人間の常識と新たな旅立ち
僕とキミコは、本部の地下にある留置所にいる。
腕に付けられた魔法を封じる、魔封の枷が少しばかり鬱陶しいが、外で野宿をしながら旅をしていた時に比べれば、快適な暮らしだ。いつの間に僕の幸福ラインは、ここまで下がっていたんだろう?
ここは、留置所の一番奥に位置していて、ここに辿り着くまで他の檻を見たが、拘束されている人は一人もいなかった。刑務所は別にあるようで、ここは一時的に拘束しておく施設だと言っていた。
キミコは、僕の横の檻にいる。ここからじゃ何をしているか分からないけれど、時折鼻歌が聞こえてきたり。僕に世間話を投げかけてきたり、どうやら落ち込んでいる様子は無いようだ。
ここに入って何時間くらいたったかな? 時計もなければ、窓も無いので、時間の経過が全く分からないのだ。
いつまでここに居る事になるんだろう? 里緒菜が頑張ってくれる事を祈るし「おまたせー! 助けに来たよ!」なんか、フードを深く被り、マスクで顔を隠した、里緒菜によく似た声の人がやって来た。まあ、里緒菜なんだが。
「なんか無実を証明して、堂々と助けに来たように見えないんだが気のせいか?」
「助けるとは言ったけど、無実を証明するとは、一言も言っていないのだよ!」
そうきたか、確かに言われてないな。この先の行動は、やっぱりあれか?
「脱獄しろと?」まあ、選ばなかった選択肢に進むだけだ。それも、悪くない。
「そう、それ! もう看守を昏倒させて来ちゃったし、後には引けないよ?」
それは、里緒菜も最悪の立場に、なりかねないんじゃないか? 無茶をするよ。
「大丈夫だ。後に引く気なんてサラサラないから。感謝する」
里緒菜が、奪ってきた鍵で、檻と枷を開錠し、3人揃って本部を抜け出した。途中で気を失っている人を3人ほど見かけたけれど、服装や装備を見た限り、ガーディアンでは無く、普通の人間種だったみたいだ。そりゃ里緒菜に勝てるはずもない。
没収された武装と荷物も、本部に残っていたので回収してきた。それこそ、見つけてくださいと言わんばかりの場所に、おかれていたのだ。
外に出ると、既に辺りは暗闇に包まれていた。今日は雲が掛かっていて、常夜灯の明かりを遮ってくれている。逃走するには、中々良い塩梅だ。
音を立てないよう気を付けながら、滑り込んだ民家と民家の隙間で、今後の確認をする。ギリギリ聞こえるだろう大きさの声で話しかけた。
「これから、どうする気だ? 完全にノープランで助けに来たってわけじゃないんだろ?」
「もちろんだよ。壁を越えて王都を出るよ。そしてモセウシへ向かう」
「モセウシですかぁ! りっちゃんも一緒に行くんですよねぇ?」
「里緒菜は、無理についてくる必要はないぞ。これは僕の問題だ」顔を見られていないなら、王都に残るって選択肢も残されているはずだ。
「行くよ。後で詳しく話すけど、犯人の目星は付いてる。あたしも、そいつに用が有るから」
目星がついてるだって? 本当なら、ありがたい。正直、逃げ出したところで、僕には誰が犯人か想像すらつかない。候補の一人すら浮かんでこない。
次の行動を確認した僕達は、家の陰から抜け出して、街の南東、工場地帯へ向けて走った。その方向がモセウシに一番近いだけでなく、民家が少ないので、人に出会いにくく、壁を越える際も発見されにくいからだ。
キミコが獣の耳をピョコピョコ動かしながら言った。
「なんかぁ、来た方向から、鐘の音みたいなのが聞こえませんかぁ?」
耳に意識を集中してみたけれど、それらしい音は聞こえてこない。
「多分、気付かれたね。早いな、あまりにも早い。多分密告したやつか、その仲間に見張られてたんだと思う」
「僕には、そんな音聞こえないぞ、里緒菜も聞こえたのか?」
「人狐と人狼は、人間種よりずっと耳が良いから、キーちゃんが言うなら間違いないよ」
「はい! 間違いなく、鳴ってますよぉ。でも、今のところ、こっちに向かって走ってくる足音は聞こえないですぅ!」
