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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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人間になった日

 少し遠回りになるらしいが、近くにある小さな村へ寄ってから、神都ってところに行くらしい。


 理由は、アタイの見た目が酷すぎるって話だ。


 まあ、自覚はあるんだよなあ。服なんて20年間着っぱなしだし。髪はボサボサだし。こんなんで大きな街に行ったら皆に指をさされそうだ。


 途中で何度も魔獣に襲われたが、アタイが手を出すまでも無く、シアルと笹塚が片付けてしまって、全く出番が無かった。少しは、役に立ちたいんだけどなあ。


 歩き始めてから、二日目の夕方に目的の村に辿り着いた。


 村の住民は、頭に狐耳が付いてた。目の前に狼耳が付いた人がいるのに、今更おどろいたりは、しないけどさ。


 村の中でも一番大きな建物が目的地だったらしい。そこは、笹塚の仲間の実家って話だ。


 こんな汚いなりで尋ねたら、嫌な顔をされるんじゃないかって心配だったけど、笑顔で迎え入れてくれた。


 休む間もなくシアルとミリナが服を買いに出掛けてしまった。残されたアタイは、風呂に入らされた後、首に風呂敷みたいなのを巻かれた状態で、椅子に座っている。


 アタイの耳には、ジャッジャッジャッ、ジャッジャッジャッと、懐かしい音が響いている。これも20年近く聞いていなかった音だ。


「佐野って、髪はどうしてたんだ? 完全に伸ばしっぱなしってわけじゃなかったんだろ?」


 笹塚は、話しながらも手を止める事無く、髪を切り続けている。


「んー。拾ったナイフで適当に切ってただけだ。誰に見せるもんでもないからなあ」


「そっか。そういえば知ってるか? 間違って髪を切りすぎたら、どこでも良いから適当に切り傷とか付ければ、切った髪まで、一緒に再生するんだぞ」


 それでか。頭に噛みつかれた時は、髪が元に戻ったのに、髪だけ千切れた時は、元に戻らなかったのは。


「初めて知った。でもなあ、失敗すんなよ。痛いの、やだかんなあ」


 ん? もしかして、こないだ、髪が綺麗になってたのも、それと関係あんのか? たしか岩が頭に当たったって言ってたなあ。……まあ、いいか。そんな事。


 規則正しく鳴り響くハサミの音を聞いているうちに、どうやら眠っちまったみたいだ。


 目が覚めた時には、首に巻かれた風呂敷は取り払われて、前方に設置されているテーブルの上には、さっきまでは無かった洋服がたたんで置いてある。


「おはようございます。佐野さん。洋服の準備は整っているので、まずは着替えて来てください」


 シアルが、テーブルの洋服を手に取ってアタイに渡してくる。


 少しだけ鼓動が早いな……。せっかく良くしてくれているのに、人狼というだけで、一瞬肩に力が入ってしまう。頭では分かってるはずなんだけどなあ。


 渡されたのは……、えっ……、み、水色のワンピースかあ。いや、昔ならいざ知らず、37歳のワンピースって……。まあ、贅沢は言えないかあ。


 笹塚が気を使って部屋を出て行ったので、さっそく着替えた。


「このボロとも、お別れかあ。世話んなったな」


 周りから見たゴミだろうが、20年も着続けた服には、結構な思い入れがある。今じゃもう見る影もないが、元の世界でも、お気に入りの服だったし尚更だ。


 着替えた後に、髪を触って長さを確かめてみた。肩より少し長いくらいかあ。シアルと同じくらいかなあ?


