表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
45/76

ウエイトレスと安息の地

「お前たち! そこで何をしている!!」




 衛兵に声を掛けられた。これは、まいったぞ。警戒は怠っていなかったはずなのに、接近に全く気付けなかった、一角の兵士かもしれない、油断は禁物だ。


 もし人間種の兵士に見つかった場合の対処方その1、相手が1人だった場合『死なない程度に殴って、昏倒させた後、キーちゃんが魔法で治療して、その後適当に縛って、人目につかない所に放置。死なないように、日々のお世話を忘れずに』だ。


 でも、それは最後の手段だ。まずは誤魔化せるか試すの先だ。男を監禁して、お世話をする趣味は僕にはない! いや、これは誤解を招くな、女でも御免だ。口に出さなくてよかった、危うく変態貴族認定される寸前だった。


「僕は、彼女たちを家に送る途中なんだ……け……はぁ。久しぶりだな」


 見覚えのある顔だった、言い訳をするだけ無駄ってやつだ。


「これは笹塚様ではありませんか。お久しぶりです。キミコ様も、アルミラージ討伐の際はお世話になりました!」


 出会ったのは、アルミラージから僕が助けた兵士だった。現状、敵意を向けられている感じは無い。やり過ごせるか?


「しょう君、知り合いなの?」


 里緒菜は、初対面か。まあ住んでる街でもなきゃ、兵士の顔なんて知らなくて当然か。


 細かく説明する時間はない、前に寄った時に知り合った、とだけ答えておいた。


「笹塚様、もし宜しければ私の家にいらっしゃいませんか? お困りなんですよね?」


 お困りか、これは手配書が出回っているって意味で間違いないだろう。僕達が森の中を歩いている間に、ガーディアンか騎兵あたりが追い抜いて、先にモセウシに到着していたって事だと思う。


 田辺の可能性も0ではないけれど、あの様子だと違う気がする。……さて、どうするか?


「僕達がおかれた状況を、理解したうえで提案しているのか?」


「はい、わかった上で提案させていただきました」




 連れて来られたのは、2階建ての建物で、外に階段があり一階と二階に扉が2個ずつの計4個。昭和に建てられたアパートのような構造だ。立地は役場まで徒歩30分、佐藤の家まで徒歩20分、僕達にとっては最高の物件だ。


 兵士、いや名前を聞いたんだった。加藤は、まだ見回りの仕事があるという事で、僕達を家に通し、合鍵を渡した後に街へ戻っていった。


 外から見た感じで、ワンルームかと思っていたけれど、中にはリビングと、もう一部屋あった。暫く世話になる事になると思うし、遠慮していても始まらない。全体を見て回ったところ、シャワー室を発見した。湯舟は無いけれど、ずっと外を旅してきた僕達にとっては有難い事この上ない。




 部屋に無造作に立てかけられた、魔導兵器ではない、ごく普通の剣を鞘から引き抜き、刀身を眺めながら里緒菜が話しかけてきた。


「加藤君って言ったよね。彼は信用に値する人間なの?」


「僕は信用しているよ。でも根拠は聞くな、答えは持ち合わせていない」


 信用しているんじゃなくて、信用したいってのが正解かもしれない。


「根拠を聞くまでも無く、答えてるじゃん! ……まあいいか、通報されたら当初から予定していた、強硬手段に打って出るだけだからね」


 キミコが挙手した、どうも意見があるようだ。


「面倒な事は止めて、最初から襲撃した方が、良いと思うんですよぉ! その方が早いじゃないですかぁ。本当は、あまり使いたくないんですけどぉ、もしやるなら、キミコが魔法で家ごとバラバラにしますよぉ」


「キーちゃん、どんな魔法を隠し持ってるのかしらないけど、それやって証拠が出て来なかったら、今度はテロリストとして追われる事になるから、絶対やっちゃダメだよ?」


「僕的には、家ごと吹っ飛ばすのも本人を襲撃するのも、大差ないと思うけどな。でも、家ごと証拠まで吹っ飛んだら、目も当てられないから却下」


 キミコは『障害物は、避けるより壊した方が早い』と信じ、忠実に実行する生き物だ。冗談で言っていると勘違いして『やってみたら?』なんて言ってしまった日には、破壊の嵐が吹き荒れる事になる。


「せっかく拠点もできたんだし、明日から、頑張って証拠を集めしてもらおう!しょう君に」「えっ!?」




 日が昇る、いや灯る頃、加藤が1人で家に戻って来た。念のためキミコと里緒菜が交代で見張りをしていたけれど、杞憂に終わったようだ。加藤を交えて1時間ほど情報交換をした後、僕は一人で街へ向かった。


 今日の僕は、帽子を被り伊達メガネをかけている。両方とも加藤から借りたものだ。この街の衛兵は、変装しての張り込みや、潜入などをする事があると言っていた。その為に用意した物なのだろう。