そっか、飾りじゃないんだな頭の耳は。しかし、まずい状況だ、せめて王都を出るまでは気付かれたくなかった。
「心配いらないよ。普通の兵士じゃ、あたし達3人を捕まえるのは無理だから。ガーディアン相手でも1人なら問題なく倒せる」
「倒しちゃっていいのか? 後々問題になりそうな気がするんだけど」
「それしかないじゃない? 万が一、ガーディアンと戦闘になった時は、一切遠慮しちゃダメだよ! 中途半端に傷つけるのを繰り返すと、本当に殺してしまうから。一気に破壊して、再生の時間で逃げる。それが相手のためだからね」
「わかった、心に刻んでおく」
人は切りたくないとか、甘ったれた事を言ってる場合じゃないもんな。そうだ、殺すわけじゃない。殺さないために全力で倒す。
「やっぱりぃ、こっちに向かってくる人は、居なさそうですよぉ! 全然違う方向に走る足音がいくつか聞こえましたぁ!」
里緒菜が肩越しに後ろを振り返りながら言う。
「多分、逃げ出した事に気付いても、逃げ出して何をしようとしているのか、分からなくて、本部付近から手あたり次第、探し回ってるんだと思うよ」
「今のうちって事か、急ごう!」
追い付かれる事なく無事、壁までたどり着けたまでは良いんだけど、これどうやって上るんだ? バカみたい高いわけじゃないけれど、飛び越えられるとは、到底思えない。高さ15メートル位だろうか?
「これどうやって上るんだ?」
「キミコがぁ、壁に穴を開けましょうかぁ?」「「却下」」揃った。
「そこは、聞かなくても気付いて欲しいところだよー。まだまだだね、しょう君は! シールドを使えば、簡単だと思わない?」
「なるほどな、シールドを地面と平行に設置して、足場にするって事か」
「ただ、光って目立つから、二人で交互にシールドを張って、短時間で上るよ」
里緒菜が頭上に作り出した障壁に3人で飛び乗り、すぐさま僕が準備していた障壁を斜め上に呼び出す。繰り返す事6回、約12メートルの高さまで上がった僕達は、そこから壁に飛び移った。
壁の上から、街の方を見渡すと、複数の魔導ライトの光が、こちらに移動しているのが見えた。おそらく障壁を張った時に、青く光った魔法陣に気付いたんだろう。
「これ、飛び降りたら怪我しないかな? 上から見ると高いな」
「しょう君さ……。もし怪我しても、すぐ治るよね? それは躊躇う理由になりません。キーちゃんも、怪我は魔法で治せると思うけど、私達の再生の方が早いから、しょう君がキーちゃんを、おんぶして飛び降りなさい。これ先輩命令!」
どうも、人間の常識が抜けきってないな、僕は。いや、今でも人間なんだけれど。とりあえず言われた通りにしておくか。
「腰を圧迫骨折しそうだな。でもまあ、先輩命令じゃ仕方ない。キミコこい!」
キミコを背負った僕と、里緒菜は、壁から飛び降りる。こんな時は、あっという間に地面に辿り着けば良いのに、無駄に思考が加速する。ゆっくりと地面が近付いてくる、ああこれは、絶対痛いやつだ。
……そして、着地! 足裏から膝まで電流が走った、これは痺れる! でも、強い痛みは、やってこない。折れてない? どんだけ頑丈になったんだ、僕の体。里緒菜に至っては、足にきている素振りすらない。
「飛び降りた時にぃ、お腹の所がキューってなる感じが最高でしたぁ! キミコ、癖になりそうですよぉ! 次はもっと高い所から飛び降りたいですぅ!」
「15メートルで我慢しとけ! その快感は、叔父さんの草よりも、直線的に終焉の扉に繋がってるからな」
この娘には絶対にギャンブルとかやらせたらダメだ。逸れる事の出来ない、破滅への一方通行、入り込む前に阻止しなくては。
「二人とも余裕だね。さあ、このまま森まで走って、一度身を隠すよ!」
こうして、僕達は無事に王都を抜け出す事に成功した。でも、まだスタートを切ったばかりだ、次の目標は、モセウシの街。必ず辿り着いて、僕に濡れ衣を着せた犯人を捕まえる。