密告と投獄
僕と里緒菜、キミコの3人は、王都の外での実戦訓練を終えて、街へ戻って来た。
しかし、これで終わりではないって話だ。運動して、体の感覚を掴むって話だったけど、一体何をさせられるのか?
どんな運動でも、魔獣との戦闘よりはマシだと思うのだけれど、やたら張り切っている里緒菜が少し怖かったりする。途中で何をするか聞いてみたが、ニヤニヤしながら流されてしまったのが、不安を更に増幅させているのだ。
必要な事なのは、自分でも重々理解しているけれど、お手柔らかに願いたいな。なんて考えていたら、門を通り抜けた先で止められた。
僕達を停止させたのは、5人の男女。年齢や服装はバラバラの5人、そんな彼等には、一つの共通点があった。全員が何かしら武装していて、その武器にルモイ王国の紋章が刻まれている。
兵士であれば統一された装備を使っている、目の前の5人は、剣だったり、槍だったり、それぞれ別の武器を所有していた。恐らく全員ガーディアンだ。なお一人は確実にガーディアンなんだけど。
面識があるのだ、むさっ苦しいロン毛で、やたらと線の細い長身の男性、彼は田辺 達也、本部に詰めている事が多いガーディアンだ。
ただの出迎えであれば、嬉しいんだけど、そういった雰囲気じゃない。柄に手をかけ、すぐにでも抜剣できるよう構えている。そんな彼らを出迎えと勘違いするような、お目出たい人間はそういない。
「ただいまですよぉ! 迎えに来てくれたんですかぁ!」
そう、僕が知っている限り、一人だけだ。
「ちょっと、一体何のつもりなの? 仲間に向かって、剣を抜く構えを見せるとか、冗談でも許さないよ」
里緒菜も事態を把握していないようだ。かなりご立腹の様子で、その怒りを隠す気がない。
「怒るな里緒菜、用があるのは、そっちの二人だ」
口を開いたのは田辺だ。剣を抜く構えを見せておきながら、その口調は普段と変わらず、抑揚が少ない、感情をあまり感じさせない、そんな喋りだ。この人は、本当に喜怒哀楽が掴み難くて困る。
「それで、僕とキミコに何の用が有るんだ? 威嚇されるような事をした記憶は、全くないんだが」
本当に欠片も身に覚えがない、この星に来てからは、どんな軽犯罪だって起こしていない自信がある。そう僕は……。
あっ! もしかして、キミコか! 疲労がポンと飛んでいく草を、持ち込んだりしたんじゃ……。やばいよ! そうだったら、どうなるの!?
そうだ! キミコは、まだ16だから。少年法とか適用されたりしないだろうか? ……くっ! 落ち着いて考えた事が、それか! 日本じゃないのに少年法も何もあったもんじゃない! いよいよ混乱してきた。
「とりえず、武器を渡して、本部までついてこい」
相手は、抵抗するなら戦闘も辞さないという意思を見せているし、従うのが最善だよな。最悪、魔法でだって戦える。僕は、武器を渡して、彼等の後に続き本部へ向かった。
どうもKMS-1Pは、武器として認識されなかったようで、キミコが持ったままだ。
連れて来られた本部の応接室には、部長が1人で待っていた。
僕達を連れてきた5人も応接室に入ろうとしたが、部長が外で待つように告げると、渋い顔をしながらも、部屋を出て行った。今、部屋に居るのは僕、キミコ、里緒菜、部長の4人だけだ。
「さて笹塚、ここに来てもらった理由なんだが、先日、匿名で密告が有った。内容は、こうだ『貧民街で、魔力タンクの充填を行っていたガーディアンが、王都の外で、蓮井 琉々奈と密会しているのを目撃した』という内容だ」
……なんだ、それは? 当然、僕は蓮井さんと会ったりなんかしていない。それ以前に、街の外にだって一回も出ていない。この街に来てから、外へ出たのは今日が初めてだ。
「部長、僕は、蓮井さんに会ったりしていない。それ以前に、街の外にだって出ていない。門番に聞いてもらえば分かるはずだ」
「確かに門番は、笹塚が外に出た姿は確認していないと言っていた。だが、ガーディアンなら、壁を越えて外に出る事など容易い。それだけでは、身の潔白は証明できん」
「じゃあ、どうしろと?」本当にどうしろと言うんだ。やっていない事を証明するのが難しい事だと分からないのか? 部長だって日本人だったんだから、悪魔の証明って言葉くらい、聞いた事があるだろうに。
そんな事を考えていたら、部長がテーブルの上に、何かの機械を乗せた。片手で握れる大きさの、プラスチックのような質感の筐体。中央付近に複数のボタン、その上には液晶がある。その液晶とボタンを挟むように、上と下に小さな丸い穴が複数、規則正しく並んでいる。トランシーバーか通信機? そういった物に見える。
なんとも、世界観ブチ壊しなアイテムだ。世界観なんて楽しむ気は無いから、大いに壊してもらって結構なのだが。これを見せて、何だと言うのか?
「悪いと思ったんだが、訓練で外へ出ている間に、笹塚の家を調べさせてもらった。その時、見つかったのがこれだ。これは、蓮井が一度、拘束された時に没収した機械と同じものだ」
僕は、こんな物を見るのは初めてだ。
「キミコ! これに見覚えは有るか?」
「ふぇ? キミコは、これ初めて見ますよ? なんですかねぇこれ?」
キミコも知らないなら考えられるのは……誰かに嵌められた?
「僕は、こんな物は知らない! キミコも、今言ったとおりだ!」
「恐らくこれは、通信機だと思うんだが、ボタンを押すとパスワードを求められて、操作できん。パスワードは分かるか?」
「人の話を聞いていたか? 僕は知らないと言っている! それ一個見つけただけで、僕が裏切ったと決めつける気か!」
「俺は、分かるかと聞いた。教えろとは言っていない。正直な所、笹塚が犯人だとは思っちゃいないんだ。……こんな物を、少し探せば見つかるような所に、隠していること自体がおかしいし、匿名の密告といい、いかにもって感じだ」
部長の言う通り、罪を着せる為の手口が、あまりに幼稚だ。それに気付いてくれたのは助かったが。
「それなら」最後まで言う前に、部長が言葉をかぶせる。
「だが、見つけてしまった以上、何もしないわけにはいかん。これから調査するが、結果が出るまで自由に歩かせる事はできない。それは、理解できるな?」
部長が言っているのは当然の事だ、理解できないわけがない。でもさ。
「ああ、理解は出来る。逆に聞くけど、身の潔白の証明を、他人任せにしたくない気持ちは、理解できないか?」
里緒菜に、後ろから肩を掴まれた。
「しょう君、今は従って。悪いようには、しないって約束するから」
「でも、里緒菜……」
「ここで抵抗すれば、外に居るガーディアン全てを敵に回す事になるよ。無理を承知で言う。あたしを信じて」
そう言った里緒菜の目には、強い意思の光が宿っていた。
ここに居る全てのガーディアンを振り切って、追跡を逃れながら、犯人を捜した場合の成功率と、里緒菜に任せた場合の成功率。比べるまでも無いのかもしれない。
これは僕一人の問題じゃない、キミコだって巻き込まれている。狙われたのはどう考えたって僕だ。
やはり自分で探したいのが本音だ。本音だけど……。
「わかったよ、里緒菜に任せる。出来れば僕達二人を、最悪でもキミコだけは、助けてくれ」
「ええ、任されたよ。すぐ助けてあげるから、安心してまってなさい!」