、次に現れたのはムービーウインドウ。


 映し出される場所は、見るまでもなく予想はついてる。魔鶏放牧実験用惑星、名前は無く番号で呼ばれる星『48番』だ。


 えっ…何、これ? 場所は予想できても、そこに有る物や者は、全くの予想外、想像の埒外、あまりに場違い! 思わず韻を踏むほど驚いた。


「ねえ父さん、魔鶏って頭に耳生えてたっけ?」


「生えてないな。聞かれる前に言っておくが、尻尾も生えていない」


 自分でもマヌケな質問だとは思うけど、聞かずにいられなかった。衛星の停止から復旧までに要した時間は、ちょうど24時間。向こうの時間だと1000年、進化で納得しようにも、とてもじゃないけど期間が短すぎる。


 次に考えるのは外の星から来た可能性だけど、なんだかなぁ、彼等が知的生命体なのは間違いなさそうだけど、そこまでの技術があるようには到底みえない。



 何匹いるだろう? 不規則に、粗末な藁ぶき屋根の住居が建てられている。区画も何もあったものじゃない。


「名前が無いと呼び辛いな、仮にあれを狼と呼ぶとして、他に2種類ほど観測している」



 次に映ったのは、狐の特徴を体の一部に持つ人型生物だった。さっきの狼と大差はないけど、どちらかというと狐の方が温厚そうな印象を受ける。……仮称は『狐』ってところか。

 



 次も動物シリーズかと思ったら、普通に人間と同じ姿じゃないか?


 私には、少し原始的な恰好をした、人間にしか見えない。今もモニターの中で動き回る人型生物を、別種として判断した根拠は何なのか?


 操作パネルをタップしてズームイン、人型生物をモニター一杯に映す。そのままグリッドを表示させると、身長は、ぴったり10マス分だ。


 今の縮尺が1マス2cm、成人男性で身長20cmか。ちっさいなぁ


 このサイズだし脅威度は低そうだ、素手でも圧勝できる気がする。仮称は『小人』で良いかな。


「この、ちっさいおじさんは、放って置いても問題なさそうじゃない? 弱そうだし、いくら魔鶏が脆弱だっていっても、流石にこれには負けないでしょ」


「そうでもないんだ、今見せた3種は全て魔法因子を持っている事を確認している。個体差はあるが、小人が一番因子のランクが高い。魔鶏じゃ束になっても小人一匹にすら勝てないだろうな。あと、おじさん以外もいるからな? おじさんだけじゃ種として繁栄できないだろ?」



 生き物であれば必ず持っている魔力。それだけでは何の役にも立たない魔力を現象に変換するのが魔法因子。


 今回この惑星で行っている実験にとって魔法因子は重要な意味を持つので、衛星に因子レベル測定機能は搭載している。


 小人さんは、7段階中、下から数えて4番目。レベル4ね……。まあ私の敵ではないが、倒すとなると的が小さくて面倒だし、万が一出会っても見逃してやることにしよう。


 命拾いしたな、いと小さき者たちよ。あと乙女に種の繁栄とか言うんじゃない。


「要するに、この魔鶏よりも強力な種が現れたせいで、魔鶏の生存圏が脅かされてるという事?」


「それだけだったら良かったんだがな。他にも因子を保有した生物が確認されている。現在確認されているだけで、知性を持たない動物と植物の計109種だ」


 嗚呼、簡潔に言うと、最悪って事だね。


「可愛いだけが取り柄のアネルには、父さんの愚痴を聞くことくらいしかできないけれど、それでも良ければいつでも話を聞くからね? お父さんファイト! それじゃおやすみなさい」


「聞かなかった事にして、投げ出したくなる程には最悪な事態だと解っているんだろ? そろそろ真面目に話をしないか?」



 まあ、逃げられるとは思ってなかった。


「うん、いいよ。その前に、ニコル、サミナ入っておいで」


 気を回しすぎるニコルのことだ、聞かせたくない話だから、遠ざけられたと思ったんだろう。


 でも、これからの事を考えれば、聞いておいてもらわないと困る。


 ニコルが私の向かいの席へ、サミナは私の前まで走って来て、上目遣いで見つめてきたので、持ち上げ膝の上に座らせた。


 羨ましそうな顔をする父さんを見て、若干溜飲が下がった。鳥肌の件は、不問に処してやろう。


「要するに、魔鶏が駆逐される前に、狐、狼、小人の3種を絶滅させる必要があるんでしょ? 同時進行で、因子含有植物を全て駆除するか、魔鶏の口に入らないように遠ざける」


 言うのは簡単だけれど、やるのは骨が折れる作業だ。今、この瞬間にも、その数を増やし続けているのは想像に難くない。分布する範囲が狭いうちに潰さないと。


「そこまで理解しているなら、話が早いな。父さんが48番で指揮をとるから、アネルは地球で駒を集めて、48番に送り込んでくれ。認可の降りている106枠、全て使って構わない」


 今回の実験が失敗した場合に、一からやり直す為には、捕獲枠を残す必要がある。それを全てつぎ込むって事は、失敗が許されないって事だね。


「うん、いいよ。行くしかないもんね。ただ役目は逆だよ。父さんが地球に行って、私が48番に行く。それは、譲らないよ」


「姉さん駄目だよ! そんな事したら……」


 私の腕をギュッと握りながら話す、ニコルの表情には、不安の色が浮かんでいた。


「大丈夫だよニコル。17歳も20歳も大差ないよ。もし後で嫌になったら、自分で解呪を完成させればいいだけだよ。そのジャンルにおいて、私は天才だよ? これは、ご近所ネタじゃ無く真実だから、何にも、心配いらないよ?」


「アネル、親として、お前にそんな重荷を背負わせる事はできない」


 父さんが、いつになく強い口調で言うが、私の決意は変わらないよ。


「父さんが行ったら駒が揃う前に、死んじゃうのが目に見えてるよ。それこそが、重荷ってやつだよ」


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