 ゲッ! 前髪作ってやがる。しかも真っ直ぐだ。ワンピにパッツン前髪とか……。


 前髪を触っていると、笹塚が戻って来た。人の姿をジロジロ眺めてきて居心地が悪いったらない。


「見違えたな。野生児だったころの面影が全くないよ。うん、悪くないな」


「ええ、わたしも驚きましたよ。なかなかの美人さんじゃないですか。劇的ビフォーアフターですね」


 ミリナまで、一緒になってアタイをからかってくる。


「やめろよ。あんま、見んなよお。おばさんがワンピース来てるとか、痛々しいだけだろ? もう37なんだぞ」


「お前は、シアルにケンカを売っているのか? 今のうちに謝っておけ」


「なんで、そうなるんだよお。シアルってアタイより年上なのか? 20歳くらいに見えるぞ」


 なんか失礼な事を言ったかと心配したけど、シアルは怒るでもなく、少しの間、声を出して笑った後、優しい声で教えてくれた。


「佐野さん、私は1206歳ですよ。37歳なんて子供みたいなものです」


 冗談? なんていう人じゃないよなあ。って事は、種族か。


「……そうかあ、人狼って長生きなんだなあ。それに、見た目も変わらないって事かあ」……羨ましい限りだ。


 せめて後10年早く、あの森から抜け出せていれば、女として生きれる時間が、少しは残っていたってのに。


「佐野よ。お前なんか勘違いしてるだろ? これ見てみろよ」


 笹塚が、手鏡を差し出してくる。鏡か……この世界に来てから一回も見てないな。なんか自分の顔見るの怖いな。どんだけ変わったんだろう?


 恐る恐る渡された鏡を覗き込むと……。


「…………あ、あれ? 変わってない? アタイが知ってるアタイのままだ……」


 そこには、17の時と全く同じ顔が映っていた。何度見直しても、やっぱりあの頃のアタイの顔だ……。


「年も取らないんだよ。不老不死ってやつだ。まあ、厳密には不死じゃ無いけどな。……実年齢より見た目が大事だろ? ワンピースだって全然問題ないよ。良く似合ってるぞ」


 そっか、アタイの時間は失われてなんていなかったんだ……。また涙が出そうだ、でも泣いたりしないけどな。泣き顔を見られるの何て1度で充分だから。


「そ、そうか……。じゃあ、笹塚もアタイより年上なのか?」


「いや、僕はここにきて1年も経ってないからな、ほぼ見た目通りの年齢……勿体ぶる事でもないか。今年で20歳だよ」


「なんだ、年下かよ。じゃあ、もっと敬え!」



 こうしてアタイは、20年の獣生活を終えて、人間に戻った。



                ☆☆☆☆☆☆



 佐野の身なりを整えて、食事を済ませた僕達は、寝室に移動して状況の説明を行う予定だったのだが、佐野はベッドに横になるなり、1分と経たず寝息を上げ始めた。その上でミリナまで眠っている。


