光るリンゴと冷たい目
「あははははっ! しょう君、何やってるの!? 樹木の伐採に来たんじゃないんだよ! 木じゃなくて兎を切りなさい!!」
「笑うな、里緒菜! わかってるよ!!」
MKR-3(魔法剣レイピア型3式)を持った、里緒菜の前には、胸部を貫かれたアルミラージが転がっている。KMS-1P(可愛い魔法のスコップ1式ピンク)を地面に差したキミコの横には、首を跳ね飛ばされたアルミラージ。
スコップがピンクに発光、毒々しさが増して良い感じだ。ノリで許可してしまったけど、魔法機器開発担当は、中々良い仕事をしてくれた。
さあ、僕もさっさと終わらせないと。大丈夫だ、今回は、僕が1人で自爆しているだけで、アルミラージに押されているわけじゃない。
自分の体の動きが制御できないなら、出来る限り動かなければいい。敵から寄ってくるのを待って、剣を動かす事だけに集中するんだ。
僕のターゲットの兎の視線は……僕を向いていない、キミコを狙っているみたいだ。僕は、魔法陣を描き、魔弾を発射、アルミラージの足元に着弾させた。発射地点を悟り、僕に敵意を向けてくるアルミラージ。
この距離なら当てる事は容易いけれど、それじゃ今日来た意味がなくなるから。
アルミラージが姿勢を低くしたと思うと、弾丸のように突進してきた。動き出したくなる衝動を抑えて、近づくのを待つ。
そうだ、蓮井さんは突進してくるアルミラージの角を掴んで止めていた。やってみるか?
押し負けないように、足を開いてしっかりと地面を踏みしめる、荒々しくも繊細な作業に、呼吸は邪魔だ。息を止めて、その時を待つ。
アルミラージが接近するにつれて意識が加速して、世界がゆっくりと進み始めた。衝突まで1メートルまで迫ったところで、左足を後ろに下げて、体を捻る。左手を角の進路に横から割り込ませて、強く握りしめた。
突進の衝撃で体が少し下がるが、問題ない、倒されるほどじゃない。動けなくなった相手になら、僕だって当てられる!!
右手に握ったMKG-5をアルミラージの側頭部に突き立てた! 骨に当たった瞬間に僅かな抵抗を感じたが、それを過ぎれば、あまりにもアッサリと、刀身が頭部に入り込んでいく。手に伝わるのは、何かを切り裂く感触。今まで一度も味わった事のない独特の感触。
なんて嫌な感触だ、今まで遠距離攻撃だけで戦ってきたから、こんな感触を味わう事は無かった。せっかく勝ったってのに、嬉しいどころか最悪の気分だよ。鳥肌が立ってる。
角から手を離すと、ドサリとアルミラージが横たわる。脳を破壊してしまっているから、動き出す心配はないだろう。
「お疲れ! はじめてにしては、中々良かったと思うよ! 牽制に魔法を使ったところは、本気で感心したよ。結構ながく、この商売をしてる人でも、場面に合わせて使い分けるって、出来ない人が多いんだよね」
「里緒菜もお疲れ! 当て無かったとはいえ、お叱りを受けるだろうと思ってたんだけど、まさか褒められるとは思ってもみなかったよ。あと、やっぱり商売なのな」
「でも、気を付けてね。魔法で消費される魔力は、魔力兵器に使う量とは、比べ物にならないほど多いから。魔力で再生しながら戦う私達にとって、魔法を使うって事は、命を削るのと同じだからね。あと、商売じゃなくて使命だから」
「お疲れですぅ! 彰悟君、凄かったですよぉ! 木が真っ二つですよ! キミコ、ビックリしちゃいましたぁ!」
「そっちかよ! 木の方は、褒められても全然嬉しくないからな? むしろ恥ずかしいので、忘れてくださいお願いします」
切実な願いが、敬語として現れてしまった。そのくらい、さっきの木への衝突は黒歴史だ。
「ちょっと里緒菜に聞きたいんだけど、言い訳を含めて」
「なになに? 言ってごらんなさい」
「何か突然、体が軽くなったというか、異常に身体能力が上がったというか、急に変わりすぎて、コントロールできなかったんだけど、原因とか分かるか?」
ちょっと悩む素振りを見せた里緒菜だったけど、すぐに答えがでたようだ。
「キーちゃん? また職務怠慢だなー。うりゃうりゃ!」
またキミコか! 今度は何を説明し忘れた!
「あぁ! 言うの忘れてましたぁ。りっちゃん、グリグリするの、止めてくださいよぉ!」
里緒菜が、キミコの頭を拳で挟んでグリグリしてる。まあ、痛そうじゃないし、じゃれてるだけだろう。というか、質問に答えてよ!!