 僕はこの街に3日間滞在したといっても、北側一角から動いていなかったし、その北側の住民だってガーディアンだとは思ってもいないはず。


 僕の事を知っているのは、役場の人間と一部の兵士、後は、宿の人間くらいのものだ。僕一人なら、気付かれる可能性は極めて低いだろうという事で、単身で調査を行っている。


 なおキミコと里緒菜は、今頃加藤の家で、交代で眠っているだろう。 里緒菜は、顔を知っている人が多すぎて、キミコは、よそ者の人狐というだけで目立ちすぎて、どちらも調査には向かないという判断で、僕一人が歩き回る事になった。


 加藤の話だと、この街で僕達が追われている事を、確実に知っているのは、兵士と役場の人間、あとは佐藤だけらしい。それ以外だと、役場を訪れた時に掲示された手配書を見た住民達がもしかして、という事だ。


 手配書の内容は『スパイ容疑』という事になっているらしい。凶悪犯が脱獄とか書かれていたら、住民の間で話題なりそうだけれど、ただのスパイ容疑じゃ面白味が無さすぎて、話題のネタになりにくいと思う。恐らく部長の配慮なのだろう。 


 佐藤の家は、すぐに分かった。家の前に看板のようなものが設置してある。『ガーディアン詰所』緊急時は、この看板を目印に住民が助けを求めたりするらしい。


 王都は防衛本部があるから、自宅にこんな看板は立てないけれど、地方の街では当たり前の事のようだ。


 佐藤の自宅は、広めの庭がある洋風の邸宅といった感じだ。この街にも国が所有するガーディアン専用の貸家があるって話だが、佐藤はそれを拒否して自分で住宅を購入したようだ。


 異動命令とか出たらどうする気なんだろう? 別荘にでもするつもりなのか? まあ、そんな事はどうでも良いか。


 暫くは屋敷の入り口が見える、近くの喫茶店で時間を潰していたが、さすがにそろそろ限界だ。


 ウェイトレスの視線が痛い。中々繁盛している店のようで、お客さんが多いのも居心地の悪さに拍車をかける。もう、キミコに頼んで屋敷ごと爆破してみてはどうだろうか?


 しかし、待てど暮らせど佐藤は屋敷から出て来ない。やむなく店を出た僕だったが、さて、どこで張り込めば良いのだろう? 1時間くらいなら道端に立ち尽くしていても、ギリギリ待ち合わせか何かと、納得してもらえそうだが、それを過ぎてくると、不審人物として衛兵のお世話になりそうだ。


 本当に困ってしまった。調査は今日で終わると決まったわけじゃない。むしろ今日で終わるなんて思っていない。僕は、明日もあの喫茶店に行けるのだろうか? いや、行けるわけがない。


 街の中心にそびえ立つ時計塔を見ると時間は15時、一回前に見た時は14:55だった、まだ5分しか経っていないじゃないか。時計に嫌がらせをされているんじゃないか、なんてバカな考えまで浮かんでくる始末だ。


 よしっ、時計に仕返しをしに行こう! やって来たのは時計塔、周りに2メートルくらいの塀が有って、塔に近付けなくなっている。人目が無い事を確認して、塀を飛び越え中に侵入した。


 中に入ると、すぐ目の前に管理用の入り口と思われる扉があった。ドアの取っ手に触ってみると、砂ぼこりを被っていたようで、触ったところに手形が付いた。ノブを回そうとしてみたが、鍵がかかっていて開ける事ができない。


 ノブの汚れから考えると、暫く人は来ていないって考えても良さそうだ。帯剣して歩くと目立つのでMKG-5は、加藤の家に置いてきた。代わりに里緒菜のサブ武器のMD-2を借りてきている。


 僕は、MD-2を鞘から抜いて、ドアの隙間に差し込み、上から下に刃を滑らせた。ドアノブの横の位置で抵抗を感じ刃が止まる。鉄でも切れると言う里緒菜の言葉を信じて、全力でダガーを下に押し下げると、キンッと冷たい金属音を放ち、デッドボルトが切断された。


 鍵が切断されたドアを開いて、時計塔の中に入り込むと、塔の中は螺旋状の階段があり、一番上に取り付けられている、時計まで上がれるようだ。


 僕の目的地は階段を上った先にある時計の裏ではなくて、外から見た時に発見した、時計の下にある窓だ。


 窓まで辿り着いた僕はマジックスコープを起動して、佐藤の屋敷の方向へ向けた。うん、良い感じじゃないか! ここからなら、屋敷のドアまで見える。今までの気苦労は、なんだったんだろう? 明日からは、パンと飲み物でも買って来て、のんびと快適な見張りライフを楽しもうと思う。


 もう、ウエイトレスの冷たい視線に傷つく事がないと思うと、なんだか幸せな気持ちになった。また幸福ラインが下がったのではなかろうか?


 一日目は、18時頃に屋敷を出た佐藤を確認、何処に向かうのかと思ったら、僕が張り込んでいた喫茶店に入って行った。暫くすると店から出てきたが、手に大きな紙袋を持っている。はい、テイクアウトですね。そのまま家に帰る佐藤、その後人が出てくる事は無かった。


 深夜になり、屋敷の明かりが消えた事を確認した僕は、加藤宅に戻って来た。夜勤に向かう加藤に、ここ最近の佐藤の動きを、それとなく探って置いて欲しいと頼んでおいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