「見た目が変わっても所詮は野生児か。太陽が消灯したら、もう起きていられないんだな」


「笹塚さん、野生児なんて表現は失礼ですよ。佐野さんは多感な女性のようですから、絶対に面と向かって言わないでくださいね」


 シアルに窘められてしまった。多感か……たしかに言う通りだ。少し前の情景が浮かんでくる。



――――キミコの実家から5分ほどに位置する食堂の中



 シアルが貸し切りにしてしまったので、他の客の姿はない。


 どうも、シアルもアネルも、金の使い道がなくて、持て余しているって話だ。だからミリナに目を付けられたんだな……。


 店に入って席に座ると、すぐに料理が運ばれてくる。予約に来た際に、注文を済ませて、時間丁度に料理が並ぶように手配していたようだ。


 佐野は、並べられる料理に目移りしていたようだが、一つの皿にその視線が固定された。


 だよな……。その皿に乗るのは、目玉焼きが乗ったハンバーグ。あの日から、ずっと僕の心に刺さっていた棘だ。


「佐野、遠慮するなよ。好きなものを食べればいいさ」


 そう言いながら、ハンバーグの乗った皿を佐野の前に差し出した。


「……いいのか? これ一個しかないぞ? みんな食いたいんじゃないのか?」


 そう話す佐野の視線は、相変わらず皿に向いたままだ。


「佐野用だよ。それに食べたかったら自分で頼むから。……ほら冷めちゃうぞ」


 そう言われた佐野は、素手でハンバーグを掴もうとしたが、途中で気付いたようだ。フォークを手に取り、切り分けたハンバーグを恐る恐る口に運ぶ。


 ……佐野の目からポロポロと涙が零れだしていた。


 テーブルに座っているミリナが、腕で目を擦っているのが微笑ましい。いつも金の話ばかりだが、こういうところもあるから嫌いになれないんだ。


「……ああ、思い出した。……ハンバーグってさあ、ハンバーグの味が……するんだったなあ」


 なんだか、酷い感想だけれど、僕は嫌いじゃない。ああ、悪くないな。


「そうだな、佐野の言う通りだ。ハンバーグの味がするよな」


 その後は、最後の一口を食べ終えるまで、無言でフォークを動かし続けていた。


「……おいしかった。……ついてきて良かった。みんな、ほんとに……ほんとに、ありがとな。この借りは必ず返すから……」


「気にするなよ。仕事だ仕事。返す借りなんて最初から存在しないんだ」


 僕の言葉を聞いた佐野は、手に持ったフォークを僕に向けたと思うと。


「……ハンバーグを用意するの仕事じゃないだろ? 嫌がっても返してやるかんなあ!!」


 気持ちの良い笑顔で、僕にそう言ったのだった。


 その後、僕もハンバーグを頼んで食べて見たが、やっぱりハンバーグの味がした。僕は松茸よりこっちが良いや。



 食べきれるか心配だった料理の数々も、気付けば全て腹に収まり、僕達は食堂を後にしたー―――――



 泣いたり、笑ったりコロコロと表情を変えていた佐野を思えば、多感というのも納得がいく。気を付ける事にしよう。気を付けても、つい口走るのが僕なんだが。



 ……しかし、思えば妙な組み合わせになったもんだ。


「シアルとこうして二人で話すの事なんて、滅多ないよな。いや、初めてか」


「私は、アネル様の世話で忙しいですからね。放っておいたら、ろくな事をしないですから……」


 溜息交じりにそう話すシアルの背中に、苦労人特有のオーラが見える。……そうか、コイツも大変なんだな。


「それでさ、佐野には、どこまで話す気だったんだ? 建前の方か? それとも真実の方を話すのか?」


 シアルは、眠る佐野の髪を優しく撫でながら、答えた。


「佐野さんには、最低限度の事だけを伝えて、使命は与えずに、大聖堂で保護しようと思っています。……送迎役の暴走は、管理者側の責任ですから。これ以上、佐野さんに過酷な運命を背負わせることは、私もアネル様も望みません」


 そうか、そうしてくれるなら安心だ。佐野はもう、常人の一生分くらい、苦労したんじゃないだろうか。ここから先は、楽な生活を送る権利があるはずだ。


 だがしかし! 若干納得いかない部分もある。


「ところでさ、僕も佐野ほどじゃないとはいえ、結構苦労したんだけど。扱いが違い過ぎないか? ちなみに、僕の基準に佐野を合わせろと言うのではなく、僕を佐野基準で扱ってほしいというのが望みだ」


「概要しか聞いていないので、細かい所までは把握していないのですが、そんなに大変だったのですか?」


「よし、時間もあるし、折角だから聞かせてやろう。代わりに、アネルの事を聞かせてくれないか? 僕にはアイツがどんな奴なのか、いまだに良く分からないんだよ。アイツがこの世界に来てからずっと二人は一緒なんだろ?……いや、一人と一柱か」


「私の独断で、全てを話す事はできませんが、ある程度でよろしければ……。それと、柱は禁句なので絶対に本人に言ってはいけませんよ」


 どうにも気になって仕方ないので、理由を聞いたが濁されてしまった。……余計に気になるじゃないか。


 好奇心は猫を殺すと言うが、千の好奇心を満たし一つの命を失った猫と、万の好奇心から眼を逸らし一つの命を全うした猫、どちらが幸福な猫生を送ったと言えるだろう? ……次に会ったら柱って言ってみよう。


 そんな事を考えている場合じゃ無かった。そうだ、今は語ろう。聞かなきゃいけない事もあるしな。人生は永遠でも、今夜という時間は有限なのだから。


 そうして、待遇を改善するべく、僕がこの世界に来てからの軌跡を語ろうとしたが、どうやら先にシアルが話を始めるようだ……。

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