「それはね、召喚場で、光るリンゴ食べたでしょ?」
「あの気持ち悪い見た目のリンゴね。それが何か関係あるのか?」
「ガーディアンになる人は、あのリンゴから魔法因子を取り込んでるんだよ。そして、あのリンゴの固有魔法は、身体強化って事。あんな岩だらけのところに生えてるの不思議に思わなかった? 身体強化の魔法が発動してるから、あの環境でも育つらしいよ」
モセウシの魔法屋が言ってたな、人間種は、外部から取り込んだ因子に、関連した固有魔法が発動するって、でもそれって。
「外部から因子を取り込むって、アームラ教で禁忌とされてる奴じゃないのか?」
確か、人間種は、魔力を星の環境を維持するために使っている、魔法因子を含む食物を食べる事で、因子を取り込むと、その義務を放棄する事になるから、禁止されているって話だったと思う。
「ガーディアンになる人だけは許されるんだよ。一般人が持ってたら犯罪だけど、病院が持ってても合法な薬とか、いっぱいあるじゃん。それと一緒」
そう言う事か、それ以前に僕達はこの星生まれじゃないから、星の環境維持とか最初から担当してないはずだしな。
「その身体強化って魔法が、今発動してるって事か、使った覚えないけどな」
「食べて暫くすると、固有魔法が発現して、描いてもいない魔法陣が突然、浮かぶんだよ。そんな事、有ったでしょ? それを弾いたら、それ以降は常時発動してるんだな」
「ああ、心当たりがある、結構前なんだけど。我ながら、何で今まで気付かなかったのか?」
「力の上限が上がる感じだからね。普通に持ったつもりのコップが割れちゃった、とかは無いよ。接近戦をしたり、攻撃を受けたりしない限りは、気付かないのも仕方ないかな」
なるほど、普通に生活する分には問題無いけど、力一杯、叩いたり握ったりしたら、大変な事になるって事か。気を付けよう、自分が怪我するだけならいいけど、周りの人間種とかに被害が及んだら事だ。
「それにしても、人の事は言えないけど、よくあんな怪しいリンゴ食べるよ。見た目で拒否して、食べなかった人とか居るんじゃないの?」
「だって、召喚場を出る前に、送迎人に聞かれるじゃん? ちゃんと食べたかって。だから食べずに王国まで来たなんて、事故は一回も起きてないよ……。キーちゃん! しょう君に確認しなかったなっ!」
「あぁ! 言うの忘れてましたぁ。りっちゃん、グリグリするの、止めてくださいよぉ!」
里緒菜が、キミコの頭を拳で挟んで、なんたらかんたら。
「キミコよ、他に言い忘れてる事は無いか? 今なら怒らないから言ってみろ」
「大丈夫ですよぉ! キミコが忘れるわけないじゃないですかぁ!」
「その自信がどこから来るのか……万が一、何か忘れてる事に気付いたら話してくれよ」
「はい! 任せてください!」忘れるわけないけど、任せてくださいか。実にキミコらしい。
「しょう君、キーちゃん、一旦帰ろうか。今は実戦をするよりも、運動して体の感覚を掴む方がよさそうな気がしてきた。多分、今本気で剣を振ったら勢い余って自分の足とか切っちゃいそう」
「里緒菜がそう言うなら、異論は無いよ」
「じゃ、そゆことで。体を動かすのに慣れたら、今度は対人戦の訓練もしなくちゃね。やる事いっぱいだよ!」
「対人? 魔獣退治が仕事じゃないのか? 仲が悪い国があるってのは聞いてるけど、戦争してるとは聞いてないんだけど。人を切るのは、流石に嫌だな」
「……念のためだよ、念のため! 心配しなくても、しょう君に、切らせる気は無いって! ……しょう君には、ね」
「り、里緒菜?」顔は笑っていた、笑っていたけど、全く目が笑っていなかった。その目に宿った感情は一体なんだろう。
「なんでもないよ、気にしないで。さあ、さっさと歩く! この6日間、楽してたんだから、今日は日が暮れるまで頑張ってもらうよ! しっかりしてもらわないと、教育係のあたしが、部長に小言、言われるんだからね!」
質問するなと、暗に告げられている事は明白だった。僕に切らせる気はない、でも誰かに切らせる気はある? それは、全くの第三者なのか、里緒菜自身なのか? そして、切る対象は一体誰なのか。
色々な事が頭をよぎったが、里緒菜の言った通りであれば、僕の今後に影響する可能性は低いのかもしれない。それを、相手の感情を無視してまで、聞き出す事は気が咎めた。
全く、余計な疑問が増えてしまった。思わせぶりな事を言うなと、文句を言ってやりたい気もするが、言わない方が良い事を、つい口走るほどに感情が動いたのかもしれない。なにか、とても良くない感情が。
里緒菜の雰囲気がおかしかったのは、その一瞬だけで、王都で帰るまでの間、何の違和感も感じる事はなかった。